第44話 おっさんズと勇者 その8
話は数刻戻る。
飛行場ではOV-10が離陸準備を終え、滑走路端に佇んでいる。 機体の外部装備は一切搭載していないクリーンな状態になっている。
そして今回の作戦のため、キャビン後ろの扉は撤去されていた。
その奇妙な姿を見て、キリエルは大英に問う。
「アレに乗るの?」
「そう」
「ふーん」
オペレーションブレイブダウン
それは勇者と天使と召喚軍の各々の特性・能力から立てられた作戦だ。
召喚軍が敵に優位に立っていたのは、相手の攻撃が届かない距離から攻撃をしていたためだ。
だが、勇者相手だと事情が違ってくる。遠距離砲撃や空爆は大楯のために無効化される。
さらに、敵も遠距離魔法で攻撃して来る。
アイゼンハワー軍が壊滅したのは、射程の優位が不完全になった事が大きい。
射程で勝てず、火力でも勝てなければ、負けるのは当然だ。
ただし、今回はこちらでもエミエルの能力で防げるので、互いに効果なしとなるだろう。
では、中距離ではどうか。
中距離銃撃戦も大楯のために無効化されるのは同じ。
敵の状況も変わらない。むしろ手数が増える。
エミエルは防げるが、数が増えるためさばききれないだろう。
これまでの情報からマリエルやアキエルが推測した範囲では、能力は似ていても、同一でも同レベルでもない。
エミエル<大楯 というのが彼女らの結論だ。
そうなると近距離ではどうなるか。
近距離戦なら大楯は効かない。
だが敵は超人的身体能力や天造兵装並みの武器を持っている。
従って近接戦闘は騎士は勿論、召喚兵士でも無理。
しかし、天使なら話は違う。 規制を掛けずその能力を発揮すれば、良い戦いが出来るはずだ。
とはいえ、どうやって近距離戦に持ち込むのか。
ただ引き付けると、途中の中距離戦でこちらが殲滅されかねない。
一気に距離を詰める必要がある。
・ゲートで現地へ行く
広い平原の中、どこが現地となるかは判らない。
ゲートポイントも無限に設置できるものでは無いし、多すぎれば間違いも起きかねない。
あまり薦められる方法とは言えない。
・天使が自分で飛んでいく
天使はエンジェルシステムで飛べる。走るよりは速い。
でも遅すぎる。到達前に迎撃される。
これは車に乗って行っても同様だ。
・ヘリで空輸して一気に距離を詰める
輸送ヘリの飛行速度は車は勿論、エンジェルシステムよりも速い。
それでもヘリのスピードでは「一気に」とはならず、撃ち落とされる危険がある。却下。
・輸送機で空輸する
天使は飛べるので、降ろすにあたり着陸する必要は無い。
このため、高速な輸送機で上空まで運び、後は自力で飛んで行く。 いわゆる空挺降下だ。
OV-10 なら時速400km以上で突入し、飛行したまま人員を上空から降ろすことが出来る。
これなら、中距離をスキップして一気に近距離戦に持ちこめる。
なお、エンジェルシステムで飛べるから可能な限り速く飛んでも問題ない。
OV-10に乗り込める兵員は最大6名。戦闘に参加する天使全員を収容できる。
なお、飛行中に後部ドアは開けられないので、ドアは予め外しておく必要がある。
そんなわけで、OV-10の出番となったのだが、それでも心配は残る。
そこで、まずは艦隊に砲撃をさせる。
LAMPSIIIのような空中センサーとリンクしてレーダー射撃とか出来れば命中も期待できるが、観測機の目視と無線による口頭連絡ではそんな精度は出ない。
だが、それで十分だ。 敵の気を引くのが目的。
続いて、OV-10の突入直前にテンペストとシーフューリー合計3機でロケット弾攻撃を行う。
迎撃を避けるため、1.6キロの最大射程で発射する。 人間サイズの小目標に命中は期待できないが、目くらましのために行う事なので、問題ない。
なお、ザバック辺境伯領の騎士団が海岸付近にいたのは作戦とは無関係。
単に観戦したかったらしいのだが、生憎海岸から見ても何も見えない。
彼らにしてみれば、「まさかそんな遠くで戦っているとは思わなかった」という所だろう。
こうして、天使達を乗せたOV-10、ロケット弾を装備したテンペスト、シーフューリーが離陸し、目標へと飛んでいく。
そして大英やアキエル達は、ジープ等で地上から現地へと走る。
飛行中のOV-10機内で、ミシエルが疑問を口にする。
「連中転移が出来るって事だよな」
キリエルが応じる。
「でしょうね。 上から見ていたのに海上を走る人影とか観測できていないし」
「なら、いきなりスブリサの城に現れたりしないかな」
「それが出来るなら、最初からやってるでしょ」
「そっか」
そうしているうちに、OV-10は現地へと近づき、3機の戦闘機は散開し、高度を下げ速度を上げて攻撃態勢に入っていった。
「いよいよよ。 皆さん、抜かりなく」
リサエルの声に残り4人が応える。
「はい」「おう」「うむ」「お任せを」
そして現在。
OV-10から飛び降りた5人の天使は、勇者たちの前に立ちはだかる。
「さーて、アンタ達の旅はここで終わりよ。 覚悟なさい」
「あ、貴方は、天使様! なぜ、ここに? それに終わりって?」
驚くルテティアにキリエルは説明する。
「ここは私たちの世界。 貴方たちが倒そうとしている『悪魔』なんて何処にもいないのよ」
「そんなはずはありません。 私たちは預言者モーシェ様の導きでこの地に来ました」
「それが間違いなのよ。 貴方たちは騙されている。 そもそも、ここが何処なのか知ってるの?」
「悪魔の支配する別の世界です」
「はーっ、別の世界なのは合ってるわ。 ここはレムリア。 貴方方の住むガルテアとは別の世界です。 貴方たちは、ガルテアとは何の関係も無いこの世界を壊しているの」
「関係はありますわ。 悪魔を倒すのは私たちの使命です。 悪魔が何処に逃げても、何処に隠れても、それを探し出して倒します。 匿う者は容赦しません」
「だから悪魔なんていないんだって」
「天使様ともあろうお方が、なぜそのような嘘を語るのです」
話はかみ合わない。
実在の神が何柱も存在するレムリアの者達と、自らが信じる神以外は全て「神を語る悪魔」と考える唯一神信者。
しびれを切らしたロンデニウムが口を開く。
「堕天使ってのは黒い翼を持ってるって思ったけど違うんだな」
「ロン!」
「もういいティア。 俺たちの邪魔をするんだ。 こいつらも悪魔の手下って事だ」
「仕方ないわね。 空想の神にすがって現実を受け入れられないのなら、侵略者として排除するまでよ」
「空想だと! 父なる主を愚弄するか! 尻尾を出したな悪魔の遣いめ!」
ロンデニウムは剣を抜く。 それを合図に、パーティーメンバーも武器を構える。
そして、天使達も戦闘態勢に入る。 リサエルは軽く頷くと、天使達に命令する
「話はここまでです。 大いなる創造神レリアル・ロディニア、及び慈愛の豊穣神ム・ローラシアの名において、天使達よ、ダゴンの手先を討ちなさい。 やっておしまい!」
「おらぁ! 悪魔を滅するは我ら勇者の義務・使命! 行くぞ!!」
ロンデニウムは正面にいたキリエルに斬りかかる。
神速の斬り込みはこの世界では誰にもかわされる事無く、確実に相手を葬ってきた。 元の世界ガルテアでも、これをかわせたのは四天王とか呼ばれるような幹部クラスだけだった。
だが、キリエルはそれをあっさりとかわす。
「馬鹿なっ!」
「遅いわね。 止まって見えるわ」
「なるほど、わざわざ出てきたのは伊達じゃないって訳か。 ならコレでどうだっ!」
左右のステップを加え、複雑な動きを始めるロンデニウム。 やがてその姿は三人いる様に見えだす。
「面白い手品ね」
そう言うと、キリエルの姿も三人に分裂する。
三対三となった二人は各々別々の動きで格闘状態になる。
「おらぁ!」
ロンデニウムの剣戟がキリエルの背中を捕らえる。 だが、次の瞬間その姿は二つにならずに掻き消え、逆にロンデニウムの頭にキリエルの手が当たり、首から上が炎に包まれる。 そしてこちらも倒れるのではなく、消え去る。
「くそっ」
「こっちよこっち」
ロンデニウムとキリエルが戦っている横で、ゴデエルとテノチティトランが激突していた。
「フンン」
「うおっ」
大楯の魔法は稼働していないが、普通の盾としては使える。 だが、ゴデエルの巨体はその大楯ごとテノチティトランを弾き飛ばす。
「やってくれるな、だが俺も一流の冒険者。 この程度で倒せると思うなよ」
「フン、わいがただ力まかせでぶつかるだけと思ったら大間違いやで」
普段無口なゴデエルだが、戦いに興奮しているのか、饒舌になっている。
そして、ボトエルはウィンドボナと対峙している。
「ちっ、なかなかやるわね」
「なんの、まだまだ序の口、ポチっとな」
「なに?」
ウィンドボナの周りに何十個もの小さな飛行物体が現れて取り囲む。
スパッと動きを止めたウィンドボナは、何か針のような物を飛ばしてその一つに当てる。
すると、そのサイズからは想像しがたい大きな爆発が起きる。
触っていれば、腕の1本は持っていかれたかもしれない。
「ほほう、気が付きますか」
「よくある手だからねっ!」
そう言うと、いきなりウィンドボナの姿が消え、数メートル離れた所に移動していた。
浮遊物体は一つも爆発していない。
「やりますね」
「なーに、あんだけ派手に爆発したのに誘爆しなかったんだ。 手はあるって事だろう」
そこから少し離れた所ではリサエルの魔法が炸裂し、ルテティアが爆炎に包まれる。
「あら、冬に備えた暖房ですか?」
「まぁ、そんな気はしたわね」
ルテティアは涼しい顔で全く無傷。 着ているローブにも焦げ跡一つない。
「残念でしたね、テノチティトランの大楯が無ければ魔法が通じるとか思いましたか?」
「いえいえ、単なる小手調べ。 一流の魔導士なら、魔法に対抗するパーマネント防御の一つや二つ、あって当たり前でしょう」
だが、リサエルの詠唱無しに次々と放たれる魔法により、ルテティアは攻撃魔法を唱える暇が無い。
「どうしました? 守ってばかりでは私は倒せませんよ」
「そうですわね。 これは困りましたわ」
時間稼ぎをしてくれる前衛がいないため、大魔女の力はまるで発揮されない。
こうして勇者パーティーの5人は分断されたのだが、それはヒーラーの支援も機能不全となっている事を表していた。
「くっ、卑怯じゃないか! 正々堂々と戦えよ」
「何を言ってるんだい? ちゃーんと一対一で戦ってるじゃないか」
「だからそれが卑怯だと言ってる!」
「全く、自分は安全な所で騒ぐだけだったのかい。 僕だってそこまで引きこもってばかりじゃ無いのに」
ミシエルはアンティグアを他のメンバーから引き離し、治療が行えないようにしている。
「なにおっ!」
と怒るアンティグアの隣に人形が現れ、彼を殴る。
「うわっ」
殴った人形は直後姿を消す。
「君、本当に戦場で戦ってたのかい? 勇者の後ろでサボってたんじゃないのかい」
「な……」
その直後、今度は後ろに人形が現れ、彼を蹴る。
「うわぁぁ」
アンティグアは姿勢を崩して後ろに倒れる。
「やれやれ、僕の相手はとんだ三下だね」
アンティグアは起き上がると呪文を唱え始める。
「天にまします主よ、水と生命の天使よ……ぐあっ」
「そんなのんびりした詠唱、させると思うのかい」
5人の天使は5人の勇者パーティの面々と各々一対一での戦闘に持ち込む。
この地に来てから大して連携を必要としていなかった勇者達だが、今回ばかりは連携したパーティ戦闘が必要な相手だ。
だが、分断されて個々の戦闘となり連携は出来ない。
状況の悪さを認識したロンデニウムは大声で叫ぶ。
「ここが正念場だ! 俺たちの本気を出せ!」
そう言うと今まで振るっていた勇者の剣を収納に仕舞って、聖剣ドネガルを取り出し抜く。
そして残り4人の目つきも変わる。
「絶対魔法防御!」
省略詠唱によってルテティアは光に包まれる。
「カメレオンモード!」
ウィンドボナの姿が消える。 だが、ここからいなくなったわけではない。
「マッスルファイト!」
いきなり筋肉隆々になるテノチティトラン。 その姿は体が一回り大きくなったかのようだ。
「ゴッドブレス!」
アンティグアの叫びと共に勇者パーティの面々に光の雨が降り注ぐ。
調べるまでも無く、面々の能力が強化されている事が判る。
「堕天使さんよぉ、俺たちの本気、見せてやるぜ。 感謝して後悔しな」
ロンデニウムはニヤリと笑う。
用語集
・可能な限り速く飛んでも問題ない
一般の何十名(C-1輸送機なら45名だとか)の空挺降下では約210km/hで飛ぶとされています。
理由は速すぎると「最初に降りた人」と「最後に降りる人」の距離が開きすぎるため。
地上に降り立った時、あまりにバラバラでは作戦に支障が出るためです。
今回の事例だとパラシュート降下ではなくエンジェルシステムでの飛行なので、機外に出るタイミングの違いは簡単に吸収できます。
まぁ、そもそも降りる人員は5人しかいないので、時間差自体大して無いのですけどね。
・LAMPSIII
ヘリの搭載センサーと艦のシステムをリンクし、一体運用できるとされている。
本当に本文で書いたことが可能かどうかは、資料不足(昔IIIが登場する頃に丸の解説見たんだけど、当該の丸は探せんなぁ)のため、判りません。
・人間サイズの小目標に命中は期待できない
現代のヘリのように19発入りポッドから斉射とかいう話なら、有効打もあるかも知れないが、3機合わせて16発。
これでは当たる事は期待できない。
なお、シーフューリーは本来ロケット弾を12発搭載できるが、キットでは4発しか搭載していない。 なので、召喚しても実体化するロケット弾は4発しかない。
これが2機で8発。 そしてテンペストは同じく8発搭載。 合計16発と言う訳。