第42話 おっさんズと海の戦い その4
陸地が見えないほど離れた洋上を進む11隻の軍船。
その船は小型の鯨に引かれて進んでいる。 船にはオーク、半魚人、オーガといった兵士、馬などの騎乗用動物、そして小型の魔獣が乗っている。
*****
先日の作戦会議。 マリエルが計画を話す。
「キリエルさん、まずはザバック沖を目指して下さい。 ザバック沖に着いたら、合図をお願いします」
「えーと、この物理端末ね」
「はい。 勢力圏外でしかも結構遠くなので、映像通信も音声通信も却下されました。 なので、その端末から、信号を送ってください。 最初の合図は1番です」
「わかったわ。 この線を船の線に繋ぐのよね」
キリエルは端末から伸びたケーブルを見て確認する。
軍船にも長いケーブルが張られていて、その末端をこのケーブルと繋ぐのだ。
「ええ、つながないと信号は送られないので、よく確認してくださいね」
「りょーかい。 で、何なのこの線」
「アンテナとか言われる物で、電波というものを発信する魔法には必須の物だと聞きましたわ」
「へー」
天界の魔法だからと言って、すべてが仮想化されているわけではない。
異世界での狩りなど、物理的な機器を利用するケースはままあるので、物理端末を使う事自体に特に不慣れと言った事はない。
「ザバック沖で合図を送られたら、西に曲がってザバックの都に突入してください。 2番船から10番船は港に乗り付けて、オーガ兵や馬を降ろしつつ、ペリュトンを放って街を攻撃。 1番船は港の中、岸には着けず、オークとヒポグリフの空中機動兵団を送り出して直接城を攻撃、オークはそのまま城壁内に突入して一気に制圧を。 11番船は港の外れから半魚人を浜に上陸させ、城を包囲して逃げ道を塞いでください」
「これは指揮が大変そうね」
「そうですわね。 本当は1番船に乗ったまま全体を把握して指揮をして頂きたいのですが、そこはキリエルさんのスタイルに任せますわ」
「そうね、あんまり一か所に拘らず、全体を見る様にするわ」
「オーガ騎兵は基本ザバックでは戦わず、そのまま隣のタマン辺境伯領へ進軍、これを占領してください。 人間の騎士ではオーガ騎兵の進軍を防ぐ事は出来ません。 占領は短時間で可能でしょう」
「それで、王国中央とスブリサを切り離す訳ね」
「ええ。 タマン・ザバックをこちらの占領地に加えれば、南に加え東と北にも備えなければならなくなり、少数精鋭な大英様の軍による防衛は破綻するでしょう」
続いてマリエルはミシエルに話す。
「キリエルさんからの合図が届いたら、陽動部隊を進軍させてください」
「ああ、任せてくれ。 オーク、ゴブリンの魔法兵団と歩兵隊、それにハーピー隊も放つよ」
本来ミシエルは魔獣を制御できない。
だが、ハーピーは制御する必要が無い。 勝手に飛んでいき、勝手に村人の食糧を奪ったり、村人自体を攫って食料にする。
指示を出してもどのみち無視して自由に飛び回り、食料を手にすれば戦線離脱して食事の時間にする。
たとえキリエルが居ても、制御不能な相手なのだ。
まぁ、攪乱用に使う分には、指揮する必要も無いから楽なのかもしれない。
このため、檻ごと外に出し、作戦開始と共に放つ。 そう、「放つ」とは言葉の綾ではなく、本当に「放つ」のだ。
まぁ、回収は出来ないけど、そう大きな問題では無いだろうという判断だ。
「あと、都にはオーガ騎兵を送る。 今回は魔法騎兵も参加するからこの間のようにはいかない。 奴が対応を間違えれば、そのまま都に突入だ」
「それは良いんだけど、飛行機対策はどうするの」
「そこは抜かりありませんわ。 間もなく雨が降ります。 かの地では珍しい天候ですが、飛行機は構造が華奢なので、雨が降れば運用は難しいと思われます」
「そうなのか」
ミシエルの疑問はもっともである。 ヴィマーナは雨が降ったくらいで飛べなくなるほど柔ではない。
「大昔の記録を調べました。 反重力を使わずに飛ぶ飛行機は、とにかく軽く作られていて、大英様が運用されている『プロペラ機』と同様の物についても記録があり、それは特に原始的なもので、非常に華奢であったと伝わっています。 大英様の飛行機は神々が使われていた物と全く同じでは無いでしょうが、ほぼ同じであると考えて差し支えないでしょう。 雨風の中ではその力を発揮できないと思われます」
「そうなのか。 なら絶好の機会だね」
「ええ、なので、この機を逃さず、作戦を遂行したいと思います。 皆さん、よろしくお願いいたします」
「よーし、がんばるぞ」
「ミシエル君、珍しい」
「キリエルには負けない。 陽動作戦を本作戦にする気で行くよ」
こうして、作戦は開始されたのであった。
*****
初月が召喚された日の午後、スブリサの領主がザバックを訪れた。
ゴートは領主を迎えると、城に向かうが、その途上港に浮かぶ初月を紹介する。
「殿下、あちらに見えますのが、海を行く神獣にございます」
「おお、なんという大きな……神獣としても、船としても、今までにない大きさではないか」
「はい。 頼もしい限りであります」
「ところで、爺と秋津殿だけなのですか」
迎えに来たメンツは、護衛の騎士を除けばゴートと秋津の二人だけ。 大英達の姿は無い。
「大英殿他2名は召喚時の疲労により、ザバックの城で休んでおられまする。 神官代理殿はその付き添いで3名の傍についておられまする」
「なんと、私の予定に合わせるため、無理をさせてしまったのでは」
領主のスケジュールは、この日ザバックにてザバック辺境伯と会談し、明日は王都へ向けて出立する。 となっている。
大英はこの日を逃すと暫く領主がザバックの港を見る機会は無いため、この日に召喚を実施したのである。
「多少は無理をされた様でありまするが、ご心配には及ばないものと存じまする。 夕方に予定されているザバック辺境伯様主催の午餐には出席される見込みであると」
「そうですか、それは良かった。 それで、遠くに居るようですが、近くには来てくれないのですか」
これには秋津が答える。
「すまねぇ、領主様。 あれは蒸気タービン艦なんで、動けるようになるまで時間がかかるんだ。 なので、明日以降になる。 それと桟橋付近の水深が十分かどうか、乗員に確認してもらわないと近づけられない。 座礁したら困るんでな」
「そうでしたか。 よく判りませんが難しいのですね」
ちょーっと専門用語が多すぎるのでほとんど伝わっていないが、無理だという事だけは伝わったようだ。 それだけ伝われば十分である。
さて、領主同士(と言っても、スブリサ辺境伯は王太子でもあるが)の会談が終わる頃、大英達も復活していた。
遂に海軍艦艇を得た祝いも兼ねて初月艦長も参加し、午餐は盛大に執り行われた。
そのままスブリサ辺境伯はこの夜城に宿泊し、翌朝、王都へと向かって行った。
そして同じ頃、初月は周辺海域を調査するため出航した。
昼前に大英達はスブリサへと戻る。
その道中、珍しい現象と遭遇する。 雨だ。
「うお、遂に降り出した」
「雨かぁ、珍しいな」
秋津と大英は空を見上げる。
彼らの乗るジープに幌は無く、雨は直撃である。
とはいえ、曇っている状況から合羽を用意していたので、大きな問題ではない。
二人の他は雨具は無い。
雨が少ない事もあるし、元々薄着なので濡れても大きな問題は無いため、わざわざ雨具を用意するという考え自体が無かったようだ。
逆にリディアなどは「雨だぁ」と喜んでいる始末。
そうして雨が降っている事もあり、その日の午前の召喚は中止とされた。
昼過ぎ、キリエルの艦隊は予定地点に到達する。 手元の端末からのアラームで位置を確認した彼女は、全軍に左回頭を指示し、基地へと合図を送る。
「よーし、待ってなさいよーって、向こうは気づいてないか」
そして合図を受信した基地から両村と都に向け、雨の中攻撃部隊が出立する。
マカン村とアンバー村の監視塔は、ほぼ同じタイミングで侵攻部隊を発見する。
両村の指揮官であるロンメル将軍とドイツ指揮官は直ちに迎撃態勢を取ると共に、互いに、そして都に通報する。
また、丘の上で監視をしていたシルカも、街道を北上する騎兵隊を視認し、通報した。
城壁上のテントの中で待機していた通信兵は立て続けに届いた連絡に困惑する。
報告しようとテントを出ようとすると呼ばれるのだからねぇ。
「何だ何だ、マカンもアンバーも襲われ、都にも軍勢が来てるのか」
彼はテント脇で待機している従卒へと指示し、鐘が鳴らされる。
そして自身は階段を駆け下りて、大英の家へと走る。
報告を聞いた大英は珍しく愚痴る。
「ちっ、雨降り狙ってやがったか。 向こうは天気予報が使えるのか?」
「じゃねーのか」
「空軍動かせるかな」
「どうかな。 雨だけなら大丈夫だろうが、風もありそうだ」
「事故らせる訳にはいかないか。 まぁいい、陸上戦力だけでも抑えられれば良いんだが……」
大英と秋津は直接状況を聞くためテントへ向かい、通信兵は城へと駆ける。
雨の中、戦いが始まった。
用語集
・この間のようにはいかない
この間とは第13話でオーガを初投入した時の戦い。
オーガ騎兵隊は6ポンド砲に撃たれ、最後は61式とM3の歩兵隊に殲滅された。