第33話 おっさんズと王国新体制
王を相手にした戦いはあっさりと終わった。
もちろん、そうなるよう十分準備をして臨んだので、意外性といったものは無い。
現王タワンティン7世は退位し、王城の一室に幽閉された。
今後正式な裁判が行われるが、終身幽閉か処刑となるだろう。
タワンティン7世には兄弟姉妹はおらず、母も既にない。
親族は意識不明で入院している隠居した父親のみであり、処罰の対象となるのはタワンティン7世本人のみとなる。
スブリサ辺境伯の母であるメーワール=オーディスがメーワール1世として新たに王に即位。
同時にスブリサ辺境伯セレウコス4世(セレウコス=オーディス)を王太子とする事が決められた。
王太子となったスブリサ辺境伯だが、そのまま現領地に留まり「領国経営」を続ける。
辺境伯の元には王宮より数名の教育係が派遣され、今後は将来の王として、統治の実践を行いつつ帝王学を学ぶこととなる。
王国の統治ではスブリサの執政官フランク=ビリーユ伯爵を宰相とし、一時的にゴート(ゴート=ボストル)がその補佐に当たる。
軍の統括はエリアンシャル伯爵(シャイレーンドラ=エリアンシャル)が担う事となり、一時的に息子である第1騎士団長ロード・エリアンシャル伯爵シュリービジャヤ=エリアンシャルが補佐する。
王都における軍の現況は、第1騎士団は壊滅状態。 第2騎士団は派手な攻撃を受けた割には損害は少なく、ほぼ健在。 魔法兵団は全滅したが、他の常設兵団は健在。
第2騎士団が戦車やりゅう弾砲の砲撃に晒された割に被害が少なかったのは、「カタチばかりの出撃」で、実際はすぐに退避していたためだった。
スブリサ自身の兵力が不足していると反乱の恐れもあるので、攻撃に参加した神獣騎士隊はそのまま王都に駐留しており、「権威」と「実力」のうち実力部分を担っていた。
このため、秋津も王都に留まり、戦後処理を手伝っている。
マリエルは仕事こそ割り当てはないが、興味深い「イベント」として、秋津を手伝っていた。
こうして新体制への移行が進む。
*****
その頃大英はI-16を逆召喚でキットに戻す実験を行い、無事成功した。
飛行機が姿を消し、白化していたキットに色が戻る。
それを見てリディアが尋ねる。
「なんで戻しちゃうの?」
「あとで再召喚すればパイロット……乗る人が現れるって聞いてる」
「そうなんだ」
「でも、72日待たないといけない」
「不便だね」
「うーん……」
そして、この日王都に向け、ある召喚兵が出発した。
*****
夕方、王都に神獣騎士隊新司令官が到着した。
「閣下、ドワイト・D・アイゼンハワーであります」
「おお、ついに来たか」
「はい、今後は自分が神獣騎士隊王都分遣隊の指揮を預かります」
「よろしく頼む」
引継ぎが行われ、翌日秋津はスブリサに帰る事となった。
そして、ゴートも一緒に帰るが、シュリービジャヤはもう少し残るようだ。
「やれやれ、色々忙しかったが、やっと明日帰れるな」
「では、私も帰りますね」
秋津が帰るなら、マリエルも帰るのは当然の流れである。
「そうか、天使さんの魔法も見納めか」
「名残惜しいですか」
「便利な物に慣れるとなぁ」
炎天下にオープントップの車両に乗った状態でも涼しく過ごせたり、騒々しい砲撃の中でも普通に会話出来たり、天界の魔法には現代文明を超えた便利なものも多い。
王都に入ってからも、敵意を軽減して暗殺を抑止する魔法や、個室に現地の人には開錠出来ない鍵をかけて睡眠時や留守の安全を守ると言った魔法の世話になっている。
これらの多くは地上の魔導士には使えなかったり、使えても機能や能力が大きく劣っていたりする。
すべての魔法が地上に開放されている訳では無いし、解放されていても能力不足により、そのままの機能・効果で習得できるとは限らない。
そして、そんな「人では使えない」魔法の代表格が……
「ふふっ、では最後はゲートでお送りいたしますわ」
「おや、出来るのか」
「ええ、先ほどアキエルさんから、ゲートポイントのワンタイムリース権を頂きましたので、1回だけならスブリサの城前にゲートを開けますわ」
「おお、それは助かる」
地上を走れば車を1台占有した1日仕事(朝出発で夕方着)だが、ゲートなら一瞬だ。
こうして翌日、秋津はマリエル、ゴートと共にスブリサに帰還した。
そしてマリエルは仲間の元に帰る。 スブリサには見送りにアキエルが来ていた。
「チョーカーの自壊プログラムを作動させたわ、あと15分で外れるから」
「承知致しました。 それでは、帰りますわね。 秋津様、大英様、短い間でしたがお世話になりました」
「おお、今度会う時は敵同士か」
「そうなりますわね」
「来た目的は果たせた? というか、楽しかった?」
大英の問いにマリエルは笑顔を返す。
「ええ、大変有意義な時間を過ごさせていただきました」
そして、帰還用ゲートを開き、帰って行った。
これで明日の夜明けを持って、休戦は終了となる。
こうして、ム・サン王国は新体制へと移行する。
王国の混乱は収拾されたかに見えたが、一つ新たな問題が発生していた。
それは大公国の独立である。
この日、マウラナ大公領より独立を宣言する文書が王宮に届いた。
マウラナ大公国の成立により、この地に初めて「外国」という概念が生まれた。
満足な海上戦力を持たない王国、神獣に対して手が出ない大公国。
両者は不満を抱えつつも、戦争という事態は避けられる。
状況を把握したアキエルは、この問題は現時点では人間同士の問題とし、侵攻が無い限りみ使いは介入しないという方針を定めた。
*****
ミシエル達の基地にマリエルが帰還する。
レリアル神もやって来て、慰労する。
「よく戻った。 どうであった」
「はい、多くの学びがありましたわ」
「それじゃ、いよいよ明日から作戦開始かな」
「いや、マリエルだって一休みしたいでしょ、それにフェイントかけて焦らすのも作戦としてはありなんじゃない」
ミシエルとキリエルもマリエルの帰りを歓迎し、今後について考える。
「そうじゃな、今後についてモリエルが相談したいと言っておった。 早速で悪いが、話を聞いてやってくれるか」
「はい、喜んで」
連絡すると、リモートで繋ぐかと思ったら、モリエル自身が基地までやって来た。
「それで、マリエル君、君の目で見て向こうの召喚天使はどう見えた」
「そうですね、単にリアライズシステムで武具を召喚するだけではなく、その運用法についても精通していると感じました」
「つまり、武具に詳しく、使い方も理解し、適した作戦を立てて実施出来る人物という事だね」
「はい」
「これは難しいですね」
「と言いますと?」
「以前レリアル様が召喚されたモデラーは、あまりセンシャをうまく運用しているとは言い難かったと思う」
「そうですわね」
「カタチある模型をサーチする事は出来るが、カタチのない資質はサーチ出来ないという事だよ」
「あぁ、なるほど。 新しい方を探しているのですね」
「ム・ロウ様は、というか、アキエル君はどうやって資質のある者を、それも一度に2名を選別出来たのだろう」
「それは……判りませんわね」
「選別方法はともかく、何か気づいたことは無いかな」
「そう言えば、大英様の活動拠点……家らしいのですが、紙の本が多数ありましたわ」
「紙の本?」
「ええ、戦いについての書物が多数ありましたわ。 あまり関係なさそうな書物も沢山ありましたが」
「ふむ、となると、彼は書物で戦について学んでいた可能性が考えられる訳だね」
「そう思います」
「これは重要なヒントになる。 カタチある書物であればサーチする事が可能だ」
だが、それに対しキリエルが疑問を呈する。
「え、中身まで特定できるの?」
「良い質問だね、 確かに、未来世界のサーチをする上で、書物自体の量は把握可能だが、その記述内容までは特定できない」
「なら、どうするの?」
「それは、興味の方向で絞り込みをかける事が出来る」
「興味の方向?」
「例えば、キリエル君のように異世界の生物について興味を持つ者が多数の書物を持っているなら、その書物は異世界や異形の生物についてのものだろう」
「なるほど、つまり、未来の武具に関わる者を選別しておけば、その中で『多くの書物を持つ者=勉強熱心な者=高い能力を有する可能性が期待できる者』として探せるという訳ね」
「その通り。 これで見通しが立ったよ。 マリエル君ありがとう」
「いえ、お役に立てたなら、光栄ですわ」
話の流れから、新たな召喚天使を参戦させようとしている事が判る。
ミシエルは脅威のセンシャが自軍に参加する事を考える。
「そうか、じゃあ今度は召喚武具と僕たちの兵との協同作戦とかを考えないといけないのかな」
「どうだろうね。 こればっかりは実際に選抜した相手と話をしてみない事には判らないだろう」
「そうかぁ、そりゃそうだよな。 どんな書物でも、オークとセンシャの協同作戦についてなんて書いてないだろうからなぁ」
「一緒に戦えるかもしれないし、敵を撃破して勝利をもたらすかもしれない。でも、ミシエル君やキリエル君が戦力拡充するための時間稼ぎにしかならない可能性もある」
「その最後のパターンはやめて欲しいわね」
「そうだね、そうならないよう、努力してみるよ」
次に大英達の前に立ちはだかるのは如何なる人物か。
それはまだ、誰にも判らない。
用語集
・ドワイト・D・アイゼンハワー
ミヤタ 1/35 ゼネラルセットにある5人のうちの一人。
一般のホムンクルスと異なり、王国新指導部からの「依頼」を(大英や秋津を経由せずに)直接受諾して指揮を執る事が出来る。
ただし、ム・ロウ神とレリアル神の戦いに良くない影響がある依頼は受けない。 その判断をする事が出来る権能が与えられている。
なお、その判断は大英や秋津の命令で上書き可能である。
・ゲートポイントのワンタイムリース権
ゲートは基本的に何処にでも自由に開ける訳ではなく、ターゲット近辺で条件の良い(時空的に接続しやすい)「何処か」に開く。
だが、このままだと行き先不詳で非常に困る。
危険な場所に開いたりすれば、ゲートに入らなくても問題となる。
宇宙空間なら吸いだされるし、深海なら洪水というか、津波が起きる。
ゲート側にもある程度の透過制限はあるため、0.5気圧程度なら止められるが、物には限度があるのである。
開く先は一応地上を優先する様に設計されてはいるが、確定ではないので、よく見ないで適当な場所に開いたゲートに入ったりすれば、墜落の危険もある。
なお、いくら危険と言っても、流石に惑星の自転公転との同期が取れなくてターゲット上でゲートが高速移動を続けて宇宙へ飛んで行ったり、地上に開いたものが地に潜って惑星の核へと突っ込んだりする事は無い。
(地球と称していない事から解るように、ゲートは本来は惑星間や恒星間でも開く事が可能だが、現在の天界では異空間や異世界につなぐ事は出来ても、別の星につなげられる者は居ない。 天空神の権能を持つ神が居ないのでね)
そんな訳で、通常の運用では安全のため予め設置したゲートポイントに開くようになっている。
「第14話 おっさんズ、幼女と知り合いになる その1」の本文にて
ゲートポイントがある場所にしか開けないのである。
と記されているのはこのため。
そして誰も行った事の無い異世界トウリへのゲートが開けるという事は、誰かが最初に「接続先不詳」のゲートを強制的に開いたという事だったりする。
神が開く時間を超えたゲートもゲートポイントを使わない事例の一つだ。
あと、「敵地」にゲートは開けない。
ゲートポイントを使わず開こうとしても、敵勢力圏は自動的に除外される。
で、ゲートポイントは誰彼構わず使えるものでは無く、強固なセキュリティがかけられている。
設置者と設置者が指定した者だけが使える。
ワンタイムリース権は利用権を持たない者に、特別に一回限りの使用を認めると言う訳だ。
・2022-06-25 誤字修正
誤 彼は書物て
正 彼は書物で
セリフ修正
旧 「そうですね」
改定 「そうですわね」