第44話 おっさんズと勇者 その6
旗艦「みねぐも」艦橋。 通信士が艦長に報告をしている。
「零観より通信、艦隊中央部大型艦4隻撃沈確実、1隻大破炎上中。 艦隊に乱れあるも依然南下を継続。 超人が海上に脱出した様子は見られず。 砲撃を継続されたし」
「うーむ、外したか」
艦隊司令を兼任にしている艦長の声に副長が応える。
「そうですね、超人の乗った船が沈めば動揺もあるでしょうし、脱出した様子も観測されないとなれば、位置を変えた可能性がありますね」
「まぁ良いわ。 全艦沈めれば良いだろう。 本艦は前衛を撃つ。 初月は後衛を狙わせよう。 砲撃を継続!」
「みねぐも」は1回あたり各砲塔4発つづ(各砲身2発づつ)の砲撃を続ける。
2隻は既に別行動をしていた。
「みねぐも」は敵艦隊南方で頭を抑え、初月は敵艦隊と岸の間に入っている。 敵が砲撃を避けて逃げれば、勇者達が脱出して海上を走る場合もその距離は長くなり、魔法行使による疲労を拡大できるという目論見だ。
両艦とも大公の艦の位置は把握して砲撃している。 水上レーダーや目視で敵艦のマストを確認しているので、砲撃には支障はない。
4隻の撃沈中2隻は「みねぐも」で、初月の戦果も2隻。 そして大破の艦は「みねぐも」の3インチ胞弾によるもの。
3インチでは流石に火力が少々足りないようで、撃沈した2隻は両方とも2発当てていたりするが、大破の艦は1発しか被弾していない。 一方、初月の100mm砲弾はいずれも1発の命中弾で致命傷を与えている。
両艦は距離を維持するよう運動し、不用意に近づかないようにしている。 それは超人による魔法攻撃を警戒しての事であったが、彼らが想定していない効果も発揮していた。
*****
「くそっ、不可視の魔法か!」
勇者達は飛んでくる砲弾を見つける事で砲撃を受けている状況は理解できたが、流石に小さな砲弾の弾道を正確に把握する事は出来なかった。
つまり、「どこから砲撃を受けているか」「敵までの距離はどの程度か」が判らなかったのだ。
流石に彼らも「水平線の向こう」という概念はある。 少なくともルテティアやテノチティトランは、遠くになれば見えなくなるという知識はある。
しかし、そんな遠くから撃たれるとは思わなかったため、「敵の姿が見えない=不可視の敵」となってしまっていた。
そして大公の船のマストには檣楼員が配置される円柱状の部位は無い。 高いところに登って遠くを見るという概念自体がまだ無かったのだ。
ロンデニウムは次々と被弾炎上し、沈んでいく船を見てテノチティトランに聞く。
「オッサン、大楯はいけるか?」
「やれなくはないが、艦隊全体は無理だ。 近くの船までなら守れなくはないが、そんな遠くまで守っていたらすぐに魔力が尽きちまう」
「くそっ、仕方ねぇ、このコタロハナだけでも守ってくれ」
「わかった」
この決断が間に合った。
直後に隣を航行中のオクテドニアン号が3発の直撃弾を受けて轟沈。 続いてコタロハナにも砲弾が飛んできた。
「これは……きついな」
一度に8発の3インチ砲弾を「処理」した負荷がテノチティトランに疲れを呼ぶ。
「数が多いし重いうえ速度も速い。長くは持たねぇ」
さらに艦隊後部でも爆沈する船が出始める。
「くそっ、このままじゃ全滅だ」
「おかしいね」
「ん、何がだ?」
ウィンドボナの発言にロンデニウムが問う。
「いや、本人が姿を消していても、発砲すれば火が見えるはず。 飛んでくる弾だって見えるんだし」
「まさか、水平線の向こうから?」
ルテティアがやっと気づく。
「ちょっと登ってみるよ」
「気をつけてね」
ウィンドボナは揺れるマストを登って上端部分に行くと叫んだ。
「いた! 敵は船だ! 前と右にマストが見える」
「なんてこった! ティア、いけるか?」
「無理よ、あんな遠くまで届かせるなんて」
そもそも、遠くて目視出来ない相手を攻撃する魔法はルテティアの知る魔法には無い。
近くであっても、矢などを迫撃砲のような弾道を描いて飛ばすことは出来たとしても、術者と敵を視認している者が別々などと言う魔法の運用は存在しない。
ましてや、目標の正確な位置が判らない様では当たる事もない。
まぁ今回はそもそも遠すぎて届かないので、ルテティアがマストに登って魔法を放つというのも無理な話。 というか、そんな不安定な所で棒にしがみついた状態では詠唱も失敗するだろう。
ここでアンティグアが疑問を持つ。
「ちょっと待って、前進しているのに前にいる敵には近づいてないの?」
「船なら敵も動いてる。 多分距離を維持するようにしてるんだろう……って、また来た!」
テノチティトランの見解に皆同意する。
「仕方ない、艦長! 全艦岸に向かってくれ」
「し、承知いたしました」
「そっか岸の方の敵なら距離を取ろうにも、限界があるか」
アンティグアの言葉をロンデニウムは否定する。
「そうじゃない。 敵船だって下がれなくなったら北か南に行くだろ。 オッサンも長くは持たねぇ、脱出の準備だ」
「そ、そうか……」
「でも、どうするの、岸まではまだ遠いわよ。 敵が逃げなかったら……」
「その時は魔法で沈めるだけだろ、むしろ逃げられた方が辛い」
「そっか」
「だが、岸までは持つかどうか判らん。 ティア、脱出の方法は判ってるな」
「……うん、でも船に乗ってる全員は無理よ」
「しょうがない。 勇者とおだてられてても、所詮俺たちはパーティーで戦いをする冒険者って事だ」
「……」
*****
零観が2つの報告を送る。
一つは大公艦隊の動きが変わり、岸に向かっている事。 もう一つは艦隊の前衛に「砲撃が行われていない」事だ。
「どういう事だ、岸に向かうのは判るとして、砲撃していないとはどういう事だ」
「艦長、これは超人の魔法で砲撃が無効化されているのでは無いかと」
「ああ、あれか。 だが、全部ではないのだな」
「ええ、後衛には砲撃が届いているので、有効範囲があるのでしょう」
「しかし、これでは勇者の船は沈められんな。 やはり艦隊戦だけで決着は無理か」
「我らとしては無念ですね」
「仕方あるまい。 しかし岸に向かうって事は連中遮る初月を突破して、ここで上陸するつもりか」
「でしょうね。 近づけば攻撃が出来るでしょうし、やっぱり不安になれば陸に上がりたくなるでしょう」
「だな。 閣下に連絡だ、位置に誤差はあれど決戦場は『予定通り』と」
「はっ!」
そこへ同じ情報を受け取った初月から意見具申が届く。
「初月は『留まって敵を迎え撃ちたい』と言ってきてます」
「さすがは日本海軍の軍人達だな。 だがここでリスクは取れない。 申し訳ないが北に脱出して距離を確保してもらえ」
2隻しかない戦闘艦のうち1隻を失うようなリスクは避けるべき。 それが指揮を任された「みねぐも」艦長の判断だ。
命令を受け、初月はそれに従う。
「みねぐも」は目標を変更し、他の船を砲撃する。
大楯は魔法で動作していると推測されているので使えば疲労がたまるため、いつか限界が来ると想定されるが、その限界が不明な以上、先に外の船を始末しようという判断だ。
やがて大型船は1隻のみとなる。
一方小型船は20隻中1隻は巻き添えで沈んでいるが、まだ19隻が残っている。
しかし、小型船はマストが低く、現在の距離を維持したままでは位置を正確に調べられないため、有効な砲撃は難しい。
とはいえ、近づくのは危険なので、一旦無視して残った1隻の大型船に砲撃を集中する。
やがて状況に変化が起きる。
それまで砲撃など無かったかのように何も起きていなかった目標の周りに水柱が立ち始め、まもなく直撃した炎が上がる。
そして、旗艦と目された超人の乗る船は海に没した。
だが、その近辺に「水上に立つ人影」は見当たらない。
零観は高度を下げて確認しようとするが、海面にあるのは破壊された船の木材と、投げ出された兵が漂流する様だけだった。
それらの兵士の内何人かは小型船に救助されているようだが、勇者らしき姿は見えない。
一般兵士ですら助かっている者がいるのだ。 超人が海に沈んだとは考えられない。
零観は各所に無線を送る。
「想定外事態発生、超人団行方不明。 繰り返す、超人団行方不明」
用語集
・檣楼員
マストのてっぺんにある丸い床と手すり(または低い壁)に囲まれた場所で望遠鏡を見ている人。
というイメージがありますね。 この地の場合、まだ望遠鏡が発明されていないので、仮にあっても肉眼で見る事になるのですが。
・詠唱も失敗するだろう
魔法の種類によっては「詠唱」の内容に言葉だけでなく姿勢やポーズも含まれる。 大魔法ならなおさら。
魔法使いが体の動きを制限される鎧兜を身に着けない理由の一つだ。
なので失敗どころか、そもそも詠唱自体不可能。
・初月はそれに従う
初月艦長は中佐、「みねぐも」艦長は二佐。 階級上は同格だが、「みねぐも」艦長は大英の指示により艦隊司令を兼任しているので上級。
まぁ、仮に三佐だとしても上になるのだけど、その場合は「渋々従う」みたいな事になったかもしれない。
そもそも初月艦長が先任だしな。(年次でも召喚順でも)
なお、実際の初月艦長は戦死後大佐に昇進しているが、召喚時の状態での階級なので中佐である。 本人も大佐と呼ばれた事は無い訳だし。
2025-07-16 誤字・脱字修正
まで19隻
↓
まだ19隻
小型船マストが低く
↓
小型船はマストが低く