第41話 勇者登場 その1
海に向かい目を瞑り、唸る男がいる。
「さて、いかがしたものか」
思索にふけるはマウラナ大公国の主である大公ムガル=アンティルその人である。
その脳裏に声が響く。
「汝の悩みに対策を授けようぞ」
突然の声に驚き周りを見渡すが、誰も居ない。
その声は耳で聞こえたのではなく、頭の中に直接届いたものだ。
「今の声は何だ……」
*****
「注意してください、近くに人間の反応がありますわ」
「え? ここに人間なんて居ないでしょ」
「そうなんですよね。 ですが、一応システムが探知しましたので、確認してくださいますか」
「りょーかい」
異世界トウリにて魔獣狩りをしているキリエルとマリエル。
もちろん、マリエルは地球に居て、トウリに行っているのはキリエルだけである。
キリエルが指定された座標に飛んでいくと、確かに人間のようなモノが複数存在しているのが見えた。
「うわ、ホントに居た」
一応移動方向をチェックし、後ろから接近しているのだが、不意に一人が振り向いてキリエルを指さす。
すぐに他のメンツも振り向くと、何か騒いているようにも見える。
「あら、見つかっちゃった」
「仕方ありませんわ、何者か確認しましょう」
「そうね、何処から来たのか興味もあるし」
トウリには人間は居ない。
と言っても、実は天界が把握しているのはこの惑星だけの話。
天空神も居なければ、宇宙船も持たないため、「過去・未来」や「異世界」に行く事は出来ても、「別の星」には行けないという謎状態。
まぁ、動力船はあって海を超えられるが、自動車は無いので隣町まで行くのも一苦労みたいなものと思えば、そう異常でもないのかもしれないが。
「異世界トウリ」と呼ばれているが、厳密には「トウリ星系第2惑星」で、以下の理由から「異世界」認定されている。
1.夜空の銀河の観測から、同じ世界だとすると、銀河系から1億光年以内には存在しない
2.物理定数の調査から、我々の宇宙とは異なる宇宙である
天界の天文学と物理学の認知する範囲では、同一の宇宙内で物理定数が異なる一般領域は存在しない。
このため、「2」だけでも別の宇宙である事は確定とされている。
キリエルが近づくと、その人間たちは5名で、キリエル的には「どこかで見た気がする装束」を着ているのが判った。
高度を落として会話できる距離まで近づくと、5人はキリエルの方を向いて跪き、首を垂れた。
そして何かを語りだす。 最初は何を言っているのか不明だったが、まもなく翻訳システムが稼働した。
「使用言語を確認しました。 翻訳を開始します」
「え? 判るの?」
システム音声に驚くキリエル。
そして、5人のリーダーと思しき女性が語る言葉が届く。
「天使様が降臨されるとは、恐れ多き事です。 我らに何か粗相がございましたでしょうか」
なんと、その女性はキリエルの事を「天使様」と呼ぶ。
ちなみにキリエルのスタイルはいつも通り、白いミニ丈のノースリーブのワンピースにエンジェルシステムの輪と翼が展開されている状態だ。
まぁ、現代地球人が見ても天使だと思うかもしれない。
状況はマリエルも映像通信によってリアルタイムで把握している。
モニター画面には「言語:異世界ガルテア、ガルテア4第2大陸西部中央語」と表示されていた。
異世界ガルテアとはトウリとは別の異世界で、こちらも例によって惑星一つだけの認識である。
行き来できる異世界ゲートが開く先は「ガルテア星系第4惑星」のため「ガルテア4」と呼ばれる。
そして、ここには「人類」が居住しており、魔法文明を築いている事が確認されている。
さらに、トウリとガルテアは物理定数が一致しており、天界では「もしかしたら同一世界かも知れない」と言われている。
実際、夜空を観測すると「恒星の配置は全く異なる」「銀河の配置は一致する」となっており、パラレルワールドか同一世界のいずれかだと考えられている。
まぁ、それ以上の調査は進んでいないため、時刻まで一致しているかどうかは判らない事もあり、一応別の異世界として扱われている。
「おかしいですわね。 ガルテアの文明で世界間移動は出来ませんし、仮に同一世界だとしても、同一銀河内とはいえ1万光年以上は離れているはず。 そんな恒星間移動が出来るはずがありませんわ」
魔法文明のレベルは、ほぼほぼ中世から近世のレベル。
惑星という概念も無く、夜空の星は「天空の天井から吊り下げられているランタンの明かり」といった事が信じられていると聞く。
宇宙旅行とかあり得ない筈なのだ。
でも映像を見てマリエルも納得する事がある。
「確かに、ガルテアの冒険者のように見えますわね」
キリエルはマリエルの指示を受け、「天使」を装ってリーダーに話を聞く事にする。
「いえ、問題は無いわ。 この地を巡回していたら貴方たちを見かけただけよ。 ところで、ここに人が来るという報告は受けてないんだけど、誰に連れてきてもらったの?」
自力では来れるはずが無いので、ストレートに直接聞く事にした。
「ははっ、我らは預言者モーシェ様に『修行の地』として此処に送られました。 我ら5人はアズラエルの郊外に居たのですが、モーシェ様の奇蹟で現れた不思議なトンネルを通ると、この地に着いた次第です」
「そ、そうなの。 ところで、名前を教えてもらえる?」
「はっ、私がルテティア、こちらがロンデニウム。 後ろの3人はアンティグア、ウィンドボナ、テノチティトランです」
モーシェの名を聞いたマリエルはちょっと考えて警告を送る。
「これはいけませんわ、速やかに彼らから離れてください。 気づかれない距離からの監視に切り替えます」
「判った」
キリエルは短く回答を送ると、5人に向き直る。
「了解しました。 修行を続けなさい」
「はっ」
5人は立ち上がると、胸で十字を切って飛び去るキリエルを見送った。
「十字、クロス教の所作ですね。 クロス教のモーシェという事は……やっぱり、あの方でしたか」
「なんなの? 何かマズイ事でも?」
「ダゴンの配下です。 ガルテアでクロス教が広まっているという話はありましたから、誰かが一枚噛んでいるとは思いましたが……」
「うそ、じゃクトゥルーが動いてんの? まずくない?」
「とにかく、ハンティングは中止です。 監視用の使い魔を送りますから、それと交代で帰還してください」
「判ったわ」
マリエルはキリエルと共に基地に帰ると、直ちにレリアル神に報告した。
「なんじゃと、それは真か」
「はい、トウリもクトゥルーの影響下にあるのかも知れません」
「むう、天空神無き現状ではどうする事も出来ん。 レムリアが見つからない事を期待するしかないか」
「情勢はどうなっているのでしょうね」
「ハスターとの連絡は28万年も前から無しのつぶてじゃ。 今どうなっておるのかは誰にも判らん」
「そうでしたわね……」
神族の母星はレリアル神が生まれる前、70万年ほど前に巨大な旧神の襲撃を受け崩壊した。
その際、母星を脱出した神族は旧神と対立していたハスターに救われ、宇宙の各地に避難した。
避難と言っても母星が失われており、帰る所は無く宇宙の放浪者となる。
そしてレリアル神の両親を含む二十数柱の神々はレムリア星系へと流れつく。
そして第3惑星レムリア3を定住地と定め、天界を建設し今に至る。
情報は断片的だが、レリアル神たちはこの旧神をクトゥルーと考えている。
その仇敵ともいえる存在が、自分たちの活動範囲に一歩、また一歩と近づいている。
「ガルテアに連中の陰が確認されてから、まだ1万2千年しか経っておらん。 思いの外早いな」
「ええ、ですが、ガルテアとトウリは同じ宇宙かも知れませんから、早い事もあるかも知れません」
「そうじゃな、我らの力ではダゴンはともかく、クトゥルーの相手は出来ん。 問題じゃが……」
話を聞いてたモリエルも発言する。
「ですが、未来の観測では少なくとも今後3万年の間はダゴンの陰は見えませんから、その頃であれば地上の人類との共闘も考えられるのでは無いでしょうか」
「ふむ」
「21世紀の存在圧縮を始めとした地上文明は我々の力にもなると思います。 さらにあと2~3万年もあれば、我らに伍する文明に育つかも知れません」
「だが、それで間に合うかのう」
「だからこそ、ム・ロウ様との戦いに勝利し、積極的に人類に介入して徹底した管理の元文明急成長を実現させなければ」
「そうであったな。 21世紀の文明は他の惑星を開拓する事もままならぬ低レベルのものじゃった。 成長の為には我らの管理が必須じゃ」
だが、マリエルは心配顔だ。
「ダゴンは狡猾です。 自身は動かず、配下の天使に工作活動を行わせていますわ。 3万年の間に配下が何かしでかしているかもしれません」
「それはそうじゃ。 マリエルの言う通りじゃな」
それを聞き、モリエルもある事を思いだした。
「そう言えば、21世紀で天使召喚の障害になっている『人工の神』を信じる宗教ですが、あれはクロス教に似た所がある様に思います」
「まさか!」
「専門の調査チームを編成しましょう」
「うむ、任せる。 それとこの情報、ム・ロウめにも伝えよ。 これで思い直すとは思わんが、あやつにも知らせておかねばなるまい」
「ははっ」
*****
情報提供を受けたム・ロウ神はユマイ神、アキエルらと打ち合わせを行う。
話を聞き、アキエルは絶句する。
「そんな事が……」
「はい、もちろん、今すぐに侵攻があるという話ではありませんが、お爺様との戦いに必ず勝たねばならないでしょう」
「しかし、我ら神々が争っている場合なのでしょうか」
ユマイ神は心配する。
「いえ、この様な状況だからこそです。 私は21世紀の世界を見てきました。 私たちには及ばないものの、高度に発達した文明には未来への可能性を感じました」
「そうでしたね」
「あの世界には人間しかおらず、神による管理は行われていない様でした。 私たちの固定観念に捕らわれず、自由に進化した文明です。 そんな人類となら手を取り合えばクトゥルーにさえ勝利出来る可能性が開けるでしょう」
「はい、仰せの通りです。 神の管理が無い故に戦いの絶えなかった人類は、僅かな期間で想像を超える発展を遂げたのだと思います」
アキエルもム・ロウ神の考えに賛成だ。
「そうか、そうでした。 個人のレベルでは平穏な世界が望まれるが、全体としては競争・闘争のある世界の方が進歩が早い。 このレムリアの地は幾度も大量絶滅が起きる過酷な世界だと知りました。 それが生命の進化を促進したのだと。 文明も同じなのですね」
「ええ、ユマイ、その通りです。 神が手助けをする事はあっても、管理してはいけない。 この事をお爺様も判ってくださればよいのですが……」
「判ってはくださらないのですね」
「なんとしても、この戦いに勝利して、判って頂かなくては。 ユマイ、アキエル、力を貸してくださいね」
「もちろん」
「はい!」
同じ状況に対して、対応策は真逆の2柱。
だが、どちらが正解かは判らない。
それ故の神々の戦いなのである。
*****
トウリに居た5人は預言者モーシェによってガルテアの地に帰還していた。
「え、モーシェ様、それは本当ですか」
「はい、貴方方は厳しい試練に耐え、大きく成長されました。 主の御意思により悪魔達を討伐する時が来たのです」
ルテティアは感動の涙を流す。
「よく頑張りましたね。 そして勇者ロンデニウムよ、聖剣ドネガルを授けます。 他の方々にも主のご加護がある聖なる武具を授けます。 主の期待に応える活躍を信じていますよ」
「おお、ついにドネガルが俺の手に! ありがとうよモーシェ様、任せてくれ!」
「こら、言葉づかい!」
預言者に対してフレンドリーな答えをするロンデニウムをルテティアが嗜める。
「いえ、構いませんよ。 それに見事悪魔達を討伐されれば、勇者様は聖人と認められるでしょう。 私も崇敬の念を捧げる事となります」
「おーやってやるぜ」
こうして勇者ロンデニウムと4人の仲間からなる「勇者パーティ」は「悪魔の住む地」へと旅立つ。
用語集
・そう異常でもない
いやいや、その例えだと馬車も鉄道も無いとか異常の極みだろ。
・一般領域
あくまで一般的な領域の事。
ブラックホールの「事象の地平線」の内側とか言うような特殊領域は含まれない。
・異世界
大雑把に異世界と言っても、天界では4つの定義に分かれている。
狭い定義での異世界
別宇宙パラレルワールド
別時間パラレルワールド
暫定異世界
「狭い定義での異世界」はいわゆる異世界というもの。
物理法則や物理定数に違いがあったり、大気中に魔素やエーテルなどの既知の物質とは異なる物質またはエネルギー等が存在したりする世界。
トウリやガルテアはこれに該当する。
「別宇宙パラレルワールド」はその存在は理論上のもので、実在は確認されていない。
異なるプレーンでかつ、我々の宇宙と同一の物理法則・物理定数を持つ。
まぁ、確率的にあってもおかしくないというだけの話。
なお、「観測範囲外領域(138億光年以遠領域)」をこの範疇に含めるという学説もあるが、レリアル神たち天界の面々は専門家では無いため「気にしていない」。
一応主流の学説では「観測範囲外領域もプレーン内移動ゲートを開けるので我々の宇宙である」となっている。
「別時間パラレルワールド」は劇中で言えば「約3万年前の地球」と「21世紀の地球」はこの関係にある。
大英達が住んでいた「21世紀の地球」は「約3万年前の地球」の3万年後「ではない」。
1プランク時間でも違えば、「別時間パラレルワールド」に該当する。
詳細は気が向けば「おまけ」に記載しようと思うが、簡単に言うと「全ての時間の数だけ世界がある」という話。
距離(時刻の差)が小さければ差異は少ない。 1秒程度の差なら、全宇宙規模でも違いを観測する事は困難だろう。
だが、年単位で違えばその差は観測可能になる。 総理大臣の名前が違ったり、明治維新が無かったり、時刻差が広がるほど差異も拡大する。
これがモリエルが言う「未来は一つではございません」の正体。
「暫定異世界」は情報が不足しているため、同じ宇宙の「別の時間」「別の場所」なのか、パラレルワールドや異世界なのか不明な時に、暫定的に異世界としてシステムに登録するという話。
2023-01-12 誤字修正
つがい → づかい
2025-03-23 誤字修正
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