第44話 勇者vs神獣 その4
王都を望む丘の上に勇者たちと彼らに率いられた農民兵の軍が布陣している。
そこは以前マルダーが待機していた、王都から6キロ程離れた丘の上だ。
「あれか、馬車の様なモノがいくつか見えるな。 この間の魔獣よりは大きそうだが、なんか弱そうだな」
「それに、大した数では無いわね。 あんなものなのかしら」
勇者と大魔女は王都を囲む城壁の外に布陣する「魔獣と悪魔の軍隊」を見て拍子抜けした様子だ。
だが、次の瞬間、その認識を改める事になる。
小さな馬車のように見える魔獣の一つが小さな火と煙を放つ。 それは視力の良い勇者たちでも注意して見ていないと判らない程度のもの。
だが数秒後、丘の上で爆発が起きたのだ。
「な、何だ、何が起きている?」
「あいつよ、あの魔獣が光ると、こっちで爆発が起きるのよ!」
その攻撃は継続して行われ、農民兵に被害が拡大していく。
「くそっ、こんな遠くからかよ」
「それより、全然軌跡が見えないのよ。 迎え撃つのも無理!」
焦る勇者と大魔女。 そこで勇者にタンクが声をかける。
「ロン、神の盾を使うか」
「ん、いや、まだだ。 今からやってたら持たないだろ」
「そうだな」
そして勇者は農民兵に向かって叫ぶ。
「お前たちは下がっていろ! 敵の攻撃は何処に落ちるか判らん! 物陰に隠れろ!」
そして、パーティーメンバーに指示する。
「俺たちは突撃するぞ、こっちの攻撃が届かない事には、始まらねぇ!」
5人は一気に丘の道を駆け下りていく。
*****
「あれが超人か……」
双眼鏡で状況を確認しているアイゼンハワーは、丘を駆け下りる5人を確認した。
現時点では超人要素は見られない。 特別走りが速いようにも見えず、空を飛んでくる訳でもない。
だが、僅か5人で突撃して来るという状況から、その5名が超人と判断したのだ。
しかし、彼の目には「本隊」を連れて来ず、超人だけで突っ込んでくるという作戦は理解不能な行動に映った。
「M7B1に指令、目標を突撃して来る超人と思しき集団に変更。 近づいてくるからよく狙え」
「はっ!」
アイゼンハワーは自走榴弾砲の射撃目標を変更した。
「あれが超人なら、何か対策をするだろう。 違えば爆死するだけだ」
そして5キロ先の5人の傍に榴弾が着弾する。
*****
坂道を駆け下りる5人の左前方で爆発が起きる。
5人は爆風を受け倒れる。
「くそっ、こっちに来やがったか……」
5人は皆怪我を負って血まみれだ。
普通の兵士であれば致命傷だったり、失神しているところだが、彼らには飛び道具から身を守る加護が常時働いているためか、大怪我やクリティカルな被害にはなっていない。
それでも105mm榴弾の威力のためか、5人とも今までにないダメージを受けていた。
「ま、任せてください。 天にまします我らが主よ、慈愛と光の天使よ……」
アンティグアが治癒の魔法を唱え、傷が癒される。
だが、その直後、今度は右前方に着弾し、ふたたび傷だらけになる。
「駄目だ、いちいち治してたら前に進めねぇ」
「でも、治療しないと、あんなの食らい続けたら動けなくなりますよ」
「どうする、あれは炸裂する魔法だろうけど、俺の神の盾なら防げるが、敵にたどり着いたころには時間切れだぞ」
「うーん、ティア、お前の魔法でアレを黙らせられないか?」
「ここから? 遠いわよ、せめて坂を下り切らないと届かない」
「くそっ、こんな遠くじゃ勇者の剣はもちろん、聖剣ドネガルでも届かねぇ」
「聖剣……そうか、それじゃ、奥の手を使うしか無いわね」
「奥の手?」
「コレよ」
ルテティアは持っていた杖を空間収納に収めると、代わりに別の杖を取り出した。
「聖杖ユーカリス。 この杖を使えば、ここからでも届くはず」
「そんなものがあったなら、最初から使えよw」
「そうは言ってもモーシェ様から頂いた大事なものだし、魔法の威力自体は変わらないし……きゃっ」
「今治療します!」
話をしている間も砲撃は続く。
「よし、オッサン、神の盾だ! ティアはアレを黙らせろ!」
「おし、天にまします我らが主よ、我に仲間を守護する力を与え給え!」
「天にまします主よ、火と炎の天使よ、我が願いを聞き届け給え。 これなるは父の子ルテティア、我願うは劫火の炎、我が敵は遠くにあり……」
至近距離に飛んできた砲弾は着弾前に、テノチティトランの持つ神の盾へと吸い込まれ、炸裂することなく何処へと消え去る。
そして、ルテティアの唱えた呪文により現れた炎は長さ200メートルにも達し、そのまま飛んでいく。
砲撃を続ける自走榴弾砲に向かって一直線に進む棒状の炎。 砲弾の様に数秒で着弾とはいかないが、それでも見つけてから逃げる時間は無いし、逃げた所で軌道修正して命中する。
かろうじて乗員が脱出する間があった程度だ。
オープントップの装甲車両であるM7B1は、炎の直撃を受けて砲弾も誘爆し爆発。 完全に破壊される。
「やったわ! はぁっ、これで、もう、撃たれない!」
「ティア、喜ぶのは早い。 あといくつかあるぞ」
「さ、さっきから撃ってきたのはアレだけ……よ。 この距離なら……他には撃たれないんでしょ」
「うん、おい大丈夫か」
肩で息をするルテティア。
「うん、ユーカリスは……魔法を遠くまで届けるけど、その分MPを多く……使うのよ。 ちょっと……疲れたわ」
「そうか、だがお手柄だ! よし、オッサン、神の盾はもういいぞ」
「おう」
「みんな走るぞ、近づけは後は俺が全部始末してやる」
「それ、じゃ、がんばって、ね」
「何言ってる、こんな所にティア一人置いて行けるか」
「でも、走れないわよ」
「走らなくても良いぜ!」
そう言うと、勇者ロンデニウムはルテティアをお姫様だっこする。
「ちょっ、何するの!」
真っ赤になって抗議するルテティア。
「一緒に行こうぜ」
「何言ってるの、疲れたって言ってるでしょ。 連れてったって戦えないわよ」
「ここに置いてったら守れねぇ」
「もう」
微笑ましいやり取りの中ウィンドボナは、勇者の左に立って抱き上げられたルテティアの脚を見て顔を赤くして固まっているアンティグアの手を引くと、彼を勇者たちの右に引っ張っていく。
「何見てたの? アンタはこっちに来なさい」
「え、あ、はい」
既に右側に移動済みのテノチティトランは「若いって良いねぇ」と笑うのであった。
*****
炎上するM7B1。 唯一の曲射弾道装備を失ったアイゼンハワーは戦車を突撃させるかどうか迷う。
「あの遠距離魔法の威力は大きすぎる。 戦車であっても破壊は免れない」
M7B1に天板が無いからやられたのではなく、その火力の大きさ故だと判断していた。
「だが、何の策も無く突撃させれば、今度は剣を持つ超人の『光線』に撃たれる」
光線には射程距離の制限があると踏んで、距離を取って攻撃するという戦術だったが、M7B1が破壊された事で立場が逆になってしまった。
だが、様子がおかしい。
「うん、続きは無いのか?」
超人たちは次の魔法を放つことなく、走り出している。
「そうか、アレは1回きりの奥の手だったのか」
再攻撃は出来ないと判断したアイゼンハワーは、各車両に命令する。
「各車、有効射程に入り次第攻撃を開始せよ。 敵の次の手がいつ撃ちだされるかは不明だ。 先手を取って殲滅せよ」
どんな隠し玉を持っているか判らない上、敵から近づいてくるのである。
敵が接近戦を目論んでいる。 これ以上、近づける訳にはいかない。
出来るだけ遠くで倒さなければ。
それがアイゼンハワーの考えであった。
少し単純に見える? そうですね。
砲撃が1回無効化されているのに、スルーしてしまっています。
まぁ、問題はこれだけでは無いのですが。
本来のドワイト・D・アイゼンハワーであれば、もう少し高度な作戦を立てたかもしれない。
だが、本来ホムンクルスはみ使いの指揮を受ける事が前提の存在。
元がアイゼンハワー元帥と言えども、その指揮能力は同じではないのだ。
*****
しばらくして、勇者達は王都まで3キロ程の地点に到達した。
勇者は立ち止まってルテティアを降ろすと、前方に展開している「魔獣」を見る。
「よーし、ここからなら行けるか」
「どうするの、私はまだ大魔法は使えないわよ」
「先手必勝、聖剣開放だ!」
勇者ロンデニウムは勇者の剣を仕舞うと、聖剣ドネガルを抜く。
用語集
・視力の良い勇者たちでも注意して見ていないと判らない
そうですね、1/700の自走砲を8メートルくらい先に置いて、その砲口が光って煙を放ったと想定すると良いかも。
「砲撃をする」という知識があれば何が起きたかすぐ判るけど、何も知らないと見逃すかもしれません。
・飛び道具から身を守る加護
もちろん、限界はある訳で。 限界が無ければ、無傷でしょうしね。
あ、その場合でも風で倒れて怪我する事はあるかも知れない。
・問題はこれだけでは無いのですが。
次の一手、相手の方が射程が長い可能性があるって事です。
2024-01-06 誤字修正
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