第44話 おっさんズと勇者 その2
スブリサの城で行われている会議。
その場で、アキエルはこれまでまとめた結果を説明した。
「それじゃ、その『ガルテアの者』が王都で召喚軍を壊滅させた『超人』の正体って訳か」
秋津もやっと何が起きているのか理解した。
一方、大英は疑問を呈する。
「それで、あの超人はクロス教の信者という話だけど、どういう事なんだろ。 うち等の知るクロス教じゃ水の上を歩くと言った奇蹟は聞くけど、戦車を破壊できる様な魔法は……」
「どうした?」
「いや、旧約は読んだ事無いけど、ソドムとゴモラの話って魔法の結果って事だったっけ?」
「うーん、知らん。 天空島じゃそうなってたが」
「旧約は家の中探しても無いしなぁ」
大英と秋津の話に、アキエルも興味を示す。
「天空島って何?」
「天空島は映画の話で、空に浮かんだ島『天空島』に強力なビーム兵器が積んであって、それで街を撃つと一発で消し飛ぶ。 ソドムとゴモラはそのビームで撃たれて消滅した。 というものです」
「街が消し飛ぶですと!?」
ゴートは驚く。
「いや、ゴート様、物語の話ですよ。 現実のお話ではありません」
大英の家で色々な書物を見て、映画が何なのか知るビステルが声をかける。
「おお、そうか、そうであるか。 驚かさないでくだされ」
「あはは……」
ビーム兵器は天空島のオリジナルだが、21世紀には核兵器という「同じ事が出来る兵器」があったりする。
「なるほどね。 そういう『兵器』ってクロス教以外でもあるの?」
アキエルの問いに大英はインドの話をする。
「インドの神話では、太陽が何十個も現れたような強烈な光で辺り一帯を焼き払って大軍を消滅させるような槍とかあった気がします。 これも原典は持ってないから詳細は判りませんが」
「そう、神話って事は太古の記録かも知れないわね。 まぁ私たちからすれば未来の話だけど……ところで、その知識があるって事は、大英君は持っているの?」
聞かれた大英は笑顔で返す。
「召喚軍にはありませんよ」
「なーんだ、無いんだ」
「ある訳無いだろ、重力制御も出来ない文明が神しか使えないカテゴリーの魔法を使えたら驚くって」
キリエルとミシエルはほっとしている。
核爆発級の攻撃魔法は天使では扱えない。 まぁ使えたとしても地上では禁止だから結果は同じだけどな。
相手がそんな力を持っていたら、勝ち目は無いからね。
(うーん、マリエルがここにいなかったのは良かったのか悪かったのか……いや、あの子ならまだ絶望しないわね)
アキエルがそんな事を思っていると、天界から通信が入る。
「うん? ああそう、りょーかい」
話が脱線しているようだが、ここで会議に後から参加する人員が到着したとの事で、再びビステルが迎えに行く。
ビステルに案内されて現れたのは5人。 合流組のほうが大所帯じゃん。
1人目は何度か来ている人物。
「はい、エミエルです。 ティアマト様は天界に置いてきました」
ティアマト神の世話係エミエルだ。
そして、残り4人は……
「お久しぶりでございます。 リサエルとボトエル、ゴデエル、そして……」
「契丹です」
そこには、以前の巡回司教の豪華な服とは違い、修道士のような装束に身を包んだ契丹がいた。
アキエルは皆を席に着かせ、会議が再開された。
クロス教布教の現場の話が契丹の知る21世紀のクロス教の事と併せて説明される。
「すると、皆さまは実際に超人と会われたのでありますか」
「いえ、会ったというのは正確ではありません。 一方的に見かけただけです。 ただし、ボトエルにはかの者達について調査させましたので、最も詳しいと思います」
ゴートの問いにリサエルが答え、続いてボトエルによる報告が行われた。
その報告にはクタイ伯領での戦いも含まれていた。
「……その際、ゲートの稼働反応がありましたので、そちらのホムンクルスの推測通りで間違いないかと」
2ポンド砲や機関銃が効果を示さなかった「盾」について、ダイムラーよりもたらされた報告であったが、断片的な上十分な通信時間が無く、アイゼンハワーも内容をよく理解していなかったが、ボトエルはその戦いを離れた所から観察していたのである。
「もう少し早く報告出来ていれば、王都での悲劇は回避できたかも知れず、残念です」
そう語るボトエルに対し、アキエルはそれを否定する。
「いえ、あの侵攻速度では、対策を用意する時間はありません。 大事なのはこれからです」
「ご指摘、痛み入ります」
執政官はアキエルに尋ねる。
「それで、アキエル様、そのゲートの盾というものはどう対処すればよいか、既に案があるのですか」
「そうね、まずは実演を見てもらいましょう」
「実演?」
「エミエルが実演します。 皆さん、庭に出てもらえますか」
皆は会議室を出て城の庭に行く。
アキエルは騎士に依頼し、木人を一つ立ててもらう。
エミエルはその横20メートルほどの所に立つ。
「では、誰かあの木人に矢を射ってもらえますか」
「では、私が」
ビステルが弓を取り出し、矢をつがえる。
そして放つと、矢は急に軌道を変えてエミエルに向かう。
「ああっ、危ない!」
しかし、エミエルまであと2メートル程の所で矢は姿を消し、エミエルの後ろの城壁直前で現れて壁に当たった。
エミエルはニコニコしながら手を振っている。
「細かい原理はともかく、コレと大体同じだと思うわ」
そうアキエルは説明する。
続いて小銃で銃撃するが、銃弾も弾道を曲げて同じ結果になる。
ゴートは感心しながら「口で言われるのと現実に見るのでは大違いであるな」と感想を漏らす。
「単なる子守りかと思ったら、凄いんだな」
秋津の感想にアキエルは補足説明をする。
「エミエルは神様の護衛役でもあるからね。 護衛対象に向かう『攻撃』を自分に引き付け、ゲートに放り込んで無害化する。 対象は攻撃だけだから、四六時中何でもかんでも吸引してるわけでは無いわよ」
つまり、掃除機ではない。
「という事は、雷の魔法なら光だから曲がらないのでは?」
ビステルの案に対し、ハイシャルタットはすぐに疑問を呈する。
「いえ、雷の魔法は光ではありません。 電光は光っていますが」
「そうね、レーザーじゃないしね」
「レーザー?」
アキエルの指摘だが、ビステルには知らない単語が含まれるようだ。
いや、ゴートを始め現地の人はレーザーが何なのか知らない。
「とりあえずやって見ようか」
アキエルは手を前に伸ばすと、「ライトニング」とコマンドを唱える。
掌の先50センチ程の所より雷が現れて木人に向かうが、途中で折れ曲がってエミエルに向かい、やはりゲートに吸い込まれて後方に着弾する。
「これが雷。 そもそも雷の電光は直進してないからね。 でもね、実はレーザーでもダメなのよ」
そう言うと、同じく手を前に伸ばし「赤色レーザー」とコマンドを唱える。
同様に現れた赤いレーザー光線は木人に向かう途中で曲がってやはりエミエルに向かい、消えてその後方に現れ、後ろの壁を溶かす。
「なんですか、これは、この魔法は知りません」
ハイシャルタットは驚く。
「ああ、レーザーは地上に開示してないからね」
「なんと、神獣の銃弾でも傷しか付いていない城壁が溶けるとは……」
「あーごめんごめん、後で直しておくわ」
ゴートはその威力に目を丸くしているが、大英は光さえ捻じ曲げるその力に驚く。
これは天使が真面目に戦えばとんでもない事になる事を示している。 そう大英は思うのであった。
実演を見たのち、一行は会議室に戻る。
「そんな訳で、今回の『敵』には天使が対処します。 ですが、私たちは戦いに特化した者ではありません。 み使いと召喚軍の協力が必要です」
「天界には軍隊や警察は無いのですか」
大英の問いにアキエルは苦笑しながら答えた。
「ありません。 天界には敵も犯罪者も基本的にいません。 精々時折事故などが起きる程度。 あのエミエルがSPになれるくらいですから」
いや、あんな魔法を無詠唱で使えるなら「あの」呼ばわりは失礼なのでは?
それはともかく、そもそも天使は戦闘能力を有する存在。
戦闘に特化した者はいないというのは、「陸自の集団が来ているが、レンジャーはいない」と言ってるような感じだろうか。
大昔の戦争でも天使の大軍は職業軍人の集まりではなく、普通に様々な専門職の仕事をしている天使が動員されていただけなのだ。
「それでは、何か既に策があるので?」
「ええ、マリエルと一緒に立案済みです」
要は、現状を知ることで策をより正しく理解するというのが、会議前半の目的だったのだ。
そして後半、その策が説明された。
聞き終えたゴートは「これはひと仕事であるな」と感想を漏らす。
「そんな超人がいる所に大英殿や秋津殿を行かせて大丈夫なのですか」
「大丈夫、エミエルも連れていくし、あたしだっているから、心配無いわよ」
ビステルの問いにアキエルは笑顔で答える。 自信があるようだ。
こうして、各々対超人作戦の準備にとりかかるのであった。
用語集
・天空島
ある国民的アニメスタジオの作品。 本文では映画としか言ってないが、当然アニメ映画である。
・太陽が何十個も現れたような強烈な光で辺り一帯を焼き払って大軍を消滅させるような槍
ちなみに、少し離れると威力が下がるから即死はしないが、兵士たちは慌てて川に飛び込んで体を洗い、周辺には黒い雨や灰が降り、灰を浴びた食物は毒で侵されたとされる。
だが、やがて兵士や雨に打たれた者は毛が抜けて苦しみながら死に至ると言う。
……うーん、「想像」だけでこの描写が出来るなら、その者は予知能力者になってしまいますねぇ。
実際に見たと考える方が、「自然」に見えますな。
まぁ、世界初の原爆実験を指して開発者が「現代では初めて」と語ったという話もある。(出典の大元が一つしか見当たらないけどな)
なお、調べると「何十個」ではなく「一万個」らしいが、この辺の数字は翻訳により違うかもしれない。
・相手がそんな力を持っていたら、勝ち目は無いからね。
ここで核兵器の保有が可能であることを告知してしまえば、戦意喪失で決着が付いただろうか。
少なくとも、ミシエルとキリエル、そしてこの場に居ないマリエルが「戦意喪失する可能性」がどれだけあるのか。
それを推測する材料を大英は持っていない。
ならば、慎重派の大英が情報開示する事は無い。 ま、嘘は言ってない。
・(うーん、マリエルがここにいなかったのは良かったのか悪かったのか……いや、あの子ならまだ絶望しないわね)
逆にアキエルは立場が同じだけに天使達の考えがそれなりに読める。
二人は気づかなかったけれど、マリエルなら「今後召喚軍に核兵器が登場する可能性」に気づくと見ている。
情報保持されたのが良かったのか、それとも、気づいたなら神々の戦いを終わらせられるかもと思ったのだ。
ただ、すぐに思い直す。
マリエルは気づいたとしても、戦意を失う事は無いだろうと。
・雷の電光は直進してない
空気中で電気が通りやすいところを選んで通っている放電現象。
だから真っすぐではなく、あのようなカタチになる。
光が飛んでいるのではなく、通った経路が光っているだけ。
・そもそも天使は戦闘能力を有する存在
「兵士の相棒として作られた人造人間」が天使のルーツ。
「第37話 天造兵装」参照。