第45話 おっさんズと大公国 その3
その地クタイ伯領は混乱していた。 都は焼き払われて廃墟となり、統治者はおらず、農民軍が支配者として君臨しているが、彼らに統治の経験は無いし、行政官僚も死んだか殺されたか、逃げ出したため残っておらず、治安こそ維持されているものの、無政府状態と言っていいだろう。
これが現代の県で起きたなら、経済の停滞や飢餓、病気の蔓延やインフラの停止で大問題となる所だが、自給自足が原則で、用水路と街道以外インフラと呼べるものも無い地なので、短期的には影響は大きくない。
しかし、周りから見れば領主不在の地をそのままと言う訳にも行かないし、長期的には当人たちも生活レベルの低下は避けられない。
残念ながら、勝利に酔う農民軍も、新しい信仰に熱中する庶民もそんな問題には気づかない。
言わば、革命直後と言った感じだ。 様々な混乱も彼らにしてみれば、「夜明け」を示す出来事だと感じていたのだった。
そんなクタイ伯領に進軍するスブリサの軍勢は近場の村を目指す。
都が無くなっているため、いくつもある村々の何処に指導者がいるのか判らないし、もしかしたら統一した指導者を持たない村単位の組織かもしれない。
とにかく、後顧の憂いを無くすのと、クロス教を捨てさせて、クトゥルーの関係者が潜めない様にすることが目的だ。
もちろん、完全に遂行するには時間もかかるだろうけど、農民軍の撃破・解体ぐらいはやっておく必要があるという判断だ。 でないと、新しいクタイ伯を任ずる事もままならない。
そうして、最初の村が見えてきた。 木製の城壁に囲まれている。 そして、こちらの接近に気づいたのか、武装した農民兵らしき者が次々と門から出てきている。
そんな様子を見ながら、秋津はどうしたものかと思う。
「あんな装備でやるつもりなのか?」
「戦いは超人に頼っていただけなのでは」
ビステルの目から見ても、農民兵の装備はみすぼらしいようだった。
そして、ゴートは乗っていたM3A1装甲車を降り、ジープに乗り換える。
「では、行って参る」
ゴートは投降を勧告する使者として、村の代表者との面会を求める。
だが、農民兵達は代表者を呼ぶのではなく、槍や農具を掲げてゴートに向かって突撃する。
ゴートは考えなしに突っ込んでくる農民兵を見ながら語る。
「全く、話も出来んとはな。 戦士とは呼べんな。 では、お願いする」
ゴートの声を受け、ジープに同乗していた英軍兵が短機関銃を撃ちだす。
たちまち突撃して来た兵達は倒れる。 残りも城壁の中へと逃げ込み門を閉ざした。
「突入しますか」
「いや、ここで待とう」
英軍兵は秋津よりゴートの指揮を受けるよう命じられていた。 そのため、ゴートの命により行動を決する。
間もなく、門が開き農民兵とは異なる装束を着た村長と思しき人物が、数名の農民兵を従えて出てきた。
「私がこの村を預かっている者だ」
「神獣騎士隊隊長ゴート=ボストル。 女王陛下よりこの地の平定を任され罷り越した」
ゴートと護衛の兵士2名は、村長に連れられて村の中央の広場へと向かう。
だが、そこにあったのは広場では無かった。
祭りの時には村の人々が集う憩いの場であったそこには、十字を掲げた建物が建っていた。
その「映像」をM3A1兵員室で見る秋津は、急造の粗末な物であったが、それはクロス教の教会だと判断した。
「なるほど、これは便利だ。 現地に行かなくても行ったみたいだ」
秋津はボトエルから渡された端末で、ゴートと共に村の中にいる様な映像を見ている。 というか体感している。
そして、その映像には「あまつかぜ」艦上の大英も参加していた。
「これは完全にVRだな。 画面が浮かぶよりずっと近代的だ」
「あら、『こういうの』21世紀にもあるの?」
大英の感想に、同じく映像に入っているアキエルが反応する。
「いえ、『将来こんなのが出来るだろう』として物語で語られる事はありますが、現物はゴーグルに映像が映るレベルの原始的な物しかありません」
「そうなんだ。 でも近いものがあって助かったわ。 説明が楽で」
「それは言えますね」
実はゴートのお供のうち1名は英軍兵なのだが、もう一人は英軍兵の服を着たボトエルで、彼が映像を配信しているのであった。
教会に入ると、実はこの建物、壁はあるが屋根は無かった。 急造のためか、大型の建造物を設計施工できる建築技師が足りないのか、屋根を付けるには至らなかったようだ。
この地は雨が少ないためこれでも十分機能するので、簡易的なものなら珍しい事ではない。 むしろ明るくて便利かもかもしれない。 夏は日影が無いから暑いがな。
そして祭壇に神父のような人物がいた。 いや、どちらかと言うと神父と言うより兵士と呼んだ方が近い服装だ。
立ってる場所が神父が立つべきところで、首から十字を象ったアクセサリーを吊るしているので、きっと神父なのだろう。
「神父殿、女王の使者をお連れしました」
「ご苦労さまです。 村長」
神父で間違いないようだ。 そして神父はゴートに話しかける。
「ようこそ、して、本日は如何なる用向きで?」
「率直に申し上げる。 汝らが頼りにしている勇者は神の前に倒れた。 偽りの信仰を忘れ、正しき信仰を取り戻す時である」
教会の中には農民兵だけでなく多くの村人たちがいたが、ゴートの話を聞き動揺が広がる。
「そのような戯言、信じられませんね。 あの方々が負けるなどあり得ません。 私は王都での戦いにも参加しました。 遠くからでしたが、勇者様達が奇蹟の御業を使って『魔獣』を倒す所もこの目で見ました」
「わしは嘘偽りは申さぬ。 残念ながら、上には上がおるという事である」
「……なるほど。 ですが、仮に貴方の言う事が真実であったとしても、主が我らを見捨てる事はありません。 必ずや勇者様が復活されるか、別の勇者様が降臨される事でしょう」
「汝らの言う『神』は真実の神に非ず。 遠き地を支配する王で、この地を脅かす危険な存在である。 目を覚まされよ。 汝らは外の敵に利を与えておるのだ」
「なんという侮辱。 主の事を王などと。 主はヒトのような卑しい存在ではありません。 全知全能の存在です」
「そうだそうだ!」「嘘をつくな!」「貴族の言う事など信じられるか!」と周りの農民兵や群衆から声が上がる。 その声は神父が手を挙げると収まる。
「お判りですか、主が本物だから皆がこれを信じているのです。 これがただ一つの真実。 お引き取りを。 この地の人々は主と共に真実の道を歩むのです」
「なんという愚直。 敵の巣窟となる危険を持つ地を我らは放置できぬぞ。 神威を持って平定する事となるがよろしいか。 そうなれば汝らの命は消え去るぞ」
「貴方こそなんという傲慢そして無知。 我らは死など畏れません。 たとえ死しても正しき信仰を守る我らは最後の審判で永遠の命を得るのです。 貴方方こそ我ら神の子に手を出せば、神罰が下るでしょう」
「そうか、承知した。 今後起きる事においては、すべて汝らの責に帰すと心得よ」
会談は決裂し、ゴート一行は村の外へ出る。
一行はジープに乗ると、待機している秋津たちと合流する。
こうして、女王軍はその「神威」を行使する事を決断した。
用語集
・『こういうの』
入ったきり出られないRPGが広めたシステムなんかが該当しますね。