第45話 おっさんズと大公国 その7
護衛艦「あまつかぜ」を旗艦とする3隻の艦隊が王都の港へと進む。
艦隊の指揮を任されている「あまつかぜ」艦長兼艦隊司令が艦橋に来ている大英に報告する。
「閣下、王都沖海域に入りました」
「よし、そのまま全艦湾内へ突入。 水深に注意して座礁しないようにお願い」
「了解致しました」
湾内の資料はあまり多くない。
飛行艇や水上機である程度調査はしているが、そもそも水深を測る装置など積んでないから、目視で「座礁の危険あり・なし」という判定だ。
なので、一部を除き岸には近づけないが、近づく必要も無い。
間もなく、対水上レーダーが数隻の船を探知する。
それは速度は遅いが、港を出ようと北上していた。
艦隊は速度を上げると、相手の進路を塞ぐように湾内へと入っていく。
「あまつかぜ」はそのまま前進し、「みねぐも」は右に回頭、初月は左に回頭して進路を塞ぎつつ、各艦は主砲を大型帆船とガレー船に向ける。
そして先頭にいた一番大きな帆船の横をまわりこんで、50メートルまで接近して並走状状態とした「あまつかぜ」からスピーカーで降伏するよう音声が流れる。
「汝らに勝ち目はない。直ちに降伏し、船を港に接弦させよ」
だが、反応はない。 というか、船上は混乱している。
すると、艦橋に来て様子を見ていた女王は窓際へと進む。
その姿を見て、船上の兵達の混乱はさらに酷くなる。
腰を抜かして座り込む者、船の中へ走り去る者、意味も無く甲板上を右往左往する者……。
再び声がかけられる。
「降伏せよ。 女王は帰ってきた。 汝らに勝ち目はない」
だが、その声を無視して魔導士らしき人物が数名甲板に現れ、杖を掲げる。
それを見て大英はすかさず、静かに一言だけ命じる。
「撃て」
「あまつかぜ」の二連装3インチ砲が火を吹く。
左右の砲身から連続して放たれた2発の砲弾は、50メートルという至近距離で帆船の舷側を直撃する。
触発信管の付いた砲弾は木製の舷側を破壊、その直上にいた魔導士達は吹き飛ばされる。
火災が発生し、船上はパニックとなる。
そして、指令は「みねぐも」、初月両艦へも伝達される。
初月は別の帆船の水線部を長10センチ砲で撃つ。
2発の砲弾を船体中央のクリティカルな部分に受けた帆船は、真ん中から折れて沈み始める。
位置的に直撃はしていないはずだが、砲弾の爆発で竜骨も破壊されたものと考えられる。
「みねぐも」も近くにいたガレー船を撃ち、一撃で木っ端みじんとなる。
すると、「あまつかぜ」に撃たれた帆船の甲板に、装飾の多い装束を着た男が現れると共に、マストに無地の薄茶色の旗が掲げられた。
女王はその旗を見ると、大英に振り向いて頷く。 それは投降を意味する旗であった。
*****
船内にいた大公は外の騒ぎに何事かと問う。
「はっ、行き先に巨大な船が現れました」
「何、巨大とは?」
「はっきりとは判りませぬ、遠くに見えるのですが、既に大きく見えます」
要は、水平線の向こうに現れた時点で既に大きく、そして遠くて比べる物も無いため、ざっくり大きいとしか言えないという話である。
大公は自身の目でも確認すべく、外に出る。
「これは……一体何なのだ」
船は普通木で出来ているので、木の色をしている。
古くなれば多少明るい灰色っぽくなるが、あまり古くなれば解体して新しい船を建造するし、そもそも船体を「染める」なんて事はしない。
だが、その常識に反し、前方に見える「船と思われるモノ」は古い木の灰色と言うより、黒に近い灰色だ。
安全のため、大公はいったん船室に戻る。
やがて近づいてきたソレは、細長くて帆もオールも無いが、確かに動いている船のようだった。
その大きさは正に巨大で、大公自慢の帆船がおもちゃに見える程であった。
大公がその動きを窓から見ていると、声が聞こえてきた。 降伏を求める声だ。 とんでもない大声だ。
だが、船が大きく、声が大きいというだけで降伏しろとは何なのかと大公は思う。
乗員の姿もあまり見えない。 兵が少ないという事は、戦闘力も少ないという事だと判断した。
残念ながら、大公の知る海戦は「船の上で戦う」という点が違うだけの「陸戦」でしかないのだ。
「一体何者だ? 何処から来たのだ」
すると、大公の目に衝撃の光景が映る。
「あれは、まさか……女王?」
すると、女王が帰った来たという声が聞こえてきた。
「馬鹿な、スブリサがこんな巨大な船を……いや、違う、これは……」
すると、騒々しい甲板に魔導士達が出て、魔法攻撃しようとしているのが見えた。
「いかん! おい、誰か止めさせろ!」
大公は傍にいた者に命じるが、遅かった。
いきなり大きな衝撃が発生し、船は大きく揺れる。
魔導士がいた所は無くなって、代わりに煙と炎が渦巻いている。
「アレは船なんかじゃない! 神獣だ!」
だが、手遅れ……いや、早く気付いたとしても、結果は変わらない。
その力の差は圧倒的で、それを埋める手段などないのだ。
そして、1隻の帆船と1隻のガレー船が一瞬のうちに沈んだ報告を受ける。
大公は、彼が乗るこの船は「攻撃に耐えた」のではなく、「手加減されている」と悟った。
こうして大公は、海上なら自分たちが優勢だと思っていたが、そうでは無い事を理解した。
「降伏の旗を掲げろ」
*****
翌日。
大公の船団は全て港に戻っている。
船員と兵士たちは捕えられ、武装解除された。
王都には諸侯の軍も入り、監視任務に就いた。
王宮には女王が戻り、勝利が宣言された。
部屋に軟禁された大公は、全ての手段が失われ、自らの野望が潰えた事を理解するしか無かった。
その後、諸侯を招いた祝勝会が開かれ、女王の統治が正常化した事が全土へと伝わる事となる。
そして大公は、自らの退位と、大公国の王国への復帰、復帰した大公領を2つの所領に解体する事を承知する文書に署名した。
*****
大公国公都。
王国からの使者がもたらした情報は、大公国で留守番をしていた宰相らを驚かせた。
使者には情報が偽りでは無い事を示すため、アフラースィヤーブ=マッサゲタイが同行していた。
「マッサゲタイ卿が言われるのであれば、事実なのですね」
そう語る宰相の前には、使者の護衛役として6名の英軍兵が同行しているうえ、彼らが乗ってきた船自体、大公国の帆船だ。
そして、それに見た事も無い巨大な神獣が同行しているのである。
疑いの余地は無い。 無用な戦いをしても、神獣の前に滅ぼされるだけだと理解した。
こうして、正式に大公国は解体され、新たに任じられる2名の領主に分けて統治される事となる。
*****
数日後、王都。
一通りの後始末も終わり、大英達はスブリサに帰還する事となった。
だがその前に、ここで一つの相談事が提起された。
契丹がある申し出をしたのである。 それは……
「大英達と合流したい」
という物だった。
契丹はボトエルに頼んで天界と通信を繋いでもらった。
そしてレリアル神に対して語り始めた。
「私はこの地に来て、様々な事を学びました。 そして一つの結論を得ました。 私がこれまで元の世界、そしてこちらの世界で為してきた事。 それらに対し、償いが必要であると」
「ほう。 何故じゃ」
「私はこの地の人々を誘導するような行いをしました。 それはレリアル様のご要望とはいえ、私が行った事には違いありません。 もちろん、『誘導先』に問題はありません。 レリアル様を主神とする事には何の問題もございません。 ですが、その過程に問題があるのです」
「その『誘導スキル』はお主が選ばれた理由でもあるが」
「はい。 そしてやり方は違えど、勇者達も同じ様に人々を誘導していました」
「うむ、そうかもしれんな」
「そこで、これからこの国の民の為に、働きたいと思ったのです」
「言いたいことは判ったが、我らに何を求める。 今のままでも地上を好きに移動し、好きな事を成せるであろう」
「確かにその通りですが、それでは私の気が済みません。 契約を解除して、私を帰還させるためのリソースを捨ててください」
「なんじゃと」
「現状、私はレリアル様のために働いているとは言えません。 レリアル様の温情で好きにさせていただいていますが、今後もお役に立てる事は無いでしょう」
「お主、判っておるのか? 帰還させるためのリソースを捨てるという事は、帰れなくなるのじゃぞ。 それに健康を維持する権能も無くなる。 この地に合った免疫を獲得するには、過ごした時間はあまりに短い。 命の保証は無くなるぞ」
「はい。 承知しております。 本来は元の21世紀の国民にも償わなければなりませんが、それは甘えでは無いかと思います。 自分の償いならば、自分の力で為さねばなりません。 レリアル様の加護を受け、いつでも帰れるという安全な立場では、真の償いは出来ないのでは無いでしょうか。 そう長くは無いでしょうが、この地で命果てるまで、この地の人々のために働く事で、償いとしたく思います」
「そうか。 お主の覚悟は判った。 契約を解除してやろう」
「ありがとうございます」
この会話には大英、秋津、ゴート、それに女王、宰相らも立ち会っている。
皆、予想外の展開に声も出ない。
「だが、お主の希望に沿う事は出来ない」
「え?」
レリアル神による予想外の発言に、今度は契丹が驚く。
「ム・ロウよ、話は聞いたな」
「はい、お爺様」
レリアル神は通信をム・ロウ神にも繋いでいた。
「な、なぜム・ロウ神にもお話が?」
「そこにはム・ロウめの天使もおるのであろう? 公正な会話をするためには、ム・ロウめにも通信を繋いでおく必要があるという物じゃ」
そして二人に告げた。
「契丹遼との契約を豊穣伸ム・ローラシアに移管する。 よいな」
「承知いたしました。 お爺様」
「そ、それは一体……」
「契丹よ、お主は21世紀の民に向けても償いが必要だと言ったな」
「はい」
「ならば、時が来たら21世紀に戻り、それを成すがよい。 今後リソース管理はム・ロウめに任せるゆえ、我らの負担は無くなる。 お主の希望通りであろう?」
「は、はい。 はい。 ありがとうございます。 ありがとうございます」
こうして、契丹遼は「レリアル神の召喚天使」から、「ム・ロウ神のみ使い」に変わった。
用語集
・スピーカー
実のところ、艦にスピーカーが装備されている様子は見当たらない。 見つけられなかっただけで、あったのかも知れないが。
ずっと後の時代の護衛艦である「ちくま」には装備されているらしい。(N-LS-49)
近年の護衛艦だと、長距離音響発生装置(LRAD)が装備されていて、海賊対処にも使用している様なのだが、これが登場したのは今世紀の話。
なので、無かったとしても手持ちの拡声器を使っていると思えば、合っていると思う。
・無地の薄茶色の旗
全く染めておらず、何も描いていない旗。
・この地に合った免疫を獲得する
ウイルスや細菌などの脅威から健康を維持する権能が守っているが、一応免疫の学習自体も行われている。 なので「免疫がない」ではなく「免疫は少ない」となる。
2024-02-10 誤字修正
校正な会話
↓
公正な会話