第42話 おっさんズと海の戦い その1
その日、都の城にある貴族の男が来ていた。
男は領主に何やら依頼している。
「先日許可を頂いた分家を創設する件ですが、準備が整いました。 つきましては善き姓を賜りたく」
「承知しました。 早速神官に指示しましょう」
「ありがたき幸せにございます」
新しい姓は領主が決めるのではなく、神官が関わると言う。
神官は神より姓をもらう儀式を執り行うため、準備を始める。
折しも、丁度午前の召喚の頃合いで、城に来ていたリディアも補佐として儀式に参加する事となった。
大英達もめったにない儀式なので、見学する。
神官はリディアと共に儀式に合わせて祭壇のセッティングを行う。
その様子を大英達と共に眺めているパルティアに、秋津は声をかける。
「パルティアちゃんは手伝わなくていいのかい」
「ええ、本来この儀式に手伝いは要りません。 姉様は将来神官を継ぐため、仕事を覚えるのに丁度良いので手伝っているのです」
「そうか、なるほど」
儀式自体は簡単に終わった。
流れを見ると宗教的儀式のように見える。
天界に祈りを送り、しばらくすると答えが来る。
だが、その答えは「お告げ」のような抽象的なものだったり、神官が何かを「降ろして」発言するという物ではなく、何も無い空間から紙のような物体が現れるという物だった。
その紙のような物には文字が書かれており、それが下賜される『姓』なのだという。
神官はその紙のような物を依頼者に見せ、読み上げる。
「カルサイト殿、ム・ロウ神より賜りし新しき姓は『オタバイト』なり」
「ははっ、素晴らしき姓を賜り、御礼申し上げます」
さて、この日は続いてリディアがある儀式を行うとの事で、そちらの準備を始めた。
今度は神官も見守りに徹する。
「しっかりやるんだぞ」
「まーかせて」
その儀式は今行われた儀式によく似ているが、より頻度の高いものだ。
それはリディアの友人が直接リディアに依頼したもので、生まれた子供に命名する儀式であった。
間もなく依頼者であるリディアの友人が赤ん坊を抱え、旦那と共に現れた。
「リディア、良い名前お願いね」
「もちろん!」
お願いと言っても、リディアが名前を考える訳ではない。
こっちも同じく天界に祈るのだ。
そして同じ様に何も無い空間から紙のような物体が現れる。
「来たわ。 えーとね、赤ちゃんの名前は『マッシュリー』です」
「マッシュリー! 良い名前ね」
「ありがとうございます」
リディアの報告を聞き、夫妻はお礼を述べ、帰って行った。
姓も名も神官が神に伺いを立てて名前をもらっている。
どうも人々の名前に文化的統一感が無いと思ったら、神に原因があったようだ。
まぁ答えが出るまでの時間を考えると、神が考案しているというより、実働部隊の天使達の仕業な気がする。
さて、用事が済んで召喚の時間となる。
一行は飛行場に行っておこなったが、飛行機を召喚したのではない。
この時召喚されたのは戦車が4両。 それも1/350からの召喚である。
一時にこのような小いさいスケールで4両もの数を召喚するのは初めてであったが、まぁ何とかなった。
先日の大英の計算からすると2倍のペースになるが、これには少々カラクリがあったりする。
元キットはWR社の「日本陸軍車両セット1」。
現れたのは九七式中戦車2両、九七式中戦車改2両である。
小型の戦車なので、4両でも行けたという事だ。
もちろん経験を積む事で、いずれはもっと大型の車両でも4両いけたり、さらに数を増やす事も出来るようになっていくだろう。
で、この4両はこのまま飛行場の警備用に使用される。
「それにしても、格納庫増えたな」
周りを見渡して秋津は感想を漏らす。
「まぁな、あんまりデカい格納庫は大変だから、小さいやつばっか増えるが、ま、いいだろう」
大英も答えつつ笑う。
どうせ格納庫は平屋だから、大きくても小さくても収容効率はあまり変わらない。
大型だから2階建て……にはならない。 高さだけは2階建て相当あっても、それは天井が高いだけだ。
そりゃ大きい方が融通は利くけどな。
だが、そんな中、一つ大きな格納庫があり、その隣に同様の大型格納庫が建築中であった。
その格納庫はB-17用に建設されたもので、この地の大工に二級建築士の資格を持つ秋津が協力して設計・建築したものだ。
少々手間がかかるので、特に必要な時のみ建築されている。
で、今そこに翼を休めているのは B-24 である。
B-17 は逆召喚で模型に戻っている。
爆弾の無い爆撃機では使い道もあまり無いので、代わりを召喚して補給に出したという訳だ。
食事して一休みした後、一行はザバック辺境伯の都へ行く。
今度はこちらの港で召喚するためだ。
いよいよ海軍艦艇か?
と期待する向きには残念なお知らせだが、今回も艦艇とは呼べないものだ。
こちらでも先ほどの1/350セット由来の装備が4つ召喚された。
10m特型運貨船が2艘、特二式内火艇が2両だ。
そのままここに配備される。
順調に装備を整える召喚軍。
大英達は戦力を秘匿する方針を変更し、戦力の大規模化を進める。
これは敵基地爆撃による戦争終結が困難であるという認識と、召喚対象スケールの広がりによって、数を揃える事が可能になりつつあるためだ。
戦車で言えば
これまでは「戦車」が戦った。
これからは「戦車隊」が戦う。
という話だ。
スブリサの太后が女王となり、王国自体が「協力者」となったため、周辺諸侯に気兼ねすることなく戦力整備も戦闘も出来る。
この地に国家と呼べるのは王国のほかは大公の国しかない。
派手な戦いをしても、新たに警戒を呼ぶことを気にする必要は無いのだ。
そして、スブリサの都と村・飛行場だけでなく、ザバックの港や王都にも戦力は配置されている。
まだまだ通信関係は脆弱なため、弱点を突かれると対応に時間がかかる。
機動予備での対応をあてにする訳にはいかないため、必要な場所には指揮官と戦力を置いている訳だ。
質的優位があるから出来る話だが、敵も迂回して都を強襲した実績があるので、後方にも戦力が必要という判断だ
まぁ、流石に王都への街道を全て網羅するような配備が出来る程、余裕は無いけどな。
こうして大英達が着々と装備を整えている訳だが、整えているのは彼らだけではない。
*****
海岸に来たミシエルとキリエルは工事を担当していた天使から完成報告を受けた。
「よーし、これで軍船用の港と水棲系魔獣用の魔獣舎が完成した訳だ、中身の用意頼むよ」
「そこなんだけどね、トウリに行くのは簡単じゃ無くなったのよね」
「あー、あいつらか」
「そー、先に探査機だけ送って近場に誰も居ないのを確認してから行くから、手間と時間がかかるのよ」
ダゴンの配下が徘徊していると好ましくないという訳だ。
とはいえ、トウリは人類が住まない惑星なので、調査自体の難易度は低い。
多少時間はかかっても、必要な魔獣を集める事は可能だろう。
「で、軍船はどうすんの? 工事のメンツは帰っちゃうけど」
「それは問題ないよ。 そもそも建物と船は担当が違うし。 ちゃんと船を制作する天使に依頼済みさ」
「それならOKねって、船の担当って誰? 天界には海なんて無いから船なんて使ってないじゃん」
「さぁ、同じ乗り物だから飛行機作ってる奴じゃね?」
「大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。 動力つけられないから、地上の船と大して違わないものになるんだし」
船の建造はOKだったが、動力はNGが出たので付けられない。
戦場に出る軍船としての運用なので、天界のテクノロジーの利用には厳しい制限がかかるのであった。
戦車を作れないのと同じ理由だね。
「今度はうまく行くさ。 連中もまさか海から攻め込まれるとは思っても居ないだろうし」
「そうねー」
こちらでも、準備は進んでいるようだ。
*****
ヌヌー伯領の港。
大公国から到着した船が停泊している。
大公国と王国は政治的には対立しているとはいえ、交易は行われている。
大公の案内人はルテティアに別れを告げる。
「それでは、今後は商会の方々と行動してください」
「はい、ありがとうございました」
勇者一行は案内人と別れ、王国内で活動するタドラルト商会に「護衛として雇われた傭兵」という身分で活動する。
「さぁて、行くか」
「「おー」」
無事上陸を果たし、テンションが上がる勇者一行であった。
用語集
・文化的統一感が無い
ゴートは西欧。シュリーヴィジャヤは東南アジア。パルティアは中東。バラバラやね。
・10m特型運貨船
その名の通り10m位の長さの小舟。 一応動力は付いているようだ。