第31話 おっさんズとファンタジー中世騎士団との戦い その1
スブリサ辺境伯領の北にはヴィマン砂漠と呼ばれる砂漠状の土地が広がっている。
砂漠と聞くと砂丘が広がる砂の海を想像することが多いが、ここは砂は余り無く、岩と小石の荒れ地が広がっている。
まばらではあるが、草も生えている。
このヴィマン砂漠南端にはマッカーサーが指揮する航空基地があるのだが、そのまま北に進めば隣のタマン辺境伯領に行きつく。
その境界に、数両の戦闘車両等が展開していた。
彼らが睨む集団はそこから8キロ程北に居た。
他に1キロほど離れた所に数名の兵が視認できるが、少数な上、向かってくる気配はない。
おそらくタマン辺境伯の兵だと思われる。
*****
「あれは一体何なのでしょう」
約1キロ先に見える不思議な物体。
その姿は、現代人なら双眼鏡が無ければほとんど判らない程小さいが、視力に優れるこの地の騎士達には「今まで存在していなかった何か」としてはっきり認識されていた。
「噂の神獣なのだろう。 近づいてはならんぞ。 だが動きがあれば、直ぐに知らせねばならん。 目を離すな」
「ははっ」
行軍する7千の軍団。
その指揮を執る王立第1騎士団団長スーズダリ=ウリューアンは上機嫌であった。
彼の人生の中でも、これほどの大兵力を率いた事は無い。
彼は輿に設置された椅子に座り、椅子の横に座る「書記官」に語り掛ける。
「見よ、この軍勢を。 これほどの規模、史上最大の兵力なるぞ。 これから王国の歴史に残る戦いが始まる。 前代未聞の大軍を率いる将として、ワシの名は永遠に刻まれようぞ」
「はい、仰せの通りです」
5千人に及ぶ騎士と徴募兵。 それらをすべて見渡す位置に彼の乗る輿はあった。
そしてその後ろには2千人規模の人員が続く。 食料や水・酒、補充用の矢などを運ぶ荷馬車とそれを運用する御者や荷運び、調理をする人たちだ。
南に向けて行軍する彼らは草原に居た。 前方遠くには緑が無い土地が見え、間もなく砂漠に達するところであった。
周りは木々が減り見通しが良く、隠れる所のない場所を進んでいた。
「な、なんだ?」
先頭を行くクタイ伯の騎士達は聞いた事の無い音を聞く。
音源が判らずに居ると、近くに居た魔導士が空を指さした。
そこには2つの小さな影が浮かんでいるのが見える。
「あれだ、敵の神鳥だ!」
「なんと、本当に空から襲って来るのか」
すると、彼らからやや離れた所を進軍している違う装束に身を包む男が叫ぶ。
所属が異なる兵団の指揮官が叫ぶ。
「対神鳥戦闘用意!」
それは神獣に対処すべく同行していた、クタイ伯の軍とは所属が異なる兵団の一隊だ。
「おお、あれは王立近衛魔法団! 皆の者これから凄い魔法が見れるぞ」
クタイ伯領第2騎士団長グシ=スーエは周りの騎士や兵に声をかける。
そして彼は考える。
(いよいよ戦いの始まりだ。
ここで敵が無様に倒れるさまを見れば、兵達の士気は上がるだろう。
初戦果は王立近衛魔法団に譲るが、敵地に突撃する一番槍は我らのもの。
真の戦いは人間との戦い。
魔導士共よ、精々我らの為に道を確保するがよいぞ)
轟音と共に迫りくる2つの機影、次第に大きく見えるそれに向かって魔導士は雷の魔法を準備する。
王都での戦いで彼らも学習していた。
敵の速度は速く、火の玉では捉えることが出来ない。 一瞬で敵に当たる雷の魔法が有効だとされ、魔導士たちに周知されていた。
魔導士たちが詠唱を始めた時、指揮官は聞こえる轟音におかしな点がある事に気づく。
「おかしい、敵は前に居るのに、右から音がする?」
彼は右の空を見上げるが、そこには何も見えない。
だが、直後、視界の下端に何か影を見た。
視線を降ろすと、そこには別の神鳥らしき姿があり、左右の翼から火を吹くのが見えた。
「うお、て、敵襲! 敵は右ぞ! 放て!」
そうは言われても、魔法は詠唱が終わらなければ発動しない。
目標に思念を集中しているため、急な変更も容易ではない。
だが、そのような難しい事をする必要は無かった。
いや、出来なかった。
右翼から低空突入したP-47Dから放たれた機銃弾は魔導士たちを一掃した。
続いて高度を上げつつ次の目標に向かう。
今度は兵団の左翼に居る魔導士の一団に向かう。
「まさか、我らを狙っているのか?」
「駄目です、神鳥の動きが早すぎて、詠唱に集中できません」
魔法の詠唱は基本的に止まって行う。
歩きながらとか、体の向きを変えながら行う事は無い。
だが、街中と違い遮る物の無い平原なので、P-47は自由に飛ぶ。
王都ではいったん離れてから、帰ってきて突入するという動きをしていたが、ここでは立ち去る事無く近隣を飛び続ける。
その動きは首を回したところで視界内に収まる事は無く、詠唱は度々中断され、最初からやり直しとなった。
「おのれ、神鳥! 逃げ回りおって!」
その声が聞こえた訳では無いのだろうが、P-47は彼らの方向に向けて進みだす。
「よーし、今度は行けるぞ」
だが、P-47から何か黒っぽい物体が分かれると、今度は高度を上げていく。
高度が上がれば魔法は届かない。
ハイシャルタットが彼らに指示した戦術は……
「よいか、敵は高い所を飛ぶ。 そこにはこちらの魔法は届かない。 だが敵も攻撃できない。 敵が攻撃を決意すれば、向かってくる。 高度を下げるため、魔法も届く。 敵が撃つ前にこちらの雷をぶつけるのだ」
雷の魔法が何処まで届くかは術者の能力により異なる。
一般の魔導士であれば30m程のため、こんな指示を受けたとしても、どうにもならない。
だが、王立近衛魔法団のエリートたちなら50m程度は届く。 ハイシャルタット本人なら、それは100mにも達する。
王都での戦いにより、普通に飛んでいる相手には届かないが、攻撃の為に向かってきた相手なら届くという推測を立てたのだ。
だが、今目の前の敵は雷が届かない高度を維持したまま去って行く。
いや、ただ去って行くのではない。 その前に何かを落としているのだ。
「いかん、防御魔法だ! 雷の詠唱は中止、緊急防御!!」
魔導士たちは次々に緊急用の1コマンドで発動できる防御魔法を展開する。
それは500ポンド爆弾であった。
王都の時と違い、精密爆撃は必要ないため、高度を維持したまま投弾したのである。
それは魔導士たちの頭を飛び越え、20メートルほど外れた所に着弾する。 投弾高度が低いため、緩降下爆撃としては結構高い精度での着弾だ。
そこには別の騎士団が居たが、彼らには成す術はない。
爆弾がさく裂し、爆心に居た騎士達は木っ端みじんになる。
そして魔導士たちも防御魔法の効果で命は取り留めたものの、多数の破片が防御を抜けており、もはや戦闘不能であった。
こうして2隊の王立近衛魔法団が潰される。
残っているのは総指揮官の傍に布陣しているハイシャルタットの本隊だけだ。
そして真っ先に「対神獣戦用」の魔導士を失った軍団先頭は、2機の爆撃機の攻撃を受ける。
九七式重爆撃機とビッカース ウェリントンはその爆弾倉を開く。
そして、搭載していた爆弾を騎士たちの頭上に落とす。
大きな爆発音が何度も響き、爆炎と煙が上がる。
何十、いや百を超える騎士と兵が次々と吹き飛ばされ倒れる。
軍団先頭で起きた悲劇により、先端部の者たちは皆恐怖におののく。
2機の爆撃機は爆撃後左右に分かれ、高度を下げて軍団の左右から旋回機銃を撃ち始める。
距離もあるので効果は乏しいのだが、左右から撃ちだされる曳光弾は、騎士達の士気を崩壊させる。
そして、前も左右もダメだと思い、パニックを起こして我先にと後ろに向かって逃げようとする。
彼らは爆撃機を知らない。
爆弾の数には限りがあり、既に爆弾倉は空なのだが、爆撃機についての知識を持たない彼らは、近くを飛び続ける2機を見て、また爆弾が降って来ると恐怖する。
その流れは次々に伝播し、皆が後ろに向かい出す。
隊列は崩れ、手が付けられなくなる。
「ええい、何をやっている!」
ウリューアンは立ち上がって叫ぶ。
輿の上での不用意な動きは担いでいる者たちも対応できず、輿が揺れる。
「うお」
バランスを崩して椅子に座るウリューアン。
輿の横に立つ副官は「お気を付けください」と声をかける。
ウリューアンは崩れた隊列を立て直そうとするが、それは敵わぬことであった。
彼らの頭上からサイレンかホイッスルのような音が響く。
何事かと上を見た彼らは真上から来る1機の飛行機を目にする。
ウリューアンの近くにはハイシャルタットと彼につき従う王立近衛魔法団の精鋭が居た。
そして、ハイシャルタットは敵機が雷が届かない距離で投弾したのを見る。
「まさか、ダメだ、総員退避」
ハイシャルタットは部下に退避を命じると、自身も強力な防御魔法をかけつつ、魔法によって脚力を強化してその場を離れる。
動きながら詠唱が出来たり、短縮された1コマンドでの魔法発動が出来る彼は、防御も退避も同時にできるが、部下はそうではない。
皆全力で退避を試みる。
「な、何をしている、何か落としたぞ、あれを破壊しろ」
ウリューアンが叫ぶが、ハイシャルタットも部下の魔導士たちもみな無視する。
降って来るのが王都で大きな被害を出した「物体」なら、雷を当てて破壊しても、真上にある以上被害を回避する事は出来ない。
何しろ、降って来るのである。
雷の魔法でも、粉々にして蒸発させるような威力は無いのだ。
まぁ、地上で爆発されるよりは被害は少ないと思うのだが、そんなリスクを負ってまで爆弾を迎撃する意義は無いと言うのがハイシャルタットが短時間で出した判断だ。
そして、周りの騎士達も逃げ出す。 輿を担いでいた者たちも、皆放り出して逃げ出す。
副官も、書記官も、皆逃げ出す。
だが、それは間に合うものでは無い。
Ju-87Bによる垂直急降下爆撃は、ウリューアンとその近辺に居た者たちを爆殺した。
そして、その哀れな最期は、後方に向かって逃げていた騎士と兵が皆目にする事となった。
前もダメ、後ろもダメ、右も左もダメ。
何もない平原なのに、まるで包囲でもされたかのような状態になった兵団の騎士と兵達は、少しでも生き延びようとあらゆる方向に向かって散り散りになっていく。
兵団の戦死者は1割どころか5%にも満たないが、統率は失われ部隊の戦力としてはゼロとなった。
そして騎士達の中には爆発を見て、再度回れ右して前進してしまう残念な者達も居た……。
用語集
・7千の軍団
ヌヌー伯領の監視と、艦隊にて行動している兵があるため、アキエルが報告した8千人からは少々減っている。
・2千人規模
戦闘要員の数を考えると、ちと少ない。
まぁ、近現代の軍のように弾薬を運ぶ必要は無い分、少なくて済むのだけれど。
(現代と違って馬の分があるから、食料と水は多いかもしれない)
大規模な兵団の運用は初めての経験なのだが、その割にはよく揃えた方だろう。
長期戦は想定していないし、いざとなったら「現地調達」すれば良いという考えだしね。
・攻撃の為に向かってきた相手なら届くという推測を立てた
大いなる勘違い。 単一の事例で戦術を組み立てたのは大失敗というもの。
これは王都で、爆撃を絶対外せないから、少しでも精度を上げるためにやったこと。
野戦ではそこまでの精度は必要としていないのだ。
・何しろ、降って来るのである。
20mmCIWSにも同じ問題があるそうです。
対艦ミサイル弾頭部の誘導システムを破壊できても、既に直撃コースに乗っていれば、そのまま突っ込んでくるという話。
RAMが登場したのも、ミサイル自体を破壊する火力が求められると言うお話。
第二次大戦後の米艦艇がボフォース40mmを止めて新開発の76mm速射砲にしたのも同じ話。
40mmでは威力不足で、「撃墜状態」でも制御不能なまま落ちて来る特攻機により被害を受ける事例があったらしいですね。