第45話 おっさんズと大公国 その1
勇者一行について、神々が出した結論は「生かして良い」であった。
今後クトゥルーとの戦いにおいて、向こうは支配下にあるガルテアの民を動員して来るのは確実視される。
となれば、その調査は必須である。
彼らが持つ装備の研究においても、最終的に彼らの使う魔法を我々の魔法への変換を行うシステムの解析には、やはり生きている協力者がいた方が望ましい。
とは言うものの、倒された者は勿論のこと、降伏(というか自決)した者であっても、そうそう故郷や信じる神を裏切る事になりかねない研究に、協力はむずかしい。
将来はともかく、現状ではルテティアだけが蘇生されリサエルの元で協力している状態だ。
「こんな世界が、悪魔の世界なはずがありませんね」
天界とスブリサを見たルテティアの感想である。
自分たちは預言者に騙されていたのではないか。 そんな疑念が湧いている。
偉大な預言者が送り届ける世界を間違えるなどという事があるはずも無い。
天使達の強さは本物で、自分たちは計略で討たれたのではなく、戦いに破れたこと。
そして当然神はその天使を上回る力を持っているはずで、預言者は相手の力を確認することなく自分たちを送り出した。 つまり力を調べるために、倒されても構わない存在と考えていた。
そんな捨て駒扱いされた事に気づいてしまったため、ルテティアはリサエルに協力する事を決意したのである。
なお、勇者達の装備は解析の上で、ガルテアとの世界間通信をしている部分は魔力伝達を遮断し、機能しない様に改造された。
その存在が将来災いを招く事が無いようにという処置だ。
向こうから見れば、通信途絶のため破壊されたと解釈されるだろう。
もっとも、預言者モーシェがこの事に気づくのは、もう少し先の話だ。
*****
スブリサとザバックでは王都を奪還すべく、部隊の編制が進んでいた。
勇者達の迎撃で目立たなかったが、大英達は着々と必要なキット制作と召喚を行っていた。
ザバック第2騎士団が全滅したのは予定外だったが、その分は召喚歩兵で対応する事にした。
「BRITISH INFANTRY」の英軍兵50名が作戦に参加する。
市街戦となれば、質だけでは足りない。 ある程度の量が必要になるし、近接戦闘も多くなるため、銃を持つとはいえ数名では不足。
なので、1/72で召喚した1キットの兵員をまとめて投入する事にした。 結果、騎士団より人数が多い戦力となった。
多すぎて移動手段のほうが問題になったりするが、元々騎士団を派遣する想定だったので、馬車で移動してもらう。
馬車と言えば今回フィールドキッチンも随伴するが、水しか要さぬ召喚兵のためのものではない。
王都で炊き出しをするのが主目的だ。
火炎戦車「CHURCHILL CROCODILE」を始め、数両の「低速車両」も派遣戦力に加わる。 以前は進軍速度の関係で見送られたが、今回は馬車の速度に合わせるため、高速車両である必要は無いのだ。
そんな中、1両だけ高速車両が混じっていた。 それは16式機動戦闘車。 陸自最新車両の一つだ。 勇者は5人ですべてではあるものの、やはり戦場では何が出てくるか判らないので、敵をなめてかかるのは良くないのでね。
そんな16式を見て、秋津も感慨深げに語る。
「遂にここまで来たか」
「ああ、1/35に限れば、もう年代による制限は無い」
大英も何か一つやり遂げた感があった。
もちろん、ただ新しいものを選んだわけではない。 戦力だけなら10式戦車の方が強いし。
「とりあえず、装輪だから確実に現地に着けるだろうから安心」
「そうだな。 もっとあると良いんだが」
「こうなるとは思わないからなぁ。 判ってたら8輪とか買っといただろうけど」
そして秋津はこの王都奪回軍に随伴し、召喚軍の指揮を執る。
なお、今回パットン将軍を召喚して副官として付ける事にした。 奪還後はアイゼンハワーに代わって王都の召喚軍指揮官になる予定だ。
アイゼンハワーに関しては、情報では怪我をして療養中という事だが、敵地にいるので、場合によっては処刑される可能性もある。
たとえ無事でもしばらくは任務には就けないと思われるため、パットンの出番となったのだ。
一方、大英は別ルートで王都へと向かう。
ザバックの港に、新しい艦艇が姿を現す。 それは護衛艦「あまつかぜ」。
これも元キットは「みねぐも」同様 1/200 の護衛艦だ。
「みねぐも」「初月」と三隻で艦隊を組み、海から王都へと向かう。 この「あまつかぜ」に乗るのだった。
そんな訳で、今回は艦隊指揮官は「あまつかぜ」の艦長に兼任してもらう事とした。
なお、「あまつかぜ」にはもう一人「要人」が乗る。 女王だ。
(もちろん、お付きの人々も一緒だ)
奪還後は、速やかに戻って頂くのだ。
こうして、王都奪還の軍が陸と海から出撃する。
今回の作戦に航空機は参加していないが、連絡用の航空機は準備している。
何が緊急の事があれば、航空機を飛ばして「あまつかぜ」に連絡を取るという体制だ。
勇者を倒したとはいえ、大公の問題が片付くまでは休戦は継続。
大英と秋津の二人がスブリサを離れる事に問題は無いし、基本的に緊急事態は起きないだろう。
ちなみに「あまつかぜ」の大英にはエミエルが同行、秋津とパットンの乗る車両(M3A1ハーフトラック)にはボトエルが同行しており、天界からの連絡も受ける事が出来る状態になっている。
二人の天使の任務はみ使いの護衛。 王都奪還の戦闘には加わらない。
勇者がいなくなったとしても、他にガルテアからの侵入者がいないことの証明にはならない。 それ故同行するのである。
だが、人間同士の戦争には加わらない。 み使いと召喚軍が参戦するとはいえ、そこには一線が引かれているのだ。
*****
王都にいる大公の元には、まだ情報が届いていなかった。
壊滅した艦隊の残存している船は北上中。 天使が使っていた遠方と通信する魔法も、地上の人々には提供されていない。
結局のところ、勝っても負けてもその結果は伝令が伝えるまで届かないのである。
その日大公は先々王ティワナクを訪ねていた。
「養子の件、承知いただけますかな」
「勝った気でいるのか、大公」
「時間稼ぎをしても意味はありませんぞ、 負ける要素はありません」
「悪いが『貧乏くじ』を引く気はない。 勝ってから出直せ」
女王が無事であればいずれ帰って来るだろう。
先王、つまりティワナクの息子は幽閉され獄中にいる。 もし気を悪くすれば、処刑されるかもしれない。
ましてや大公に息子を開放するつもりが無いとなれば、ここは賭けをするべきではない。 それがティワナクの考えだ。
そもそも、自分に薬を盛った奴の言う事に素直に従う訳もない。
「良いでしょう。 いずれまた来ます」
だが、王国乗っ取りに意欲を燃やす大公に冷や水をかける報告が届く。
侵攻艦隊が壊滅したという報告だ。
「馬鹿な、勇者殿が付いているのだぞ、神鳥に襲われたとしても、そう簡単にやられるはずが……」
「それが、神鳥からの攻撃では無く、見えない敵から攻撃を受けたとの話です」
「なんじゃと、見えない敵?」
「勇者様達の消息は不明です」
自分達が脱出するのに精いっぱいだった兵士は、勇者パーティーが転移で陸へと逃れた事を知らない。
まぁ、その後の戦闘で敗れ去ったのだけどな。
大公は命令を飛ばす。
「おい、勇者殿の消息を確認させろ」
「ですが、ザバック辺境伯領にはこちらの兵はおりませんが……」
「誰が兵士に聞けと言った! タドラルト商会に確認させよ」
「はっ、ははっ!」
勝利は確実だったはずであった。
勇者達の魔法は非常に強力だ。 神獣もろとも破壊された城門を視察した時は、想像を超える破壊力が発揮されたことが伺えた。
そんな強力無比な勇者が負けるなど考えられない。
「一体、何が起きたというのだ?」
大公は不安に苛まれる。
用語集
・年代による制限は無い
正確には2020年代はまだ無理である。 だが、大英に2020年代装備のキットの持ち合わせは無い。
現実の1/35の商品にはウクライナバージョンのM1やレオパルドが存在しているが、戦争前に召喚されている大英は存在すら知らない。
ついでに言うと、現時点でも劇中の21世紀での年月日(召喚後の経過日数を召喚日に加算した年月日)はウクライナ侵攻が起きる前だ。
もし、「ガチャ」から出てきたら、「何だコレ?」と思う事であろう。
(一応アキエルによれば10年くらい未来の物品までは「届く可能性がある」)
まぁその場合別の問題も将来起きるだろうけど。
(ム・ロウ神によれば、帰るときは「同一の日時・時刻」に戻る。 未来の物品を受け取った場合、未来を知る事になる。 それがカップ麺の新製品とか、過去の兵器の新キットなら問題はあまり無いが、未来の出来事が書かれた本や未来の現実に依存するキットだとね。)
・8輪
ドイツの8輪重装甲車とかですね。 75mm砲装備の奴が1/35でありますね。
・パットン将軍
ミヤタ 1/35 ゼネラルセットにある5人のうちの一人。 彼の召喚で全員が揃った事になる。
・気を悪くすれば、処刑されるかもしれない
先々王の認識を現代人の立場で解説すれば、
現代の法治国家なら、親がやらかしたからと言って処遇が変わる事は無いだろうが、古代王国なので、どう転ぶかは判らない。
となる。
2024-03-02 誤字修正
招来災いを招く
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将来災いを招く