第45話 おっさんズと大公国 その2
王宮にある宰相の執務室。 以前大公が王国宰相だった時に使っていた部屋であると共に、現在王都に滞在している大公が使っている部屋でもある。
ある日のこと、そこへ伝令が駆けこんできた。
「陛下、カンフル伯から本日予定されていた会談を取りやめるという連絡が届きました」
「なにっ……。 判った。 下がってよろしい」
「はっ」
大公は考え込む。
「あのカンフル伯がわしとの関係を蔑ろにするだと? やはり勇者は負けたと言うのか?」
だが、その後も会談を予定していた北部諸侯が、軒並み皆キャンセルを連絡してきた。
スブリサに(距離的にも政治的にも)近い南部諸侯ならともかく、比較的好意的だったはずの北部諸侯の離反に大公は困惑している。
王都を押さえ、北部諸侯の支持を得て先々王を説得し、養子となって、現女王を廃して王に即位する。
王国と大公国を同君連合とし、「全世界を支配する」という計画は揺らぎつつあった。
その後、求めていた情報が届いた。
タドラルト商会から届いた情報によれば、勇者の消息は未だ不明だが、スブリサからの馬車と神獣と思しきものが多数北へ向かっている事が示されていた。
さらに、港に小型ガレー船が1隻入港する。 それはザバック辺境伯領へ派遣した艦隊の船であった。
「なんとした事じゃ。 艦隊は壊滅、そしてスブリサの軍勢がこちらに向かっている。 となれば、あの者達は敗れ去ったと考えるしかあるまい」
だが、それを聞いたアフラースィヤーブ=マッサゲタイは疑問を呈する。
「陛下、おかしくはありませぬか。 神獣は足が速いと聞いております。 商会の早馬が先に着くというのは解せません」
「それは、この情報がまがい物という事であるか」
「それは……」
「いや、咎めておるのではない。 まがい物であるならば、その意図は何であり、真相はどうであると考えておるかと、問うておるのだ」
「すみません、思いつきませぬ。 浅慮でした」
「そうか? そんなに愚かな考えでもない。 確実な情報が得られる前に、我に早く国に帰るべきだという助言かも知れぬ。 実際、北部諸侯の動きは不穏だ。 我らに味方する者は減っている。 偽りだからと言って、敵意を持って語られているとは限らぬ」
「おお、さすがは……いえ、感心している場合ではありませぬ。 ならば帰国されますか?」
「いや、そもそも軍を動かすなら、まとめて動かすであろう。 神獣が速いからと言って、神獣だけ先行させる事はすまい。 ならば、情報は正しいと考えてよい」
「ですが、その場合でもスブリサの軍勢が迫っているのは変わりなき事なのでは?」
「それでわしが逃げ帰ったら、兵達や民はどう思う? 敵が迫る中わしを脱出させたのなら、彼らの手柄だが、敵の姿も見えぬ現状では、仕事を途中で放り出したように見えよう」
「そ、そうですね」
「鍵はあの者達が先導した、クタイ伯領を占拠した信者どもじゃ」
「と言われますと?」
「あの信者どもに『神の加護』があるのなら、神獣の侵攻を止められるかもしれぬ」
「そうなのですか? クタイ伯領の件は色々調べましたが、あの者達が信じる『神』については実在しているとは思えません」
信者達の一部は王都に入り、大公にも謁見している。
だが、正に「狂信的な農民」でしかなく、政治的にも軍事的にも利用価値は見られなかった。
もちろん、彼らの語る「神」についても、誰も見た者はおらず、抽象的なうえ「全知全能」という凡そ存在しているとは思えないものだ。
しかも不老不死でただ1柱しか存在しないという。
なぜ、彼らがそんな非現実的な物を信じているのか。 大公たちにとっては、どう考えても空想上の存在としか思えないものだ。
しかし、神との関りが薄い庶民にしてみれば、現実の存在も空想上の存在もあまり違わないのだろう。
「そうだな。 あの者達の『神』が本当に存在しているのかどうかは判らぬ。 だが、もし存在し、かつ何がしかの力をもたらすのであれば、結果として現れよう」
「た、確かに」
大公は勇者が現れる少し前に聞いた声を思い出す。
『汝の悩みに対策を授けようぞ』
(あの声の主、あれこそ奴らの言う「神」の声であったに違いない。 ならば現実の存在だろう。 全知全能だと言われているが、そこは割り引いて考えたほうが良いだろうな。 無知蒙昧な者達向けの「語り」であると)
「陛下?」
「防備を固めよ。 いつ敵が現れるか判らん。 城門の修繕は終わっておるか?」
「は、はい。 応急措置ですが、出来ております」
こうして、大公軍は敵を迎え撃つ準備を進める。
*****
クタイ伯領は反乱軍の中心チームが当座の領主代行となっていた。
だが、コアとなっていた勇者が抜けた今、指導力は低下していた。
人々はただ日々神殿を破壊し、神官を殺し、書物を焼く。 そういった彼ら流の「信仰の証」を立てる行動を各々が勝手に行うのみである。
そしてクロス教に改宗しない者を見つけては、暴力行為に及ぶ。
やがて気に入らない者を信仰心が足りない背信者としてやり玉にあげるようになる。
魔女狩りだ。
書物にしても、宗教的な物だけでなく、実用書なども手当たり次第焼かれる。
本を持っているだけで背信者とされ、本共々焼かれるようになったのだ。
そもそも庶民は字が読めない。
宗教的な本も実用書も区別は付かないのだ。
これでは文明は後退し、文化は失われる。
そしてそんな愚行を誰も止めない。
止めれば、次の犠牲者が自分になるからだ。
それはリーダーとされる中心チームも例外ではない。
これならロベスピエールの恐怖政治のほうがマシかもしれない。
少なくとも、リーダーシップはあったのだから。
また、ピサロの一行も現地の文化・文明・宗教を破壊したが、代わりに自分たちの文化・文明・宗教を持ち込んでいる。
残念ながら、狂信者たちは破壊するだけで、代わりに与えるのは宗教だけであった。
そんなクタイ伯領に向け、スブリサの軍勢が進軍していた。
「秋津殿、ここに侵攻する意味はあるのですか」
ビステルの問いに秋津は答える。
「いくら素人の集まりでも、クロス教の軍勢だからな。 もしガルテアから別の何かが来ていたりしたら問題だし、放置しておけばガルテアの拠点として利用されかねない」
「それに、女王の軍勢としては放っておけないんじゃないか。 女王から領地の支配を任されていたクタイ伯に対する反乱って事は、王国に対する反乱でもある訳だし」
「如何にも」
ゴートも同じ考えだ。 そしてビステルは問いを続ける。
「では、敵兵は全て敵として討つ事になるのでしょうか。 相手は戦士ではなく農民という話ですが……」
「そこはわしも気になっておる所だ。 如何されるかな」
ゴートにしても、農民兵という存在と戦った経験はない。
「そこはゴートさんの判断に委ねたいかなぁ。 ウチらの世界の常識を伝えるけど、ここでの常識とは違うんで」
「ふむ」
秋津は、出自が何であれ正規の兵士として戦場に立つなら、兵士として扱われる事を伝える。
かっちりした身分が問われない世なので、どんな家に生まれたかは関係ないという事である。
そして、「非正規」の兵士もいて、こちらは戦場では兵士として扱われるが、それ以外では兵士としての扱いは受けず、犯罪者として扱われる事も説明した。
「ふむ、農民兵はその、『てろりすと』という存在が近いのかの」
「どうなんだろう。 どっちとも違うような気がする。 兵なら投降を呼びかけるし、テロリストなら皆殺しで良い。 ただ狂信者だと兵として投降を呼びかけても応じないで殉教者になろうとするかもしれないしなぁ」
「そのクロス教の神というものは、民の血を求める者なのであるか?」
「うーん、俺もその辺は詳しくないけど、一神教同士だと絶対和解しないからなぁ」
「異なる神を信じるという事は、戦士でない者の命まで求めずにはおれぬのか」
「あー、それが同じ神を信じてるんだよ」
「なんと? なぜ対立しているのだ?」
「いや、こっちの世界では『同じ神を信じる別の宗教』があって、それらが対立しているんだ」
「そうであるか」
「俺らは違うんだが、そいつらは生活の全てを宗教が決めているから、戦えばもう殲滅戦にしかならない」
「うーむ」
「だから、俺らの世界のやり方だと、皆殺しか、全員捕えて裁くって話。 まぁ捕まえるのは難しいから殺すしかない。 ただ、一般民衆の中に紛れているから、実際は野放しだがな。 だから戦いは永遠に終わらない」
「なるほどの」
「どうする? 悪いが召喚兵でも『兵になってる農民』と『ただの農民』の区別は出来んぞ。 21世紀で出来ない事は、ここでも出来ないんだ」
「判り申した。 陛下からは『反乱軍の撃滅』をするよう御下命を賜っている。 全てを殲滅する想定で臨む事とする。 たとえ無辜の民であっても、血に飢えたガルテアの神を信じるならば、巻き添えになるのはやむを得ない事と存ずる」
「判った」
身を守る事を悪い事だと規定していたり、損得や「お気持ち」、信仰を理由にテロリストの肩を持ち、「国家」の側を誹謗中傷する事が「善行」だとされるような世界と違い、この地では「害を成す者は討伐する」という行為を非難する者はいない。
決定は熟慮する知能を持った者が行い、他者の扇動で物事を決めるような「家畜同然の者」はこれに関わらない。 それ故シンプルに「正しい事は正しい」という決定になるのであった。
こうして、秋津たちはクタイ伯領へと入っていく。
用語集
・ロベスピエールの恐怖政治
フランス革命の一時期の状況。詳しくは検索してくだされ。
・ピサロの一行
インカ帝国を滅ぼし征服した者たち。
・同じ神を信じる別の宗教
宗派の違いの話ではない。同じ神と同じ啓典を持つ者同士である「啓典の民」というくくり。
つまりクロス教と、たとえ独自設定であっても名前を上げる事を禁止しないと我輩を始め、多くの人の命に係わるあの宗教の事である。
・生活の全てを宗教が決めている
日本では葬儀関係とイベント(初詣・ハロウィン・クリスマス)くらいしか関りが無いが、一神教を信じる人々は深く生活に根ざしているし、名前を出せない宗教では法律や憲法よりも「上位」の存在であると考えてよいと思われる。
過激でない信者は、郷に入っては郷に従って「ダイジョブダイジョブ、ここニホンだからカミサマミテナイ」とか言って断食の時に牛丼とか食べてたりするけどな。
二重の意味でアウトだろ。(断食の時に食べて1アウト。牛を食べて2アウト)
でも、厳格に守るのは意識高い系だけなのかもしれない。(その比率は判らないけど)
なので、信者を見てもテロリスト視しないようにして欲しい。 (*玉界隈は例外かもな)