第39話 おっさんズと軍事ライターの決戦 その1
その日、大英達は先日撃墜した飛竜「仮称ワイバーン」から回収した鱗について調査していた。
もちろん、調べると言っても、素人である大英や秋津には判断は出来ない。
そこで、飛行場へ行き実際に機銃で撃ってみたり、パイロット達に意見を求めた。
「そうか、7.7mmじゃ有効な効果は期待できないか」
秋津はこれは困ったものだという顔になる。
「はい閣下。 最低でも12.7mm級の銃撃が必要ですが、命中時の角度が悪いと、貫通出来ない事もあり得るでしょう」
「20mmはどうだろ」
「炸薬が入っている事が逆効果になる可能性がありますが、概ね効果があると考えます」
「なるほど」
普通の航空機は装甲板に囲まれている訳ではない。 このため触発信管で炸裂し、被害を拡大するのだが、ワイバーンだと固い鱗の為に表皮で炸裂し、体内にはあまり被害が及ばない。
見た目だけは血だらけになってダメージがある様に見えるが、実際は元気という結果になりかねない。
もっとも、実際には12.7mm装備のMiG-3、20mm装備のYak-3共にワイバーンの撃墜に成功しているし、Yak-3の方がより早く致命傷を与えている。
実は腹側には鱗が無かった事と、鱗で守られている部位でも結構跳弾しないような角度で命中弾を与えていたためだ。
最悪のパターンになる事はあっても、常に姿勢や距離が変化する近接格闘戦の最中であれば、机上の論理通りにはいかないという事だ。 なので杞憂と言っても良いだろう。
とはいえ、ワイバーン相手だとグラディエーターや97式戦闘機では勝てないという事は確実だろう。
正面から目や口の中に7.7mmを撃ち込むと言った名人芸を披露するか、下に回って腹を撃つといった事をしない限り、有効な攻撃にはなりそうもない。
「まぁ、普通に二次大戦の戦闘機なら、なんとかなるな」
これが大英の結論だ。
続いて、建設中の2番滑走路、第二滑走路とも呼ばれ名前が確定して居ないが、そこを視察する。
「うん? あの丸太……というか、半分の丸太は何だ?」
滑走路の左右に滑走路と平行に、丸太を半分に切った半円形の断面を持つ木が何本も並んでいる。
これは1番滑走路の左右には無いものだ。
それについてマッカーサーが解説する。
「これは、砂埃や小石の飛散防止を意図しております。 本当は芝生としたいのですが、ここの降水量では難しいため、代用品として設置してみました」
「それじゃ、もうジェット機を飛ばせられる?」
「はい、ご安心ください」
芝生には気流の乱れを抑制する効果も期待されているのだが、この丸太には期待できないと言うか、むしろ悪影響な気もしないでもない。
とはいえ、ジェット機にとっては、滑走路上の砂礫が最も危険な存在。
このため、2番滑走路にだけ設けられ、レシプロ機専用の1番滑走路の周辺には設置されていない。
まだ完成していないため、想定より長さが足りない。
とはいえ、初期のジェット機なら問題なく運用できるし、爆装や増槽を付けなければ、超音速機でも行けそうだ。
「マルヨンやFSも行けそうか?」
「本来は、もう少しお待ちください。 とお答えする所ですが、空戦装備ならなんとかやれると思います」
F-104Jは翼端増槽があるので、増槽無しとはいかないし、FS/T-2改は空戦を主任務とする機体ではない。
両方とも主翼が小さくSTOL性に欠くので、今使うとするなら、ぎりぎりな運用となろう。
「とりあえず、すぐ使うかどうかは別として、保険はかけておこう」
そう言うと、車に戻って箱を持ってくる。
その箱から取り出されたのは、F-4EJ。 長谷部の1/72で、空自の初号機だ。
それを見て秋津も唸る。
「おお、遂にファントムか」
「敵にもコレと同クラスが出てくるかも知んないからね」
まぁ大英的には、冷戦期のジェット機が村に飛んできたら、81式で撃墜する腹積もりだけどな。
そうは言っても、飛行機はどこに現れるか判らんから、対空装備だけで制空権は取れない。
何が起きても対応できる様準備を進める。 これが「不敗」の態勢というものだろう。
召喚されたF-4はそのまま格納庫へと収められる。
流石に重いので、人力ではなくジープで引っ張っていった。
なお、このジープ、別に飛行場用というキットだった訳では無いが、元は長谷部の1/72 MU-2Sに付属していたものだ。
そして、大英はこのときある「忘れ物」をしているのだが、彼がそれに気づくのは翌日の話である。
*****
その日マリエルから聞かされた言葉は、西夏を困惑させるものだった。
「それでは、もう戦車は増えないのですか?」
「はい、赤土様は『これで戦車は終わり、後は飛行機だけだ』と言われていました」
話は数刻前に戻る。
マリエルは赤土の家に入り、模型が保管されている部屋で未召喚の装備を確認していた。
棚には戦車やその他の車両は見当たらず、翼の付いた飛行機しか見当たらない。
「もう陸上で使う武具は無いのですか?」
「無いよ、見た通りさ」
だが、部屋の隅には戦車の絵が描かれた箱が何箱か積みあがっていた。
「こちらの箱は?」
「それは作ってないから、召喚出来ないよ」
「え、作らないのですか?」
「僕には出来ないよ」
「そんなに難しいのですか?」
「うーん、やり方とか全然わかんないから」
赤土は生まれてこの方プラモデルを作った事は一度もない。
ミリタリー系だけではなく、塗装も接着剤も不要なロボのキットすら触った事も無い。
そして、兄の作る姿を見て「難しい」というイメージが残っている。
ただ、模型製作環境自体は、兄が生前作業していた状態でそのまま保持されている。
なので、モデラー視点で言えば、「やれば出来るやろ」なのだが、一度もやったことが無い36歳の人間には難しいのかも知れない。
なお、リアライズシステムの動作から言えば、赤土本人が制作した場合も当然召喚可能である。
「では、西夏様に教えてもらってはどうでしょう」
「冗談じゃない。 あいつに教えてもらうなんてまっぴらだ。 それに僕が作ろうとして大切な兄貴の形見を壊すようなマネはしたくない」
赤土、あまり手先は器用ではない事に関し、自信があるようだ。
一応無塗装だろうが、多少パーツが曲がってようが、接着剤がはみ出していようが、召喚は可能である。
流石に原形を留めないような大間違いとかしているとアウトだが、対象年齢以上の人間なら、そんな事は起きないだろう。
この事についてマリエルはモリエルを呼んで説明させたのだが、
それでも、作りたくないと言うのだから、仕方ない。
とりあえず、作ってもらうのは断念すると共に、未作成の在庫がある事は、西夏には黙っておく事にした。
話せば余計なトラブルになる事は、目に見えているからねぇ。
そんな訳で「これで戦車は終わり」と語った事にしたのであった。
マリエルの話から「地上軍打ち止め」を認識した西夏は今後の計画を立て直す事にした。
「そうですか、これは少し考えないといけませんね」
西夏は自分の部屋に戻ると、考え始めた。
これ以上地上軍は強化されない。
航空機は増えるにしても、航空機では出来ない事もある。
一方、彼の敵は「打ち止め」など無しに、今後も増強されると西夏は推測している。
その推測は間違ってはいないが、当たりとも言えない。
ここしばらくは、西夏の戦車隊に対抗できる戦車や対戦車車両に増える見込みは薄い。
とはいえ、情報が無いため、今後も増えるという推測は順当なものだろう。
「速やかに決戦を挑む必要がありますね。 戦闘機は3機ほど揃えば十分でしょうから」
西夏が決戦時期について考察を進めていた頃、マリエルは調整されたゲート装置のテストをしていた。 それは倉庫と飛行場を繋ぐ。
元々森の外れと繋ぐゲートを開くシステムがあったので、それに機能を追加し、開く先として飛行場を指定できるようにしたものだ。
これで、いちいち天使がゲートを開かずとも、飛行場へ航空機や人員を移動させることが出来る。
そして、このテスト、マリエルの横で赤土も見ている。 彼にも操作できるようにするためだ。
それは、飛行機を召喚するなら、飛行場でやればよいという事だからだ。
これまでは露天駐機になるため余り望ましくなかったが、現在は6機程を収容できる格納庫が完成している。
テストは成功し、マリエルは自身の魔法を使う事無く、飛行場へのゲートを開いた。
「では、参りましょう」
赤土はゲートを通るのは初めてだ。
「大丈夫なのか?」
「何がです?」
「いや、いい」
赤土はこの地に来てから、一度も基地の外に出た事は無い。
「おお、すげー、まるで『何処へでもドア』だな」
「何処へでも?」
「漫画に出てくるアイテムだよ、開けるだけで何処へでも行けるドアなんだ」
「そうですか」
久しぶりに外の空気を吸って、機嫌も少し良くなったようだ。
そして赤土は使用方法も簡単に覚えることが出来たようであった。
さて、この後赤土は数日で数機の戦闘機を召喚するが、飛行場の工事はその程度ではまだ終わらない。
つまり、空軍力として考えると、まだまだ準備は出来ていないのだが……。
戦闘機が3機出来たと報告を受け、西夏はマリエルを連れて飛行場を見に行くと、そこには以前召喚された A-37、MiG-21に加え、F-4E、A-4F、MiG-23が増えていた。
A-4は攻撃機だが、赤土にそれを識別する眼は無い。 だが、相手がレシプロ大戦機なら、十分戦闘機と言って良いだろう。
「おお、これなら制空権はこちらのものですね。 対地支援もこなせるでしょう。」
「それでは、今度こそ勝てますわね」
「ええ、任せてください」
そこへ、午前中の作業を終えたオノエルが休憩にやったきた。
「おや、ダンナ、来てたんですかい」
「はい、ご苦労さまです。 そう言えば、工事の状況はどうですか」
「概ね予定通りだな、今日中に1/3に届く」
「そうですか、ありがとうございます」
1/3なら500メートル程になる。 マリエルが問う。
「すぐに作戦にかかりますか?」
「いいえ、この長さだと A-37しか運用出来ないでしょう。 A-37 1機だけでも、相手の航空隊が今のままなら翻弄出来るでしょうが、敵も増強されていると思われるので、戦闘機が3機使えるようになるまでは、開始すべきでは無いと思います」
「なるほど、判りましたわ」
午後、西夏は前日夜にコウモリによってマカン村の強行偵察が行われた結果を見ていた。
この偵察はコウモリ自身にカメラを付けるという形ではなく、コウモリの周辺を衛星から赤外線観測で3D画像化する方法で行われた。
レイスが倒されたことから、直ぐに別の偵察手段に切り替えたのである。
そして、20匹を超える数が動員され、村の様子はかなり正確に捕らえられた。
「これは、チーフテンですね。 もう新しい戦車が現れているとは……」
チーフテンは急に追加したため、収容する小屋の建設が間に合わず、村の中に露天で留め置かれていた。
そのため、上空からの偵察でも容易に見つけられたのだ。
難しい顔をしている西夏を見て、マリエルは質問する。
「大丈夫ですか」
「ええ、問題ありません。 見た所有効戦力的には1両増えただけのようです。 こちらは2両増えていますので、まだまだ十分戦えます」
「そうですか、安心致しましたわ」
この調子で滑走路が完成すれば、制空権を確保しつつ地上でも圧倒出来る。
そう確信し、西夏は作戦を詰めるべく自室で計画書の作成にとりかかる。
一方、赤土はちょっとした疑問を持っていた。 それを倉庫にいた戦車兵に聞く。
「なぁ、まだ出発しないのか?」
「西夏閣下より命令は出ておりませんので、待機しております」
「おかしいなぁ、この間マリエルさんから聞いた話じゃ、戦闘機が3機出来るのを待っているって事だったはずだけど」
「出来たのでありますか?」
「ああ、出来たから報告もしたんだけど、あのオッサン、何をぐずぐずしてるんだ?」
「自分達には判りかねます」
その時、倉庫に警報が鳴り、自動音声でアナウンスが流れる。 敵機が近づいているという報せだ。
先日システムがリンクしていない事は問題であると西夏に指摘され、全館放送できる様にシステムを改善した成果が出た形だ。
「何、大変じゃないか。 すぐ出発するんだ」
「よろしいので?」
「当たり前じゃないか! トロいオッサンに任せていたら、いつになるか判んないじゃないか! そこの戦車は飛行機を落とせるんだろ、すぐに行くんだ!」
「承知いたしました! ゲパルトに出撃命令だ!」
「お前たちも一緒に行くんだろ? 1台だけだと危ないんじやないか?」
「護衛任務ですか、了解致しました!」
こうして、生き残りの戦車に加え、ゲパルト対空戦車と、M1エイブラムス系戦車2両は接近する敵機に対応すべく、ゲートを通って外に出る。
ゲパルトは直ちに接近する双発機を認識する。 そして、速やかに射撃準備を整えると、発砲した。
35ミリ弾が、荒れ地上空を南下する九七式重爆撃機に吸い込まれていく。
用語集
・翼端増槽
もちろん、地上で外すことは可能。 なんとも残念な見た目になるし、治具も無いから簡単ではないので、余りやりたくはないだろう。
・ある「忘れ物」
F-4は元を辿れは艦載機。 だが、この「忘れ物」は戦時中の空母では「想像できない」ある装備である。 旧日本軍でも機能は違うが同じ用途の装備は陸軍にはあり、海軍には無いようだ。
ちなみにF-15には不要。 そして、F-4以前の機体でも必要とされる。
なお、西夏が設計した航空基地にはソレに該当するブツが「製造」されている。 流石は軍事ライター。 ソレの設計図も書いたという。
(実は米海軍で使用している物の図面が家にあった。 オイ、それ機密では無いのか? まぁ、現代ではもう使ってないだろうけど)
そして武具ではないと思われたため、製造許可が下りたようだ。 確かに、武装は付いてないし、前線に出す物でもない。 もちろん、弾薬の類でもない。
例の件の負い目もあってか、話はスムーズに進んだらしい。
作った天使オノエルはソレが何をする物なのかは、全く判らなかったという事だ。
どうして判らないのに製造できたのかは判らないが、それが魔法という物なのだろう。 ただの3Dプリンターとは違う。
ちなみに、東西両陣営の機体を対象に使えるという、現実にあるブツより高機能な逸品だ。
・そのまま保持
とはいえ、接着剤が生きているかどうかは定かではない。
なにしろ、20年近く経っているのである。 その間ビンを空けてないとはいえ、固まっている気がする。