第37話 天造兵装
天界には兵器と呼べるものはほとんど無い。
それはなぜか。
それは彼らの魔法文明の発達の結果である。
その昔、神の祖先達が、まだ生まれた星にしか居住していなかった頃のお話だ。
兵士は多くの装備を持つ。
4~5キロの小銃をはじめ、水食料・弾薬、通信機にガスマスクなど、総重量は30キロを超える事もある。
やがて兵士はパワードスーツを身に纏うようになる。
最初は下半身に装着し、機動力を改善するものだった。
やがて全身をカバーし、装備重量の問題を改善する。
しかし、それは一時的な物だった。
間もなく、防御の改善のため、骨組みしか無かったスーツは装甲で覆われる事となる。
それによる重量増の影響は大きく、スーツのパワーも強化されるが不十分で、兵士に強靭な体力が求められるのは変わらなかった。
装甲の装備は、従来の自動小銃の火力では不十分となった事を示す。
対戦車ライフル級の火力が無ければ、スーツを着た兵士を倒せない。
または、サイズの大きなロケット弾を使う事も対抗手段となった。
彼らの持つ武器はさらに重量を増す事となる。
また、弾薬の大型化は、弾数の減少という別の問題も発生させた。
技術の進化は進む。
実体弾より強力なレーザー兵器やビーム兵器が個人携帯用になる。
バッテリーの容量と装備の使用量の関係から、弾数の問題は解消されたが、それもまた一時的なものだ。
矛が進化すれば、盾も進化する。
装甲を補完する形で防御シールドが個人装備に登場する。
これもまた、バッテリーを必要とした。
バッテリーのサイズと重量は増え、軽減された負担を相殺してしまう。
持つ武器が変わり、守る防具が変わっても、兵士の負担は変わらなかった。
そんな折、革命的技術が登場する。
エネルギー転送技術だ。
本国の反応炉で生成したエネルギーを前線の兵士の元へと転送し、敵への攻撃に利用する。
バッテリー容量の制限が無くなるだけではない。
手に持つ武器によって火力が決まるという「常識」が無くなったのだ。
個人認証をクリアすれば、何も手に持たずとも、多数の歩兵を撃つ散弾も戦車を撃つ強力なビームも思いのまま。
理論上は街を破壊する強力なビーム攻撃すら一人の兵士が遂行できるのだ。
防御時も、戦艦や要塞の如き強力な防御シールドを個人レベルで展開できる。
移動に関しても、高速で走るだけでなく、飛行も潜航もこなすことが出来る。
もはや重い武器を持つ事は不要で、重い装甲もやはり必要ない。
武器も防具も移動手段さえエネルギー転送で解決される。
この結果、大型の火器を運搬し、敵の同等の存在からの攻撃に耐えたり、避けたりする「兵器」は不要となり過去のものとなる。
強力な火力を個人が展開できるのだから、「砲の運搬手段」である戦車なども必要ないし、軍艦は巨砲や戦闘機を運用するものではなく、単に兵士の生活空間を提供するだけの存在になる。
兵士は水と食料、医療品だけ持って戦場に行けばよくなり、一人の兵士が機動要塞にも等しい時代が到来する。
さらに技術が進み実体転送も成功させたことで、水や食料、医薬品に至るまで、必要な時に必要な所へ届ける事が可能となった。
彼らには微小サイズの通信機器が体内に埋め込まれ、通信機すら持つ必要は無かった。
そして、寝ているときの安全確保のため、相棒として人造人間と行動を共にするようになる。
結果、兵士は重い装備を持たずとも、身一つで戦場に行けるようになる。
兵士としての「戦闘力」だけでなく、飲み物も、食べ物も、寝床も、そして相棒や娯楽さえも現地に「転送」されるのだ。
やがて、技術の進歩は転送までも兵士自身で行えるようになる。
兵の進歩は防御手段の進歩も招く。
転送や情報収集を阻害する技術も発達し、戦場以外での行為に規制がかかる。
兵は自宅で寝て、「勤務時間」が来ると相棒が確保している戦場へと転送で行き、作戦行動が終わると、転送で自宅へと帰還する。
敵が自宅に転送されて現れる事は無く、戦場とそれ以外は明確に分離される。
これが新時代の戦争の形となる。
強大な力を付与する兵士は、能力や忠誠心が高く信頼できる者に限定される。
こうして戦争は多数の一般兵が戦う物から、少数の精鋭部隊が戦う物へと変質していく。
こうして整えられた戦闘インフラは、やがて民間にも開放され、人々の生活を便利にしていく。
そう、これが魔法なのだ。
重い銃器を振り回さずとも、コマンドワード一言で敵を一掃できる「火力」が出現し、行使される。
今、神や天使が行使し、地上の人々が利用している魔法はこの技術がベースとなっている。
反応炉で生成された魔力は衛星や基地局を経由して現地に送られ、その効果を発揮しているのである。
そこに「人間には無い特殊な魔法器官」などという物は必要なく、地上の人々は魔法行使通信専用の「杖」「宝玉」「指輪」「首輪」「腕輪」「イヤリング」「王冠」あるいはその他の「魔道具」を身につけたり、手に持ったり、近傍に立ったり、特殊な儀式で体内に超小型の魔道具を埋め込む事で魔法を行使可能となる。
神や天使はマイクロマシン級の通信機器を体内に埋め込んでいるが、多くの地上の人々には埋め込まれていないので、「物体」として所持する必要があるという話だ。
もちろん、それら魔道具は神より与えられたものであり、地上の人間が作れるものでは無い。
それは個人に「貸与」されるものや、家に与えられて代々受け継がれるものがあるが、数が限られており、誰でも魔法を使えるようにはならないのである。
時折、王の元に新しい魔道具が地上に送られる事があり、それが王家の権力を支える一つの要素でもあった。
なお、余談であるが魔道具が故障すると、本来機能とは独立したチェック機能によって判定されてその情報が天界に伝えられる。
すると、天使が所有者に連絡して転送で交換する。
連絡は相手に「夢」の形で伝えられるため、所有者にとっては、「天使様が夢枕に立って、魔道具を新しくされた」という話になる。
本来なら、この魔道具こそが「天造兵装」では無いかと思われるが、戦闘専用ではないので、兵装とは考えられていない。
そして、行使できる魔法の種類や使用できる魔力は厳密に規定され、術者やその現在位置によって規制されている。
なお、兵士を助けた人造人間は後に多彩な機能や人格を持つようになって一般に普及し、現在では「天使」と呼ばれる存在へと進化したのであった。
さて、これでお判りだろうか。
天界に於いて「軍事力」とは神や天使自身が行使する魔法に依存しており、彼らが搭乗したり、彼らに代わって戦う存在は作られていない。
車や飛行機は単なる移動・運搬手段に過ぎず、兵器としては存在していないのである。
そんな訳なので、天造兵装とは、たまたま兵器としての特性を発揮できる「道具」や、わざわざ兵器として製造した道具の事である。
*****
「なんじゃと、そんな戯けた事を言っておるのか」
「センシャを模したハリボテの中に、戦闘に長けた治安維持を担う天使が入れば、求める物にはなるかも知れませんが」
「ならんならん、論外じゃ」
モリエルの報告を聞き、怒るレリアル神。
天使による直接戦闘は禁則事項に触れる。 もちろん、天造兵装の提供もアウトだ。
厳格な管理者である彼が、自ら決まりを破って「天造兵装」や「天造兵装もどき(実は天使)」を提供する事など、望むべくもない。
「規約を破る事を求める様な者を選んでしまうとは……人選を誤ってしまったかもしれませんね」
「仕方あるまい、事前に人格まで調べる事は難しいじゃろ」
「御意」
「とはいえ、何も無しではあの者も納得すまい」
「では、いかがいたしましょうか」
「アレがよかろう。 飛行場とか言うたか、建設に難儀していると聞くが」
「飛行場ですか、そうですね。 キリエル君からのクレームは私の所にも届いています」
「既に飛行機の召喚も始まっているという話じゃしな。 土木工事に長けた者を派遣し、工事を助けよ。 さすれば早く完成し、かの者の気分も改善しよう」
「早速手配いたします」
モリエルは代替策を西夏に伝え、西夏も渋々了承する。
だが、それには一つ条件が付けられた。
それは「赤土の機嫌を取る事」だった。
西夏の嘘につじつまを合わせるため、モリエルは一計を案じた。
「深層意識?」
「ええ、赤土殿の心の奥に、年上の者に対する反感が潜んでいるため、それがシステムに干渉し、ホムンクルス達が『出撃命令を受けた』と誤認してしまったのです」
「そんな馬鹿な事があるのか」
「このシステムは私共も手探りで運用していますので、時折この様な予期しない事が起きます。 この度はそのせいで赤土殿、西夏殿に迷惑をかけてしまい、申し訳なく思っております」
「……」
「こちらでも対策は行いますが、出来ましたら、赤土殿、西夏殿も同じ天使同士、彼に反感を持たない様、仲良くして頂ければと思います。 もちろん、我々に対してもですが」
「しょうがないな、努力しよう。 でも期待はするなよ」
「恐縮です」
通信を切るとモリエルはため息をつく。
「嘘をつくと言うのは、慣れないね」
「モリエルさん、僕は悔しいです」
やりとりを横で見ていたセキエルが零した。
「仕方ないさ」
「元はと言えば僕の責任ですが、それでも、人間はなぜこのような『嘘』を求めるのでしょうか」
「西夏氏……彼は未来の地上の人間だ。 地上の文明の進歩する方向が、良くなかったのかも知れないね」
「そういえば、あの者達を召喚した未来の地上には、ドワーフもエルフも観測されませんでしたね。 あの者の住む『未来』はレリアル様の導かれる『未来』とは違う未来なのでしょうか」
「そうかもしれない。 この戦いに敗れ、ム・ロウ様が導かれた『未来』なのかもしれない」
「となると、負けられませんね、この戦い」
「そうだね。 レリアル様の理想を実現するよう、努力しよう」
「はい!」
改めて、必勝の誓いを立てる天使達であった。
一方、大英達も戦後処理に頭を悩ませていたが、それは次回の講釈。
用語集
・防御シールド
ビームのようなエネルギー弾だけでなく、レーザーの様な電磁波も、ミサイル・砲などの実体弾も全て防ぐ。
人や車両などであっても、認証を通らなければ、ゆっくり移動して通過する事もできない。
電磁波を単純に防ぐと、視界が失われたり、電波通信が途絶えるが、ここは一定のエネルギー量を超える部分を遮断するので、周りが見えなくなったり、電波通信が途切れる事は無い。
なお、通信は後に電波から、亜空間を利用した超光速通信へと切り替わっていく。
・戦場とそれ以外は明確に分離される
もちろん、転送に拠らない移動方式なら阻害を受けないが、今度は都市を超えるレベルで展開される防御シールドに阻まれる。
ただ、それを持たない場合は守れない。
レリアル神のインドラの矢によって彼の敵が滅亡したのは、このためだ。
・魔道具
これまで出てきた事は無いし、今後も出てくるかどうかは不明だが、1回しか使えない魔道具として「スクロール」という物も考えられる。
特定の魔法を発動したり、使用者の権限を変更して新たな魔法の行使権を得る、行使権をアップグレードしてより強力な魔力を認可するといった効果が想定される。
まぁ、考えようによってはワンタイム触媒とされる模型もスクロール扱いなのかもしれない。
・術者や現在位置によって規制
地上では規制が厳しくなるため、同じ術者でも宇宙・天界・地上で使用できる魔法の種類やその出力には違いがある。
術者は単に神・天使・人間という括りだけでなく、個人の資質にも影響される。
このため、同じ地上の人間でもハイシャルタットのような強力な魔導士も居れば、ネイルティンダーしか使えない人も居るのである。
・単なる移動・運搬手段
現代に置いて大型トラック、巨大輸送機から自転車、猫車に至るまで様々な輸送手段がある様に、天界でも何でもかんでもゲートを開いて転送している訳ではない。
・違う未来
最近の用語だと「違う世界線」ですね。