第44話 おっさんズと勇者 その4
来るべき戦いに備える大英達。 リサエル一行もスブリサに滞在しており、夕方の午餐も共にする。
食事中、契丹は北部諸侯領を巡った際に見かけたクロス教徒について感想を述べはじめた。
「私は進歩主義者であるため、宗教家の方とは余り面識が無かったのですが、一人だけ懇意にさせていただいたクロス教徒の方がいらっしゃいます」
「その方は、私には理解できない宗教的な事についてではあるものの、非常な熱意を示されていました」
「ですが、この地で見たクロス教徒の人々には、違う印象を受けました」
「なんと言いますか、そうですね、『鳥の雛』という感じでしょうか。 自ら何かを成す事は無く、ただ餌が与えられるのを口を開けて待っている」
「指導者である超人たちに依存し、ただその後をついて行くだけ。 そのような印象を受けました」
契丹は遠い目をして続きを語る。
「私には弟子が何人かいますが、その内の一人はネットに詳しい男で、彼が言うには……」
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「進歩主義はネットで広めるのに向いています。 リアルですと講演会などで進歩主義の素晴らしさを説いて、関心を深めた方を個別に勧誘……という地道な活動になってしまいますが、ネットでは違う方法論を取ります」
「ネットでは、進歩主義に精通した『導師』の言葉を、教えを広める役割の人々、まぁネットでは『パ○ク』と蔑まれていますが、その方々が『実働部隊』としてSNSを舞台に活躍します」
「その活動を通じて、多くの人に進歩的な言葉や思想が届けられます。 リアルの勧誘は進歩主義者を増やす活動ですが、ネットでは勧誘するのではなく、進歩的な考え方を支持する空気を作る活動と言えばよいでしょうか。 実働部隊の方々は進歩主義の神髄を理解する必要は無く、そのため、人数を多く確保する事が出来ます」
「そして数の力で非進歩的な発言を攻撃します。 多くの人は事の真偽をわざわざ確かめたりしません。 大勢で攻撃すれば、多くの人が『間違った発言だ』という印象を持つ事でしょう」
「ちょっと待ってください。 進歩主義への理解が足りないのでは、間違った事を広めたりはしないのですか。 誤って同志を攻撃してしまう事もあるのではありませんか」
「そこは大丈夫です。 非進歩的な人物や活動、考え方をターゲットとして非難する際にも、間違って同志を非難する事の無いようにするため、導師が用意した問答集に含まれていない人物や話題には関わらない様にします。 彼らはあくまで導師の手足として活動して頂くのであって、自分の考えを持たせてはいけません」
「そうですか、何かロボットのようですね」
「そうかもしれません。 ですが、ネットでは『バズる』事が大切です。 多くの人の目に触れる事で、政権やアメリカを『悪』とする空気が作られます。 そのためには、多くの人を動員して、進歩的なタレントの発言などに膨大な『イイネ』を付け、拡散させなければなりませんし、逆に攻撃する場合でも、多くの非難の言葉を集中する事で、人々の印象を我々の思う様にコントロールできる訳です。 数を稼ぐために質より量が大切とか言われますが、正しく動員するためには質を犠牲にする訳には行きません。 問答集に従ってもらう事で、導師と同じレベルの質を確保できるのです」
「しかし、問答集頼りでは時事問題への対応などが難しいのでは無いですか」
「大丈夫ですよ、常に最新版をメールしますから」
「それは大変ですね。 実働部隊の方は多数おられるのでしょう?」
「一斉メールですから、何人いても同じですよ」
「いっせい? 一人一人メールを送るのではないのですか?」
「一斉です。 一度に全員に同じ内容のメールを送ります。 契丹先生も、もう少しITについて理解を深めてくださいよ」
「そうなのですか、すいません。 勉強不足ですね」
*****
「ネットと言う私にとっては未知の世界で戦うには、彼が主導する方法が効果的なのでしょうが、その時も『問答集という餌をねだるだけの雛』という印象を持ちました」
「人数が必要なのはネットでの戦士も、現実の軍隊でも同じなのでしょう。 クロス教の信徒たちは宗教家ではなく、反乱農民兵と呼ぶべき人々なのでしょう」
とうとうと語る契丹の言葉を聞き、ゴートも応える。
「得てして末端の者はそうなのであろう。 我らの騎士団では騎士も騎士以外も全員が同じ志を持っておるが、先王の騎士団のように規模が大きくなると、やはり末端の兵には戦士としての覚悟も足りないように感じた次第」
それを聞き、ウエルク近衛騎士隊隊長も口を開く。
「先王の騎士団では末端の兵は徴用された農民だったと聞きます。 さすがの王家でもあれだけの規模の軍を常備する事は出来なかったのでしょう」
「そうであったな。 農民兵か……優勢な時はよく働くであろうが、劣勢になるとすぐに崩れる。 敵に回すと厄介だが、味方にするのは不安が残るという困った存在であるな」
ここで秋津も話に加わる。
「大公が攻めてくるとしたら、農民兵も来るのかな」
「どうであろうか。 諸侯の領地を抜けてくるなら大軍が必要となるであろうな」
「そんな無茶をするかな」
大英は否定的だ。 そしてそれにはゴートも同意する。
「確かに、大英殿の言われる通りであるな。 既に諸侯には陛下のご無事と、大公と邪教徒が手を組んでいる事を知らしめておる。 となれば、どの諸侯も大公になびく事はあるまい。 となれば、大公の軍がスブリサ侵攻を企てるなら、陸路はありえんという事であるな」
「という事は海か。 大公国は島だしな、船も沢山あるだろう。 だがそうなると大軍って訳にはいかないんじゃね?」
いくら大公が船自慢と言っても、動員できる船の数には限度がある。 ならば少数精鋭になるというのが秋津の推測だ。
「それは何とも言えぬと思いますぞ。 船の戦力は超人や魔法使いを別にすれば、乗る水兵の数で決まるのでな」
「ああ、そうか」
軍艦と商船の区別は無く、船と船の戦いは撃ち合いではなく水兵が乗り移っての斬り合い。
それなら陸と同じで人数が戦力となる。100人乗れる船に10人の騎士を乗せるより100人の農民兵を乗せた方が良いケースもあるかもしれないという事だ。
「ま、上陸させなければいい訳だし、超人以外は沈めれば居なくなるから、誰が乗ってても同じ」
身も蓋も無い事を言う大英。
確かに、召喚軍が行う海戦は砲雷撃か空襲。 乗り込んで白兵戦なんて事はしない。
「いや、確かにその通りでありますな」
ゴートの感想であるが、周りの皆の認識も大体同じだ。 ただ一人、契丹を除いて。
「戦う事が仕事の騎士はともかく、流されて周りが見えなくなっているとはいえ、ただの農民の命を奪うのはどうなんでしょうか」
そんな契丹の指摘も大英はあっさり斬り捨てる。
「業務で戦いに臨む騎士より、むしろカルトに狂って他者に害を成そうとする者こそ処断すべきでは?」
「そ、そうですか?」
「騎士を降伏させる事は出来るかもしれませんが、狂信者を降伏させるのは不可能だと思います」
「そう……ですか」
陸戦なら降伏する前に士気崩壊してばらばらに逃走するのだが、船の上では逃げる所は無い。 そして漁師でもない彼らは泳げないから、結局はパニックになりながら戦い続ける。
制御不能になる事を考えると、船長としてはあまり乗せたくはないかもしれない。
とりあえず、船が来たら沈めるし、陸を進んでくる可能性は低い。
侵攻して来ないなら王都での攻防になるだろうけど、王都の攻略は前例もある。 超人以外ならどれだけ大軍がいてもそう難しい事ではない。
と言う訳で、彼らは基本的には超人対策に重点を置くのであった。
*****
王都では大公を迎えて王都占領を祝した式典が開かれた。
「ようやく帰って来れたな」
船から降りた大公は感慨深げに語る。
周りには騎士達が並び、音楽も奏でられ盛大な出迎えとなっている。
街の人々に紛れた第3騎士団の騎士達は「大公はもう王国を征服したつもりなのか」と呆れているが、実際の所彼らには何もできない。
勇者たちには敵わないのは勿論の事、騎士団相手でも現状戦いを挑む事は出来ない。
そして王宮に陣取った大公はスブリサ侵攻という提案を許可した。
「女王とスブリサ辺境伯を成敗すれば、諸侯も抵抗をしないであろう。 後は、わしが先々王の養子となれば、正式に王として即位できる」
大公は王位を狙う。
これまでは神獣が彼の野望の前に立ちはだかっていたが、今の大公には神獣を打ち破った勇者がついている。
その勇者たちもスブリサ侵攻に加わるという。 もはや勝利は疑いない。
大公は元の12隻大型帆船の侵攻艦隊に加え、自身が連れてきた艦隊より8隻を与え、合計20隻の大型帆船を差し向ける。
これは海戦をするというよりも、上陸部隊の輸送が主任務だ。
海上で戦いとなれば、神鳥が飛んでくるだろうから、船に乗せた魔導士でも太刀打ちは難しい。
なので海上での戦い自体は勇者たちに任せる。 だから海戦するつもりなら1隻あれば十分なのだ。
また、近接戦闘用の小型ガレー船も20隻用意している。 一応ザバック辺境伯の水軍への対処用だ。 神鳥や神獣以外の戦力くらいは自分たちで対処しなければ、格好がつかないという思いもあったようだ。
両軍衝突の日は近い。
用語集
・SNS
ここで言うSNSとは短文投稿SNSを念頭に置いている。
ブログや長文が書けるSNSだと、複数の問答集項目を併用した結果、前半と後半で矛盾する事を語ってしまう事も多く、使い勝手は良くない。
まぁ、短文SNSでも、文頭と文末で真逆の事を語ってしまったり、日付が変わると正反対の事を平気な顔で呟いたり、しなくていいアレンジをして矛盾を呼んでしまう残念な「論客」もいて、ある意味晒しものになっていたりもする。 これでは逆効果であろう。 まぁこれらは導師にしてみれば「無い頭を無理に使うな」と思っているかもしれない。