第43話 おっさんズと新興宗教 その3
クタイ伯領の都ではある問題が持ち上がっていた。
都の司教の元に、各村々の司祭が集まってきて「異教」が広まっている事に対してどうすれば良いか相談が絶えない事態となっているのだ。
だが、司教に報告を受けた所でクタイ伯も困ってしまう。
「勇者と名乗る男を指導者とした一行が、異教を広めているのです」
「それを余に言われても困る。 信仰については王都の大司教殿に相談されてはどうか」
「ですが、異教にかぶれた村人たちは領主様の支配を否定する動きを見せております」
「なんだと!?」
「自分たちは『神の子』であり、『神の言葉・神の教えにのみ従い、領主には従わない』と申す声が広まっております」
これを聞いた執政官や居合わせた第1騎士団長も驚きを隠せない。
第1騎士団長サキャ=オイラトはクタイ伯に進言する。
「これは謀反ですぞ、放置して良い話ではありません。 異教というのはレリアル神の信者が再興を期して庶民を謀っているのではないかと!」
「とにかく、まずは真意を確かめねば。 サキャよ、直接村人から話を聞いて参れ」
「不遜な企てがあれば成敗して構いませんね」
「うむ、良きに計らえ」
「御意」
サキャ騎士団長は第1騎士団の騎士10名を引き連れ、司教と共に近くのサンガ村へと向かう。
村では中心部の居住地を囲むように塀が建設され、門のところでは何やら言い争う人物が見えた。
「あれは、この村の司祭です」
司教はそう告げると、馬を降り門へと進み出て声をかける。
「一体何ごとですか、ツァン司祭」
「ああ、司教様、この者たちが私を追放しようと言うのです」
争っていた相手は3名おり、そのうちの一人が声をあげる。
「何者だ、そのナリは邪教の遣いか」
「邪教とは、なんと不遜な。 私はこのクタイの地を任された司祭ですぞ」
「帰れ帰れ、もはやこの村はお前たちの支配は受けん」
それを聞き、サキャが進み出ると男に問う。
「汝、それは信仰の話であるか、そうであるよな」
男はサキャと後ろに控える騎士達を見る。
「騎士か、何の用だ」
「質問をしに来た。 答えてもらおう」
すると、男の後ろに居た年配の男が声をかける。
「その問いにはわしが答えよう」
「何者だ」
「このサンガ村の村長じゃ」
「よし、聞かせよ」
「この村は真の神と共にある。 邪教の司祭は要らぬし、異教徒の支配は受けぬ」
「ほう」
すると、騎士団から一人の若い男が進み出る。
「おい、村長! 何寝言言ってやがる!」
「ニャクパか、そういえば、ここは其方の父パクモドゥ殿が預かる領地であったな」
「はい騎士団長」
村長はニャクパに語り掛ける。
「パクモドゥ様にお伝えくだされ、我らはもはや貴方様の民ではございません。 神の民となったのです」
「馬鹿な、気でも触れたか!」
「正気でございます。 いえ、むしろこれまでが、どうかしていたのです。 我らは目覚めたのです」
斜め上に飛んでいく話の流れをサキャは止める。
「村長よ、わしは領主様より『謀反の動きあらば成敗してよい』と申し遣っておる。 その上で今一度問うぞ、其方らの主君は誰か?」
「父なる主にございます」
それを聞き、ニャクパは剣を抜く。
すると、門の向こうから二十数名の若い男たちが出てくる。 その手には槍や鍬、そして弓を持っていた。
防具を身に着けた屈強な農夫たちは、敵意を持って騎士達を睨む。
如何に騎士と言えども、倍以上の人数を相手にしては分が悪い。
「お帰り下さい」
村長はそう言うと、横の二人と共に門の向こうへ下がる。
同時に門は閉ざされる。
あまりの事にあっけにとられるサキャ。
「なんと愚かな。 農地を捨てて立て籠もろうと言うのか」
「百姓は戦を知らないのですよ。 騎士団長、すぐに援軍を読んで成敗しましょう」
「そうだな。 伝令を送れ、第1騎士団総員出撃だ」
第1騎士団詰め所へと伝令が走る。
一方、サンガ村からも反対側の門より伝令が走り出していた。
行き先は隣のタナッヒ村。 そこには本日、この辺り一帯で布教活動をしている勇者一行が滞在している事が知らされていた。
伝令からの話を聞き、勇者たちは救援を決意した。
「よーし、邪教の支配を打ち破るときだ」
「ロンの言う通りです。 信者への弾圧は許されません。 村を救い、そのまま都へと進んで領主を改宗しましょう」
勇者と大魔女は「大義名分」を得て、実力行使を決める。
翌日、双方が戦支度を整え、サンガ村に集まる。
サキャは閉ざされた門の前に立ち、大声で最後通牒を告げる。
「よく聞け村長! 門を開け不遜な信仰を捨てると誓え! さすれば昨日の無礼は捨て置く。 開けねば、謀反と見做し村を焼き払う!」
門が開く。
だが、そこに村長の姿は無く、代わりに五人の見慣れない装束の男女が立っていた。
「何者か!」
サキャの問いに、中央先頭に立つ男が答える。
「俺は勇者、勇者ロンデニウム。 この地に正しき信仰をもたらす者だ」
「勇者だと? そうか、汝がこの騒動の首謀者か」
「お前さんも改宗してはどうだ。 主の愛は寛大だぞ」
「戯言を。 汝らを成敗する。 覚悟せい」
そう語ると、サキャは右手を挙げる。
それを合図に、背後の騎士達が抜刀する。
「残念だな。 天にまします主よ、雷と風の天使よ、我が願いを聞き届け給え。 これなるは父の子ロンデニウム、我願うは神の加護、勇者の力今示さん」
そう告げながらロンデニウムも抜刀する。 その刀身は光を放つ。
「な、呪文か、おのれ、かかれ!」
だが、その直後、サキャはロンデニウムに斬られ倒れる。
「団長!! 騎士団長!」
騎士団の面々は怒りと共にロンデニウムに斬りかかる。
「遅ぇ!」
ロンデニウムが振るう勇者の剣は一振りで3人の騎士を薙ぎ払う。
距離があって切っ先が届かない所にも、ダメージが入り、騎士達はうずくまる。
そして、大きな剣を振るっているとは思えない軽快な動きで次々と切り伏せる。
騎士達はその動きについて行けず、次々と倒される。
「ば、馬鹿な、あの男は人間なのか!?」
「態勢を立て直せ! 囲んで一斉に突撃だ!」
副団長の指示で、6人の騎士が同時に斬りかかろうとするも、ロンデニウムの動きについて行けず、各個撃破される。
そして、その副団長も声を出せなくなる。
「静かにしな、首と胴体が離れるよ」
ウィンドボナに背後から襲われたのだ。
さらに詠唱の声が流れる。
「……これなるは父の子アンティグア、我願うは邪教徒への神罰……」
詠唱が終わると、幾人もの騎士達が体の力を失いその場に崩れる。
「な、何をした……」
「神を信じない悪魔の使徒にだけ効く弱体化の魔法です」
こうして、総勢36名のクタイ第1騎士団は一方的に壊滅した。
20名が戦死、15名が負傷して戦闘不能。 副団長1名は「敗戦報告」と「降伏勧告」を渡すため、都へと敗走した。
そして、その後に勇者一行と村から送り出された「戦士」達が続く。
「なんじゃと!」
敗戦報告を聞き、降伏勧告を見たクタイ伯は二の句が継げない。
既にスブリサを攻撃しようとした先の戦いで第2騎士団を失い、今また第1騎士団を失ったのだ。
そして目の前に迫る反乱軍。
執政官は急遽第3騎士団に都の防備を命ずると共に、近衛騎士隊を招集する。
その間、クタイ伯は震えて取り乱すだけであった。
「殿下、お静まりください」
「あ、あぁ……どうすれば、どうすれば良いのじゃ。 サキャの第1騎士団は我が最強の騎士団ぞ、それがあっさりやられるとは、いったいどうすれば……」
執政官はクタイ伯に重大な決断を迫る。
「大変申し上げにくいのですが、『レリアル神の信者が謀反を起こした』として女王陛下に救援を依頼されてはいかがでしょうか」
「なっ、何を言う、その様な事……」
「ですが、このままでは殿下やお家の方々のお命もどうなる事か」
「ううっ……」
このム・サン王国では、所領の統治を任されるのは「統治能力がある」と認定されている者のみである。
王に救援を求めるという事は、「私には統治能力が無い」と「王に向かって告白する」事になる。
つまり、王都からの援軍が来て反乱を鎮圧出来たとしても、領主の座を追われる事になるのだ。
程度が軽ければ本人が隠居、子に相続して終わりだが、重い場合は所領没収となり相続も出来ない。
もちろん、執政官も連座するのは避けられない。
暫し考えた所で、クタイ伯は決断した。
「判った。 陛下に助けを求めよう。 直ぐに使者を派遣せよ」
「御意」
こうして、クタイ伯は王都からの援軍を期待し、それまで都で抗戦する事を決断した。
用語集
・領主の座を追われる
日本の江戸時代なら、これを一言で言えば「改易」となります。
2023-05-27 誤字修正
詠唱が変わると、
↓
詠唱が終わると、