第45話 おっさんズと大公国 その5
クロス教最後の砦となった村に農民兵が集結している。
農民兵と言いながら、農民たちの支持は既に無い。 多くの兵が信仰を捨てて旧に復してしまったため、その勢力は大きく減っている。
彼らは騎士では無い故、騎士らしくない戦い方も気にする事は無い。 というより、騎士としての教育を受けていないので、「普通の戦い方」自体知らないのだけれど。
なので、民衆に紛れて戦うという、今でいうゲリラ戦をしようとする者もいたのだが、教会が爆破された村の話が領内に広まってしまい、彼らと一緒にいると女王軍にまとめて殺されるというイメージがついたため、民衆は彼らを受け入れない。
民衆にとって必要な神は自分達を助けてくれたり、危険を持ってこない神であり、血を求める神のために生活や、ましてや命を捧げる気など無いのである。
勇者が去り、「新しい信仰と共に新しい世界を作る」という熱は冷め、何も成さずにただ戦いと命だけを求める存在に成り果てた新興宗教を捨て去るのに、時間はかからなかった。
結局、多くの村々から追い出された農民兵は、兵の方が多かったため民衆が出ていって無人となった村を拠点に集まるしか無かった。
だが、それは普通に軍隊と正規戦を戦う羽目になったという事だ。 民衆と共にあってこその農民兵だったが、これではただの練度が低く、戦い方を知らない、武装が貧弱な「雑兵」の集まりでしかない。
だが、彼らの士気は高い。
状況を考えれば低くなりそうなものだが、士気の低い者は既に信仰を捨てて離脱している。 結果として、狂信者だけが残ったカタチだ。
「我らは主と共にある! これまでは信仰の薄い不届き者が足を引っ張っていたが、これからは違う! 主は至高なり!!」
「「主は至高なり!!」」
*****
そんな農民兵の最後の拠点に、秋津率いる女王軍が迫っていた。
偵察に行っていたボトエルが帰還する。
「どうだった」
「はっ、村には農民兵の姿しかありません。 もはや村ではなく、だだの砦と言えます」
「そうか、じゃ遠慮なくやるか」
秋津は攻撃開始を指示する。
75mm砲を装備する「CHURCHILL CROCODILE」、巨大砲塔の「KV-II」が村へと進む。 そして英兵を乗せた馬車がそれに続く。
一方、16式機動戦闘車は街道を別ルートで進んで反対側から村へと接近していった。
「今回は飛行機は使わないのですか」
作戦に同行している契丹が秋津に問う。
「飛行機の爆弾は1回落としたらそれまでだからな。 飛ばす理由が特に無けれは使わないさ」
「なるほど、振るう力は状況に合わせているという訳ですね」
「そういう事だ」
今回は単なる討伐作戦。 政治宣伝は必要ないと言う事だ。
車両の接近に気づいているであろうが、村まではまだ動きは見られない。
まぁ、キロ単位で離れている相手をどうこう出来る武力は無いのだから、反応が見られなくても特段おかしな事は無い。
そして2両の戦車は村まで500メートルで一旦停止する。
KV-IIは152mm砲を閉ざされた村の門へと放った。
撃ちだされた榴弾は木製の門を突き抜け、その先で炸裂する。
信管の調整次第なのかもしれないが、起爆した時には門から30mは奥に到達していた。
門を爆破するにはちょっと遠かったようで、砲弾が貫通したところが砕けて1メートル以上の大穴が開いたものの、門自体は健在だ。
KV-IIは再度発砲。 今度はやや下に着弾し、砲弾は門のすぐ後ろで爆発。
門は木っ端みじんとなる。
その後は村の中央部や大きな建物を撃ち、村中で火災が発生していく。
続いてCHURCHILLもその75mm砲を撃ち始める。 監視塔を始めとした目立つ設備を撃ち、拠点としての機能を無力化していく。
木製の城壁は砲の前には役に立たず、村内は火災に見舞われ地獄と化す。
留まっていても防御上のメリットは無く、ただ焼かれる状況となり、農民兵達は村から出て、突撃を始める。
だが、500メートルの距離は遠い。
統率の取れていないバラバラな突撃。
2両の戦車は車載機銃を撃ち始める。 また、馬車を降りて展開した英兵も小銃を撃ち始める。
結局、村から飛び出した農民兵は全滅してしまう。
「よし、残敵掃討だ。 チャーチルは村に突入! 歩兵は後に続け。 KVは別命あるまで待機」
秋津の命令でCHURCHILLはゆっくり前進を始める。
元々自転車並みの速度しか出ないのだが、歩兵とあまり離れない様にゆっくりと進んでいく。
既に門も周りの城壁も崩壊し、残骸の中を進んで村へと入っていく。
すると、物陰から農民兵が現れ、CHURCHILLの側面に投石を始めた。
「主は至高なり!!」と叫びつつ投石する農民兵。
だが、人間が投げる石程度では戦車には通じない。
これが馬車であれば有効打ともなっただろうが、装甲を持つ戦車相手では効果は無い。
そして、後続の英兵に撃たれ、倒れていく。
「くそっ、あの魔獣を盾にするんだ!」
英兵に撃たれない様に、CHURCHILLの正面から突撃を計る農民兵。
外での戦いを見ていないのか、見ていても機銃の射撃を認識できていないのか。
だが、今回CHURCHILLは機銃は撃たなかった。
突如車体から炎が噴き出す。
別に何かの事故で爆発したとか言う事ではない。
その炎は前方へと長く伸び、全てを焼き尽くしていく。
そう、火炎戦車「CHURCHILL CROCODILE」の火炎放射器がその力を発揮したのだ。
村内の全ては焼き尽くされる。
焼けないのは石造りの建物だけ。 だが、ただの火災と違い、火炎放射器の炎は横から建物の中へと入っていく。
隠れていた農民兵はたまらず飛び出し、槍や農具を掲げ「主は至高なり!!」と叫びながら無為な突撃をする。
そして火炎に巻き込まれたり、主砲同軸機銃に撃たれたり、英兵に撃たれ、倒れていく。
戦闘開始から2時間が経過し、抵抗は消えた。
投降する者は無く、皆「主は至高なり!!」と叫んで死んでいった。
ただ、逃げ出す者はいた。
彼らは反対側の出入り口から村の外に出たが、そこに105mm砲弾が飛んで来て、爆殺されてしまった。
生き残った農民兵は遠くに「魔獣」を見た。
逃げ道は塞がれており、恐怖の中気が触れた彼らは、無為に突撃し、散っていった。
それからさらに2時間が経過し、燃える物の無くなった火災も鎮まりつつあった。
ボトエルも参加して人が入るにはやや危険な所や、一見すると見えない地下部分も合わせて生存者の捜索が行われたが、見つからなかった。
「なんと言う事でしょうか。 誰一人助からないなんて。 こんな事があってよいのですか」
戦い終わって静かになった村、いや村だった場所に入った契丹は、焼け焦げた遺体や撃ち殺された遺体を見ながら、嘆きの声をあげる。
「仕方ねぇだろ。 話の通じる相手じゃなかったんだ」
「それは違います。 言葉を交わせるのですから、通じないなんて事はありません」
「いや、言葉が通じたって会話にならない相手だっているだろ。 狂信者とは会話は成り立たねぇ」
「それは……」
契丹はあるセミナーでの出来事を思い出す。
*****
それは彼の弟子が主催したセミナーで、ネットを利用して進歩主義に反する人物を攻撃する方法を解説していた。
だが、参加者たちの多くは「言われた事を言われたとおりにやる」事は出来ても、自分で考えて「応用」する事は出来なかった。
いや、やれない訳ではない。
ただ、その内容が逆に進歩主義者の首を絞めるような物になっていたり、僅か10行分程度の文章なのに、論旨が最初と最後で真逆になっていて、相手に揚げ足を取られるだろうという状況になっているなど、支離滅裂な物ばかりだった。
契丹は弟子に聞いた。 「一体どんな人材を集めたのですか」と。
弟子が言うには、今の政府に文句のある人を集めただけだという。
つまり、進歩主義に心酔しているのではなく、ただ不満を持っているだけの人間という訳だ。
応用力に欠くのは、少々*が足りない人達だったと言う訳。
いわゆる「パ**」と呼ばれる人たちだ。
これは進歩主義者とは違う。
(実際はどうか不明だが)進歩主義を理解し実践するには、それなりに高い知能が必要だとされている。
一方、知能が低い人の中で意識が高い人が「*ヨ*」だ。
世の中のあらゆることに不満を持つが、解決策を思いつく事は無い。
そういった人々を進歩主義に習熟した導師が指導して「ネット戦士」にする。
それが、契丹の弟子が立てた構想であった。
契丹も以前仲間が同様の対応をして、ネット上の掲示板や検索ニュースのコメント欄で成果を挙げていたのを知っていた。
彼らの中では、あの政権交代の一助となったという分析もある。
弟子が意図したのはSNSを使う方法だが、似たようなものだろうと言うのが彼の理解だ。
だが、彼らが期待した程「ネット戦士」は育たず、苦戦していた。
基本の認識を統一すべく、契丹達が進歩主義の素晴らしさを語っても、彼らは理解しなかった。
別に彼らが進歩主義を否定していたり、違う考えを持っていたという話ではない。
単に「難しくて良く分からない」という事なのだ。
残念ながら、セミナーに集まった人々は、日本語は「理解して」いても、契丹達の言葉の意味は「理解できない」のだった。
*****
この事を思いだし、契丹は考える。
狂信者に話が通じないのは違う理由だが、言語が通じても理解してもらえないという点では、同じ話なのかもしれない……と。
「……いえ、貴方の仰る通りかもしれません。 言葉が通じていても、判り合えるとは限りませんね」
「だろ」
「しかし、一人残らず殺してしまうというのは、どうなのでしょう」
「信仰を捨てた奴はこの村には来ず、元の家に戻ったんだろ。 そいつらは死んで無いから一人残らずってのは違うだろ」
「でも、少数になればもう反乱は起こせないのでは? これだけの人数がいても勝てない事が判ったんですから」
「そうやって途中でやめるから、俺らのいた21世紀では何時まで経っても戦争が無くならないんじゃないか?」
「それは……」
「途中でやめるって事は、相手の言う事にも一理あるって認めているのと同じだろ。 そんな隙を見せるから、復活するんだろう」
「では人道的な対応は間違っていると?」
「間違いだろうな。 俺はそう思うぞ。 悪を成す輩は全滅させる。 それが正しい方法だ」
「それは独裁者の考え方ではないでしょうか」
「そうか? 独裁者は自身が悪だろ」
「いや、悪かどうかではなく、敵は全て消すという対応がです」
「どうだろうな。 だが、戦争が無くなっていないのは事実だろ。 中途半端な所でやめるから、相手が盛り返してまた戦わないといけなくなる」
「うーん」
「つーか、アンタこそ独裁者マンセーな考え方じゃ無かったか。 進歩主義って一党独裁だろ」
「……そうなんですよね。 昔は『正しい独裁』ならOKと思っていたのですが、今はその信念が揺らいでいます」
「そうなのか」
「平和な日本では想像もできない経験をして、自分の考えが如何に『空想的』だったかを思い知らされていますからね」
「そうか。 俺や英ちゃんは『そりゃそうだろ』と思う事ばかりだけどな」
「長い平和の中で、私たち進歩主義者は形式に捕らわれて、現実が見えなくなっていたのかもしれません」
「そうかもな。 英ちゃんは『想像力が足りてない』って言ってたけどな」
「あぁ、そうですね。 経験した事の範囲の中でしか考えが及ばない事が……。 想像力ですか。 耳が痛いですね。 この世界に来て、これだけの経験をして、なお『経験の範囲から出られない』という事を思い知りました」
思いの外、話は長く続く。
今の契丹は「攻撃の手段」として会話しているのではなく、純粋に会話をしていた。
相手を言いくるめるのではなく、会話の中で何かを得ようとしているのだ。
クロス教に心酔した者は全滅した。
後顧の憂いを断った秋津たちは、いよいよ王都に向けて軍を進める。
用語集
・1回落としたらそれまで
逆召喚/再召喚で復活するが、それをレリアル陣営に伝える必要は無い。
そもそも1/72ですら2か月以上かかるのだから、やらなくて良いならそれに越した事は無い。
・コメント欄で成果を挙げていた
9時から5時までは彼らのコメントで溢れ、夜遅くは反論で埋め尽くされる。
ということだったようだ。 成果を挙げていたのかどうかは判らないが、選挙で勝ったのは事実だ。