第32話 おっさんズと王都への道 その5
重苦しい空気に覆われる王都。
執務室では王が大公を探していた。
「ムガルは何処だ! おい、ムガルはどうした」
「はっ、私も朝から宰相閣下を見ておりませぬ」
「この非常時に、あやつは何をしている!」
衛兵も大公の行方は判らないようだ。
そこへ、第2騎士団団長がやって来る。
「王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく……」
「麗しくないわ!」
「ひっ、し、失礼いたしました」
「して、何事か」
「はっ、王都外縁にスブリサ軍が現れました」
「何ッ!」
「城壁からも、多くの神獣と思しきモノが集まっている様子が見えております」
「おのれスブリサ卿。 それで、諸侯は何をしている。 反逆者を討つため招集したはずだが」
「それが……」
「どうした」
「誰も来ておりませぬ」
「なん……馬鹿な! 日和見の中部諸侯はともかく、北部諸侯はどうしたと言うのだ」
「はい、中部諸侯は音沙汰無しで、北部諸侯からは色々と理由を述べて出陣を断る知らせが届いております」
「何と言う奴らだ! 先代・先々代から目をかけて来た恩を忘れたか!」
「……」
「おい、全軍で迎え撃て」
「それは」
「卿には臨時総団長代理の権限を与えたはずだ。 他の騎士団も従え、討って出よ」
「そんな、我らの力では神獣には敵いませぬ」
「ではどうすると言うのだ。 籠城して王都を戦いに晒すのか! 許さんぞ、絶対許さんぞ!」
王の脳裏に先日のB-17による空襲の記憶が蘇る。
王都が、王城が戦場になれば、どんな恐ろしい事になるか知れない。
「敵を王都に近づけてはならぬ」という意思を示す王。
だが、騎士団の力でそれは可能なのだろうか。
*****
マカン村より抽出した第1騎士団の分隊と神獣騎士隊から編成されたスブリサ軍は、王都まであと4キロの所で進軍を停止していた。
この部隊には戦場を直接見るべくマリエルも同行していた。
秋津は双眼鏡で王都の様子を見る。
「警戒の様子は特に変わりなしか。 向こうからも見えているだろうに、どうするつもりだろうな」
城壁の様子は以前来た時と変わりなく、平時のままにも見える。
ゴートも双眼鏡を受け取り、見てみる。
「そうであるな、籠城の準備をしている様には見え申さぬ」
今回召喚軍はM7B1自走りゅう弾砲を連れてきている。
搭載する105mm榴弾砲は現在位置からでも、城壁を超えて城を直撃出来る。
何も城壁を突破して市街戦をする必要は無い。
もちろん、必要とあれば可能である。
M3 75mm対戦車自走砲や数両の戦車もあるため、物理的に城門を破壊して突入できる。
そして、当然の事ながら、野戦になっても対応できる。
ゴートから双眼鏡を受け取って様子を見た、第1騎士団を率いるシュリービジャヤも意見を述べる。
「戦いの意思が無ければ、使者を送って降伏を勧めても良いのではないでしょうか」
「そうであるな、戦わず勝つのが、最も良い策であろう」
相手に「勝てない」と思わせる事で、戦わずに結果を得る。
それこそが大英の狙いではあった。
P-47による空爆を見ても「勝てる」と誤認していた事が侵攻の原因と考え、4発の巨大爆撃機であるB-17による空爆で我彼の戦力差を、今度こそ認識させようとしたのだ。
より大型の爆弾をより多数投下、そして低空飛行でその巨大な姿を見せつけたのだ。
そしてその策は、確かに効果を発揮した。
王は王城や王都内部での戦いを絶対回避する決意を固めたのだから。
ただ、望む結果に繋がるとは限らない。
所詮はアマチュアの考える事なのだ。
「閣下、敵に動きが」
使者を送るべく最終打ち合わせをしていた秋津たちの元に、王都を監視していた兵から報告が届く。
「何、すぐ行く」
「皆さんも」
秋津の声にゴートもシュリービジャヤも「おお」「参りましょう」と応じた。
三人が双眼鏡で王都を見ると、城門が開き、乗馬した騎士と徒歩の兵が次々と出てくる。
「どうやら、一戦交えるつもりの様だな」
こうなると、方針は変わる。
「よし、各車榴弾装填、M7B1は城門を、M4A1は左翼を、M3は右翼を撃て」
何も隊列が整うのを待つ理由は無い。
秋津は既に外に出た騎士や兵を2両に撃たせ、1両は城門を撃たせることで、出て来れない様にする事とした。
M4とM3は1キロ前進し、3キロまで近づいたところで停止し、射撃を開始する。
この距離で第二次大戦レベルの装備では基本的に狙って当たる事は無い。
だが、榴弾なので、適当な照準でも構わない。
タイミングを合わせ、M7B1も射撃を開始する。
3両から砲撃を受け、騎士達は大混乱となる。
秋津はあらかじめ射撃を3分間実施するよう指示を出していた。
それで十分効果が出ると踏んでの事である。
マリエルはわずか数分で1キロ進軍して即射撃を始めた戦車と、りゅう弾砲から簡単な動作で次々と放たれる砲弾、そして着弾して炸裂する様子を見て、ため息を漏らす。
「どうした? 何かあるかい」
「いえ、これほどの短時間にこれだけの展開と火力。 ヒトが作ったあの大きさのクルマがこれほどの機動力を示し、あんな小さな矢弾があれほどの破壊を振りまく。 これでは私たちが勝てなかった訳ですわ」
「もう戦いをやめるかい」
「いいえ、これを上回る力を用意して見せますわ」
「そうか、それは残念」
「あら、驚きませんのね」
「まあな、ファンタジー世界ならもっとスゲーモンスターが色々出てくるからな」
「なるほど、今後何が来るか、ある程度読めている訳なのですね」
「その通りじゃない事もよくあるけどな」
「それも、貴方方の強さの一端を示していますわ。 それにしてもセンシャは守るだけではなく、攻めるのにも使えるのですね」
「そりゃそっちが本業だからな」
「なるほど、新しい知識を得ましたわ」
「おっと、こりゃ参ったな」
そんな話をしているうちに、3分が過ぎ、射撃が停止される。
土煙が晴れた時、圧倒的な戦力差を前に、王の騎士団は降伏を示す旗を掲げた。
*****
王の下に伝令が走る。
それは騎士団が敵に降伏する事を決めたという連絡だった。
「馬鹿な、余の命も無しに、勝手に降伏するなど!」
「しかし」
「許さん!許さんぞ!」
「仕方ありません、ご無礼仕ります」
伝令の後ろから4名の兵が現れ、王を拘束する。
「何をする! この! 反乱だ! 出会え! 出会え!」
だが、衛兵も王の命令を聞かず、そのまま取り押さえられるのであった。
*****
降伏を受け、秋津たちは王都に入っていく。
M4戦車を先頭に、歩兵が随伴しつつ進む。
そして秋津たち首脳部は隊列中央でM3A2ハーフトラックに乗り進む。
同じく乗っている米兵が周辺に目を配り、弓や魔法による狙撃を警戒する。
幸い、狙撃はそのそぶりさえも見られなかった。
先に進むと以前戦闘した内側区画と外側を区切る門に到着する。
瓦礫やシボレーは片付けられていたが、門自体は再建されておらず、そこには第2騎士団団長が待っていた。
「お待ちしておりました。 私は第2騎士団団長で臨時総団長代理を務めておりますユーリヒ=ドラミアンです。 ご案内致します」
秋津たちはドラミアンの案内で歩いて城へと進む
そして、謁見の間に入ると、玉座には王が「座らされて」いた。
縄で椅子に拘束されているという異常な状態だった。
「陛下はご乱心召されており、やむを得ずこの様になっております」
「何を言うか、裏切り者が!」
その様子を見て、ゴートは問う。
「して、宰相殿は何処に居られるか」
「それが、朝から見かけません。 姿を見た者が誰も居ないのです」
「そうであるか、ならば、直接陛下にご決済いただくしかあるまいな」
そう言うと、ゴートは懐から書状を取り出す。
それは、次の王としてメーワール=オーディスを指名して退位宣言する事を認めるものであった。
「陛下、大公殿は陛下を見限り、お逃げあそばされた様ですな。 観念なされ、もう陛下の言葉を聞く者はおりませぬ」
遂に王も認めざる負えない事を理解した。
こうして、王都の戦いは1日に満たない時間で終了した。
*****
そこは王都の北東にある数個の島が連なる列島。 マウラナ大公領と言う。
その最南端の島に向け、一艘の小舟が進んでいた。
「閣下、まもなく到着いたします」
「ああ」
「……」
「なに、これで終わった訳ではないわ」
後ろを振り返り、大公は虚空を睨む。
用語集
・M3 75mm対戦車自走砲
M3ハーフトラックに75mm砲を積んだ車両。
秋津たちが乗って王都に入ったのは同じM3ハーフトラックでも、兵員輸送用である。
似たような名前が多く紛らわしいな。 今回連れて来てないが戦車にもM3ってあるし。
まぁ日本軍も二式とだけ言われると、単発戦闘機なのか双発戦闘機なのか艦上偵察機なのか飛行艇なのか水上戦闘機なのか軽戦車なのか(他にもあるが)さっぱりなので、人の事は言えない。
・ドラミアンの案内で歩いて城へと進む
城の入り口には跳ね橋があり重量制限を考えれば戦車は通れないし、ハーフトラックも挑戦したくはないだろう。
だが、その直前まではハーフトラックで進んでも物理的には問題ないが、王宮に繋がる内側区画を無許可の車両で走るのは法令違反なので、わざわざやる事ではない。