第44話 おっさんズと勇者 その1
天界にある神の執務室。
ユマイ神はクロス教に関する報告を読む。 それはアキエルがモリエルとリサエルと共にまとめたものだ。
その内容は……
[地上にて広まっているクロス教の特性]
・異世界ガルテアのクロス教と同一の教義を持つ
・異世界ガルテアより侵入したと思われる5名が広めている
・21世紀の未来世界で広まっているクロス教と酷似した教義を持つ
[クロス教の影響]
・人工の神を信奉するため、真の神への信仰が失われる
・魔法の使用に障害が発生した事例の報告がある
・信者以外には従わないため、領主や王への忠誠が失われる。
・法よりも戒律を優先するため、順法精神が低下する
・貴重な書物や伝統的物品を焼いたり破壊した事例の報告がある
[ガルテアの者の思惑分析]
・布教手段の実験と開発
・将来の侵攻を見据えた情報収集
・ガルテア式魔法の実用試験
「ふむ、何らかの対策が必要か」
ユマイ神が考えを巡らせていると、騒々しくアキエルが部屋を訪ねてくる。
「失礼します、非常事態です!」
「アキエル君、君らしくもない。 何があったんだい」
「地上でガルテアの者達が反乱軍を編成して、王国を攻撃しました」
「なんだって……」
報告書を作成した時の予想を超え、一気に地上征服に動いている事に、天使達も神も驚いている。
「すぐにム・ロウに報告を。 それと、レリアル様にも報告が必要だね」
「ム・ロウ様には先に通信を入れました。 レリアル様にはモリエルから報告が行くと思います」
「そうか、じゃ一緒にム・ロウの所へ行こう」
「はい」
ム・ロウ神はレリアル神とも通信を繋ぎ、協議を行う。
数百年のタイムスケールで生きている神々にとって、数日から数週間で動く変化がここまで大きいのは、想定外と言えた。
人で言えば、朝国境で反政府デモが起きたというニュースを見たのに、その日の昼には千キロ離れている首都で反乱軍と攻防戦が起きているというレベルの唐突さだ。
数千年から数万年後を想定していたのに、もう大事件なのだから。
「止むを得ぬな、一時休戦とし、異世界の者共、ダゴンの手先を始末するのを優先すべきと思うがどうじゃ」
「はい、お爺様、異論ありません」
こうして、第二次休戦協定が結ばれた。
*****
ザバック辺境伯領の都に九三式水上中間練習機が降り、直ちに伝令の乗るハーレーがスブリサに向け走り出した。
既に王都派遣軍のほとんどが失われた事を察知していた大英に、その理由を伝える為に。
既に開かれていた緊急会議に伝令が到着し、その報告を受けて秋津が頭を抱える。
「どうするよ。 ていうか、どうすりゃいいんだ」
近代兵器が数名の人間に敗れ去るという異常事態。
まさに「ファンタジーなめんな地球」状態。
模型から召喚した兵器が太刀打ちできない相手では、戦いにならんのだ。
だが、それでも大英にしては珍しく楽観的見解を示す。
「うーん、直接見てないからなんとも言えないけど、怪獣が出たとかいう話じゃないんだから、何をやっても無駄って事は無いんじゃないかな」
「そうだと良いが……」
絶対無理とかいうのはゼロイチ思想の悪弊だ。 常に同じ結果というのも無い話。
だが、これまでのような圧倒的優勢では無い。 むしろ圧倒的劣勢だ。
「信じられません。 戦車を容易に破壊できる魔法など、私は知りません」
ハイシャルタットも動揺を隠せない。
王国で一番の、つまり「地上で」一番の魔導士であるハイシャルタットだが、報告にある魔法の数々は、彼が扱える魔法とは射程も威力も桁違いだった。
「その超人を倒すのに向いた武具を用意されてはどうか。 大英殿は色々優先順位を考えておられる故、今は超人向けの武具は無いだけなのではないか」
ゴートが提案するが、大英は首を振る。
「私たちの世界には報告にあるような超人はいません。 なので、超人を倒すために開発された装備もありません」
すべからく兵器は用途を持って生み出される。
存在しない脅威に対抗する機能は付与されない。
つまり、超人の居ない世界には、超人を倒す武器は無いのだ。
後は、「帯に短し襷に長し」だ。
超人を倒す火力があっても、辺り一帯を廃墟にするようでは使いずらいし、遠距離から正確に命中させる能力があっても、相手の防御システムを無力化できなければ、効果は無い。
どこぞの司令のような剣術の達人なら超人を斬る事も出来るかもしれないが、そんな人材を召喚する事も出来ない。
現状はイギリスのコマンドが最精鋭だが、彼らとて超人を相手にするような訓練は受けていない。
「なんと、そうであるか。 それは難儀であるな」
装備については大英が再検討するとして、問題は女王である。
ゴートは伝令に問う。
「それで、陛下は今何処におられる」
「はっ、非常時の脱出計画に従い、王都を離れられた所までは承知しております」
「いっそのこと、飛行機で脱出してもらえばよかったんじゃ」
秋津の発言に対しては、伝令が異議を唱える。
「港には大公の艦隊が入って来ており、かなり危険でありました」
「あー、そうか、そうだな。 王宮にヘリを置くとかしないと空路脱出は無理か」
「緊急事態に対応するなら、城から遠くに地上を行く必要があるのは不向きか」
大英も納得する。
女王は侍従と共に地下通路を通って王都の外へ脱出。 もちろん、城門とは離れた場所というか、城壁のどの位置から見ても遠くから地上に出る通路なので、王都での戦闘の影響は受けないし、周辺にいる反乱軍にも見つかる心配はない。
「まぁ、想定通りなら地下通路の出口にフォードGPAが置いてあるから、そのうちどっかに着くんじゃないかな」
一応GPAが破壊されていない事は確認済みだ。 走っているかどうかまでは判らないが。
それより、反乱軍の支配地域を抜けないと街道の安全が保証できない所が問題だ。
元がジープとはいえ、前後に「浮き」が付いた様な渡河能力のある車体のため、地上走行は得意でない。
本当はもっと向いた車両を用意したい所なのだが、贅沢は言えない状況だった。
水陸両用なので橋が無くても川を渡れるだけまだマシ……なのかなぁ。 その水陸両用性能のせいで重くなってアンダーパワーなんだけどね。
そんな話をしていると、大英の前に通信ウインドウが開いた。
そこにはいつも通りアキエルの姿がある。
「これから時間貰えるかな」
「はい」
「じゃ、今からそっちに行くわね。 メンツ集めてくれる」
「丁度今会議中です」
「それは良かったわ」
ウインドウが閉じると、まもなく城の傍にゲートが開く。
アキエルを出迎えるべく外に出たビステルは面食らう。
ゲートから出てきたのは……
「ふーん、ここがスブリサの城なんだ」
「原始的な建物だね、ま、地上の建物だから当然だけどね」
「まぁまぁ、あんまり喧嘩売らないようにね」
アキエルと共に現れたのは、白いセーラー服とプリーツミニスカートを着た青い髪の少女と紺のブレザーとグレーのバンツの少年。
キリエルとミシエルだった。
「それじゃ、案内してくれるかな。 行き先は知ってるから、勝手に行っても良いんだけど……」
固まっているビステルに声をかけるアキエル。
「あ、いえ、失礼いたしました。 こちらです!」
3人の天使は城の会議室へと案内される。
「どうもー、こうして会うのは2回目ね」
前回と違い、白のブラウスとえんじ色のベストと黒のタイトスカートという、どっかの先生のような出で立ちのアキエル。
連れている二人が学生のような恰好だが、それに合わせた訳では無いだろう。 ……いや、21世紀の書物を色々取り寄せているから「無い」とは言い切れないか。
「二人を紹介するわね。 大英君と秋津君は見た事あると思うけど、二人はレリアル神の天使、キリエルとミシエルよ」
「どうもねー、あたしはキリエル。 今回は協力者よ」
「僕はミシエル。 僕が来たからには安心して良いと思うよ」
いきなり敵側の天使が登場したのだが、別に驚く風も無い領主と執政官、そしてその他の面々であった。
まぁ、驚くような事態にはもう慣れたのかも知れない。
そうして会議が始まった。
用語集
・「ファンタジーなめんな地球」状態。
元の用語は「地球なめんなファンタジー」。
近代兵器が魔法の前に敗れ去るという描写を覆す宣言だ。
今回は元に戻ったという事だな。
・どこぞの司令
戦隊の必殺技が効かない怪人を日本刀で倒した司令が居るという話。
もちろん、現実の話ではなく特撮作品の話。
・もっと向いた車両
96式装輪装甲車なんかだと良い気がする。 ブッシュマスターならなお良いかもしれないが、大英氏の在庫には存在しない。
・グレーのバンツ
年配の方が勘違いするといけないので別の言い方をすると「グレーのズボン」である。