第41話 勇者登場 その4
勇者一行を乗せた船は公都マウラナの港に入る。
出発地だったマスバの町の港でも、船の大きさに驚かされた彼らであったが……。
「な、なんだよ、あれ……」
「こいつはすげぇな」
「大きさもそうだけど、なんて数なの」
アンティグアは言葉を失い、ロンデニウムは感嘆し、ルテティアはその数に驚く。
港には、彼らが乗ってきた船よりも大型の船が多数停泊している。 ざっと見だけでも20隻は下らない。
さらに、小型……と言っても、彼らが知る大型ガレー船くらいはある船に至っても、数える気にもならないほどある。
いや、見える範囲でだけでこの有様であり、陰になっているなど、見えていない所まで考えれば相当な事になっているだろう。
「島国だから船がすごいのかね。 前の町では兵士はそんなに目立っていなかったけど」
「陸に居る船乗りは兵士の姿はしてないのかもしれんぞ」
「そうか、オッサンの言う通りだね」
ウィンドボナは分析をしようとするが、情報不足のようだ。
さて、無事上陸した彼らは、まずは酒場を目指す。
マスバにギルドが無かったのは、寂れた辺境だからではなく、そもそも冒険者という概念自体存在していない土地だからと理解したからだ。
ならば、公都でもギルドは無いものと想像がつく。
流石に公都の酒場は繁盛している。 そして公都ならではの情報も得られ、彼らは次の方針を決める事が出来た。
ルテティアは皆に提案する。
「大公は魔獣に対抗する軍の強化に悩んでいるようですから、ここは『傭兵』として売り込むのが良いのでは無いでしょうか」
「傭兵かぁ」
ロンデニウムは渋い顔。
「武装している以上、正式に傭兵の立場を得られなければ、お尋ね者になりかねませんよ」
「そいつは困る」
「だがティアよ、傭兵になると、自由に行動できなくなるのでは無いか」
「オッサンの心配は判るけど、大丈夫だと思うわよ。 私たちが『魔獣を倒せる』となれば、その辺にいる一般兵士と同じ扱いにはならないでしょ」
「えっ、魔獣がどんなものかも判らないのに、どうやって信じさせるの?」
「アンティ、何事も馬鹿正直にやるだけじゃダメよ。 実績が無ければ、実績を作らせてくれるように事を運べばいいのよ」
「そんな事が出来るの?」
「もちろん」
方針が決まると、次はそれを実現する手段の確保だ。
この地の常識、この国の事情、それらを調べて大公へと繋がるルートを探す。
皆は手分けして聞き込みを行い情報を集め、それを持ち寄った。
勇者ロンデニウムはただの脳筋馬鹿に見えるが、意外にもちゃんと情報を持ってきた。
「兵の募集は難しいな。 常備軍は騎士とその付き人だけで、一般兵は戦時に農民を徴兵するだけだ。 流れ者が正規兵になる道は無いだろう」
一方、チームの頭脳たるルテティアも空振りだったようだ。
「魔法を売りにする道は無かったわ。 そもそもここには魔法学園も無いから、首席と一勝負といった方法は無理ね」
「何だよティア、この国には魔法使いは居ないのか?」
「いるみたいよ。 魔法使いとしての認定制度もある様よ。 だけど、常設されてなくて、希望者が来た時に魔法兵団の偉い人が審査するって話」
「なら、その審査を受ければ良いんじゃねぇか」
「それがダメなのよ、試験項目が決まっていて、自由に力を発揮する事は出来ないの」
「なんじゃそりゃ。 それじゃ俺の様な『勇者オリジナル魔法』の使い手はどうしたらいいんだ?」
「そこなんだけど、どうやらこの世界には『新しい魔法を考える』『新しい魔法を作る』って概念自体無いみたいなの」
「へっ? 何で?」
「さっきも言ったけど、魔法学園が無いじゃない。 魔法は研究するものじゃなくて、『神から与えられるもの』なんだって」
「どういう事だ? じゃここの連中は教えられた魔法しか使えないのか?」
「その辺はアンティが調べてくれたから、説明して」
話を振られたアンティグアは説明を引き継ぐ。
「彼らの神、つまり悪魔が魔法を授けて、人々はそれを決められた道具の様に使うだけですね。 人々が研究を進めて生み出した呪文を組み合わせて詠唱するのではなく、簡単なコマンドワードを唱えて使う。 だから応用が利かない」
「そうなのか。 それじゃどうにもならんな」
「でも、そこを利用する事が出来そうです」
「うん、どういう事だ?」
「神官に話を付けました。 いや、実際に話をしたのはティアさんですけど」
再びルテティアが説明する。
「私が、『神から新しい魔法を授かったので、それをここの神官に教える許可を頂きたく、陛下に魔法をご披露する機会を頂きたく思います』と話を持ち掛けました」
「それで通ったのか? 随分簡単なんだな」
「簡単じゃ無いわよ。 『当たり障りはないけど、ここには無い魔法』なんて知らないんだから」
「何でだ? 適当な魔法見せてもダメなのか?」
「『ここの神官が知ってる=この世界の魔法使いなら誰でも知ってる魔法の一覧』なんて私が知る訳ないじゃない」
「ああ、そっか」
「使って見せてくれって言われたけど、『建物が吹き飛んじゃうからここでは使えません』って言ってごまかしたわ。 魔獣と戦える力を持ってるって思ってもらえれば取り次いでもらえると思ってね」
「なるほどな。 で、うまく行ったんだ」
「そう。 明日の朝に教会に行って、神官と一緒に登城するって話が付いたわ」
「おーそれは良かった」
ロンデニウムとルテティアの話を聞いて、テノチティトランは首をかしげる。
「それにしても話が早すぎる気がするな」
「そう? 小さな島国だからじゃない? 大国だと何とか大臣とか大神官とかがいて腰が重いかもしんないけど」
テノチティトランだけでなく、ウィンドボナも納得いかない風だったが、何か思いついたのか「何でもない」と方針に賛同した。
*****
大公の宮殿。
「何、それは真か」
「はい、教会の建物を吹き飛ばせるほどの魔法を持つと申す者が現れました。 陛下のご推察通りかと」
「そうか、して、いつ会える」
「明日朝、神官と共に登城する手筈となっております」
「そうか。 うむ、ご苦労。 下がってよろしい」
「はっ」
報告を受けた大公は、先日頭に響いた声が現実となるのかも知れないと期待する。
「なぁ宰相、各地の神官や司祭に『魔法使いが売り込みに来る可能性がある』と触れを出しておいたのは正解だったな」
「まさか本当に現れるとは……、陛下がお聞きになった声と言うのは、きっとレリアル神の御声だったのでございましょう」
「そうかも知れんな。 だが実際にその魔法を見てからだな。 ただの『語り』かも知れぬし……。 ところで、用意は出来ておるな」
「はい。 抜かりなく」
翌朝、宮殿の謁見室には、勇者と名乗る男とその仲間4名の姿があった。
前に二人、後ろに三人の並びで跪き、魔法使いと思われる女性が口上を述べる。
「謁見の名誉を賜り、恐悦至極にございます」
それを聞き、豪華な椅子に座った男は返答する。
「うむ、苦しゅうない。 して、そなたが強力な魔法を使う魔法使いなのか?」
「はい」
「では、早速見せてもらおう。 披露するのは中庭で良いか?」
「中庭とは、先ほど通った所でございますね。 恐れ入りますが些か狭いかと」
「おお、そうか。 教会の建物をも吹き飛ばすという話であったな」
「御意」
そこで、部屋の端に立っていた宰相が口を開く。
「陛下、東の塔に用意が出来ております」
「うむ、ではそちらで見せて頂こう。 案内はそちに任せる」
「ははっ」
宰相に連れられ、皆は東の塔へと移動する。
東の塔は東の城壁と一体化した建造物であり、戦の際には城壁の外を監視したり、城壁の上に兵を送る施設として使われる。
この塔の三階から城壁の上に出ると、外に標的らしき急ごしらえの柱と梁だけの小屋が建っている。
小屋までの距離はざっと20メートルほどだ。
「あれなる小屋を魔法で破壊して頂けますかな」
「はい、ですが、あれでは私の力は全く判って頂けないかと思います」
「なんと、もっと小ぶりな標的でなければいけなかったか?」
「いえ、逆でございます。 差し支えなければ、あちらの森を標的にして構わないでしょうか」
そう語る彼女の視線が示す森は、城壁から500メートルは離れている。
「な、なんだと、馬鹿を言うでない」
「そうですか、焼いてはいけない大切な森でしたか」
「そうではない。 あのような遠くまで魔法が届くわけが無かろう」
「え? 大魔法ならあのくらいは届かせないと危険かと思いますが……」
「な……」
宰相たちは絶句し、二の句を継げないでいる。
すると、従者の一人が発言する。
「宜しいではありませんか、閣下。 やらせてみましょう。 ただ、その前に森に仕掛けがあったり人が入り込んでいないか調べさせるのが宜しいかと。 陛下もよろしいですね」
「うむ、良きに計らえ」
「そ、そうですか。 よし、兵を送って調べさせよ」
暫くして森に問題は無いとの報告が届く。
「では、やってくれたまえ」
「はい」
大魔女ルテティアは呪文を唱え始める。
「天にまします主よ、火と炎の天使よ、我が願いを聞き届け給え。 これなるは父の子ルテティア、我願うは劫火の炎、我が敵は遠くにあり……」
およそ魔法発動のコマンドとは思えない長い言葉が続く。
そして、彼女の持つ杖にはめ込まれた宝玉が光を放つ。
「……いざ、その御力を我にお貸しになり、我が敵にお示し給え、絶大劫火炎!!」
彼女は詠唱を終えると同時に杖を前に出す。
すると、杖の先から10メートル程の空間に炎が姿を現し、そのまま森へと伸びていく。 伸びるに従い、炎は大きさを増す。
炎の長さは100メートルほどまで伸び、そのまま森へと飛んでいく。
森に到達した炎は大爆発を起こし、半径50メートルが一瞬で炎に包まれる。
それは教会の建物どころか、宮殿すら焼き尽くしかねない。
「な、なんと……」
驚愕して声を失う宰相。
そして威厳のある装束に身を包み、陛下と呼ばれていた男は情けなく腰を抜かして座り込み、「ひぃぃ」と声を漏らす。
その姿を見てロンデニウムは笑う。
「どうした? この程度で腰を抜かすとか、大公サンも大した事無いなぁっ……うわ」
腰を抜かした男は漏らして辺りを汚していた。
だが、従者はそれを無視してルテティアに声をかける。
「それで、あの炎は消せるのですかな」
「もちろんです。 今すぐ消してご覧に入れましょう」
そう答えると、今度は別の魔法の詠唱を始める。
「天にまします主よ、水と氷の天使よ、我が願いを聞き届け給え。 これなるは父の子ルテティア、我願うは轟雷の雨、我が敵は遠くにあり……」
今度の詠唱も長い。 そしてほぼ同じフォーマットのようだ。
「……いざ、その御力を我にお貸しになり、我が敵にお示し給え、洪水豪雨!!」
巨大な水流が発生し、燃える森の上に到達すると、まさにバケツをひっくり返したかの如く降り濯ぐ。
爆音と共に水蒸気が発生し、森は白い湯気に包まれる。
やがて湯気が晴れると、炎が消え焼け爛れた空き地が姿を現した。
従者は偉そうに語る。
「うむ、見事であるな、その力。 そなた等の言葉に偽りは無いようだ」
「貴方は?」
「はっはっは、わしか、わしはこのマウラナ大公国大公のムガル=アンティル。 そこで無様を晒しておるのは我が影よ」
「なっ、そうでしたか」
大公は放心状態の影武者と別の従者に向けて語る。
「用は済んだ、帰ってよろしい。 おい、連れていけ」
「ははっ」
そして一行は謁見室に戻る。
そして今度は本当に大公との謁見が始まる。
用語集
・船乗りは兵士の姿はしてない
そもそも「海軍」という概念が無い時代なら、民間輸送船・軍船・海賊船には「外観上」も「機能的」にも「乗員」にさえも「区別は無い」。
海の荒くれ男は、平時には漁師や海運で稼ぎ、戦時には海賊となって沿岸を襲い、兵士として敵の船と戦う。
・応用が利かない
彼らの魔法はプログラムを自分で組んでパソコンを使うようなもの。
一方、この地の魔法はスマホでアプリを入れて使う様な話。
プログラムを組んでいるなら、改良や新機能追加も(難しいから誰にでもできる事ではないが)理論上は自在に出来る。
だが、アプリ任せの場合、アプリの仕様で出来ない事は「一切出来ない」。
・腰が重い
あれですね。 稟議書に「社長」「会長」「顧問」「スーパー顧問」「ハイパー顧問」「グレート顧問」とかの印が必要な組織だと、腰がとても重そうです。