第34話 ライターとモデラー、異世界に招かれる その3
西夏が指揮する戦力を供給する者。
その男は、どんな人物なのか……。
男はその名を赤土大理と言う。
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赤土大理、彼は自衛隊や旧軍、それに日本政府をディスる事が生きがいという、一部の人々を除き、ややはた迷惑だなと思われる男だ。
そのため、週刊誌やスポーツ新聞などで自衛隊を叩く記事を探して集めるのが日常となっていた。
ある日、彼はコンビニに売られていた三流週刊誌で好みの記事を見つけた。
表紙には
[タツビームと海上自衛隊の「冷たい」関係]
[タツビームの自衛隊贔屓は陸自限定!?]
というキャッチーなタイトル。
そしてその記事の内容は……
なお、「タツビーム」とはお笑い芸人の名前である。
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タツビームと海上自衛隊の「冷たい」関係
タツビームの自衛隊贔屓は陸自限定!?
ある番組では定期的に自衛隊を紹介する特集が流れていて、そこで特集MCを務めるのが「鉄人オリーブ」の「タツビーム」だ。
業界では自衛隊贔屓で知られ、戦車のスペックをカンペ無しですらすら語る様はよく知られている。
そして髪からスーツ、ネクタイ、靴に至るまでミリタリーチックな黄緑色一色に統一されたコーディネートも有名である。
この特集はこれまでに10回放送されているが、内9回が陸上自衛隊駐屯地を訪れていて、1回が航空自衛隊基地での話。
海上自衛隊に行ったことは一度もない。
実はタツビームは別の局で朝のワイドショーでレギュラーコメンテーターをやっていて、こちらでは全く違う顔を見せている。
ある時見せた自衛隊員の不祥事を鋭く追究する姿は、想定視聴者層を喜ばせ、自衛隊贔屓ながらも公私の切り分けが出来る人材としての評価も高い。
だが、彼が追及する時、なぜかその対象は海上自衛隊が多い。
それが彼の選択によるのか、番組ディレクターの指示なのかは判らないが、自衛隊特集に海上自衛隊が出て来ない事を考えると、無関係では無いかもしれない。
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と、こんな調子で根拠薄弱の陰謀論な上、事実誤認なのか、わざと嘘を書いているのかは判らないが、陸自には8回しか行ってない。
1回は防衛省でロケをしている。
まぁ、記者の目には防衛省も陸自駐屯地も同じに見えるのかもしれないが。
そして確かに海自は無いが、レギュラーに穴を空けない様に、東京から日帰りできる海自基地はそう多くない。
何度も同じ基地に行くのでは番組的に面白みも無かろう。
(実はその雑誌が発売された翌月に海自基地の回が放送されたというオチまである。 まぁ航空基地だったけどな)
その記事では本当かどうか全く裏が取れていない「妄想」まで書かれていた。
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一度護衛艦の見学がセッティングされたとき、中東情勢の変化を受けて、見学前日に派遣護衛艦の編成替えがあり、見学予定の護衛艦が取材前に出航してしまう事になり、見学がキャンセルとなったという。
普通なら、別の船を手配する所では無いだろうか。
彼の海自嫌いは海上自衛隊も認識しており、ドタキャンで嫌がらせをしたと邪推されてもおかしくない。
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件の特集が放送開始以後、中東派遣護衛艦の編成が急に変更になったなんて話は聞かない。
大体編成替え発令即日出航って、どんな有事だよ。
記者は一体どこからそんな情報を仕入れて来たのだろう。
だが、赤土はこの手の自衛隊ディスリ記事が好きなので、喜んでその週刊誌を買った。
赤土の趣味というか、人生を賭けた活動として、日本をディスるサイトの運営がある。
様々な資料集めは、このサイト運営用のネタ収集も兼ねているのだ。
冒頭に示したように、現代の日本政府や自衛隊だけでなく、旧軍を非難するのも大好物で、サイトには多数の批判記事が溢れている。
そして、その記事はコピペではない。 ちゃんと彼なりに解釈して、リライトしている。
だが、残念な事に、彼の日本語力は低く、支離滅裂な内容の記事が多い。
元々のソースが論旨混乱していたり、最初と最後で真逆な事を語ったり、ダブルスタンダードで意味不明なものばかりなのである。
それを整合性が取れる形にリライトするなら兎も角、余計酷くしているのだから始末に負えない。
本来なら、進歩主義の人達が絶賛して「必読資料」に指定する「思想」のサイトなのだが、あまりの酷さに進歩主義者からも相手にされていないのであった。
たとえば、日米開戦に反対だった山本五十六の事を「上層部が対米戦に及び腰な事に腹を立て、『半年暴れて見せる』と叱咤し、開戦への道筋を作った」等と書いていたりする。
まぁ、ワイドショーで同じことを語るコメンテーターも居るから、彼だけのトンデモオリジナル説という訳では無いのだが、ちょっとでも知識のある人なら、呆れかえる事だろう。
そんな記事の中には、彼の出自に関係した「信念」に溢れるものもある。
赤土の母方の先祖は江戸自体に忠義の人として有名な武士だったが、それは歌舞伎という創作物に登場するキャラクターの話。
実際はただ襲撃事件を起こした犯罪者だが、権力者の都合で善良な人物に持ち上げられ、歌舞伎の演目ではヒーローとして描かれたのだ。
近年は歴史資料も多く見つかり、その事実を知る者も増えている。
そして、ある「おせっかい」がその事を指摘してしまう。 そして指摘された彼は激怒する。
その怒りの矛先は江戸幕府を倒した明治政府にまで向かい、その末裔である現在の日本国政府までもが攻撃の対象となった。
彼の調査によれば、日本陸軍も先祖の事をヒーローではなく犯罪者として扱っていたので、これも彼の反軍思想を支えている。
彼は「子孫が先祖の名誉を守るのは当然」と語るが、実在しない名誉を既得権益として、史実を語る者を根拠なく非難しているだけの話である。
あるいは、創作物と現実の区別が付いていないという言い方も出来よう。
創作物と現実の区別が付かないのは進歩主義者とも一致する特性であり、きっと親和性が高いと思われるが、彼は僅かな差異を容認できないので、内ゲバよろしく進歩主義者とも喧嘩になるような気がする。
彼が好むのは自衛隊ディスリ記事だけではない。
ヘイトの対象は日本国政府に留まらず日本自体を嫌っている。
そのため、こんな妄想飛ばし記事にも食いついてしまう。
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例外タイトル!? 学者嫌いのアノ放送局も折れる!
常々科学者や技術者を貶める事で話題のアノ番組。
だが、*月*日放送分は違うタイトルの番組になっていた。
別に何かあって関係ない特番に差し替えられたのではない。
内容はいつものナレーターが過去の技術者をこき下ろすもので、違うのはレギュラー出演のお抱え論評学者が出て来ず、ラストでアメリカ人の現役技術者が仕事を好意的に紹介されたことくらい。
普段であれば、現役は出て来ないか、出てきても昔の技術者や科学者の行動について「同じ学者として反省している」「同じエンジニアとして過ちは繰り返さない」みたいなコメントを口にするのだが、そういった言葉は無かった。
では、なぜ番組名が違うのか。
これについて編集部は極秘情報を手に入れた。
本当はラストに紹介される現役技術者は日本人になる予定だった。
だが、取材を申し込むと、「あの番組ですか。 お断りですね」と断られたそうな。
そこで、取材陣はこの番組を放送していないアメリカに目を付けた。
流石は予算潤沢で知られる放送局である。 発想が違うね。
スタッフは渡米し、取材を申し込む。
だが、技術者のネットワークを軽く見ていたようで、アメリカでも悪評は響いていた。
先に渡米してしまうあたり、発想がアナログなのか、自信たっぷりなのかは知らないが、それでも流石に渡米したのに「断られました」では帰れない。
仕方なく、プロデューサーにかけあって、番組名の変更と、現役技術者の出演する部分は事前に本人にチェックしてもらう事を認めさせ、これを条件にやっと了承を得たという。
日本人には高圧的なアノ放送局も、アメリカ人には弱かったというお話だ。
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ちょっと常識があれば「極秘情報って何だよ」「いきなり渡米?」「外国人ならしょっちゅう出てるぞ」と突っ込む所だが、彼はお上を代弁すると信じて疑わないアノ放送局が折れたという件が気に入ったようだ。
ところで、一戸建てである彼の家には彼の信条とは相いれない部屋がひとつある。
そこには冷戦時代の米ソの戦車や戦闘機の模型が多数飾られている。
片隅には未作成キットの箱も数十個積み上げられている。
別に「日本が嫌いなだけで、自衛隊以外の軍事は大好き」という事ではない。
彼は日本と同様、ミリタリー全般が大嫌いである。
ではなぜ、そんな部屋があるのか。
それは、その模型たちが、彼が誰よりも尊敬し敬愛していた兄の遺品だからである。
彼は中学生の時に両親を失い、以後は12歳年上の兄によって育てられた。
彼は時々その部屋に入り、兄を思い出す。
嬉々として模型製作をしていた兄の姿を思い出し、心を落ち着かせていた。
もしかしたら、もっと兄と遊びたかったのに、プラモデルが彼と兄の時間を奪った。
そんな嫉妬があるのかもしれない。
そして、その模型がミリタリーなものしか無かった事が、彼のミリタリー嫌いの源流なのかもしれない。
だが、そんな愛憎入り交じった感情も、今では兄との良い思い出となっており、模型を処分する気にはならない。
それどころか、毎日その部屋に入って模型を眺めながら、兄の事を思い出していた。
流石に年が離れていたため、一緒にプラモデルを作るという事は無かったが、兄の手でパーツが組みあがって形を成していく様は、見ているだけでも魅了された。
一方、なぜ彼は祖国を嫌っているのか。
前述した諸事情もあるが、それだけでは不十分ではないかと思うが、そこは人によりけりなので、もしかしたら彼にとっては大ごとなのかもしれない。
そして、こんなエピソードもある。
赤土は一時期進歩系の政治サークルに所属した事もあるのだが、小難しい事を語る導師について行けず、すぐに離れた。
普通の人なら、反動で保守化しそうなものだが、彼はそうはならなかった。
単に人間嫌いとなり、社会そのものを嫌った。
つまり、右でも左でもない。 アナーキストになったのだ。
だが、政治運動をするだけの知恵も覚悟も金もない。
しがない契約社員をやりながら、家では向いてない「物書き」に日々明け暮れる毎日を過ごしているのだ。
こんな彼がなぜ「モデラー」として選抜されたのか。
そもそも彼自身は一つも模型を製作していない。
流石にこの事はモリエルも事前に認識している。
召喚してから「え?」などという間抜けな事はない。
彼の兄への想いを模型愛に変換してシステムを稼働させられるという事であった。
こうして、ただ模型を保管していただけの男「赤土大理」は召喚される事となる。
用語集
・ある三流週刊誌で彼は好みの記事
本作はフィクションです。 モデルになっている雑誌も、該当するような記事も、少なくとも私は見た事はありません。
・鉄人オリーブ
お笑いコンビの名前。
なお、タツビームの学生時代のあだ名は「ドラゴン」。
本名の竜敏からだそうだ。
芸名でドラゴンがタツになったのはメジャー過ぎるのと、後ろにビームを付けたかったので、短い方が覚えやすいとのこと。
・ミリタリーチックな黄緑色
モデラー流に言えば、54番カーキグリーン。
・別の局で朝のワイドショーでレギュラーコメンテーター
「で」を重ねるな。 記者は本当に物書きのプロなのか?
「別の局で朝のワイドショーにてレギュラーコメンテーター」といった風に書くべき。
・別の船を手配
ここは「別の艦を手配」だろう。
全く、これだからミリタリー音痴が書く記事は……。
全然違うけど「範囲40キロ三段積み」「誘導ミサイル破壊艦艦長を歴任」を思い出すな。
(「射程40キロ三連装」「誘導ミサイル駆逐艦艦長を歴任」のこと)
・進歩主義者からも相手にされていない
本文に示した、TVのコメンテーターのような素人解説者は、もしかしたら、ここの記述を真に受けてしまう残念な人だったのかもしれない。
あ、レギュラーで社員だから、軍事や歴史は素人でも解説者としてはプロか。 いや、アジテーターとしてプロだな。
・常々科学者や技術者を貶める事で話題のアノ番組
本作はフィクションです。 実在するテレビ番組とは一切関係ありません。
・お上を代弁すると信じて疑わないアノ放送局
倭国東京電視台ですね。 ん? 違ったか? 違わないでしょ。 赤土の認識は180度間違っているよね。
……おや、誰か来たようだ。