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模型戦記  作者: BEL
第5章 王国の混乱
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第32話 おっさんズと王都への道 その1

 タマン辺境伯は混乱していた。

戦いを観察していた兵と、討伐軍に参加していた騎士団からの報告により、討伐軍が崩壊し皆撤退してしまった事が判ったためだ。



「どうすればいい、どうしたらいいのだ。 おい、ワシはどうすればいい」



 取り乱して側近達に醜態をさらす辺境伯。



「落ち着きなされ、殿下」


「ええい、これが落ち着いていられるか、我がタマンはスブリサの隣なのだぞ、いつ神獣が攻めて来るやもしれん!」


「それは……」


「なんて事だ、討伐軍に参加などせず、中立を維持しておけば……」


「しかし、それでは我々が討伐されたのでは? 神の御意思に背く行為として糾弾されたと思われますぞ」


「神、そうだ神だ。 レリアル神を主神に据えるような改宗を受け入れなければ良かった。 そうすれば、討伐に参加しなくても問題なかったはずだ」


「今更そう申されましても……」


「ええい、司教を呼べ、余計な進言などしおって、あやつのせいで改宗する事になったのだ! そっ首刎ねてくれる!」


「お待ちください、世俗権力がその様な事をすれば、大司教殿が黙っておりませんぞ!」


「大司教何するものぞ! 王都の大司教より、スブリサの神獣のほうが余程脅威であろう!」


「そ、それは確かにそうでございますが……」


「決めたぞ、我がタマンは以前の伝統に戻りム・ロウ神を主神と成す!」



 だが、使者が迎えに行くと、司教は教会に居なかった。

使者は留守を守っていた司祭に問う。



「どうした、司教殿は何処に居られる」


「はっ、先日の戦いで亡くなられた方々を弔うために、戦いのあった場所に向かうと聞きました」


「馬鹿な、タマンの騎士は一人も死んでおらぬではないか。 余計な事などせず、すぐに城に出頭するよう伝えよ」


「し、しかし、他の諸侯の騎士や兵が多数亡くなられたと聞きましたが」


「構わん、『異教徒』の死者など弔う必要は無い!」


「い、異教徒ですと? それは一体どういう事でございますか」


「領主様がご決断されたのだ! タマンはレリアル神を主神とするのを止め、ム・ロウ神を主神とするのだ」


「そんな、その様な大事を司教様に何の相談も無く決められるなど」


「文句があれば、司教殿より直接領主様に述べるがよい。 急げ!」


「ははっ」



 他の諸侯の中にはまだ派遣した軍が戻っておらず、中には敗戦の情報自体届いていない所もあり、タマンのような混乱が何処でも起きている訳ではないが、多くの諸侯が同様の事態に見舞われるのは時間の問題であった。



*****



 王都への街道をひた走る軍団がある。

意気揚々と南へ進軍していた時は、きれいに整列して威風堂々としていたが、今は隊列など全く無く、無秩序に北へ北へと逃避行を続けていた。


 そんな騎士団の一つは街道にある村で略奪を始めた。



「ええい、さっさと出さぬか!」


「ひいい」



 剣を突き付けられた農民は恐れおののき、当惑しつつも、命には代えられないと食物を引き渡す。

彼らは思う。

盗賊や野生動物の襲撃から守ってくれるはずの騎士様が、なぜ我らに剣を向けるのか。


 だが、その疑問はすぐに解消された。



「何をしておるか!」


「!」


「この、盗賊がぁぁぁ」



 別の騎士数名が、農民を脅していた騎士を切り捨てた。

その凄惨な様子を見て農民は腰を抜かす。



「大丈夫か、しっかりしろ」


「へ、へい。 して、これは一体どうした事で……」


「王の直轄騎士団の者共がここらの村で略奪を働いているのだ。 だが安心しろ、我らカンフルの騎士団はそのような蛮行を許しはしない!」



 そこへ伝令が走ってくる。



「隊長、あちらの家にも王の騎士が!」


「よし、すぐ行く」



 カンフル伯領にはスブリサと王都をつなぐ街道が通っていた。

そして、落ち武者の如く無秩序に逃げる王の騎士団は、物資を輸送する荷馬車隊とはぐれて飢餓状態となり、カンフル伯領に限らず街道沿いの村々を襲う盗賊と成り果てていた。

国元に戻ったカンフルの騎士団は、領主の命により「盗賊討伐」の任を受けたのである。


 それはカンフルが王への忠誠を放棄した事を示していた。

鼻の下で整えられた特徴的な髭を撫でながら、カンフル伯は報告を聞いている。



「そうですか、順調ですか」


「はい、指揮官を失った王立第1騎士団は烏合の衆。 いくら装備が優れていても、我らの敵ではございませぬ」


「ウリューアン殿は優れた指揮官ではあったが、地位を守りたいがために部下を育てなかったのは失敗であったな。 まともな次席指揮官が居れば、斯様な醜態は晒さなかったであろうに」


「御意」


「風は南から吹いている。 もはや現王家の没落は避けられまい。 今後はスブリサのメーワール殿が正統な王として君臨されるだろうと考えるが、どうか」


(わたくし)もそう思います。 兵達も街道の関所で幾体もの神獣を見て、スブリサの力について噂しておりましたが、此度の戦いの結果から、その力は本物であると愚考致します」


「であるな。 権威と武力、その両方を彼らは持っている。 これは主神についても変えねばなるまい。 司教を呼べ」


「ははっ」



 機を見るに敏、宰相の交代時にはいち早く大公の側に付き、そして今、情勢はスブリサ有利と判断するカンフル伯なのであった。



*****



 大英は自宅にて秋津と相談していた。



「足りない」


「うん? 何がだ?」


「ヘリが足りない」


「ヘリかぁ」


「動かせるヘリがUH-1が1機では城を制圧できん」


「他に無いのか?」


「1/100 には UH-1B と CH-54 があるが、まだ無理」



 無理と言うのは、スケールと年代の話だ。

現状を見ると召喚可能なものは

 1/35  00年代(2000年代)まで

 1/48  80年代まで

 1/72  70年代まで

 1/100 50年代まで

 1/144 40年代まで

となっている。


 UH-1B と CH-54を召喚するには、60年代まで進んでいる必要がある。

大英はヘリを飛ばして王都の城を強襲して制圧すれば、一気に戦いを終わらせられると考えたのだが、それには50人くらいの兵力が必要と見積もっている。

コマンドーや海兵隊、空挺隊のようなエリート部隊を送る想定だ。

一般の陸軍兵士なら、倍は必要だろう。


 もちろん、ただ破壊するだけなら兵を送る必要も無い。

爆撃機を数機送れば事足りる。

だが、それでは戦いをうまく終わらせることは難しい。

権力者である大公はともかく、権威を具現する王については「いつのまにか死んでいた」とか「行方不明」では、困るのである。

まとまる話もまとまらないだろう。


 故に制圧したいのだが、UH-1が1機ではまるで足りないのだ。

任務が大公暗殺とかなら、やれるかも知れないがな。



「素直に地上軍を送るかぁ、王都でまた市街戦とかやりたくねー」


「衝撃と絶望作戦は使えないか?」


「王宮内を爆撃か?」


「そう、戦意を挫けばどうよ」


「平原と違って根拠地だからな。 後がない(逃げ場がない)からどう出るかな」


「家康の大阪城砲撃は効果あったろ」


「そうだな、包囲した上でなら行けるかもな」


「地上軍は送れるだろ」


「車両と兵員はなんとか確保できると思う」


「なら、それでいんじゃね」


「短期で終わるとは限らないから途中の諸侯を抑えないと、補給線が切られて派遣軍が孤立するから、そっち用の兵力も必要になるんだよな」


「そうか、迎撃戦とは違うもんな」


「ま、転用できる物は多いし、これまでも迎撃に最適化してないから、なんとかなるか」


「だな」



 向かってきた敵を追い返せば終わる話ではない。

こうして、大英達は王都への反攻作戦の準備を始めるのであった。



*****



 この日、放心状態から回復した契丹は、先日戦いのあった場所に来ていた。



「なんという、これが人間のやる事なのか……」



 そこには爆撃で原形を留めていない遺体らしき物や、機銃掃射を受けて手足がちぎれた遺体がそこかしこにあった。



「なぜ、放置されているのです。 この地の方々は、仲間を葬る事すらしないのですか」



 その問いに、ヨークが答える。



「戦いの記録を見ましたが、皆逃げるので精いっぱいだったように思います」


「そうですか……この地の騎士達は負けた事が無いのですね、だから逃げ方も知らない……」


「……」



 確かに、騎士達でさえほとんど戦いらしい戦いを経験していない者ばかりであったが、「逃げ方を知らない」という指摘は的外れだろう。


 契丹は海外の戦場を見た事も無ければ、過去や海外での戦争に関する記録を調べた事も無い。 だから戦場で何が起きるのかを全く知らなかった。

平和憲法さえ守れば、21世紀の日本で戦争など起きるはずが無い。

そして海外の事は気にする必要が無い。

だから自衛隊など必要ないし、戦争について考える必要は無い。

ただ、「悪である」と批判だけしておけばいい。 それが進歩的な考えだ。


 一国平和主義とも呼ばれる思想は彼を現実から遠ざけていた。

彼の先輩たちは、ベトナム反戦運動を支援した関係で、戦場の様子についても多少の知識はあったが、彼自身は湾岸・イラク戦争を批判する言論に加わっただけで、それもイラク旧政権やテロリストたちの肩を持つというより、イラク復興支援を行う政府を攻撃する材料としての限定的知識でしかなかった。


 そのため、「平時の対応」しか知らない。

死者が出れば、盛大な葬式を出して弔うのは当たり前。 ましてや遺体を放置するなど死体遺棄と言う犯罪である。

戦時だからと言って、その「常識」を覆す事など考えられないし、その「日本の常識」は全世界共通で「(契丹から見て異世界である)この地に置いても常識」であると考えていた。


 もちろん、戦時であっても、勝った側は命を落とした戦友の遺体を回収し弔う余裕がある。(事もある)

だが一方、敗れた側は自身の命を守る事で精一杯。

少なくとも陸上では、多数の遺体を引き連れて撤退するなどという非現実的な事が出来るケースは少ないのだ。


 しかし、契丹はそこまで思い至る事が出来ない。

実体験も無ければ、知見不足のため想像力も働かないのだ。



「これは、責任を追及しなければいけませんね」



 今度は相手をネット民と侮る事無く、万全に準備をして論戦を挑もうと考える契丹であった。

だが、それは責任を持たない相手に責任を負わせようとする「高難易度」ミッションである事に、彼は気づいていない。

用語集


・村で略奪を始めた

古代の軍隊は兵站を連れて歩いた。

現代の軍隊では兵站は重要な要素。

だが、中世の軍隊には兵站と言う概念は無い。

だから進軍する時、「略奪可能な村」を結んだ線上を進むし、夜休むのも「略奪可能な村」。

それを逆手にとって自身が兵站を持つ事で進軍の自由度を確保し、作戦計画に革命を起こしたのが傭兵隊長ワレンシュタイン。

でも、それって、単に昔に戻っただけなのだがね。

物資を持つ輸送部隊を失った騎士団は、中世の軍隊と同じ状態に置かれ、同じことをやったのである。

とはいえ、何も食料だけが略奪対象ではない。

21世紀の現代でも「略奪は勝者の特権w」な行為に勤しむ軍隊があるが、彼らは食料とは別の物を欲しているようだ。



・権威と武力、その両方を彼らは持っている。

これ、重要。

武力だけだと、その力が失われた時に、戦乱の時代になる。

いずれ現代に帰る大英達の力「だけ」に依存していては、統治は出来ないだろう。

後必要なのは能力ですな。 権威だけなら現王も持ってるし。



・UH-1が1機では城を制圧できん

ちなみにピストン輸送で兵を送るというのは、却下&不可能。

逐次投入は下策。

そしてなにより、UH-1の航続力ではスブリサと王都を「往復できない」。

ヘリによる強襲は片道突撃になるのだ。 失敗したとしても、撤収時は途中で燃料が尽きるので、十分な兵力を用意した「失敗しない」備えが必要なのだ。



・大阪城砲撃

ただの鉄の弾が飛んでくるだけなので、破壊力は大した事は無い。

ただ、安全なはずの城でも被害を受けるため、精神的なダメージは大きい。

いや、侍女が死亡したのがでかいか。

とりあえず、堀も石垣も塀も役に立たないし、当たらなくても発射音はするしね。



・自身の命を守る事で精一杯

戦死者の家に届く箱に入っているのは遺骨ではなく、木片がひとつ。

そういう事例は珍しい事ではない。

遺髪が入っているなんてのも、例外的事象なのである。

進歩的な人の中でも、過去にこだわりを持つ人なら、その手のエピソードは一般人以上に(比率的には現実以上に)知っているのだが、歴史があまり得意ではない契丹にとっては苦手分野なのであった。

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