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模型戦記  作者: BEL
第6章 軍事ライターの憂鬱
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第34話 ライターとモデラー、異世界に招かれる その1

 ある夜の事である。 男が自宅の一室でパソコンを前に難しい顔をしている。



 「あー、我ながら斜め上に行き過ぎたかな」



 そう呟きながら原稿を推敲している男、その名を西夏清(にしなつ きよし)という。

職業は軍事ライター。

ミリタリー系雑誌に毎号記事が掲載されている売れっ子だ。



 売れっ子は忙しい。

彼が記事を書いているのは紙の雑誌だけではない。

近年成長著しいウェブメディアでもライターをやっており、こちらでも人気だ。

今書いていたのも、そんなウェブメディア用の記事だ。


 彼はミリタリーの専門家を自称しているが、彼が得意とするものは軍事だけではない。

実はマーケティング関係も得意としており、サイトの集客テクニックも理解している。

とはいえ、マーケティングについては二流だ。


たとえば、タイトルには

 「〇〇〇〇がダメな3つの理由」

 「〇〇〇〇が失敗する4つのポイント」

といった付け方をする。

数字を入れたキャッチーなタイトルで注目を集めるという、数年前に流行った手法だ。

今でもマーケッターと呼ばれる人達がブログで「アクセスの取れるタイトルの付け方」として解説しているのを見かけるが、投稿日付の古い記事がほとんどなので、推して知るべし。


なお、〇〇〇〇にはマニアやオタクの間では「定説」とか「常識」、あるいは「期待」されているものが入る。

2021(....)年の今ならDDHの空母化とか、F3の話題なんかが入るだろう。


 数字を入れた「定説ディスリ」なタイトル付けをして、中身は炎上マーケティングな書き方をする。

これもちょっと昔に言われた「アクセスを稼ぐのに最適な方法」というやつだ。


もう、わざとやってるのか、本気でそう思っているのか判らん。 という状態だ。

ミリタリーの専門家なら言うはずの無い事を語っているので、違和感ありまくり。

それでも雑誌連載ではやや抑えているが、ウェブメディアでは全開バリバリなので、どう見てもドシロウトの戯言にしか見えないという。


 とはいえ、そのサイトは普段は関心が無いけど、たまたまニュースで話題になって検索してみた軍事音痴とか、ミリタリーに興味を持ち始めた中学生なんかを対象としているので、運営をしている編集部も気にしていない。

むしろアクセスを稼ぐ「優良コンテンツ」を書くライターという認識だ。


 一方、近年の某国の海洋侵略のせいか、彼の言説の間抜けっぷりが多くの読者の共通認識になりつつあった。

そのため、ネットでは彼の事を侮る意見も目立つ。

「あいつが毎月記事書いてるからアノ雑誌は買わん」

とまで言われる始末。


 なお、本人もミリオタから蔑まれているのを意識してか、逆に「少戦道なんかを好んで見ている層には判らない事だ」的な、読者に喧嘩売ってるような文章を書く事もある。

だが見た所、これは炎上狙いと言うより、ストレス発散なようだ。



 任期制自衛官として2年間活動した経験から、自衛官しか知りえない内情についての知識もあり、新人の頃はそれを生かした記事も書いていた。

現役当時の上官や友人からも、機密に触れない範囲で「最近の様子」を聞き、それは記事の「本物らしさ」を支えるスパイスとなっていた。

だが、最近は集客テクニックに依存した記事が増えている。


 自衛隊を退官して、はやン十年。 彼の「本場」の知識も遠き昔のものとなり、最近は「つて」から得られる情報も減りつつある。

このため、普通に書店で買える「ミリタリー系雑誌」も毎号全て購入し、自宅の地下にある書庫はさながらミリタリー限定の図書館の様相を呈していた。


他人の記事をリライトして論旨をディスリに変えている?

いえいえ何を仰いますか。

他のライターがどんな記事を書いているかを調べるのも大切な仕事ですよ。


 だが、この膨大な蔵書を誇る書庫が、あるアンテナに引っかかる事となった。

ミリタリーに関係し、大量の書物を有する人物を探している、アンテナに。



「やれやれ、オタク共も勝手な事を言ってやがるな。 人の苦労も知らないくせに」



 ネットメディア用原稿を編集部に送信し、一息ついたところで毎週欠かさぬエゴサーチをして、ため息をつく。

書物やネットメディアでライターをしていれば、ある事無い事悪態をつかれるのは避けられない。

とはいえ、自分が信念をもって書いた記事なら「何も知らんウマシカが騒いどる」で済むのだが、近年はそうとも言えなくなって来ていた。


 別にネット民の軍事知識や判断力が上がったとか言う話ではない。

原因は彼自身の中にあった。



 若いころは彼も信念に従って記事を書いていた。

残念ながら、その記事はあまり話題とならず、編集部でも「イマイチな若手ライター」という認識だった。

だが、ある時、たまたま斜め上にぶっ飛んだ記事を書いたら、それが大当たりしたのだ。

まぁ、大当たりと言っても、悪評のほうが圧倒的なのだが、雑誌は話題になってナンボである。

悪評も評判のウチなのだ。


 いや、彼自身はぶっ飛んでいるという自覚は無かった。

彼の中では、自衛官現役時代の不満を「ちょっと盛った」記事を書いただけなのだが、関西での地震以来世間的に広まっていた「厳しい訓練に増え、災害現場で頼りになるナイスガイの集まり」という認識とは、大きく乖離していた内容だったためだ。


 編集部から見れば、「大いに盛った」記事に見えたようで、世間の認識とのズレを気にしない原稿を出す所に、編集長も「中々度胸がある」と見直したらしい。

以後、彼の事を気に入った編集長の下、レギュラー執筆者の地位を確立する。


 そんな訳で、それまでは「こんなコト書いて大丈夫かな、編集部から出入り禁止を言われたりしないよな」と控えていたディスリ系記事を、大手を振って書くようになる。

こうして知名度も上がり、仕事も増えたのだが、それが彼の首を絞める事となる。


 そう、ディスるべきネタが切れてしまったのだ。

最初は自衛隊ネタだけで済ましていたが、ネタが足りなくなると防衛省からネタを取り、さらに対象は日本政府にまで広がる。 さらに米軍、時にはアメリカ大統領をディスるような所までエスカレートしていく。

それでも足りず、中国や韓国、北朝鮮にロシアを持ち上げる記事も書いたが、ディスリ系ほどの反響は得られず、だんだん苦しくなる。


 そして現在。

彼自身も「問題ない」とか「当然だろう」と思っている事さえ、ディスリネタとして使うようになっていた。

これでは読者やネットの反応も「コイツ頭オカシイ」になるのは当然である。


 ユーチューバーが、だんだん過激化して最後は警察のご厄介になるように、彼の記事もトンデモぶりを加速させていっている。

そう、彼自身が今や「自分の書いている記事は斜め上にブッ飛んでいる」事を自覚しているのである。

断崖絶壁に向かって突進しているのが判っていながら、ブレーキを踏めない。


 その現実こそ、ため息の正体なのだ。



 一通り調べたあと、彼がコーヒーでも飲もうと立ち上がったとき、突如違和感が彼を襲う。

部屋が揺れている。

だが地震にしては揺れ方がゆっくりだ。

彼の住まいは普通の一軒家である。 正確には家族と離れて住む仕事場兼自宅だ。


 いつぞやの地震の時は高層マンションに居て、ゆっくり揺れる長周期地震動を体験した。

それに似ているが、3階建ての1階で体験する訳はない。



「な、なんだこの揺れは……うおっ、停電!?」



 揺れは直ぐに収まったが、直後部屋の明かりが消える。

光っているのはバッテリー駆動に切り替わったパソコンの画面だけだ。


そして彼が周りを見渡すと、画面からの弱い光に照らされた視界の端に、見慣れない物、いや人が入った。

ここは自宅で、見慣れない人など居るハズが無い場所だ。



(まさか、強盗か?)



 冷や汗をかき、固まる。

だが、その推測はすぐにハズレである事が判った。

何しろ、その人物が声をかけて来たのだ。



「応えよ」



 その声は、老人の声に聞こえた。

恐る恐る声の方を向くと、そこにはフードを被った人物が宙に浮いているように見えた。

明かりが暗いだけに、幽霊が浮いているようにも見えなくもない。



「お、お……」


「お主に頼みたいことがある」


「お?」



 西夏は頭が混乱してうまく声にならない。



「お主、話は出来るかの」


「おお、おお」



 大丈夫か?

まぁ、「鍵がかけられた自宅の部屋に見知らぬ老人が浮いている様に見える」という超常現象に遭遇すれば、こういう反応になるのも仕方ない事なのかもしれない。



「お主は(いくさ)に関して詳しいな」


「いくさ? ああ、戦いか。 軍事については専門家だと自負している」



 落ち着いたようで、ちゃんと語りだしたようだ。



「よろしい、では頼みたいことの内容であるが、それは軍勢の指揮を執る事である」


「何ですか、え? 軍勢?」



 突然の依頼に戸惑う西夏。



「現物を見た方が判りやすかろうな」



 そう老人が語ったとき、再び揺れが起き、辺りが明るくなった。

それは停電が解消したのではなく、外が明るくなった事が原因だ。



「な、何だ、何が起きた」


「到着したのだ、こちらは夜では無い故明るくなった」


「え? 到着? 何の事だ?」


「お主の家をワシの管理する地に移動させたのじゃ」


「な、移動?」



 信じ難い言葉を発する老人。

明るくなった室内……まぁカーテンがかかっているから薄暗いが、それでも老人が部屋の中で「浮いている様に見える」のではなく、実際「浮いている」事がはっきりする。

そして、カーテンを開けて外を見る。


 そこに見えたのは見慣れた風景ではなく、どこかの森の中に作られた空き地の様だった。



「これは、一体……、俺は、夢を見ているのか?」


「夢ではない。 現実じゃ」


「こんな馬鹿な事が……一体どうやって?」


「なに、神の力を持ってすれば造作も無い事じゃ」


「かみ?」


「ワシは神である。 名はロディニアじゃ」



 こうして、西夏清は異世界にやって来た。

用語集


・2021年の今

実はレリアル神は毎回「同じ日」に日本に来ている。

最初の男も、契丹も西夏も皆同じ日に召喚されているのだ。

まぁ、レリアル神から見れば毎回数か月間が空いているのだがね。

なので、この「召喚日」から見れば「今」は2021年なのである。



・海洋侵略

TV新聞では「海洋進出」と表現されている。

だが、その昔教科書が「進出」を「侵略」に書き換えた事件があった。

同じ事柄には同じ用語を使うのが妥当なので、本作ではこの表現を採用している。

(って原稿書いて、実際にアップした時に世間が「海洋侵略」って言ってたらお笑いだな。 ……そんな現実は存在しなかったが)



・間抜けっぷり

一例を挙げると……これは10年ほど前の記事だ。

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某国の空母が脅威だと某国脅威論を振りかざす人たちが居るが、それは素人の浅知恵というものだ。

空母の運用というものは、シロウトが考えるほどカンタンなモノでは無い。

戦力化まで10年はかかるものだ。

よって、脅威には当たらない。

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多くのミリオタはその記事を見て「なるほど、プロの言う事は一味違う」と納得していた。

一部のミリヲタからは反論が出る。

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いやー、その空母に対する対抗策も10年かかるのではないかね。

10年経って「顕在化」してから準備に取り掛かっても、「もう遅い」と言われるぞ。

なら、今すぐ対策に着手すべきだろう。

つまり脅威なのだ。

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全く、間抜けですねぇ。

いえ、間抜けなのではありません。

本人は「判って」書いているのである。 勘違いしてはいけない。

でも、浅い人は騙せても、全員騙す事は出来ない。

そして10年経った現在。

もはや「脅威『論』」などという言葉は消え、皆が「脅威」を語っているのであった。

このため、以前は一部の人から間抜けと思われていたのが、今や多くの人から間抜けと思われているのです。

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