第4話 おっさんズ、経緯を聞く その1
翌朝、大英の家の前には、それまで無かった小屋が現れていた。
もちろん、突如出現したという話ではなく、昨日の内から工事をしていたものである。
といっても、作ると約束されていた館ではない。小屋だからね。
2畳間をすこし広くした程度の床面積の、文字通り「小屋」である。
実はこの小屋、その機能を現すのに適した文字がある。
それは「厠」。
残念ながらそこに川は流れていないが、川の上にある厠のほうが少ないのだから気にしてはいけない。
大英たちの生活環境も少しづづ改善されているようである。
そして今日は城の一室で状況の整理が行われていた。
話は数日前に遡る。
*****
領主の城、謁見の間に初老の男の声が響く。
「なぜわしに出撃を命じてくださらないのか」
「わしがもう年だから戦えないとでも言うのですか!」
不満を訴える第3騎士団を率いるボストル卿の声である。
その抗議の声に、彼の目の前にて椅子に腰かけている若き領主は困り果ててしまう。
「ボストル卿、控えられよ」
領主の隣に立つ執政官がボストル卿をいさめる。
「若も悩まれているのです」
「そもそも卿が若の判断を歪めているのではないか」
本来なら領主なのだから「閣下」と呼ぶべき所なのだが、領主が幼少のみぎりより仕えており、かなりフランクな間柄のため、「若」と呼んでいる。
ま、もう少し固い場では「殿下」となるが。
「そんな事はありません。ですが、私もボストル卿には都の警備を続けてほしいと思っています」
「あの時々現れる魔物の相手か?あんな雑魚など警備隊で十分だろう」
「いえ、警備隊では対応は無理です」
「あんな雑魚相手に手こずるなど警備隊はなまりすぎではないか」
「いえいえ、ボストル卿。貴方の第3騎士団が精鋭だから弱く感じるだけです」
3か月ほど前の事である。
ここスブリサ辺境伯領のはずれに異形の生物が現れるようになった。
人の体に犬の頭。人とも獣ともつかない不思議な生き物だ。
だが、ただの生物ではなかった。
見た目は小柄ながら、現地の村の自警団では歯が立たない強さだった。
隣村に駐屯していた警備隊が出動したが、撃退どころか大損害を出して逃げ帰るありさま。
結局、その隣村を含む2つの村が占領され、村人達はほうほうの体で少し都に近い側の村に避難してきた。
事態を重く見た領主と執政官は配下の即応戦力である第2騎士団を派遣してやっと抑え込んだ。
敵は強く、騎士団も辺境の村を守るので精一杯で、犬頭人間の根拠地がどこなのかすら判らない。
そこで第3騎士団の大工たちが派遣され、村の外周・畑部分の外周に防塁を建設し、居住地区の柵を強化した。
また、同じく第3騎士団の弓兵が村人に弓を配り、矢の作り方を教授した。
任務を終えた第3騎士団は都に帰ったが、これでなんとか敵を押しとどめられるようになった。
それでも状況は膠着状態であり、反攻どころではない。
しかし、翌月異形生物の側に増援が現れる。
今度は豚の頭に人の体という生き物だった。
これまで見たことも無い異様な姿の生き物が次々と現れる。
有史以来こんな事が起きたことは無かった。
今度の豚頭人間は体も大きく、犬頭人間より強い敵だった。
苦戦を強いられた騎士団は領主に助けを求めた。
第2騎士団からの救援要請を受け第1騎士団も派遣された。
そうして再び互角となったが、やはり撃退には遠かった。
そんな状態が現在まで続いていたが、領主たちはこの犬頭人間と豚頭人間を総称して魔物と呼ぶ事にした。
そして最近、領主の城下町にもこの魔物が出没するようになっていた。
単体で現れ、ヒットエンドランな感じで神出鬼没であり、姿や武器は同じようだが、村に攻めてきている豚頭人間より賢いように思われる。
「前線は疲弊し、長くは持たんのだろう?一体どうするおつもりか」
ボストルは執政官に詰め寄る
「対策は考えています」
「どんな対策ですかな」
「神に、ム・ロウ神に祈りを捧げます」
それを聞いたボストルは
「現実の対策を聞いておるのだがな。
全く、我が第3騎士団はいつでも出撃できるよう備えておりますぞ」
そう言うと、彼は部屋を出、城を後にした。
*****
執政官の説明を聞いた秋津は
「そんな事があったんだ」
執政官は
「ええ、そして『対策』を実行しました。我々はム・ロウ神に祈りを捧げたのです」
*****
「神官マラーター=アルサケスが祈りを捧げる。
御名を口にする不遜をお許しください。
我らが偉大なる豊穣神ム・ローラシアよ、貴方の子らに救いの手をお示しください」
異形の存在によりもたらされた脅威は既に彼らの手に余る状況となっていた。
そこで最後の手段として、神官は太古の言い伝えに則り、神に祈りを捧げた。
神の奇跡にすがる事としたのである。
とはいえ、この行為は本来は行われるものではない。
いくら神が実在するこの世界においても、人が神に要求をするなど、あってはならない事なのである。
本来なら無礼な行為による怒りを鎮めるため生贄を用意しなければならない。
そして生贄などという風習は既に200年以上前から行われていない。
それ故、神の実在するこの世界においても、神に祈ることを対策だなどと言えば、ボストルのように「現実の対策を……」と言われてしまうのだ。
だが、神官と領主、執政官は数日前に、夢の中で神の声を聞いたのである。
「私に祈りを捧げなさい」
と言う声を。
つまり、「対策」とは神の催促によって行われる「神に祈る事」だったのだ。
だから生贄の用意は無い。
この日、祈りの儀式の準備が整い、それは実行された。
神官マラーターと共にその二人の娘、神官見習いリディア=アルサケスと巫女パルティア=アルサケスも祈りを捧げる。
そして神託は降りた。
神は脅威への対策として「み使い」を遣わすことを告げた。
現れる場所と日時、現れ方まで告げられた。
また、邪神による妨害を心配してか、その時まで情報を秘すよう示された。
元々神のお告げは部外秘であるが、念を押した形だ。
本件は限られた者のみが知る機密事項となった。
そしてリディアとパルティアにはみ使いの起こす奇跡に協力する役割が与えられた。
*****
「不思議な話ですね」
「と言いますと?」
大英は「神が催促した」と言う点に何か感じるものがあったようだ。
よくある異世界召喚ものでは、現地の住人が自らの意志と能力(というか昔からある装置?)で「勇者?」を召喚している。
そこに神は関与していない。
それで大英は気づいた。
「神はこう言われました。『私が預かる世界は今邪神の手先による侵略を受け、危機に瀕しています』と」
「!」
そう、現地の人々はオーク(仮称)やコボルト(仮称)が何者で、どんな意図で活動しているのか知らないのである。
「それでは、あの魔物達は邪神レリアルの手の者だと」
「そうなりますね。というか、レリアルというのですか邪神は」
「ええ、邪神レリアル・ロディニア。遠い昔は創造神と呼ばれていたらしいのですが、200年ほど前に王国が成立した頃には邪神とされました」
秋津は
「神様は知っていて動いたのかな」
と疑問を口にする。
それはつまり、ム・ロウ神は人々の困窮する様を見て事態を知ったのではなく、既に状況を知っていて、人々に解決策を授けたという事だ。
「だろうね。だけど何で祈りが必要だったんだろ」
「それはおそらく、み使い殿とこちらの神官と巫女との間に絆を繋ぐためだと思います」
「そうなんだ」
そうしていると、当の神官(見習い)と巫女、リディアとパルティアがやってきた。
「おはようございます。今日から召喚儀式は私リディア=アルサケスが取り仕切ります」
「あぁ、おはようございます。神官殿からは話は伺っています。よろしくお願いします」
大英が応えるとリディアは何か体をむずむずさせている。
「あー、固くるっしいのはダメー、ねぇ執政官様、普通に話しちゃダメ?」
「それは……」
と答えに困る執政官
だが、秋津と大英は
「あぁ、いんじゃね」
「問題ないかと」
それで話は決まった。
「いや、ウチらもいつも敬語だと疲れるし」
「ならば、それで行きましょう」
執政官も笑って了承した。
「ありがとー」
と少女神官とその妹である巫女は喜んだ。
で、神官と巫女が来たので、まず午前中の召喚を行うことにした。
召喚を行うと消耗するので、一度にまとめてやるのではなく、間を開けて行うのが効率的だ。
それで疲労度を見ながら、基本的には午前と午後の2回行う事としたのだ。
「ところでボストルさんには『対策』結果は伝えられたのですか?」
大英の疑問について執政官は
「今度の会議の際に伝えます」
領主も
「爺が驚く顔が楽しみだ」
と答えた。
「お爺さんなんですか?」
「あ、いや、『爺』というのは、そう呼んでいるだけで私の祖父というわけではありません」
「若、そういう意味では無いと思いますよ」
「あぁ、そうか、そうだな。昔からそう呼んでいたもので、つい」
執政官が説明する
「ボストル卿はみ使い殿と大体同じくらいの年齢です」
「それで爺はきっついなぁ」
秋津の声に執政官は
「実際に会われたら、お二人より年上に見えると思いますよ。
それに領主も言ってますが、昔からの事なので。
それこそ領主が子供のころです」
*****
領主が10歳くらいの子供の頃。
彼が作ったプレゼントをボストルに渡している。
「爺、どうじゃ?」
「おお、最近お部屋で何をされているのかと思ったら、このようなものを」
「嬉しいか?」
「はい、大変嬉しゅうございます。
ですが若、私はまだ爺と呼ばれるような年ではありません。
ボストルまたは、ゴートとお呼びください」
「わかった。ゴート爺」
「いえ、だから爺ではないと」
「そうか? 父上よりずっと年上だろう」
「それはそうですが」
息子とボストルのやりとりを見ていた領主の母は
「ほほほ、ですがボストル卿、ご嫡男が婚約されたと聞きましたよ。
本物の『おじいさん』になる日も近いのではないですか?」
「奥方にはかないませんなぁ」
平和なひと時であった。
*****
「おいおい、フランク、恥ずかしい話をしないでくれよ」
領主は昔話に浸るフランク=ビリーユ執政官を見て抗議する。
そんな様子を見て大英は
「なるほど、領主殿の悩みに解決の光が差したと判れば、喜ばれるでしょうね」
執政官は
「来訪されたときに伝えられれば良かったのですが、ちょっとタイミングが悪かったですね」
と応え、リディアもその時の様子を思い出した。
「めちゃめちゃ怒ってたもんねー」
「まぁ、み使い殿の村での活躍を聞けば、喜びも一塩でしょう。
頑固で慎重な方ですから、むしろ実績が無い時点で会うより、良いかもしれません」
そうして会議は終わり、午前の召喚を行う事になった。
用語集
無いですな。今回。