第36話 おっさんズ、現用兵器と対峙する その3
西夏は赤土の家に入るべく、玄関ドアを開けようとする。
開かない。
天使の基地倉庫の中なので、別に賊など入ってくる事は無いのだが、習慣として玄関ドアには鍵をかけているのだろう。
仕方なく、いら立ち気味に呼び鈴を連打する。
しばらくして、頭ボサボサの赤土がドアを開けた。
「何ですか、朝から騒々しい」
「いいから、すぐ召喚の準備をしろ!」
「はい? いきなり何を言い出すのかな、このオッサンは」
「お前が余計な事をするから、その後始末をしなきゃならないんだよ、文句言って無いでさっさと支度しろ!」
人間、緊急事態には「素」が出ますね。
普段は敬語な西夏ですが、「若造」とか言い出し、遂にはこの有様ですよ。
「何言ってんだ! 僕が何をしたって言うんだ!」
「戦車隊を出撃させただろ!」
「何だって? そんな事する訳無いだろ!」
「嘘をつくな! アレは俺かお前の命令しか聞かないんだぞ、お前以外に命令できる奴は居ないんだ!」
「何勝手な事を……、これだからオッサンは!」
それだけ言うと、赤土はドアを閉め、鍵をかけてしまった。
「おい、こら!」
西夏はドアを開けようとし、続いてドンドンと扉を叩く。
「開けろ! おい、開けろ!」
ドアは開かない。
「全く、なんて奴だ! イマドキの若造は勝手な奴が多いと聞くが、ここまで無責任とは……」
激しい剣幕のやり取りに、マリエルには全く関わる隙が無かったが、赤土が去って落ち着いたところで西夏に提案をする。
「あちらの飛行機はセンシャと通信できないのですか?」
「えっ?」
マリエルが指し示す先には「A-37 ドラゴンフライ」が駐機している。
近接航空支援用途に使える軽攻撃機のため、その気になれば通信できるであろう。
もっとも、この倉庫からでは電波は届かない。
かといって、自力で倉庫から出るのはゲートを開けば可能だが、あまり効率的では無い。
「そうか、そうですね、可能だと思いますが、ここからでは電波が届かないかと」
「では、ゲートを開きますので、通信お願いします。 ゲートなら、電磁波は通りますので」
「おお、なるほど。 それなら外に出る必要はありませんね」
ようやく、連絡手段を確保した西夏だが、果たして連絡は間に合うのだろうか。
*****
村まで1キロの所まで接近した所で、戦車隊は村を「攻撃目標」と認識した。
そして、第1小隊のM60A1は主砲を監視塔基部へ撃ち込む。
105mmの榴弾を受け、南壁ごと基部を爆破された監視塔は、あっという間に崩れ落ちる。
それを合図に、9両の戦車は村へと突撃する。
状況を見て、ロンメルは命令を発する。
「やってきたか、全車に指令! 迎撃行動に移れ」
相手に見つからないよう、壁や建物の陰に居た戦車たちは、エンジン出力を上げ、戦闘行動を開始する。
現用戦車にとって1キロとは、至近距離。
すぐに戦車戦が始まる。
東側からSU-85、ISU-122が姿を現し、停車し発砲する。
それを受け、9両の戦車隊はあろうことか、全車が東側へ向かって進み、発砲する。
たちまち集中砲火を受け、撃破され炎上する2両の駆逐戦車。
相手は大戦型戦闘車両なんだから、全員で行くとかオーバーキルでしかない。
直後西側より姿を現した90式と74式が直ぐに射撃を開始する。
「あいつら何やってんだ、全員横っ腹向けて」
「とにかく、弔い合戦だ、撃て!」
練度の高い陸自がこの至近距離で外す事は無い。 120mm砲と105mm砲は敵戦車の側面装甲を貫き、たちまち2両が撃破される。
それは最も脅威度の高い「レオパルト2 A5」と「T-72M1」であった、
新手の出現を受け、今度は残り7両全てが西へと向きを変える。
だが、その単調な動きは第二撃の標的となり、「T-55A」が撃破される。
しかし、敵もただ撃たれている訳ではない。
反撃の砲撃は回頭機動中であっても正確に74式を捕らえる。
「レオパルド1A4」から放たれた105mm砲弾は、74式の砲塔左上部に命中。
ただ、特徴的な赤外線投光器を破壊したものの、装甲貫通はならず、跳弾となった。
そこへ、村中央の監視塔が倒れた所に急行した九七式中戦車が射撃を始める。
側面とはいえ、1キロ先の現用戦車である。
運良く命中したものの、効果は無かった。
既に村内には何発もの砲弾が撃ち込まれ、薄い木の板て出来た南壁は次々と崩壊し、穴だらけというより、櫛の歯が抜けたような状況になった。
軟目標用に調整されているのか、壁に当たったところで信管が作動していたようだ。
バレンタインもそうやって南壁の崩れた所の一つに向かい、射撃を始める。
やはり97式同様、側面装甲すら貫けないし、そもそも外すことも少なくない。
しかし、この2両の射撃により、被弾した「メルカバ」と「T-62A」は砲塔を回し、自分に命中弾を与えた相手を撃とうとする。
強力な戦車を前に迂闊すぎる行動である。
90式はすぐにT-62Aを撃ち、撃破。
74式もメルカバを撃ったが、外れてしまう。
被弾の影響だろうか。 いくら日本製でもそこまでデリケートでは無いはずだが、当たると思った射撃が外れるなど戦場では普通の事だ。
一方、メルカバは射撃自体出来ていない。
97式もバレンタインも、一発撃つと残っている南壁や瓦礫の陰に隠れ、また別の所から姿を現す。
続いて74式はM60A1を撃ち、今度は命中させるが、貫通しなかった。
リアクティブアーマーの派手な爆発が見られたが、コレが原因とは考えにくい。
HEATを撃ったわけではないのだから。
まぁ、当たった角度が悪かったのだろう。
戦いの様子を見ていたロンメルは疑問を持つ。
「敵の様子がおかしい。 まともな指揮官が居るように見えないな……」
そこへ、連絡が入る。
「閣下が到着されました!」
「よし、お連れしろ」
ロンメルが居るのは村の中央付近の民家が立ち並ぶ場所に作った丘の小屋。
見た目は周辺の民家の二階と似ている、というか、外側は同じ素材と同じ意匠で造っているから似ているのは当然なのだが。
ただし、内壁にはコンクリートブロック(中空部分無し)を積み重ねており、オークの魔法程度なら耐えられるし、近代兵器でも12.7mm機銃くらいなら防げる。
20mm砲クラスでも単発なら抜かれる事は無いだろう。
この小屋の後ろにはフンクワーゲンが待機しており、指揮をとりながら全体を俯瞰できる。
木を隠すなら森の中。
仰々しい司令部施設とか天守閣のようなものは、敵から狙われやすい。
民家と同じ様に見えるため、優先目標にはならないという訳だ。
で、1階部分は外見は民家に見える建物だが、中身はコンクリートで固めた盛り土なので、多少被弾しても容易には崩壊せず退避する時間を確保できる。
そんな訳で、比較的安全性が高い指令施設なので、み使いが入っても大丈夫という事だ。
「どうだ、様子は」
秋津の第一声に、ロンメルは「守れています」と答える。
大英は三脚を広げると、地上望遠鏡で撃破された敵戦車を見る。
「確かに現用だね、『びっくり箱』の現物なんて初めて見た」
T-72は車体側面下部に被弾し、砲塔下の弾薬庫を直撃・誘爆したため、砲塔が吹き飛んでいた。
大英も呑気に撃破された車両を見ているが、やる事はやっていた。
その結果が上空に現れる。
「閣下、Ju-87 及び IL-2 2機が到着しました」
「よし、ソ連系は全滅してるようだから、各機攻撃に入れ」
「了解しました」
何の事かと言うと、ソ連系戦車の中には、ミサイルを撃てるものがいる。
125mm砲を積んでいる車両の一部が該当する。
そのミサイルは対戦車ミサイルなのだが、その中には、ヘリコプターを落とす能力があるという噂があり、大英はそれを懸念していたのだ。
上空から急降下して投弾するJu-87。
残念ながら1機の爆撃機の攻撃が、上空からは小さく見える戦車にそうそう当たるものでは無い。
当たり前の様に直撃はしなかったが、M41の近くに着弾し、履帯を破損させ走行不能という戦果を得た。
続いて突入する2機のIL-2シュトゥルモヴィーク。
1機は「IL-2M3」で、もう1機は「IL-2 NS-37」。
実は2機とも爆装はしていない。
M3は23mm砲2門。NS-37は37mm砲2門を積んだ機体だ。
急降下で機銃掃射をするIL-2。
23mm砲は流石に大戦中も効果が薄いとされただけに、現用戦車にはほとんど効果が見られない。
エンジングリルを直撃すればワンチャンといったところだがな。
M60A1を撃ったが、装備されたリアクティブアーマーが爆発するだけだった。
大英の感想は「ソフトスキンが同行していれば、そちらを狙うつもりだったが、本当に全車戦車だったとはね」である。
だが、37mmは効果を発揮した。
メルカバの上面を撃ち抜き、エンジンから出火する。
本来なら砲塔後部が邪魔となりエンジンに被弾する確率は低いはずなのだが、砲塔を横に向けていたのが仇となった。
砲塔自体の上面装甲はなんとか耐えたのだが、エンジン上部を抜かれてしまったのは不運としか言いようがない。
何しろIL-2 NS-37の37mm砲は反動が大きく、連射出来ないためだ。
だが、不運なのは敵だけでは無かった。
レオパルド1A4の放った105mm砲弾が90式の砲塔基部を直撃。
厳密には少しずれていたのだが、正面から見ると砲塔と車体の隙間があり、そのポケットのような所へ入ったため、跳弾して基部に当たるといった結果となったのだ。
命中箇所は中央からややずれた右側だったため、さらに跳弾し車体内部が破壊される事は無かったが、砲塔は動かなくなった。
これは乗員の応急修理でなんとかなる程度を超えており、戦車としての能力は失われたと言っていい。
だが、これが精いっぱいだった。
動けなくなったM41はそのまま固定砲台として戦っていたが、動かない戦車が戦場で長生きする事は出来ない。
やっと射撃位置を確保したヤークトティーガーの128mm砲を受け、撃破された。
この時点でレリアル軍の戦車は2/3の6両が撃破となる。
健在なのはM60A1、M48A3それにレオパルド1A4の3両だけ。
この状況を受けてか、彼らは後退していった。
実は撤退を決めたのは天使からの指示である。
本人たちは死ぬまで徹底抗戦のつもりだったが、西夏からの撤退命令を受けたのだった。
結局のところ、9両の戦車隊は状況をよく理解しないまま突っ込んできていた。
ホムンクルス達は「とにかく、戦わなければ」という心理状態で、敵が誰で、何を装備しているかといった情報は持ち合わせていない。
「軍事力を見かけたら、それを破壊する」
これが彼らの行動原理であり、言ってみれば「勇猛さ」だけが突出して強化されるような「変な薬」でもやっているような状態であった。
誰彼構わず攻撃するような蛮族状態ではないものの、そこに作戦とか慎重な判断といったものは欠けていた。
最初にM60A1が射撃を始めた時も、他の小隊の戦車も含め、全車が正面の壁とその向こうに見える建物を狙って、次々と発砲していた。
その様子をサッカーで例えるなら、「小学1年生が体育でやるサッカー」だろうか。
キーパー以外が全員でボールを追いかけるアレだ。
そこには役割分担も作戦も何もない。
如何に強力な戦力があろうと、指揮官たる天使が居ないまま戦うとこうなってしまう。
優勢な戦力だったハズが、惨憺たる結果となってしまった。
指揮官不在の戦車隊と、ロンメルに指揮された戦車隊の違いという物である。
そして最後は航空機までもが襲来。
まるで良いとこ無しだ。
ロンメルは追撃を指示せず、IL-2による嫌がらせのような機銃掃射が続いたが、それも戦果ないまま森を前に終了となった。
戦闘機を連れてきていないので、深追いは避けるべきという事だ。
まぁ、戦闘機は別の所で仕事しているのだがな。
こうして、戦車による襲撃はなんとか撃退する事が出来た。
だが、召喚軍も被害は少なくない。
まともに戦えるのは74式のみ。 それもちょっと整備が求められる。
90式は砲塔が動かず、戦車相手には戦えそうにない。 相手が動かないとか、巨大とか言うなら話は別だが、車体の動きで照準を合わせる様には設計されていないので、砲台としても使えない。
97式やバレンタインは健在だが、これらでは戦後の戦車相手では牽制しか出来ない。
有効な火力があるのは機動性に難のあるヤークトティーガーくらいだ。
そして2両の駆逐戦車は撃破された。
今後の事を考えると、非常に問題だ。
とはいえ、事態が深刻なのは敵の方だろうか。
戦車隊が1/3になってしまい、西夏は頭を抱えた。
だが、問題はそれだけではないのだ。
一方、ちゃんと作戦に従って行動している飛竜はどうだろうか。
想定通り「早逃げ」が出来ているのだろうか。
用語集
・びっくり箱
「びっくり箱」とは、ソ連系戦車の砲塔が吹き飛んだ状態を指す言葉。
・ヘリコプターを落とす能力
実際に125mm砲が運用している「9M119」にその様な能力があるという資料は見当たらない。
また、ATMとは別にSAMを撃つという話もあるが、資料としては見かけない。
結局は都市伝説かも知れない。
(資料が無いから能力も無いとは限らないけどな。 機密の壁もあるし)
なお、ソ連系戦車には、砲塔後部に30mm砲を2門搭載した面白い車両がある。
「T-72M2 モデルナ」で検索すると見つけられるはずだ。
レーダーが無いから現用機相手に役立つかは疑問だが、第二次大戦型襲撃機は迂闊に近づけないだろう。
・リアクティブアーマー
基本的には対HEAT用なので、徹甲弾にはあまり効果が無い。
(最新のものは違うようだが、M60に付いているのはそんな新型ではない)
単に当たり方が悪かっただけかもしれないが、これが90式の120mmAPFSDSなら、貫通していた事だろう。
・シュトゥルモヴィーク
実はIL-2の名前ではない。
詳しくは検索すると宜しい。
・爆装はしていない
別に爆弾やロケット弾を載せなかったのではない。
そもそもキットに付属していなかったのだ。
元キットは
1/72 SVEMIRSKI IL-2 STORMOVIK "TANK HUNTER" WIDTH 37-MM GUNS
1/72 KONKURENCJA IL-2m3
である。
・反動が大きく、連射出来ない
いや、連射は出来ますよ。 ただ弾が明後日の方向に飛ぶだけで。
・「変な薬」でもやっているような状態
某作品では「狂化」とか呼んでいますね、
言語によるコミュニケーションは正常なので、原典より最近の作品が近いでしょうか。