第44話 おっさんズと勇者 その5
ここ数日、哨戒機「ロッキード PV-1 VENTURE」はザバック辺境伯沖からヌヌー伯領沖の間を1日1往復、行きは海、帰りは陸の上空を飛ぶという哨戒活動をしていた。
そしてその日、もうすぐヌヌー伯領沖に到達するという海上で、南下してくる大船団を発見した。
「どうやら閣下たちの予想通りになったようだな。 直ぐに連絡だ」
通信で第1報を連絡した後、詳細を確認すべく高度を下げる。
「大きいのが20隻、小さいのが……これも20隻か。 数は違うが以前来襲したと聞く大公の艦隊と同じ構成だな」
すると、中央の大型船から炎を纏った矢が飛んでくるのが見えた。
「なっ、この距離で撃って来るのか!」
左に急旋回して回避行動を取りつつ高度を下げる。
逃げるなら高度を上げるかと思うかもしれないが、飛行機という物は高度を上げると、運動エネルギーを失って速度が低下してしまう。
もちろん強力なエンジンパワーがあればある程度相殺できるが、哨戒機にそれを求めるのは無理という物。
戦闘機だとしても運動が緩慢になるので、回避時に上昇することはめったにない。
かえって狙われやすくなるので、回避する際は高度を下げて位置エネルギーを速度に転換するのが定番なのだ。
矢は軌道を変えてPV-1を追うが、その速度について行けず、引き離される。
PV-1はそのまま退避し、飛行場へと帰還する。
日々の哨戒に飛んでいたが、爆装はしていないため、反撃という選択肢はない。
いや、前方固定機銃も積んでいるので、攻撃も出来なくはないが、勇者と呼ばれる超人を相手にするには力不足だ。
PV-1からの連絡を受けた飛行場から、電信で城に敵艦隊発見の報が届く。
大英達は直ぐにアキエルに連絡を取り、作戦会議を開く。
天界への連絡はいつもと違い、リサエル達がいるので能動的に連絡が取れる。
「ついに大公艦隊のお出ましか。 この間痛い目を見てるのに来るって事は、超人が乗ってるんだろうな」
「もしかしたら艦隊は囮で、超人は地上から来てたりしてな」
「おいおい、それはマズイだろ」
「まぁ、無いだろ。 艦隊を囮なんかにしたら、人的被害はえらい事になる。 無人艦隊なんて無いんだし」
秋津と大英は軽いノリで話をしている。
そこへ伝令が続報を持ってくる。 電信ではあまり細かい事は伝えられないので、伝令が必要なのだ。
そして、伝令は哨戒機が攻撃を受け、回避して撤収した事を伝えた。
「どうやら乗ってるのは間違いなさそうだな」
「そうだな、自信がある奴は余り変な奇策は取らないだろうしな」
秋津は勇者パーティーの乗船を確信し、大英も同意する。
この地の魔法使いでは届かせられないような高い高度に「燃えている矢」が飛んできた事から、少なくとも魔法使いは乗っている。
そして全員が一緒に行動している可能性が高いと考えれば、乗ってるのが魔法使い一人だけとは考えにくい。
そこでゴートが質問をする。
「それで、敵はいつ頃こちらに現れるのであるか」
「そうですね、何も無ければこの距離なら……、おそらく明日の今頃にはザバック沖に現れるでしょう」
「となると、迎え撃つなら作戦通りザバックの都北方にあるサリバツ平原の沖合辺りになりますな」
「ええ」
大英はザバックの港沖合に佇む「初月」と「みねぐも」に出動準備を命じた。
初月は蒸気タービン艦なので、動き出すまで半日近くかかる。 だが、その巡航速度を考えれば、十分間に合う。
ちなみに「みねぐも」はディーゼル艦なので、機関の始動にかかる時間は大して気にする必要は無い。
「しかし、船に乗ってるなら、そのまま沈めてしまえばそれで終わりでは無いですか」
ビステルの問いに、大英は「そうなんだけどね」と対応してから告げた。
「勇者を名乗っている超人がクロス教関係のエピソードを実現できるなら、船を沈めても終わらない」
「そうなんですか」
「水の上を歩けるかも知れない」
「そんな事が!?」
「だから『オペレーション・ブレイブダウン』を計画したんだ」
「そうなんですね」
ビステルも計画の概要は知っているのだが、イマイチ「そこまでする?」感があったのだが、やはり何が起きるか判らない状況に備える事が必要なのだと改めて思うのであった。
そして、天界からアキエルとエミエル、そしてレリアル陣営のミシエル達が合流し、最終調整を済ませると、女王は宣言した。
「ではみなさん、『オペレーション・ブレイブダウン』よろしくお願いいたします」
これを受け、アルル執政官と一同が応える。
「はっ、お任せください」
「「お任せください」」
*****
南下を続ける大公国艦隊の旗艦コタロハナ号の甲板で、勇者ロンデニウムと大魔女ルテティアが空を見上げていた。
「どうだった」
「駄目ね、神鳥ってあんなに速いとは思わなかったわ」
「だが逃げちまったって事は、ティアの魔法を恐れていた。 つまり当たれば落とせるって事だろ?」
「だと良いけど」
「また来るかも知んねぇな」
「今回は様子見でしょうから、次は戦いに来るんじゃないかしら」
「だな」
ロンデニウムは艦長に空から神鳥が来るかもしれないんで、空の警戒を厳しくするように指示した。
しかし、彼らの予想に反し、その日は神鳥は現れないまま日が暮れた。
艦長はロンデニウムに問う。
「勇者殿、日が暮れましたがどうしますか、夜では神鳥が飛んでいても見つけるのは難しいかと」
「そうだな、神鳥が飛んでいればあの大きな音がするだろう。 俺らが起きていれば聞こえるが、寝てると気づかないかも知んねぇ。 空は見なくていい。 音がしたら起こしてくれればいい」
「承知いたしました」
「あと、艦隊を組みかえよう。 この船を先頭に。 近づいてくる敵を少しでも早く見つけたいからな」
「承知いたしました」
そして夜が明ける。
アンティグアは気分が悪そうだ。
「どうしたアンティ、船酔いか?」
「ロン、すまない。 船酔いじゃないんだけど……」
「眠れなかったんでしょ。 決戦前はいつもじゃない」
「ああそっか。ボナの言うとおりだな」
「面目ない」
「良いって事よ、落ち着いたら魔法で直しとけ」
「ああ、そうする」
どうやらアンティグアは寝不足による虚弱状態に対処する魔法が使えるようだ。
なんだろ、ドリンクの魔法だろうか? それ使ったら24時間戦えるのではなかろうか。
そして昼が近づいてきた頃、彼らの警戒する神鳥が姿を現した。
だが、彼らの予想に反し単機で、しかもやたらと高い所を飛んできていた。
「なんだ? どうするつもりだ?」
すると、艦隊中央を航行していた大型帆船ジャッキートガ号が爆発した。
「な、なんだ!」
ジャッキートガ号は炎上している。 また周辺にはいくつもの水柱が上がっており、何かが降って来た事が伺える。
そしてその隣に居たオールスタープトン号の周辺にも水柱が上がっていて、何かが当たるのは時間の問題に見えた。
それを理解したロンデニウムが叫ぶ。
「攻撃だ! 何かが空から降ってきている!」
ジャッキートガ号は沈み始めていた。 それを見てルテティアが悲鳴に似た声をあげる。
「なんて事、もう傾いてる。 沈んでしまうわ」
「それより、隊列を組み替えなかったら、このコタロハナがああなってた」
ウィンドボナは冷静に状況を分析する。
そしてロンデニウムは周りの皆に警告を発する。
「とにかく、空だ! 敵は空に居る!」
だが、彼らが空を見上げても、神鳥の姿は遠くで、何かを撃ちだしている様子も無い。
そんな中、ウィンドボナが攻撃の正体に気づいて神鳥が飛ぶ方向とは違う方向を指さす。
「あれよ、何か小さいものが幾つも飛んできている! 王都にいた大砲の弾って奴じゃないかしら」
「馬鹿な、ここは海の上だぞ! それに前から飛んできてるじゃねぇか!」
「でも、飛んで来てるって事は何かが撃ってるんでしょ! すごい数だけど……」
その弾は1発2発ではない。 8発くらいがまとまって飛んで来ているようだ。
「そんな馬鹿な……見えない敵だと!?」
前方には何も見えない。 ただ凪いだ海が広がるだけ。
だが、彼らを襲う攻撃は、姿を消すインビジブルモンスターが行っているのではない。
それは水平線の向こうから行われているのだった。
用語集
・哨戒に飛んでいたが、爆装はしていない
使わなかった爆弾を抱えたまま着陸というのは危険なので、爆弾倉の中に爆弾は入っていない。
実はPV-1は爆弾層に燃料タンクを設置できるが、それも設置しておらず、召喚後に爆弾を降ろしたというもの。
どうせ爆弾積まずに哨戒任務専任にするなら燃料タンクでも良いのかも知れないが、機体が重くなるので選ばなかった次第。
飛行距離が大して長くないので、爆弾倉タンクは要らないという判断だ。
・電信
電源はこの地の素材で制作した電池。 電線もこの地の素材で作られたもの。
言葉を送れる送受信機を作る事は出来ないため、会話をする能力は無くモールス信号を利用する。
流石に半導体や真空管は「原理を説明する図解」があっても用意できないのでね。
・動き出すまで半日近くかかる
時間がかかるのは燃料節約のために普段はボイラーも止めているため。 なお半日と言っても12時間と言う意味では無い。 以前も書いたが6時間程度。
・ドリンクの魔法
いや、フリガナ間違ってますよ。ビジネスマンじゃなくてジャパニーズビジネスマンでしょ。よーく覚えておきたまえ。
まぁ、なろうの文字数制約なので仕方ないっす。
……いや、そういう名前の魔法ではありませんよ。
・水平線の向こう
彼らの乗る大型帆船の甲板に立つ人から見ると、8キロ以上離れると水平線の下になる。
まぁ攻撃している側もそれなりに高さがあるから、8キロならマストや艦橋が見えるかもしれないが、とりあえず全く見えない距離だ。
マストに監視用の人員を配置できれば、話も違ったのだがねぇ。