第41話 勇者登場 その5
謁見が始まる。
最初にルテティアが大公に問う。
「恐れ入りますが、陛下はなぜご自分の事を『わし』と言われますか」
「余では無いのが不思議か? 我が国は出来てから日が浅い。 慣れておらぬ故『わし』としておる」
「そうでしたか、失礼な事をお聞きしました」
「なに、先に影など使ったのはこちらだ。 疑念を持つのも当然」
それを聞き、アンティグアは不満そうな顔で、隣に立つウィンドボナに小声で話しかける。
「何で影とかつかったんだろ」
「馬鹿ねぇ、素性も判らない流れ者に国の長が簡単に会う訳ないじゃない」
「え、そうなの? だって何処の国でもすぐに王宮に……」
「そりゃ勇者の名声が響いていたから。 ここじゃ無名よ」
「そうなのか」
「誰とでもホイホイ会ってたら、暗殺者とか防げないでしょ」
「そこはよく相手を調べてから……」
「それじゃ時間がかかるじゃない。 すぐOK出たから、何かあるとは思ってたのよ」
「そうかぁ」
すると、大公は「こほん」と軽く咳をし、「話を進めてよいかな?」と問う。
慌ててルテティアは二人に頭を下げさせ、謝罪する。
「す、すいませんっ、失礼しました」
勇者一行は各々自己紹介を行い、自分たちを独立傭兵として採用するよう求めた。
「なるほど、ではそこな勇者は、そちよりも強い戦士であると言われるのだな」
「おうよ、魔法の力だけなら負けるけどよ、俺には勇者にしか使えない『勇者の剣』があるし、強敵相手ならさらに強い『聖剣ドネガル』もある。 どんな敵でも倒せるぜ」
「どんな敵でも?」
「おお、ドラゴンも倒したし、魔法のゴーレムも倒した。 これ以上の敵なんて居ないだろ?」
「そうか、わしはそのドラゴン……と申したか? それや魔法のなんとかが何なのかは判らぬが、およそ人間が敵わぬ存在を知っておる」
それを聞き、ルテティアが話を引き継ぐ。
「人間が敵わぬ存在?」
「うむ、ム・ロウ神が遣わした神獣と呼ばれるものだ。 わしはその脅威をこの目で見た。 ルテティア殿の魔法なら、地を行く神獣であれば、これを屠る事が出来よう。 だが、空を飛ぶ『神鳥』には通用しない」
「空を飛ぶ神鳥……」
「わしの見た神鳥は庶民の家よりも大きく、その放つ攻撃は先ほどそなたが見せてくれた火の魔法にも匹敵する破壊を振りまく」
「そ、そんな、家より大きな鳥……」
ルテティアが知る最も大きな鳥はロック鳥と呼ばれる巨鳥だが、それでも家どころか山小屋よりも小さい。
まぁ、胴体だけでも自家用車よりは大きいから、翼だけで飛んでいるのかどうか怪しい気がする鳥だが。
そして大公が見たB-17が自家用車よりもずっと大きいのは言うまでも無い。
絶句するルテティアに代わり、再びロンデニウムが口を開く。
「まるでドラゴンじゃねぇか。 本当に鳥なのか?」
「神鳥なのだから、ただの鳥ではないであろう。 もしかしたら、そち達が言うドラゴンなのかも知れん。 そのドラゴンとやらは空を飛ぶのか?」
「おうよ、森の上を飛んでくるからな。 兵士が弓を放つが、当たっても全く効果が無い。 あれは魔法や勇者の剣で無いとダメージは与えられない」
「弓か、神鳥は弓など届かぬ高みを飛ぶ。 それどころか、魔法使いが放つ雷の魔法すら届かぬ神鳥も居ると聞いている」
「弓が届かねぇだと? それならブレスも届かねぇから戦いにならねぇだろ」
「ブレス? ブレスとは何じゃ?」
「ドラゴンブレスだよ。 種類によって違うが、火を吹く奴が多いかな。 一吹きで10人以上の兵士が焼け死ぬ危険なものだ」
「ふむ、神鳥の使う技と似ているかも知れぬが、あれらはその高みから地上にいる我らを一方的に攻撃すると聞くし、わしが見た神鳥も降りてくる事無く、そのまま港を火の海にした」
「ほんとかよ、だが、俺の剣なら、届かせられる。 ただ振り回すだけじゃ駄目だが、鳥を落とす剣技を使えば大丈夫だ。 ティアの魔法にも長距離届く魔法があるから問題ない」
「真か」
大公に問われ、ルテティアも返答する。
「はい、私の雷の魔法や、矢を飛ばす魔法なら、先ほどの森よりずっと遠くの敵でも狙う事が出来ます」
そうは言っても、水平距離で遠いのと、高度が高いのでは勝手が違うと不安になるが、それを顔には出さない様にするルテティアであった。
そして話題は勇者たちがここに来た理由へと移る。
ルテティアは「真の神」から「この世界を救え」と命じられて、異邦の地よりやって来たと話す。
「真の神とな、つまりレリアル神に命じられてこの地に参ったという事であるか」
「いえ、違います。 私どもの地にはその様な名を持つ神はおりません」
「おらぬとはどういう事じゃ。 神は天界におられる故、地上にはおらぬが……」
「いえ、そういう意味ではございません。 私共はこの地とは別の世界より参りました。 別の世界であるため、陛下の知る『神と名乗る者』はいないのです」
「なんと、それではレリアル神もム・ロウ神も居らぬ地より参ったと申すか」
「聞いたこともございません。 そもそも神に名などございませんでしょう」
「どういう事であるか」
「神という存在は唯一無二のものです。 人や天使の様に多数いるなら名も付くでしょうが、唯一の存在である神に名前など不要でしょう」
「なんと、そのような事が。 して、そなた等はその神に会った事があるのか?」
「とんでもありません。 神の遣いである天使様や神の言葉をお伝え下さる預言者様であれば会われているかもしれませんが、私たち地上の人間如きでは会う事は叶いません」
「そうか」
「私共は別の世界から来た身ゆえ、身分を保証するものもございません。 陛下の温情が受けられれば、この地で活動し、ひいては陛下の為に戦う事も出来るでしょう」
「別の世界か……」
「はい、私共はこの地の常識や習慣にも疎く、他の兵士と一緒ではうまく仕事が出来ないでしょう」
「なるほど、もっともな話であるな」
「それでは」
「まぁ待て、そなたの魔法が凄い事は判ったが、他の者の事は判らぬ」
「では、どうすればよろしいでしょうか」
「ふむ、摸擬戦をしてみようかの」
「摸擬戦ですか」
「用意をさせるゆえ、わしらは暫し席を外す。 しばらくここで待つと良い」
「はい」
衛兵を残し、大公と宰相たちは別室に移動する。
大公は宰相ら重臣達に問う。
「どう思う」
「異なる世界などどいうものが実際に存在するとは思えません」
「しかし、偽りを申しているようには見えませんぞ」
重臣たちの意見は分かれる。
大公は満足気に意見を聞くと、告げた。
「これから行う摸擬戦で力を試してみようではないか。 勇者というのがどれほどの力を持っているか。 神獣に太刀打ちできぬようでは、そもそも無意味であるからな」
「御意」
準備が整い、彼らは闘技場へと移動する。
勇者たち5名と大公の兵士10名で対決し、互いに後ろに立てた旗を奪うか、相手を全員戦闘不能にすれば勝ち。
多少の荒事は構わないが、出来るだけ死人が出ないように戦う。
それがルールだ。
「お前たちの中に弓矢を使う者は居るか?」
審判役の騎士に問われ、ウィンドボナが答える。
「使う時もあるけど、いつも使う訳じゃ無い」
「そうか、一応矢を渡しておこう」
それは普通の矢とは違い、鉄の矢じりの代わりに丸く削った木の矢じりが付いていた。
「なるほどね、承知した」
そして、両者は闘技場の左右に分かれて布陣し、合図と共に摸擬戦が始まった。
「放て!」
指揮官の声と共に、大公の兵士達は矢を放つ。
それを見て、テノチティトランは大楯を構える。
「任せろ! 天にまします我らが主よ、我に仲間を守護する力を与え給え!」
テノチティトランの叫びと共に、飛翔中の矢はその軌道を変え、大楯へと向かう。
全ての矢が大楯に当たり、ばらばらと落ちる。
「なんだと?! ええい、もう一度だ。 放て!」
だが、今度も矢は向きを変えて大楯に当たり、その射撃は無為に終わる。
様子を見ていた大公たちも目を丸くする。
「いったいどうなっている。 なぜあの男ばかり攻撃しているのだ」
だが、その問いに答えられる者は居ない。
大公の10人の兵は、指揮官1名、一般兵8名、魔法使い1名という布陣だった。
指揮官は叫ぶ。
「魔法だ、魔法の矢を放て!」
命令を受け魔法使いはコマンドを唱える。
すると、魔法使いの頭上1メートルほどの場所に炎をまとった矢が現れた。
「目標はあの勇者だ、矢よ敵を撃て!」
炎の矢は勇者に向かって飛翔するが、やはり急に軌道を変えて大楯に向かって行く。
そして、大楯に当たって消える。
「ば、馬鹿な、百発百中の魔法の矢まで曲がるのか! ええい、抜剣せよ! 白兵戦だ!」
指揮官と兵は剣を抜き、突撃する。
魔法使いはまばゆく輝く光の玉を頭上に生み出し、勇者たちの目を眩ませようとする。
それを見てテノチティトランは皆に警告を発する。
「おおっと、近接戦闘か! 人間相手じゃシールドチャームは効かねぇ、各々ぬかるなよ」
「任せろオッサン!」
そう叫ぶと、勇者の剣を構えた勇者ロンデニウムが前に出る。
その目元にはグレーの帯が浮かんでいる。
あたかも、サングラスをしているかのような感じだが、レンズもフレームも無い。
それは物理的な存在ではなく、いわば魔法のサングラスだ。
「おらぁ!!」
ロンデニウムが剣を横に一振りすると、衝撃波が発生。
突撃中の9人はそれを受けて倒れる。
「ぐはぁ」
「うわぁ」
その直後、後方の魔法使いの傍に急に人影が現れ、短剣の鞘がみぞおちに一発入る。
魔法使いはそのままその場に崩れ落ちる。
「こっちは片付いたよ」
闘技場の端から端まで、あっという間に距離を詰めて後方の魔法使いを倒したウィンドボナがOKのサインを送る。
そして、衝撃波を受けた兵達が立ち上がって態勢を整えた所、頭上より大雨が降り注いだ。
そのバケツどころか「たらい」をひっくり返したような水流に、兵達はたまらず跪く。
「水浴びはどうでした? 次は何がお望みかしら」
杖を掲げたルテティアが微笑む。
そして、ウィンドボナの手が大公側の旗竿を掴む。
そんな様子に大公が右手を挙げる。
それを見て審判が叫ぶ。
「そこまで! そこまで!」
摸擬戦は勇者たちの圧勝に終わった。
「それじゃ後始末後始末。 天にまします我らが主よ、慈愛と光の天使よ、我が願いを聞き届け我を助け給え。 これなるは父の子アンティグア、我願うは……」
アンティグアが呪文を直ると、兵達の濡れた服と髪は数秒という短時間で乾く。
「素晴らしい。 そなた達の力、しかと見届けた」
大公は賛辞を贈り、それを聞いたルテティアは問う。
「それでは、お認め頂けますか?」
「そうだな、よろしい。 そなた等がこの地で活動できるよう、資金を提供し、便宜も図ろう」
「ありがとうございます!」
「だが、条件がある」
「条件、ですか」
「神獣を討伐するのだ」
「神獣……先ほどお話のあった、ドラゴンかも知れない人の力の及ばぬ存在ですね」
「左様。 我らの力では倒せぬが、そなた等であれば倒せる。 そうであったな」
「はい」
「それに『この世界を救う』のであれば、当然討伐する必要があるであろうから、問題は無いな」
「もちろんです!」
こうして契約は成立。
勇者たちは王国のある大いなる地へと赴く事となり、大公は交易船の情報を持つ案内役を付ける事とした。
「なに、監視役ではない。 心配せずとも案内役は船と共に帰る。 上陸してからはそなた等の判断で行動するがよい」
「ありがたき幸せ」
数日後、準備を整えた勇者達はム・サン王国へと旅立って行った。
そして大公の宮殿では、宰相が心配事を大公に告げていた。
「しかし、あの者たち、おそらく違う目的を隠しているはずでは? あの者たちが語る『この世界を救え』はあまりにも抽象的すぎます」
「だろうな」
「では、なぜ。 勝手な行いで国や陛下に良からぬ影響があるやもしれないではないですか」
「そなた、『優れた間者』とはどんな間者か知っておるか?」
「え、それは、どんな困難に会っても、それを排除して任務をやり遂げる間者でありましょう」
「違うな」
「そ、それでは一体どんな者が優れているのですか」
「間者と知られない者だ」
「え?」
「任務を全うしても、それが我が国の差し金だとばれてしまえば、台無しになる事もあろう」
「は、はい。 ですが、真に優秀であれば何処から来たかは判らないのでは」
「世界に国が2つしか無いのにか?」
「それは、そうですが、間者を放つのは国ばかりではありません」
「そうだな。 そなたの言う通りだ。 だが『間者』である事が判れば、調べも行われるし、憶測や推測もされるであろう。 『利を得るものは誰か』は基本中の基本だ」
「はい」
「そこでだ、『個人的目的を持つ者』が行えば、それは間者による破壊活動や工作活動にはならない。 起点が無ければ、その先の調査も推測も成り立たん」
「あぁ、それで!」
「そうだ。 あの者たちの任務は神獣討伐だが、表向きは布教を目的として活動すると聞いておる。 布教のため神獣を討伐するという体を取る訳だ。 そしてそなたが案ずる通りこの2つとは別の、我らにも隠している真の目的を持っているだろう。 あの者たちが語る『この世界を救え』の真意はわしにも判らぬ。 だがそれを達成するための行動により、推理を得意とする者ほど、そちらに引きずられる。 ボンクラは勿論、優れている者にも我らとの繋がりは見えて来ぬという訳だ」
「そうでありましたか、流石は陛下。 そこまでのお考えとは気づかず、浅慮を恥じ入る次第です」
「あの者たちが首尾よく神獣を滅ぼせたなら、『混乱の情報を察知した』我が軍が、好機を逃さず侵攻する。 これは計画されていた事ではなく、常に準備を進めていた事。 その時になって気づいても、もう遅い」
「失敗した時も、問題は無いですね」
「左様。 空想の神を奉る輩が騒動を起こしたに過ぎず、それは我らの与り知らぬこと。 我らはレリアル神を信仰する身なれば、全くの無関係。 疑われる要素など微塵も無い」
こうして、大公は思いかけず手にした機会を逃さず活用すべく策謀を進めるのであった。
用語集
・余では無いのが不思議か? 我が国は出来てから日が浅い。 慣れておらぬ故『わし』としておる
別に日本語を話している訳ではないが、この流れはここの言語でも成立している。
ちなみに英語でも成立する。
「Weでは無いのが不思議か? 我が国は出来てから日が浅い。 慣れておらぬ故『I』としておる」
となる。
・ロック鳥
現実の恐鳥類よりも大きいうえ、普通に空を飛ぶ。 ファンタジーではよく知られた想像上の鳥。
勇者たちが暮らしていた異世界ガルテアでは気性温厚な鳥として、飼いならされて輸送手段に使われている。