第42話 おっさんズと海の戦い その5
大英が通信で確認すると、マカン村に迫りくる敵は豚頭人間の歩兵と狼に乗ったゴブリンで、その数100体弱との事であった。
人数は多いものの、大きな脅威ではない。
「そうか、増えたのは数だけか。 よし、戦車隊で対処してくれ。 他は予備兵力として新手に備えてくれ」
「承知いたしました」
大英はロンメルに指示を出すと、続いてアンバー村のドイツ指揮官と話す。
状況は全く同じだったので、同じ指示を出す。
そして、休みなく今度はシルカのクルーと話をする。
街道を北上中の敵兵力はオーガと思われる騎兵が60名ほど。
その後ろに馬車が数台続いている。
「馬車? 積み荷は何だろう」
「判りかねます」
「だよね。 じゃ、レーダー起動して上空の警戒監視を始めてくれ」
「了解しました」
通信を終えると、大英達は城へと向かう。
早速城で緊急会議が開かれる。
会議室ではアルル新執政官が既に必要な処置を済ませ、大英達を待っていた。
新執政官アルル=キノーテル伯爵は。以前執政官であったフランク=ビリーユ伯爵に代わり、王都より派遣された人物である。
女王より年上で人材教育に長けた人物であり、領主に帝王学を教える仕事も請け負っている。
今日は領主が王都に出かけているため、ゆっくり出来るはずであった。
彼は長く伸びた白髭をさすりながら大英に問う。
「都にも敵が向かっていると聞きました。 用意されていた手順書に従い、各騎士団とモントゴメリー殿に連絡を取りましたが、状況はどうですかな」
「はい。 各村は現状問題なく守れると思われます。 都についても、今入っている情報の範囲では、問題はありません」
「そうですか。 安堵しました」
だが、大英は安心していない。
「ですが、奇妙に感じます」
「と言われますと?」
「これまで大規模な攻勢があった際は、いつも新顔が現れていました。 少なくとも、村には従来の兵力しか現れていません」
それを聞き、秋津が問う。
「それは、敵の狙いが都って事か? 馬車に新兵器が積まれているのかな」
「いや、それはどうだろう。 歩兵とか魔法使いが乗ってるとんじゃないかな。 騎乗したまま使う『持ち歩けない武器』というのは考えにくいし」
「だよなぁ。 騎兵が降りて使うならアリかもしれんが、敵を前にして機動力を捨てるというイミフになるしなぁ」
大英は執政官に向き直る。
「ですので、敵はまだ何か隠し玉を持っていると思います」
「なるほど、承知いたした。 最善を尽くしてくだされ」
「はい」
既に都の南には第2騎士団とT-34/85が4両、第3騎士団詰め所にはSU-85が4両展開して街道を封鎖している。
都の正門外には61式戦車と米兵が展開しており、裏門側にもT-34/85が2両とフランス兵が配置されており、総指揮をモントゴメリーが執っている。
このため、敵がオーガだけなら十分守れると考えられる。
大英は航空基地のマッカーサーに連絡し、P-61とスピットファイアMk.9の出撃を命じた。
P-61はレーダーで遠方を監視、スピットファイアは雲の上まで出て、CAP任務に就く。
ドラゴンなどの飛行生物が現れるのを警戒しての事だ。
そして、マカン・アンバー両村で戦闘が始まる。
マカン村では4両のタイガーIと4両の3号突撃砲G型が迎撃に出る。
ロンメルはどんな新戦術が見られるかと警戒するが、単に豚頭人間が魔法攻撃を始め、ゴブリン騎兵が左右から突撃して来るだけであった。
肩透かしを受けた感じのロンメルは、そのまま殲滅を指令する。
8両からの砲撃を受け、襲撃部隊は壊滅。 撤退していく。
事情はアンバー村も同じで、4両のM10駆逐戦車、4両のM4A1中戦車が迎撃に当たり、同様に撃退に成功した。
そして、都の外でも、戦闘が始まろうとしていた。
第3騎士団詰め所まで500メートルほどの所で、敵の進軍がいったん止まる。
馬車から自分で降りてきたのは、オーガ魔法兵とオーガ重装歩兵。
魔法兵は大型の杖を持ち、遠距離からの大魔法を唱え、重装歩兵はその前に隊を構えて立つ。
さらに騎兵と魔法騎兵が突撃を開始する。
SU-85はそんな彼らに直ちに発砲。
前衛の騎兵は無視して後方を狙う。
500メートルはSU-85にとっては「遠方」ではなく、すぐ近く。
ランスを持つ騎兵は敵ではなく、魔法こそ警戒すべきという判断だ。
そして第3騎士団の面々は逆に迫りくる騎兵に向けてライフルを撃つ。
彼らが手にしているライフルはイギリス軍が第1次世界大戦中に使用していた旧式火器だが、この地では画期的遠距離武具となる。
結局、こちらにも新戦力は現れず、予想を覆す新戦術も見られず、オーガ部隊は壊滅し、退却していった。
だが、この戦いが行われていた時、大英の想定していない場所で、想定していない戦いが行われていた。
*****
11隻の軍船が西へと進み、遠くに陸地が姿を見せ始める。 空に飛行物体は無く、キリエルは奇襲の成功を確信していた。
「まもなく囮が暴れ出す頃合いね」
だが、前方を監視していた兵から、海上に見慣れない物を見つけたと報告が来る。
「見慣れない? 何よそれ」
キリエルが前を見ると何やら灰色の物体が見える。
海に存在しているなら船だろうが、船ならばあるはずの帆が見えない。
まぁ、キリエルの乗る船も帆は無いからそこは一緒なのだが。
「あれは……何? 何で灰色? わざわざ色を塗っているの?」
波間に見える灰色の物体。
もっと良く見ようと、彼女はエンジェルシステムを起動すると、上空へと舞い上がる。
「!! あれが船? 船なの?」
そこには、やたら細長い船体を持つ船にしか見えない物体。 それもかなり大きい物が向かってきているのが見える。
帆は無く、オールも見えない。
船首から白波が立ち、かなりの速度が出ている様子が伺える。
そして、丸い物体から棒が突き出ている構造物……そう、戦車の砲塔のような物が載っていて、それが動くのが見える。
「え、まさか」
その棒はキリエルの方をピタリと向く。 だが、その直後棒を水平に戻す。 いつぞやの対空砲と同じ動きである。
そして、船は向きを少し変更し、キリエルの船へと真っすぐ向かうコースに乗った。
「これはまずいわね……」
キリエルは直ぐに船に戻ると、全軍戦闘準備を指令する。
次々とペリュトンが空に上がり、槍を持った半魚人は海へと飛び込む。
兵達は弓や杖を持ち出して、船上での戦いに備える。
本来上陸作戦を実施するための兵力は、海戦のために投入される事になった。
*****
洋上を行く初月。 何やら複数の船が向かってくるのを確認し、そちらに進路を変えて進む。
やがて前方1キロ程、高度20メートル程度に何かが浮かんでいるのを確認し、直ちに主砲が目標を指向し、命令を待っている。
艦長は双眼鏡で改めてそれを確認する。
「あれは敵軍の天使に間違いない。 こんな海で出会うとはな。 攻撃中止、天使を撃ってはならん。 それとスブリサに打電。 我正体不明艦隊と遭遇」
スブリサに打電と言っても、テントにある通信機相手ではなく、空港にいるM577宛である。 大英に届くのには少々タイムラグがある。
そして敵など居ないはずの海に敵が現れた。 事前の打ち合わせは無い。
敵は目の前であり、返答を待っている余裕は無い。
初月艦長は自分の判断で交戦するかどうかを決めなければならない。
「前方の小型船舶は11隻と確認」
報告を受け、艦長は「どうやら敵の艦隊だったようだな」と副長のほうを向く。
「そのようですね。 天使は飛ぶと聞きますし、実際今見えている天使は飛んでいますが、休みなく海上を飛び続けるとは思えません。 船などで休む必要があるでしょう」
そうしていると、天使は船に降りていく。
「間違いないようだな。 確認しよう。 進路をあの天使が降りた船に向けろ」
そして船団より奇妙な姿の鳥が飛び立ち、何やら槍の様な棒を持った水兵らしき者が海に飛び込んでいく姿が見える。
「やる気らしい。 総員戦闘用意。 戦闘旗上げ。 第二戦速」
まずは向かってくる大型の鳥の相手だ。
距離も近いため、機銃での対処となる。
向かってくる鳥に向け、25nn機銃が火を吹く。
揺れる船上の射撃は安定しない。 陸上での射撃とは精度が全く違う。
だが、陸上に配置された対空砲とは数が違う。
多数の機銃が射撃を行うため、それは低速の鳥にとっては地獄への扉が開いたような状況となる。
次々と被弾し墜落していく鳥たち。
残りもパニックを起こして逃げていく。
「よし、第三戦速に上げ。 何か水中に居るようだから警戒を怠るな」
そうは言っても、ほぼ杞憂である。
いくら半魚人と言えども生身で泳ぐのである。 既に20ノットを超えている初月にとりつく事など不可能であった。
船団の各船では、弓や杖を持った兵が甲板に並びつつある様子が見える。
「艦長、敵は魔法を使うかもしれません」
「話を聞いてみたかったが、仕方ないな。 天使の乗るのが旗艦だろう。 旗艦を残して沈めるぞ。 砲撃戦だ。 主砲で敵艦を撃て。 魚雷は要らん」
初月は右に回頭すると4基の主砲を1隻の船に向ける。
艦長は静かに告げる。
「撃ち方始め」
復唱する声が響く。
「うちーかたーはじめー」
弓は勿論の事、魔法も届かない遠方より、10cm砲の砲弾が飛んでくる。
命中率は、まぁまぁだ。
現代艦の様な砲安定装置は無いから、漫画の様に全弾命中みたいなことは起こらない。
だが、1キロ程度は至近距離。 挟叉を狙うのではなく直接射撃となる。
4基の砲塔から放たれる8発の砲弾は次々と命中する。
そして、その砲弾の爆発に、彼らの船は耐えられない。 1発の被弾だけで致命傷だ。
結果、11隻を数えた船団は20分後には旗艦を残して全滅していた。
その間、半魚人は何の役にも立たず、初月は反撃らしい反撃を受けることなく、一方的な攻撃をしたのであった。
初月は旗艦に向けて主砲を向けたまま、砲撃をやめる。
数分後、旗艦に次々と水中から半魚人兵が上がっていく。 彼らを収容すると船は進路を変え、南へ向けて撤退して行った。
その後ろには、小型の鯨が何頭もついて行くのが見える。
「どうやら、こちらの意図を理解してくれたようだな」
「そのようですね」
初月は撤退する軍船を見送ると、港へと戻って行った。
用語集
・アルル=キノーテル伯爵
領主の教育係だけではなく、サファヴィーやまだ幼いビリーユ伯爵子息の教育係も兼ねる。
・既に20ノットを超えている
第二戦速に達した時点で21ノットらしい。
・20分後には
1隻沈めるのに2分かかっている。
当たれば大抵即撃沈とはいえ、当たり所が悪いと沈まないし、そもそも8発撃っていても、当たるのは1発か2発。
一応戦果確認してから次を撃つから、毎分19発などというカタログスペックとは無縁のゆっくりした射撃である。
弾薬の補給は無いし、予備砲身も用意されていないからオーバーキルな無駄弾撃ってる場合ではないのだ。
あー、1/700が召喚できる様になれば、武器セットから召喚すれば砲塔ごとなら予備を用意する事は出来なくはないが、その交換をする施設は無い。
明石も用意すればいけるか。 まだまだ先の話ですね。