第32話 おっさんズと王都への道 その3
その日、大英は召喚済みキットが配置されている部屋に居た。
部屋の片隅にやや黒ずんだ自動車のキットがある。
大英は手を当てて目を閉じる。
「やはり駄目か、まぁ可能だとしても今は出来ないけどな」
デザートシボレー逆召喚の可能性について調べてみたのだ。
さすがに炎上していては無理という事だ。
厳密には逆召喚自体は可能だが、元に戻ったキットを召喚のワンタイム触媒として使う事が出来ないため、戦力価値は無い。
もっとも、情報漏洩対策としてなら実施の意味はあるが、実施するにはシボレーの近くまで行く必要があるから、どのみち今は出来ないのである。
と言っても、情報については気にする必要は無いだろう。
車の残骸を見て車を作れる。 なんて事が出来る文明レベルでは無いし、車の残骸を見て「車対策」が行われる事も気にする必要は無い。
単に「馬が引かなくても走る」だけで、速度を別にすれば基本的には馬車と変わらないのだから。
これが馬車のない土地なら、バリケードや対車用の堀が発明されるかも知れないが、それは残骸があっても無くても遭遇した知識だけで生み出されるだろうしね。
大英は自宅に戻ると1階の居間でキット制作を始める。
普段は2階の部屋で行っているのだが、今日はある事情があり、1階に作業環境を構築していた。
と言っても、対象キットの他は工具箱など数点を持ってくるだけである。
机ごと移動などと言う大規模な話ではない。
モデラーの中には「模型部屋」と称し、専用の机・作業台や、工具や塗料の棚、換気装置などを揃えた「制作環境」を整えている人も少なくないと聞く。
だが、大英の場合、工具箱のある場所が制作場所。 そういう簡素でインスタントな環境で長らくやっていたのであった。
そうして間もなく、その「事情」が秋津と共にやって来た。
「おう、お連れしたぞ」
「この度はわがままを聞いていただき、ありがとうございますわ」
「いえいえ、狭い家ですがどうぞ」
マリエルが模型を作る所を見てみたいという話であった。
2階の部屋は通常の作業場であるだけでなく、多くの完成品が置かれている場所でもあった。
流石に彼女が見た事も無い「大艦隊」や「ジェット戦闘機」の完成物を見せるのはマズイ気がしたので、1階だけ見せる形で済むようにしたのだ。
1階にも完成品は置かれているが、当たり障りのないように艦艇は2階に持って行き、第二次大戦の車両や戦闘機だけに入れ替えておいた。
今日制作しているのは「Enjoy 1/76 Morris Truck & 17pdr.Gun & Geep」である。
対戦車砲とそれを牽引するトラック、それにジープのキットである。 オマケとして、崩れかかったレンガの壁と地面も付属している。
既に工程は半分くらいまで進んでいた。
「これが模型ですか」
「ええ、このパーツ……部品を組み立て、接着して形にしていきます」
「そして、完成すると、このような物になります」
大英は棚にある完成している車両を指し示す。
それはフォードGPAという水陸両用車だ。
片手に乗るサイズの車両と、それに乗るフィギュアを見て、マリエルは感想を語る。
「こんな小さなものが、ヒトの大きさになるのですか」
「ええ、これの場合は35倍の大きさになります」
マリエルはこれまでも何度か召喚を見ていたが、キットを手に取って詳細に見たのは、これが初めてだった。
数時間の制作作業の後、キットは一応カタチになった。
その様子をマリエルは興味深そうに見ていた。 勉強熱心な天使である。
まぁ、組み立て以外にも塗装工程もあるので、初見の人にとっては飽きる事は無いのかもしれない。
大英の作業スタイルだと、作っているうちに「接着剤が固まるのを待とう」という感じで作業が停止して、他のキットに移ったりするのだが、今回は一つのキットに4つの物が入っているため、このキットの中だけで完結した感じだ。
もっとも、レンガの壁は塗装が終わっていない。
コレを召喚すれば、地面ごとレンガの壁が現れるが、(建造物の一部であるから当然なのだが)移動させるのは困難なので、実際に設置すべき場所て召喚する必要があるだろう。
現時点では急ぎの需要は無いので、これを完成させるのは後回しで良いという事だ。
その後、マーキングを終え、この日の作業は終了となった。
後は後日トップコートを吹いて終わりである。
流石に乾燥を待つため、一日では終わらない。
小さなものであるが、数時間かけてカタチになっていく様子をリアルに見て「なるほど」と思うマリエル。
事前にモリエルからリアライズシステムについて簡単な説明を受けてはいたが、その時は「模型愛」なる不可思議な概念は理解できなかった。
それが如何なるものなのか、今回製作する様子を見て、判ったような気がするのであった。
この日の夕方の召喚は、先ほど見せたフォードGPAだ。
上陸作戦をする予定は無いが、人員を輸送できる車両を確保したいので、コレを用意したのだ。
陸上だけで運用するなら、無駄に重いため車両としての能力は低いが、それでも馬車よりはずっと高速。
「あの小さかったクルマとヒトが、こんなになるのですね」
間近で観察したキットから現れた現物を見て、いつもとは違う感想が出るマリエルであった。
*****
ここ数日、近隣諸侯の使者が頻繁にスブリサの城を訪れている。
用件は皆一緒。
レリアル神を主神とするのを止め、ム・ロウ神を主神としたことの報告だ。
もちろん、「だから攻撃しないでくれ」というお願い付きである。
勝手に改宗して侵攻軍に参加しておきながら虫の良い話ではあるが、対応に当たっている執政官や領主がそこを責める事は無い。
もちろん、能天気に「仲間が増えた」と喜んでいる訳ではない。
偽装転向した獅子身中の虫の可能性もあるので、その辺りは慎重に判断している。
まぁ、ほとんどは神獣の力に恐れをなしての事だろうけどな。
領主、執政官、ゴートの3人が集まって状況を確認している。
ゴートは状況をまとめた皮紙を見る。
「これで南部諸侯は皆元通りですな」
「爺、これは戦わずとも済んだりしないだろうか」
「殿下、それは無理でしょうな。 中部諸侯や北部諸侯はまだ我が方にはついており申さぬ」
「ですが、ボストル卿、中部諸侯が使者を出したとすれば、これから到着するのかも知れません」
執政官は見通しについてゴートより楽観視しているようだが、それでも甘い見通しは持っていない。
「最終的には過半数の諸侯がこちらに付くと想定していますが、現王家が転向する事は考えられないので、戦いは避けられないでしょう」
「そうですか、残念な事ですね」
「それで、み使い殿の準備はどうでしょうか」
「うむ、王都進軍を想定して神獣の用意を進めておりまする。 されど、もう少し時間がかかる模様と聞く」
「やはり侵攻となると勝手が違いますか」
「そうでありますな。 これまでの様に迎え撃つ戦いに適した神獣と、進軍に向いた神獣は異なると聞いておりまする。 そして何より、兵を運ぶ手段の用意に苦慮されている様だ」
それを聞いて領主は「馬車という訳にはいかないのですか」と聞く。
「いえ、馬車では神獣の速度について行き申さぬ故、全てを神獣で賄う必要があるとの事であります」
「そうですか」
実際には召喚軍も全速力で走る事は無い。
装輪車両と装軌車両では速度が大きく違う。
現用だけを見ると装軌車両でも速そうに思うかもしれないが、中心戦力となる第二次大戦期の車両ではそんなに速度は出ない。
それに、200キロ以上の進軍となれば、スペックに近い速度で走るなどあり得ない。
装軌車両の場合、履帯が外れるリスクがある上、回収車を持たないため、慎重に進まねばならないのだ。
戦車が長距離移動にトレーラーを使うのは、道路を傷めないためとか、燃費が悪いとかだけの話ではない。
そのトレーラーが無い以上、自力で走るしかない。
だが、それでも馬車と比べればずっと速いのである。
96式&16式が大量にあれば悩む事は無いのだが、96式装輪装甲車に限らず、装輪式の兵員輸送車の1/35は大量どころか1両も持ち合わせがない。
16式機動戦闘車は年代的に召喚不能。
どのみち1両だけあっても意味は無いしね。
とはいえ、背に腹は代えられない。
武器弾薬と水の輸送に使うトラックまでも人員輸送に駆り出す事となろう。
非装甲でも兵員輸送に使うのは普通の事だしね。
こうして準備は着々と続く。
なお、空挺兵のキットは複数あるが、いずれもパラシュートは持っていないうえ、丁度良い輸送機も無い。
もっとスケールが小さいキットまで召喚対象が進めば、輸送機だけはなんとかなるんだけどもねぇ。
いや、輸送機だけあっても意味無いけどな。
*****
瞬時に届く通信なんてものが無いため、情報はリアルタイムで届かないのだが、それでもいつかは届く。
そう、遂に王都に敗戦の報せが届く時が来たのである。
それは王や大公にとって、全く想定外の報せであった。
用語集
・馬車のない土地
某戦国時代の話だと、知識だけで用意されてハーフトラックとかがはまり込むという失態を演じていましたな。
当時の日本では道路事情が悪いから都に牛車はあっても、他の土地ではあまりクルマは無かったようですね。
でも、諜報でクルマの存在を知った武田軍はさくっと自衛隊の車を無力化したという事でした。
・Enjoy
アメリカの模型メーカーなのだが、今はドイツにあるほう(ドイツエンジョイ)が有名。
ここの1/72や1/76(いわゆるミニスケール)の陸ものキットは、アイテム選択は素晴らしいが、価格が高いというイメージがある。
いや、日本のメーカーの陸ものミニスケール商品展開が保守的すぎて新製品が少ないと言った方が正しいのかもしれない。
・フォードGPA
wikiによると海兵隊仕様は架空マーキングらしい。
素直に作るなら、陸軍仕様のマーキングにしておくと良いようだ。
どのみち、付属する兵員は陸軍兵士。 改造しない限り海兵隊員にはならない。
・こんなになるのですね
いやー、模型と現物の両方を見ると、こういう感想出ますね。
74式の1/35を作った後、実際の74式をみて、その転輪の大きさに目を見張ったことがあります。
フィギュアもあるから、一応知識としては人間とのサイズ比較は出来ていたんですがねぇ。
ちなみに74式の転輪の直径はドラム缶の直径より大きい。
・皮紙
羊皮紙の脱字ではない。 別の動物の皮を使った羊皮紙のようなもの。 やや質は下がるようだ。
実はここには羊が希少なので、羊皮紙は書物専用とし、普段のメモは皮紙かパピルスっぽい物を使っている。
神がこの地に馬を連れて来た時は、環境適応をしてうまく繁殖するようにしたのだが、羊の時はうまく出来なかったのか忘れたのか知らないが、イマイチ飼育が難しく、数が少ないのである。
・ボストル卿
この場は公では無い会議なので、こう呼んでいる。
正式な場では「ボストル殿」と呼ぶ。
本来ボストル卿と言ったら、家督を継いだアラゴン=ボストルを指す。
・非装甲でも兵員輸送に使うのは普通の事
大英は持っていないが、長谷部の1/72 GMCトラック(G.M.C.CCKW-353カーゴトラック)は「GMC 兵員輸送車」なんて商品名になっているくらいだし。