第44話 勇者vs神獣 その2
騎士団より行軍時間で3時間分先行するダイムラー Mk.IIは、クタイ伯領の都が見える位置まで進出していた。
車長は双眼鏡で前方を確認する。
都近くの丘の上、低い囲いに囲まれた広場とその端に建物が見える。
騎士団の詰め所らしいが、そこに集まっているのは騎士や従者には見えなかった。
「ふむ、ほぼ農民の武装勢力だな」
それを聞き、砲手は疑問を呈する。
「それは解せませんね、そのような集団相手に諸侯の騎士団が敗れるとは」
「全くだ、一体何が起きたと言うのだ」
全員が姿を見せても5名しかいない勇者パーティーは農民の中に紛れてしまい、その存在を知らない彼らの目に留まる事は無かった。
とりあえず、彼らは本隊の到着を待つ事にする。
2時間後、本体に先駆け騎士団長ユーリヒ=ドラミアンと近習が到着する。
「神獣騎士殿、敵情は如何ですか」
「はい、敵の構成員はほぼ農民と見受けられます。 戦いに通じた者は此処からでは見えませんでしたので、いても少数でしょう」
「なるほど、となると、宰相殿が言われた通り、豚頭人間や巨人が隠れているのやも知れませんね。 それらの中には魔法を使う者もいると聞きます」
「魔法ですか、それなら騎士団が敗れる事もあるのかもしれませんね」
「騎士の姿が見えないとなれば、レリアル神を主神と仰ぐ勢力が参画しているのではなく、レリアル神の軍勢が直接関係している可能性が考えられます。 これは鎮圧して確認する必要があるでしょう」
魔法がある世界では、ほんの少数の者に絶大な戦闘力が集まっている事がある。
車両で言えば、トラックの集団だと思ったら中に戦車が紛れているようなものだ。
戦車が1両あるだけで、その車列の戦闘能力は著しく高まる。
現代人なら、サラリーマンの集団の中にレンジャーが一人いるようなものだろう。
しかも、見た目は手ぶらでスーツなのに、なぜか戦う時にはロケットランチャーやら自動小銃やらが手に現れるような話だ。
少数の力が多数を圧倒する。 その程度が激しい事に、ファンタジー世界を感じる車長であった。
「神獣騎士殿、豚頭人間や巨人が現れた時は、対応をお願いしますね」
「はい、了解しました」
こうして、方針を確認し、本隊と合流したのち、都近くの丘の上へ向けて進軍する。
*****
詰め所建物の一室、目を閉じて瞑想する勇者ロンデニウムの元に報告が届く。
「勇者様、軍勢が近づいています!」
勇者は目を開け、報告に来た者を見て答える。
「判った。 悪魔軍本隊のお出ましか。 すぐ行くと伝えろ」
「はっ!」
勇者一行が外に出てみると、遠くから近づく軍勢が見える。
「なるほど、流石は悪魔が送り込んでくる本隊だな。 ここの騎士団よりずっと人数が多い」
農民たちは心配になるが、勇者の顔には笑みが見える。
「ティア、都からの連絡は無いな」
「無いわ」
「よーし、ティアは都を焼き払え。 俺たちは悪魔を歓迎に行く」
「りょーかい、ホントに大丈夫なの? アレ、この間の騎士団の3倍くらい居そうよ」
「問題無いだろ、あの程度。 来なくても大丈夫だって」
「はいはい、一応終わったら見に行くわ」
農民たちは自分たちはどうすれば良いかと問うと、勇者は全員に向けて大声で告げた。
「お前たちはここで見ていろ、主の威光で悪魔とその仲間が滅びる様を。 真の神の思し召しだ!」
それを聞き、農民たちは「おー」と歓声を上げる。
大魔女ルテティアは都を見下ろし呟く。
「主を受け入れない貴方たちが悪いのよ……」
そして呪文を唱える。 呪文が終わると大きな火の玉が8個現れ、都を囲む城壁の内側、壁のすぐ近くや城門の近くに分かれて飛んでいく。
8角形の頂点に向かう様な感じに飛んで行った火の玉は、着弾すると巨大な爆発を起こし周辺に火の手が上がる。
都は外縁部を焼かれ、出口を塞がれる。
炎は城壁に沿って広がり、やがてすべてが繋がって、炎の輪となって都内部を取り囲む。
その様子を冷たい目で見降ろしながら「次は城ね」と新たな詠唱を始める。
詠唱と共にルテティアの上空に現れた大きな一つの火の玉。
それは大きさを増し巨大化する。
詠唱が終わると、ゆっくりと都中央にそびえる城へと飛んでいく。
都では市民たちが右往左往しながら火災から逃げ惑う。
そんな彼らの目に、太陽が降って来たかと思うような、家よりも大きな火の玉が空を飛ぶ様が映る。
「な、何だあれは……」
「お城に向かっているぞ」
「そんな、どうすればいい」
外縁部から迫る火の手から逃げようと街の中心部へと逃げる人々。
その人々が向かう先には、彼らの残された少ない希望を象徴する城がある。
そんな城に、城の上階を包むような大きな火の玉が吸い込まれていく。
巨大な爆発と閃光、そして轟音が辺りに響き渡る。
それを火災を避けて逃げる市民全員が目にする。
閃光に眩んだ眼が治ったとき、人々が目にした城はその姿を大きく変えていた。
3階建ての城は、上階と中階を失い、1階も炎に包まれ、周辺に広がりつつある。
人々は絶望し、その場に崩れ落ちる者、泣き叫ぶ者、行き先も定まらず走り出す者などパニック状態になっている。
たった一人の魔法使いが「衝撃と絶望」を実現したのだった。
いや、違う。
それは人々に絶望を与えはするが、それで終わりはしない。 さらに続きがあるのだ。
人々は行き場を失う。
外縁部は炎に包まれ、中心部からも火災が広がる。 火を消す手立ては無く、逃げ場も無い。
燃えていない地区はドーナツ状の形で残っているが、その面積は刻一刻と縮小していく。
やがて、あちこちから竜巻が発生する。
だが、これはルテティアの魔法ではない。
それは大火災によって自然現象として発生した火災旋風だ。
逃げ場を失っている人々に向けてかけられた追い打ちは地獄絵図となり、全てを燃やし尽くし、灰燼に帰していく。
「悪魔の竜巻……まさか魔王の戦法を私がやる事になるとはね。 でも主に従わない貴方たちが悪いのよ」
そう呟くと、彼女は踵を返して勇者が戦う戦場へと向かう。
ところで、その戦場は彼女を必要としているのだろうか。
*****
「うおりゃ~~」
ロンデニウムの叫びと共に振るわれる勇者の剣。 それを受けて次々と倒れる騎士団の兵。
ドラミアンは驚きを隠せない。
「馬鹿な、あれは人間なのか」
「人にしか見えませんが……」
「周りの兵を下げさせなさい、そして弓を放つのです」
命令を受け、勇者の近くの兵は距離を取り、別の兵が弓を放つ。
「そうはさせん! 天にまします我らが主よ、我に仲間を守護する力を与え給え!」
前に出たテノチティトランが叫び、放たれた矢は皆彼の持つ大楯へと当たって落ちる。
「な、なんだと!?」
「これは魔法でしょう」
同行している魔導士が進言する。
「なんとかならぬものてすか」
「魔法には違いないと思うのですが、見た事が無い魔法のため、対策は判りません」
「魔法の矢ではどうですか、あれは標的に必ず当たると聞きますが」
「矢の動きを魔法で制御しているので、相手の魔法が強ければ、同じ事になるでしょう」
「なんと」
「ですが、 雷の魔法なら曲がらないから行けるかもしれません」
「よし、頼みます」
二人の魔導士が協調して雷の魔法を唱える。
放たれた雷は勇者へと一瞬で到達……せず、急に軌道を曲げてテノチティトランが構える大楯に当たる。
大楯は雷を受けても何のダメージも無く、テノチティトランも無傷だ。
「そ、そんな、雷が曲がるなんて……」
「仕方ない、あの者達こそ、レリアル神が送り込んだ輩に違いない! 神獣騎士殿に伝えてください。 あの者達を討てと!」
伝令が走る。
距離をとって戦場の様子を見ていたダイムラー Mk.IIの車長は、近づいてくる伝令を見て、車を進める。
「神獣騎士殿! あの人の姿をしているのに人とは思えぬ敵の戦士が判りますか?」
「ああ、認識している」
「アレこそレリアル神が送り込んだ者に相違なく、アレを討てとの事です」
「承知したとお伝えください」
「ありがとうございます!」
ダイムラー Mk.IIが前進すると、騎士団の兵達は左右に分かれて道を開ける。
間髪を入れず、砲塔に装備する7.92mm同軸機銃が火を吹く。
だが、その銃弾すらテノチティトランの大楯へと吸い込まれていく。
そして銃弾は大楯に当たっているにも拘らず、何のダメージも与えていなかった。
これには車長も驚きを隠せない。
「何だと、機銃弾の弾道を曲げただけでなく、当たってもノーダメージだと言うのか?」
「こんな事がありえるのですか」
「仕方ない、主砲を使おう」
ダイムラー Mk.IIの主砲は2ポンド砲である。
これは徹甲弾しか無いため、通常ヒトに向けて撃つ事は無い。
榴弾と違って徹甲弾は爆発しないので、人間のような小さな目標を撃つのには向かないためだ。
だが、「盾に必ず当たる」というなら話は別だ。
第二次大戦初期の戦車を破壊できる威力がある砲だ。 人間が持ち運べる盾など紙のように撃ち抜くはずだ。
厄介な盾さえ無くなれば、機銃で倒せるだろう。
「これでも食らえ!」
発射された2ポンド砲弾は、やはり軌道を曲げ大楯へと向かう。
そして大盾に当たると……何事も無かったかのように弾は消えた。
「何い?!」
何かの間違いかと、再度発砲するが、結果は変わらない。
双眼鏡でよく見ると、盾の周りには矢は落ちているが、機銃弾や砲弾の姿は無い。
試しに再度機銃を撃つと、盾に当たった瞬間、弾は姿を消していた。
「何という事だ。 おそらく受けられない威力の攻撃は何処かに逸らしているのだろう。 これは危険だ、アイゼンハワー閣下に連絡しなければ。 敵は攻撃を吸収する『ゲート』を持っている!」
直ちに無線が送られるが、その全てが伝わる事は無かった。
遠方から発砲を繰り返す装甲車を見て、ロンデニウムはそれを最強の敵と認識した。
「アレは悪魔の切り札『魔獣』に違いねぇ。 天にまします主よ、光と闇の天使よ、我が願いを聞き届け給え。 これなるは父の子ロンデニウム、我願うは神の御心、勇者の剣、その真の力を我に使わせよ!」
ロンデニウムの持つ勇者の剣が輝き始める。
「いっけぇ! エクス・ブレイブ・バスター!」
あろう事か、近接戦闘武器であるはずの剣より光線が放たれ、それが200メートルは離れた位置に居たダイムラーを直撃する。
一撃で溶融爆発四散する装甲車。
車長を含め、3名の乗員は何が起きたかを把握することすら出来ないまま、倒されたのだ。
そしてそれは一つの合図となった。
騎士団の士気は崩壊し、ロンデニウムは指揮官と目星をつけたドラミアンに迫る。
アンティグアは弱体化の魔法を広範囲にかけ、ウィンドボナは小隊長クラスの騎士を次々と倒していく。
「させません」
2名の魔導士がロンデニウムを止めようとするが、その動きを止める魔法はレジストされているのか効果を発揮せず、二人ともロンデニウムの剣の露と消える。
「おのれ! ただではやられませんよ」
剣を抜くドラミアン。
だが、ロンデニウムの剣術の前には通用せず、無力化される。
そして、動けなくなったドラミアンを放置して他の騎士達を倒していく。
ルテティアが合流した時、王都第2騎士団は壊滅状態となっていた。
その姿を見かけたロンデニウムが声をかける。
「うん? 来なくて良いって言ったじゃないか」
「本当に出番は要らなかったわね」
そしてロンデニウムは倒れているドラミアンを起こすと、告げた。
「アンタのボスに伝えな、ここの都は焼き払った。 王都にもこれから勇者が討伐に向かうから、首を洗って待っていろってな」
失意の中、ドラミアンは王都へと帰還していく。
その後をウィンドボナが尾行するのだった。
用語集
・巨人
鬼と書く作品もありますね。
本作では角が無いので巨人としていますが、以前の表現で
>その兵団の兵は身長2メートルを優に超え、騎士団の兵とは大人と子供程の力量差で踏みつぶす。
という程度なので、一般に言う巨人のイメージからすると、小さいかもしれません。 鬼のサイズですかね。