第41話 勇者登場 その3
勇者一行が預言者モーシェの作りし「世界を移動するトンネル」を抜けると、そこは普通の草原だった。
「なんだ、悪魔の支配する土地と言うから、空が紫色だったりするのかと思ったが、普通じゃないか」
「いや、いくらなんでもそれは無いでしょ」
形式的リーダー「勇者ロンデニウム」の感想に、実質的リーダー「大魔女ルテティア」が突っ込む。
後ろを見ると、今出て来たばかりのトンネルは姿を消していた。
「さて、まずは町を目指そうよ」
少年と言って差し支えない最年少メンバー「治療師アンティグア」の提案で、街に行くことにする一行。
右も左も判らない異世界なので、野宿は避けたい。 それに情報収集は大事だ。
「先行しようか?」
「いや、ここは未知の土地、離れない方が良いだろう」
アンティグアより一つお姉さんの「斥候ウィンドボナ」がその任務を提案するが、最年長のオッサン「盾役テノチティトラン」は慎重な意見を述べる。
「そうだね」
ウィンドボナは納得し、5人は一緒に行動する。
しばらく進むと、道が見えてきた。 道に着くとウィンドボナが提案する。
「これに沿って進もう。 ちゃんとした道だから、そう遠くない所に町か村があると思う」
「そうね、それでどちらが良いと思う」
ルテティアが「どちら」というのは、道なので、右か左の選択だ。
ロンデニウムは笑いながら。
「前しかねぇだろ」
道には直角ではなく、右が手前で60度くらいの角度で入った。
この場合前と言えば、左になる。
どちらに行っても同じようなので、そのまま一行は左に進む。
やがて彼らは道の先に城壁に囲まれた町らしきものを見つけた。
城門まで進むと、門番が声をかけて来た。
「止まれ、見慣れない者だな、マスバの町に何の用で来た」
「私たちは旅の者です。 神の教えに従い、知見を広めるために各地を訪れております」
門番が顔で「よそ者」認定しているのかどうかは判らないが、少なくとも勇者一行の身なりは「見た事が無い」だろう。
ルテティアは丁寧に応対した。
「なるほど、神とはム・ロウ神の事ではないだろうな」
「違いますわ」
「よし、入ってよろしい」
門番は彼らが武装している所から、傭兵か狩人だと判断した。
武装した見知らぬ者を町に入れる事に疑問を持つかもしれないが、僅か5人では何かやらかしても治安を守る兵士が制圧できる。
「勇者」といった概念の無いこの地では、「5人の戦力」は「兵士5人分」と判断されるのだ。
そもそも門は閉ざされておらず、門番もただ声をかけて来ただけであり、止めようとする意志は感じられなかった。
形式的な対応だったのかも知れない。
彼らは何の疑問も持たなかったが、彼らの声はこの地の言語に翻訳されており、門番の声も彼らの言語に訳されて聞こえている。
どちらも発する音ではなく、脳内の理解レベルの話なので、もし録音すれば、互いに違う言語として記録されるだろう。
町に入ると、それなりに賑わっているように見えた。
建物の様子は彼らの知らない様式であり、斬新なものだが、全体としてやや小ぶりに見えた。
そんな様子を見てテノチティトランは呟く。
「やはり悪魔の支配地なのだろうか。 建物が小さいという事は、文明の発展が遅いのかもしれない」
それを聞いたルテティアは、突っ込みを入れる。
「オッサン、先入観は良くないですよ」
「それもそうか。 いや、年を取ると考え方か固くなっていかんな」
「そんな事はありませんよ」
ルテティアが「オッサン」とか言ってるのは別に悪口ではなく、テノチティトランの愛称である。
年長者の彼の事を、皆親しみを込めてオッサンと呼んでいる。
彼以外の4人は10代と20代。 彼だけ40代のため、ジェネレーションギャップという訳では無いが、他のメンバーの様な名前を元にした愛称は違和感があるのだろう。
若い時分には同年代の仲間から「トラン」と呼ばれていたが、今は「頼れる落ち着いたオッサン」略して「オッサン」であった。
「ですが、悪魔が支配しているのは確かですね。 ここは門番が言う『ム・ロウ』とは別の悪魔を信仰しているのでしょう。 主は唯一の存在ですが、悪魔は何人も居るのでしょうから」
「そうか。 倒すべき悪魔は何人もいるのか。 これはやりがいがありそうだ」
ルテティアの分析を聞き、ロンデニウムは闘志を燃やす。
「見た所街の人達は武装していませんね。 所々見かける兵士だけが武器を持っています」
「何だろう。この違和感……。 そうか、冒険者が居ないんだ」
「!!」
ウィンドボナの観察とアンティグアの気づき。 5人は顔を見合わせる。
「そういえば、確かに見かけませんね」
「そうだよな、ギルドに行こうと思ってさっきから見てるんだが、それらしい看板の付いた建物も無いなーと思ってたんだ」
ロンデニウムの発言に、皆頷く。
ちなみに、彼らの翻訳は文字にも及んでおり、天界の様に眼鏡を使う事無く、普通に文字が読めている。
「とにかく、情報を集めましょう。 ギルドが無いとなると……」
「酒場が良いんじゃないかな」
「そうね、ボナの言う通りね。 酒場に行きましょう」
ウィンドボナの提案を受け、一行は酒場を探し、入っていった。
酒場で集めた情報を整理すると……
・ここはマウラナ大公国の街マスバ。 公都マウラナは隣の島にあるため、徒歩では行くことが出来ない。 この街の港から船が出ている。
・ここには封建領主は居らず、大公の直轄地。 行政運営のために町長が派遣されている。
・この地で信仰されているのはレリアルと呼ばれる悪魔であり、レリアルはム・ロウと呼ばれる悪魔と対立している。
・冒険を生業とする者は居らず、戦いにおいても一人で千人を倒すような勇将は居ない。 武装している自分たちの事は傭兵だと思っているようだ。
・この島の西南に大いなる地、つまり大陸と思われる土地があり、そこは悪魔ム・ロウを信ずる民の国、ム・サン王国がある。
・以前大公は王国宰相を務めていたが、ある辺境伯の行動に対し、大公は謀反と判断して軍隊を差し向けたが、手も足も出ず敗れた。
・軍隊が敗れた原因は神獣と呼ばれる大変強力な存在で、悪魔より与えられたものらしい。 魔獣と考えるのが妥当。
・立場が危うくなった大公は王国を脱出し、自らの所領に大公国を建てた。 いずれ王国を打倒すると語られているが、魔獣への対策は知られていない。
・ム・サン王国には軍船は少なく、マウラナには強力な軍船があり、魔獣も海では活動できないため、大公国には侵攻して来ていない。
一行は情報集めと腹ごなしを済ませ、あらかじめ用意していた銀塊で支払うと、広場の片隅で今後の方針を話し合う。
一番若いアンティグアは布教を主張する。
「今すぐここの人達を悪魔の手から救い出そう。 主のお導きを教えてあげないと」
だが、ウィンドボナは反対だ。
「アンティ、貴方は主に祈る治療師だから焦る気持ちはわかるけど、いきなりこの町で布教始めたりしたら、周りの全てを敵に回す事になるのよ」
「何を言うんだ。 ボナは主の御加護を受けた正義の戦士である僕たちが、悪魔を信じる異教徒なんかに負けるとでも言うのかい」
「まぁ冷静になれ、いくら主の御加護があっても、俺たちゃ人間だ。 メシも食わなきゃなんないし、夜は寝ないとやっていけない」
テノチティトランは熱くなっているアンティグアを諫める。 だが、彼は納得しない。
「だからこそ、まずこの町を『解放』して根拠地にするんじゃないか」
「それで、一体どうやって布教するつもり?」
今度はルテティアが尋ねる。
「そこは……、誰彼構わず神の教えを説いてもダメだ。 それくらい僕にだってわかるよ。 トップ。 つまり町の町長を改宗するんだ。 そうすれば、トップダウンでみんな改宗するよ」
「はぁ、そんなうまくいく訳ないじゃない」
「え、なんで?」
「この町には独立した領主は居ないのよ。 町長が改宗しても、乱心したと思われて首が飛ぶだけよ」
「あ……」
そこでウィンドボナは一歩進んだ提案をする。
「でもアンティの考え方は悪くない。 ここはこの国の指導者、つまり大公を取り込んだ方が良いでしょうね」
「そうね、私もボナの案に賛成だわ。 元々は一地方領だったものが独立国になったって話だもの。 領主の改宗と大した違いは無いでしょう」
「そ、そうか……」
思ったよりも大きな展開に戸惑うアンティグア。
そしてルテティアは最年長者に話を振る。
「どう、オッサン、悪くないと思うんだけど」
「国ごと支持者にしようって話か……。 そうだな、勇者の活動には国の支援が欠かせない。 突飛に見えるが、王道だろう」
4人の意見は一致をみる。
黙って話を聞いていたロンデニウムが遂に口を開く。
「よーし、決まったな。 それじゃ王都……じゃねぇ、何ていうんだ?」
「公都じゃない?」
「おお、それだそれ。 公都に向かうって事で行こうぜ!」
「はいはい、勇者様は難しい話は苦手だもんね」
「へっ、褒めるなよティア。 自慢じゃ無いけどな」
「誰も褒めてないわよ」
勇者にジト目を向けつつ応対するルテティアであった。
こうして一行は公都へ向かう船を探すべく港へと向かった。
「な、なんと、これが船なのか……」
テノチティトランは驚愕し、他の4人も絶句している。
彼らが知る船と比べると、2倍はあろうかというサイズのガレー船が何隻も並んでいる。
「むう、文明が遅れているという認識は改めた方が良いのかもしれん」
「そうね、建物は小さいけど、船は大きい。 やっぱり異世界なのね」
ルテティアも自分たちの知る文明とは違う文明がここにある事を、改めて認識する。
そして、無事船に乗り込み、公都へと出発したのであった。
用語集
・「5人の戦力」は「兵士5人分」
魔法使いと思しき存在が少なくとも一人(実際は二人)居るのだが、公的機関(軍隊)に所属していない「野良魔法使い」の戦力評価は普通に「兵士1人分」。
・ジェネレーションギャップという訳では無い
現代の様に文化がころころ変わる場合にはこのギャップが存在するが、流行や新製品といったものが存在しない変化に乏しい世界なら、生まれた年代による文化的違いは少ない。
もちろん、年齢の違い(経験の違い)による考え方の違いは普通にあるので、「若いモン」とのギャップは、我らほどでは無いながらも「それなり」にある。
・あらかじめ用意していた銀塊
普通は金貨や銀貨・銅貨とかで支払うのだろうけど、彼らの持つ貨幣は当然この地の貨幣とは互換性が無い。
なので、どこでも通用しそうな貴金属として、銀塊を用意しておいたという訳。