第31話 おっさんズとファンタジー中世騎士団との戦い その2
話は数日戻る。
大英達は航空基地に来ていた。
事前に出しておいた指示で、格納庫には全て壁が設けられており、中は外から見えなくなっている。
元々風や風で飛んでくる砂などに対処するため壁を作る想定はしていたのだが、マリエルを連れていく事になるため、ちょーっと突貫工事をしてもらったものだ。
これは、単に見せないだけでなく、総戦力を把握させないため。 中が空の格納庫も普通にある。
そんな格納庫を見たマリエルが大英に問う。
「この建物は、小さいですが工場ですか」
「工場?」
「矢弾……というか、武具が放っている弾を作っている工場にしては、少し小さく感じましたが」
「ああ、ここには大型の工作機械とか無いんで、手作業なんですよ。 だから小さい建物で十分なんです」
「そうですか」
大嘘である。
相手が何か勘違いをしているので、それに乗ったまで。
話ながら少し進んで滑走路が近づく。
滑走路脇では、先日召喚したP-47D(P-47D-15-RE)のパイロットであるジョンソン大尉が愛機の胴体下で爆弾をチェックしていた。
大英達が近くに来たのに気づくと、やって来て敬礼する。
「閣下、ようこそいらっしゃいました」
「ああ、もうすぐ実戦だね。 敵に航空機は無いため、対地攻撃しかない見込みなんですまないね。 せっかくのエースの使い方としてはイマイチで」
「何を言われます、不満などありません。 対地攻撃でもご期待に沿って見せます」
「ありがとう」
元キットはエースパイロットの乗機なので、パイロットの能力も本人と同等。
大英は長所を生かせない事を気にしていたのであった。
ちなみにこのP-47Dは先日秋津が率いて王都を襲撃した機体とは別。
塗装も違えばキャノピーの後ろの形状も違う(レイザーバック)ので、識別は容易である。
P-47を選んだ理由は機銃が8門だから。
対地掃射を想定しているので、多いほうが良いという訳。
爆装して多数の機銃を積んでいるキットなので選ばれたのである。
まぁ、相手は人間。 20mmとか要らないから、これで良い。
滑走路脇にはこのP-47Dの他は、南方に出撃した事のある機体だけが並んでいた。
そんな数機の単発機(それも半分は複葉機)が駐機しているのを見て、マリエルが問う。
「これが空を飛ぶのですか」
「ああ、そうだ」
秋津は「当然だろ」という感じで応える。
マリエルは不思議そうに続ける。
「見た感じ、反重力システムが装備されているようには見えないのですが」
「なに? はんじゅう?」
反重力システムに独特の形状があったり、特定のサイズ感がある訳ではないのだが、何となく「無さそう」に感じたものである。
これには大英が反応した。
「そのようなモノは無いですよ」
「え、反重力を使わないで、どうやって飛ぶのでしょうか」
飛行機が登場する前の、飛行機を「知らない」人に説明するのも大変だけど、飛行機が「廃れた」後の人に説明するのも大変である。
相手が「空を飛ぶモノの歴史に詳しい」のであれば、そもそも説明自体不要なのだが、そうではない場合、説明しても理解してもらえるかどうか怪しい。
マリエルにしてみれば、空を飛ぶものとは、ヴィマーナや個人用のエンジェルシステムを指し、いずれも反重力で飛ぶ。
翼で飛ぶ飛行機というのは、全く理解の外。
21世紀の一般人にとって計算に使うのは電卓(それも物理的な電卓ではなく、スマートフォンで電卓アプリを起動)であり、計算尺を渡しても計算が出来ないどころか何に使う道具なのかすら判らないのと、同じような話だ。
大英は、いつぞやも似たような話をしたと思いつつ、飛行機について解説するのであった。
そうして、マリエルは理解した。 飛行機を魔力で探知出来ないのは、そもそも魔法で稼働している反重力システムを使っていないからだと。
さて、この日航空基地に来たのは、当然マリエルに飛行機を見せるためではない。
航空機の召喚を行う。
出現したのは単発機としては大柄の機体。
急降下爆撃機として有名なJu-87Bである。
今回の邀撃作戦の要になると考えている機体だ。
まだ誘導爆弾を使える機体を召喚できないため、垂直急降下爆撃が出来る機体を用意したのである。
この日は夕方まで基地に居て、2機目のJu-87Bを召喚して都に帰った。
ちなみに元キットは食玩で2機あったのはブラインドボックス仕様によりダブったため。
別に2機欲しかったわけではない。
そして、当日。
敵発見の報を受け、城で作戦の詳細が詰められる。
面々は持ち込まれたタブレット端末に集まる。
「これは……、なんという精緻な絵であるか」
「私も驚きを禁じえません」
ボストル親子は上空から撮られた写真を見て、驚きの声を上げる。
さらに大英はピンチアウトで写真を拡大する。
「そんな事まで……全く信じられません」
「これは便利じゃねーか」
第1、第2両騎士団長も感心している。
一人マリエルだけは違う反応だ。
「物理端末ですか、遠い昔にあったとは聞いていましたが、このような物なのですね」
「物理……そうか、天界じゃ全部仮想化されてんのか」
「ええ」
秋津は天使達の通信が、何時も何もない所に映像が浮かんでいたのを思い出す。
大英は脱線している流れを無視して周りに問う。
「で、ですね、この写真で敵の指揮官の位置は判りますかね」
数千人(実際は約7千人)規模の隊列は、高高度から撮影した先頭から最後尾まで収めた写真と、高度を下げて部分を分けて撮影した数枚の写真で全容が見えていた。
集団後部を捕らえた写真を見て、執政官が発言する。
「そうですね、この人員の様子が変化する近くを大きく出来ますか?」
人員が変化している場所というのは、兵士の集団と荷馬車の集団の境目のようである。
「これで良いですか」
タブレットの操作に不慣れな執政官に代わって大英が拡大してみせる。
「ありがとうございます。 これは、ここですね」
執政官が指さした辺りに、人の乗った何か四角い物が見える。
人のサイズと比べると、馬車と呼ぶには小さいし、そもそも四角い物体の前に馬は居ない。
「上から見る機会はあまりありませんが、これは輿だと思われます」
屋根が付いている訳では無いため、上空からでも判別できたようだ。
「輿に乗って行軍するのは、総指揮官でしょう。 各騎士団の団長は騎乗しているようですし」
「なるほどな、偉そうな奴はどこでも同じだな」
秋津の頭の中ではおじゃる言葉を使う桶狭間で討たれた残念な人物が浮かぶ。
もっとも、近年はもっとマシな人物だと言われているが。
「まぁ、これで総指揮官がウリューアン卿だと判りますね」
「というと?」
「そもそも行軍に輿を使うのは、あの方しか居ませんから」
「どんな人か知っているので?」
「ええ、自信家で尊大な方です」
「あー、そういう事ですか。 となると、次は魔法使いですね、 連中が『神獣』に対抗できると誤認しているのは、魔法兵団があるからでしょうし」
「それは……ここと、ここ、それにこの辺りですね」
執政官は雰囲気の異なる小さな集団を3つ指し示す。
「やはり判りますか」
「一般の兵士や騎士とは違う装束ですから、この小ささでも判ります」
この世界に迷彩という概念は無い。
まぁ、ナポレオンの時代でも迷彩服とか着ていないんだから、当然だな。
各々が所属を表す色とりどりの鎧を身に着けている。
そして、魔法兵団も例外では無く、鎧の代わりに派手な色彩のローブを着ていた。
「魔法兵団の魔法はどのくらい届くか判りますか?」
「そうですね、動きの速い飛行機を撃つのであれば、おそらく雷の魔法でしょう。 普通の魔導士であれば、30.24メートルくらいですが、王立近衛魔法団の方々であれば、その倍近くは届くでしょうし、団長のハイシャルタット卿なら、3倍以上は届くと思います」
「それは有効射程ということですか」
「ええ、当たるかどうかや、威力の低下を気にしなければ、届かせるだけなら、その倍は届くと思います」
「じゃあ、2倍の余裕を見て最低高度は250メートルにしよう。 反撃を受けずに空襲出来るのが望ましいからね」
「それでは、空からの攻撃を考えられているという事であるか」
ゴートの問いに大英は「そうです」と答え、方針を語る。
「この大軍を効果的に無力化させたいと思います」
「うむ」
ここで大英は3つの考え方を示す。
一つは「指揮官を温存する」。
敵を叩いた時、交渉相手が居なくては降伏させられない。
指揮命令系統が崩壊したら、四分五裂した小集団を各々相手にするのは大変という考え方だ。
敵兵力に大損害を与え、指揮官の戦意を失わせる作戦だ。
もう一つは「指揮官を潰す」。
大将がやられれば、残された者たちは戦闘を継続できない。
結束力に乏しい組織なら、各々の判断で撤退するだろう。
「首」を刈るだけなので、敵兵力の大部分は残る。
最後は「降伏勧告」。
神獣の圧倒的な力を見せつけ、降伏を勧告する。
目の前で大威力の爆弾を炸裂され、恐れおののいている所で、ヘリコプターから音声で降伏勧告を出す。
誰も傷つけず、戦いを収束させられる。
「自分としては、指揮官を潰すのが良いと考えます。 大損害を与えるには、大戦力が必要です。 降伏勧告だって、はるか遠くで炸裂する爆弾の威力を見ても、後ろに居る指揮官が降伏するとは思えませんし、指揮官の近くだと、多くの敵兵は爆弾の威力を理解できるかどうか判りません」
秋津も同意見だ。
「そうだな、急ごしらえの組織だから、次席指揮官が残存部隊を再編成して向かってくるというのは、考えづらいな。 散り散りになった一部が血迷って突っ込んでくるくらいだろ」
「私もその案に賛成です。 総指揮官が倒れれば、諸侯の騎士団長は侵攻を継続しないと考えられます」
「しかし、近くに居るものはともかく、離れた者には指揮官が倒されたことが伝わらないのでは無いでしょうか」
シュリービジャヤは敵軍があまりにも規模が大きく、後ろで起きている事が前に居る者たちには判らないのではないかと危惧を示す。
「そこはそれ、『見ていれば』いいのです」
「見ている?」
「そう、皆の目を指揮官の居る方向に向けるのです」
という訳で、最終的な作戦は……
・P-47の爆撃と機銃掃射で、「対空戦闘」が出来る魔法兵団(彼らの希望)を潰す
・並行して双発爆撃機2機で、先頭集団を攻撃する
・敵が爆撃を恐れて後方に向かって逃げ始めたら、全員が見ている中、敵司令官を急降下爆撃で爆殺
と決まった。
各騎士団長と敵兵たちに、魔法兵団が失われ、指揮官が倒される様を見せる事で、敵兵たちに絶望を与える。
題して「衝撃と絶望」作戦である。
なお、並行して地上にも迎撃部隊を配置する。
敵の進行方向に向けて、スブリサと隣のタマン辺境伯領の境に数両の戦闘車両を配置する事とした。
その能力は、数千人規模の敵を士気崩壊に導ける「衝撃力」を備えていた。
「そこまで必要なのですか。 先ほどの急降下爆撃機も1機で行うようですが、2機用意されていましたよね」
マリエルは疑問を口にする。
「そりゃあ必要ですよ。 戦場では何が起きるか判らない。 想定通りにいかなかったら、プランB、プランCを用意しないといけない。 守る側には失敗は許されないのです」
「そうですか……」
攻める側は失敗しても「次があるさ」で済む。
失うのは攻撃兵力だけ。 また調達すればいい。
だが、守る側は失敗すれば村を失う。 大勢の非戦闘員に被害が及ぶ。
「次があるさ」なんて呑気な事は言ってられないのである。
ある人物は「男が戦うからには、一片の例外なく勝たねばならない」と語ったという。
大英はそれを実践すべく、準備をしているのだ。
マリエルは戦に対する考え方の違いに、「なるほど」と感心したのであった。
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15cmネーベルヴェルファー41型が1基、それより一回り大きなロケット弾を発射する枠型ランチャーが1基、北を向いて射撃体勢を整えている。
さらに砲塔側面にロケット弾発射機を付加したシャーマン戦車、砲塔の上にロケットランチャーを載せた「頭オカシイ」形状のM4A1'Calliope'、エンジンの上にロケットランチャーを載せたマチルダ'HEDGEHOG'。
そして、トレーラーを従えた火炎戦車「CHURCHILL CROCODILE」。
これら4両の異形の戦車もまた、その砲口を北に向けていた。
そして北を監視している彼らの目に、数百人規模の兵団が接近して来るのが見える。
総指揮官を失った敵軍の約1割が、思い余って向かってきたようであった。
用語集
・ちょーっと
こういう表現で本当に「ちょっと」だった試しは無い。
そうは思わないかね。
・エースの使い方としてはイマイチ
召喚元キットは「1/72 SKYFIX World War II Aircraft of the Aces Rpublic P-47D Thunderbolt」。
エースパイロットの機体で、登場員もパーツ化されている。
このため、召喚されたパイロットは能力的にはパッケージに記されている「Robert S. Johnson」大尉と同じ外見と戦闘技能を持っている。
そして彼はエースであり、空中戦のエキスパート。 戦歴でも有名な爆撃ミッションは無い。
なので、「空中戦が無い」から、長所を生かせないのである。
・爆装して多数の機銃を積んでいるキット
機銃だけを見れば、英軍機に7.7mmを山のように積んでいる機体(スピットファイア Mk.Va など)があるが、大英君は持ち合わせがない。
・いつぞやも似たような話をした
「第15話 おっさんズ、空軍を創設する その1」で揚力の話をしています。
・まだ誘導爆弾を使える機体を召喚できない
ベトナム戦争の頃にはスマート爆弾があったので、というか、ドイツの誘導爆弾は第二次大戦中に登場しているが、それらを搭載している現時点で召喚可能なキットを在庫していない。
ぎりぎりセーフだと思われるA-4スカイホークの1/72を在庫しているのだが、今回は見送ったようである。
まぁマリエルの目の前でジェット機は召喚したくなかったのかも知れないが、そこまでの性能は無くても大丈夫という判断だろう。
というか、舗装された2番滑走路はまだ完成していない。 デリケートな戦後の機体を運用する準備はまだ不十分だ。
・垂直急降下爆撃
別に90度で急降下する訳では無いらしい。
なお、AirStrikeという空戦ボードゲームで太平洋戦域を扱った拡張パッケージ「Helldiver」では1ヘックスの中で降下投弾する機動がルール化されている。
これだと、ほとんど90度になりそうだ。
・Ju-87B
前回を見ての通り、Ju-87Bは1機しか出撃していない。
2機目は予備である。 戦場が近いので失敗した場合は、それが判ってから発進しても間に合うという事。
・30.24メートルくらい
本人はこんな小数点がある数字は語っていない。 翻訳の際にメートル法に換算した結果である。
大英達は何度か会話の中で聞いているので、もう慣れているので、突っ込まない。
・男が戦うからには、一片の例外なく勝たねばならない
あるファンタジー漫画の主人公、「爆炎の魔術師」と呼ばれた男のセリフである。