第44話 おっさんズと勇者 その7
海岸近くの森の中。 5人の人間が休んでいる。
「結局、私たちしか連れて来れなかった」
「すまん、俺がもう少しがんばる事が出来れば、もっと岸に近づけたハズなんだが……」
「仕方ねぇ、大公には悪いが俺たちにも限界はある」
テノチティトランの大楯が限界に達したところで、ルテティアが目視範囲内転移の魔法でパーティ5人を岸に見えた森へと瞬間移動させたのだ。
ただ、この魔法、目標までの距離が遠ければ遠いほど連れていける人数が減ってしまう。
船は岸へと向かっていたが、十分近づく前に大楯が限界を迎えたという事だ。
実のところ、5人転移するにはちょっと遠かったので、勇者達4人はルテティアの体にしがみついて転移した。 もちろん詠唱の邪魔にならない様に配慮して。
そのせいで女性である事への配慮は省略する事になったが、生きるか死ぬかの事態なので、そこは容赦してもらった。
「艦長、もう沈むのが判ってたのに、私達だけ逃げると言うのに、落ち着いて敬礼して見送ってくれた……」
「ああ。 あれが海の男って奴だ」
ルテティアとロンデニウムは艦と運命を共にしたであろう艦長の事を思い、涙した。
そしてロンデニウムは気を取り直すと檄を飛ばす。
「みんな、顔を上げるんだ。 ここで嘆いていも仕方ない。 俺たちを送り出してくれた船団のみんなの犠牲を無駄には出来ない。 これから俺たちは悪魔を討つ!」
「そうだな、ロンの言う通りだ」
テノチティトランも意気を新たにする。
「ちょっと待って、森の外に何か居る」
ウィンドボナが指さすほうを見ると、二十数名の人影が見える。 どうやら騎士団のようだ。
「悪魔に与する邪教徒の騎士か。 弔い合戦だ! まずはあいつらを血祭に上げてやるっ」
ロンデニウム達は森を飛び出すと、騎士達に襲い掛かった。
それは海戦を視察に来ていたザバック第2騎士団であった。
勇者の襲撃を受け、直ちに応戦するが所詮は普通の騎士と従者。 勇者たちの敵では無かった。
せっかく敵の目を巻いたのに突撃しちゃうの? いえ、彼らは巻いたとは思ってません。
彼らにとっては短距離転移は「凄い切り札」ではなく、「よくある事」だったのです。
一流の魔法使いなら誰でも行使出来る魔法。
だから、それで敵の目を欺けるとは思っていなかったのです。
このため、目の前に現れた騎士団を見て、いつもの様に突撃して無双してしまったのです。
そもそも彼らにスネークする習慣はありません。
ボスのいるダンジョンに入ったところで、すぐ敵が現れて戦闘になるのが当たりまえ。
「避けて避けていきなりボスの間に現れる」なんて戦い方をした事などありませんし、やろうと思っても出来ないでしょう。
まぁウィンドボナが一人で行くなら話は別ですが。
ちなみに天使達にとって短距離転移は高難易度の魔法だったりします。
「それが出来たら楽だよねぇ」と嘆く程のね。
転移を得意とする天使か神でなければ困難なお話。
あぁ、数メートル程度の壁抜けなら簡単に出来ますけど。
なお、得意な天使だと「自分」は転移できるのですが、自分だけ転移しても意味ない話ですよね。
後は視認範囲の数キロ先にゲートを開くといったやり方ならいけるでしょうけど、こちらも神でないと困難。
敵の出現位置が確定しているなら、予めゲートポイントを設置しておけば良いのだけれど……。 どこに現れるかを数十メートル単位の精度で予測するのは無理だしねぇ。
なので、大英達にも短距離転移の可能性については話していませんし、クロス教の逸話でも瞬間移動のような話は大英も聞いたことが無いため、全く想定しておらず、結果として零観は彼らを見失う事になったのでした。
さて、話と語調を戻しましょう。
騎士団は僅かな時間で全滅の憂き目を見たが、その戦いは無駄では無かった。
*****
勇者たちを探して上空を旋回する零観は、海岸近くに展開していた騎士団の異変を察知した。
「あれは……何だ?」
「どうした、見つけたか」
「それが、ザバックの騎士団の様子が」
「うん? まさか、近づいて確認だ」
「はい!」
零観は騎士団が戦っている相手が勇者だと確信し、直ちに報告を送る。
報告を受けた大英は作戦の第二段階開始を指示する。
*****
騎士達を殲滅した勇者パーティはウィンドボナの提案でそのまま南へ進む。
「南へ進めば都があるはず。 そこでスブリサへの道を聞きましょ」
陸に上がればいつも通りの勇者達であった。
だが、南へと進む彼らの元へ、砲弾が飛んでくる。 ただ、その砲撃にはあまり正確性は無い。 何十メートルも離れた所に着弾するばかりで、直撃コースの砲弾は無い。
「くそっ、海の奴らに見つかったか」
「きっとアレだよ」
ウィンドボナが空を指さす。
そこには高空を飛ぶ神鳥の姿があった。
「まさか、アレが? どうやって?」
「きっと見た事を伝える魔法があるんだ。 だからずっと上を飛んでる」
「そんな馬鹿な、僕もティアさんもそんな魔法知らないよ」
アンティグアは信じられないという顔だ。
しかし、姿を見せないまま海からの砲撃は続いている。
「こっちから見えないんだから、向こうからも見えないはず。 船みたいに高いマストがある訳じゃ無いんだから」
「厄介だな、ティアあれを落とせないか?」
「無理よ、あんな高い所じゃ、魔法は届かないわよ」
ルテティアの魔法を以てしても、届かない。 これでは打つ手も無い。
そうしていると、着弾が今度は後ろの方に集まる。 このままだと、近くに落ちるのも時間の問題かも知れない。 落ちた砲弾は爆発するから、直撃しなくても距離によってはダメージがある。
「オッサンどうだ、大楯は」
「すまん、まだ無理だ」
「仕方ない、MP回復薬を使うか」
「まてロン、それは悪魔との決戦用に温存してる奴だろう。 今手を付けるのは……」
「うう、そうだったな」
「こんな事ならもっと沢山持って来るべきだったわね。 田舎の村でも売ってるものだからすぐ買えると思ったのに、こっちじゃ何処にも売ってないなんて……」
ルテティアも後悔の言葉を語る。 テノチティトランは皆に声をかける。
「とにかく走ろう。 時々方向を変えれば、かわせるさ」
「あの神鳥はどうする?」
「手が出せない物について考えても仕方ない。 見られてる前提で注意するだけだ」
「そうだな」
勇者たちは走り出す。 その速度は速く、砲撃は追随できない。
「ふっ、流石はオッサン。 年の功って奴だな。 やっぱピンチの時は頼りになるな」
「よせやい、おだてても何も出ないぞ」
だが、そんな彼らの前に別の音が迫る。 それも3方向から。
「何だ? この音は……」
「見て、神鳥よ、こっちに来てる!」
「こっちもだ」
「囲まれたね」
「なーに、来るなら落とすだけだ!ティア!」
「判った、任せて!」
だが、近づいてくる途中、結構距離がある所で神鳥から何かが飛び出した。
想定より早い攻撃な上、その「何か」は火を吹きながらとんでもない速さで飛んできており、ルテティアの詠唱は間に合わない。
「ダメ!みんな伏せて!」
三方から飛んできた幾本ものソレは彼らの近くにばらけて着弾し、爆発する。
直撃したものは無く、爆風による被害も限定的だ。 少々の断片や熱風程度なら無力化できる防御魔法が彼らを守っていた。
もうもうと立ち込める煙。
その煙が晴れた時、彼らの目の前、その少し上に数人の男女が浮いていた。
「さーて、アンタ達の旅はここで終わりよ。 覚悟なさい」
天使の翼を広げ、頭上に光る輪を頂く者達が、彼らの行く手を阻む。
用語集
・女性である事への配慮は省略
具体的な事は諸氏の想像にお任せする。 なお、しがみついている人の内1名は女性であるウィンドボナなので、そんなにまずい事にはなっていないと思われる。
・騎士達に襲い掛かった
隠密行動という概念は彼らには欠けている。 細かいところは今回本文に埋め込んどいた。