第45話 おっさんズと大公国 その6
王都を望む丘の上、秋津たちが到着したとき、既に諸侯の軍が布陣していた。
そこには幾つかクレーターのようなものが出来ており、兵達はそこを避けていた。
ビステルはそれを見て疑問を持つ。
「これは、一体どうしたのでしょうか」
「あれだろ、アイゼンハワーの軍が砲撃した跡じゃないか?」
「こんな、地形が変わってしまうほどの力なのですね」
「うーん、この程度で『地形』とか言われてもなぁ。 本当にすごい攻撃だと山の形が変わるからなぁ。 そこまで行けば『地形が変わった』と言うかも知れんが」
「え……山の形が変わるのですか?」
「アイゼンハワーが使ったのは10センチ砲だからなぁ。40センチ砲とかで撃ては変わるさ」
「そ、そんなものかあるのですか」
「世の中には80センチ砲なんてのもあるぞ、英ちゃんは持ってないから召喚する事は無ぇけどよ」
掘り起こされた地面を見ながら、その凄まじかったに違いない威力が「大した事無い」「上には上がある」のだと知り、絶句するビステルであった。
ゴートはM3A1装甲車を降りると、諸侯の指揮官と合議に入る。
そこで、ゴートは作戦を説明する。
それによれば、神獣騎士隊だけが王都に突入し、王都内の王都第3騎士団がこれに呼応して蜂起。 時を同じくして海上から神獣が湾内に入り、大公の退路を断つ。
というものであった。
「我らは突入しなくてよろしいので? 我が兵も王都を取り戻す助けとなるかと思いますが」
「いえ、大軍では動きも緩慢となりましょう。 我ら神獣騎士隊が先鋒を務め、王都の敵を一掃後、入城して頂ければ宜しいかと」
「なるほど。 速度が大事という事ですな」
「左様であります。 諸侯の軍におかれましては、この場で軍旗を掲げて、我らの正当性を後押しされるようお願いしたい」
「ふむ、大公に諸侯が敵に回った事を知らしめる訳であるのだな」
話を聞いていた諸侯の軍責任者たちは、「承知」と声をそろえる。
神獣騎士隊が進軍を始める。
秋津たちはこの場にとどまり、M3A1は英兵を乗せて王都へと向かう車列に加わる。
一方、スブリサから数名の騎士がフォードGPAで別の場所に到着していた。
そこは女王が脱出に利用した通路だ。 ここを逆に進み、直接王宮へと向かう。
*****
王宮の執務室にアフラースィヤーブ=マッサゲタイが駆けこんでくる。
「陛下、大変でございます!」
「動き出したか」
大公は既に王都近くに布陣する軍勢を確認していたが、何処の手の者かまでは把握していなかった。
数も少なく、その軍勢だけでは、王都の守りは揺るがない。 戦いが始まるのは、神獣が到着してからだろう。
あの信者どもが真に「神の加護」とやらを持っているなら、神獣と言えども無事では済むまい。
「はっ、神獣が数体城門へと向かっております。 さらに、8諸侯の軍旗を確認いたしました」
「何だと!」
「兵達に動揺が広がっております! 如何致しましょう」
神獣が来るのは大公も想定していた。 勇者が敗れたという話が真実であれば、いずれ現れる。
(結局、信者どもの信じた「神」とやらに、連中を助ける力は無かったという事であろうな)
だが、2~3ならともかかく、8つもの諸侯が参加しているとは、彼にとっても想定外であった。
「やむを得ぬな。 神獣対策が全て外れた以上、長居は無用。 脱出だ。 船に向かう」
そこへ伝令が飛び込んできた。
「どうした、何事だ」
「はっ! 城下で反乱が起きております!」
「何? そんな馬鹿な」
マッサゲタイは驚く。 昨日まで反乱が起きそうな様子はなく、そもそも誰が蜂起したと言うのかと。
「何者か判るか」
大公の問いに、伝令は「正体は不明でありますが、王都騎士団の装束を着ていると報告を受けています」と答えた。
それを聞きマッサゲタイは指示を出す。
「馬鹿な、王都騎士団は壊滅していたはず、紛い物に相違ない! 鎮圧させよ」
「まて」
大公はマッサゲタイの指示を取り消す。
「ただの反乱ではない。 諸侯の軍旗を見て動き出したのだろう。 そこまで組織化されているなら王都騎士団、本物だろう」
「では、如何されます」
「鎮圧は無理だろう。 神獣が迫る中、そんな暇もあるまい」
「は……い」
「全軍に撤収を命じよ。 海に出れば神獣も騎士団も、そして諸侯も手は出せん」
「はっ!」
「それと、手筈通り先々王をわしの船にお連れしろ」
「承知いたしました。 それで、宰相や軍務卿はどうされます。 処刑しますか」
「宰相は人質として連れていこう。 他は放置で良い。 この期に及んで、わざわざ女王の怒りを増やす必要は無い。 講和も出来なくなるからな」
「はっ!」
伝令が走り去ると大公はマッサゲタイに指示を出す。
「魔法兵団を率いて港を守護せよ。 そして空を見るのを忘れるな。 神鳥が現れるやもしれぬからな」
「御意」
そして大公とマッサゲタイは王宮を脱出する。
*****
地下牢に指揮官に率いられた2人の兵が行き、ビリーユ宰相を連れ出す。
「一体何事ですか」
「いいから急げ」
二人の兵に両脇を押さえられ、地下牢の出口へと向かう。
だが、その出口に4人の兵が現れた。 指揮官は兵達に向かって叫ぶ。
「おい、何をしている。 ここにはもう用は無い。 早く港へ行け」
だが、4人は動かない。 いや、それどころか中に入ってきた。
「おい……!?」
最初は逆光でよく見えていなかったが、中に入ってきた事でその姿が見えてきた。 その装束は大公軍のものとは違っている。
彼らがそれに気づいた直後、二人の兵が突撃して来て指揮官を切り伏せ、宰相を抱えていた兵も斬り付けられて手を放す。
結局、指揮官と二人の兵は倒された。
「ご無事ですか、宰相閣下」
「おお、ウエルク殿ではないですか」
「遅くなり申し訳ございません」
「いや、よく来てくれました。 奥に軍務卿などもおられます」
「はっ。 直ちにお救い致します」
城からの脱出路を逆に進んで来たスブリサ近衛騎士隊隊長ホラズム=ウエルクと2名の騎士、1名の米兵により、地下牢に捕らわれていた重臣達は解放された。
*****
侵攻するKV-IIの砲撃で城門は破壊される。 元々砲撃には耐えられない城門だったが、今は応急修理しただけなので、1発で木っ端みじんであった。
並走していた CHURCHILL はそのまま前進し、王都内へと入っていく。 その後ろに英兵を乗せたM3A1と馬車が続く。
KV-IIは砲撃後、車列の最後尾について進軍に加わった。
既に王都内では蜂起した第3騎士団が事態を把握しつつあったが、神獣騎士隊の突入によって状況は決定的になる。
それでも、大公軍は士気崩壊する事も無く、比較的冷静に港へと撤退しつつあるし、港へ向かう通りでは魔法兵団の抵抗もあって第3騎士団も攻めあぐねていた。
突入した CHURCHILL は間もなく道が塞がっているため停止する。
「あれは……T-34か?」
2両の戦車らしき残骸が大通りを塞いている。
本来幅が広く、大軍でも行進できそうな道なのだが、2台のT-34が並走状態で破壊されているため、人はともかく車両は通行不能であった。
これは勇者が破壊したのだが、大公も鉄の塊である戦車を退ける事も出来ず、解体する時間も無かったため、放置していたものだ。
やむを得ず、迂回路を探して進む。
かくして、戦車の到着によって戦況は変わる……という事でもなかった。
そもそも王都の中で下手に大砲撃つ訳にも行かないからね。
それでも港への道は解放されたが、それは戦車の登場とはあまり関係なかった。
何の事は無い。 港を確保していた大公軍が乗船して居なくなったためである。
次々と桟橋を離れて出港していく船たち。
CHURCHILL も KV-II も港に到着したが、発砲する事は無かった。
「見ろ、神獣も海の上までは手が出せないぞ」
船の上では大公軍の兵が港に佇む戦車を見て笑っている。
だが、彼らと違い進行方向を見ていた船の乗員たちは、見慣れない「巨大な影」が湾内に入って来るのに気が付いた。
用語集
・10センチ砲
M7B1の105mm榴弾砲。 なので正確には10.5センチ砲。