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模型戦記  作者: BEL
第0章 プロローグ
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第1話 プロローグ その1

「ば、馬鹿な……」



彼は絶句した。



「なぜだ!ここは異世界で、俺は異世界召喚された無敵の主人公だろう!」



男は動揺しながら叫ぶ。

彼の目の前では自慢の戦車隊が煙を上げて燃えていた。

数分前まで威容を誇っていたタイガーが、パンサーが、今やただの鉄くずと化していた。

一昨日は中世レベルの騎士を相手に無双していた戦車が、今日は炎上している。



「一体何が起こっているんだ……」

「神はこの力で勝てると言っていたはずだ……無双できると……」

「何か、何か見落としているのか?」



男は事態打開のため、神と出会ってから今までの事を振り返る。



*****


 話は3日前に遡る。



 ある金曜日の午後、自宅のリビングで彼は悦に入っていた。

その日は有給の消化で休みだった。

そのため、最近よく作っている戦車模型製作をやっていたのだが、つい今しがた、6両目の戦車模型が完成したのだ。



「ふっ、やはり模型は作ってナンボだな」



 塗装を省略し、手早くスライドマークを貼り付けた事で、わずか2時間で1/35のポルシェ砲塔タイガーが棚にその雄姿を現していた。


多くのモデラーは塗装をするが、彼はほとんどしない。

単色の戦車(中には灰色のものまである)が並ぶ棚を「残念なコレクション」と見る者もあろうが、元々GSモデラーだった彼にとっては、無塗装はデフォなのである。

多色成型していないほうに問題があるので、自分には問題は無い。

それが彼の見解である。


 TVではさっきまでBGV代わりにしていた夕方のバラエティ番組が終わり、ニュースが流れ始めていた。

アナウンサーが東京オリンピックの開幕まであと4週間と告げていた。



「あ、もうこんな時間か。さーて、どっかに夕飯食いに行くか」



 彼はTVを消すと、身支度を整えようとソファを立った。

その時、どこからともなく声が聞こえた。



「応えよ」


「ん?」


「応えよ」


「な、なんだ?」



 彼は周りを見渡す。

TVは今さっき消したし、ラジオも鳴っていない。

一軒家に一人で住んでいるので、誰かに声をかけられることも無ければ、隣近所の声が響くことも稀だ。


 そうしていると、家を大きな揺れが襲った。



「うわ、マジか、地震かよ」



 気が動転して慌てた彼は床に倒れこみ、四つん這いの姿勢になった。

だが、地震はすぐに収まり、幸いにして彼のコレクションが床に落ちて破損する事態とはならなかった。


模型が落ちない程度の地震でうろたえるのは疑問かもしれないが、震度5でも落ちませんからね、大抵は。

そして、そのクラスの地震が緊急地震速報も前震も無しに、いきなり本震が来たら、慌てますよ。


さて、話を戻そう。



「はー、終わったか?」


「顔を上げよ」



 今度ははっきりとした声が聞こえた。



「な、なに?」



 彼は言葉に従ったのではなく、何事かと顔をあげる。

目の前には奇妙な姿の男が浮かんでいた。



「わっ」



 いきなり現れた不審な人物?の姿を見て、四つん這いから飛び退き、反対に腰を抜かした格好で後ずさりした。



「驚かれずともよい」


「い、いや、驚くわ」



 その浮かんだ男は黒いローブを着た老人のような姿をしている。



「な、何者だ」


「ふーむ、そうさな、神と名乗っておこうか。名はロディニアじゃ」


「か、神だと?」


「そうじゃ、神じゃ」


「そ、そんなものが居る訳が……」


「現に居るのだが……それとも何か?お主の周りにはこのように浮かぶ者が居るのか?」


「いや、いない。」


「ならば素直に信じよ」



 随分な話である。

鍵開けと空中浮遊さえ出来れば神を名乗れるという話なのだから。

だが、いきなり自宅に浮かぶ老人が現れたという異常事態のため、彼には常識的判断をする余裕は無かった。

とはいえ21世紀の日本には、種も仕掛けも無い他人の家で空中浮遊出来る人間など居ないのは事実である。



「それで、その神が俺に何の用だ」



 落ち着いてきたのか、どもることは無くなったようだ。



「神にも色々あってな、邪な神という者もおる。お主も聞いたことがあろう?邪神という奴じゃ。

そんな邪神を信じる信徒の国があるのじゃが、その国の指導者を討ち果たして、民衆を救ってほしいのじゃ」


「俺に戦争をしろというのか?」


「ま、有り体に言えばそうじゃ」


「ム、無理」


「うん?」


「そんなの無理に決まってんだろ、俺はただのサラリーマンだぞ、自衛隊に居たことも無いし、大体一人で何ができるってんだ」



 そりゃそうだ。三十ウン歳の彼にとって、戦争なんて歴史の教科書か、アニメの中の話か遠い外国のニュースでしか知らない。



「はっはっは」


「何がおかしい」


「いや、言い方が悪かったのう。別にお主に『武器を取って戦え』という話ではない」


「?」


「お主に力を授ける。その力で戦うのだ。もちろん、戦うのはお主自身ではない」


「話が見えないんだが」


「戦うのは……そこに並んでおるだろう」


「並んでいる?」


「センシャとか言うたか?その茶色や灰色の物体」


「は?何言ってんだ。これはプラモデル。ただのプラスチックの塊。こんなんで戦えないって」


「だから言うたじゃろ。『力を授ける』と」


「はい?」


「そこのセンシャを『本物』にする力を授ける。お主はその力でセンシャを本物とし、センシャに命じて敵を粉砕するのじゃ」


「ば、ばかな。そんな事が……」


「まぁ試して見るがよい。とりあえずそこの一番小さいものがよかろう」



 彼は余りの事に神とやらの言うがままに流される。

本来なら「たかが6両の戦車でどんな国でクーデターを起こすってんだ?」と気づくべき所。


とりあえず言われるがまま、1/35の4号戦車D型を手に外へ出る。

だが、彼はそこで更に驚愕の事態に直面する。

その結果、玄関ドアを開いて固まってしまう。



「え?……」



 目の前にあるはずのコンビニが無い。

そこにあるのはただの草原だった。



「ど、どうなってる?シックスティーンはどこに行った?」



 いや、シックスティーンだけではない。

右隣のマンションも左の小さな公園も、道路も何もかも無い。

要するに、彼の家だけが草原にポツンと建っている状態なのだ。



「他の建物は何処にも行ってはおらんよ。お主の家がここに来たのじゃ」


「な……」



 ここまでされては、この老人が神という事を誰しも認めることになるだろう。

ま、彼は既に認めていたようだがな。



「さて、早速はじめようぞ」


「いや、マテ、ここは何処だよ。ちゃんと帰れるのか?それにめっちゃ暑いんだが」


「ここはワシを崇拝する信徒の国じゃ。心配は要らん。目的を達すれば帰してやる。暑いのは我慢しろ。

じゃが、邪神の国との国境はすぐそこじゃ。奴に気づかれると厄介じゃ。わしは長居出来んからの、手早くやるぞ」



 どうやらいきなり敵地は目の前らしい。



「わ、わかった」


「まずそれを地面に置いて離れよ」


「お、おう」



 言われるがまま4号の模型を地面に置き、距離をとる。



「では祈れ」


「どう祈るのだ」


「どうって、ただ祈るだけじゃ。そうさな『出でよ』とか『現れよ』とかで良いんじゃないかの」


「呪文とかないのか」


「無いぞ、そんなもの。コマンドワードで十分じゃ。言葉を長く紡いでやっと力が発動できるなんて物語の読みすぎじゃ」



 彼が祈ると、模型が暗闇に包まれ姿を消した。

そして大きな闇が広がったかと思うと、すぐに晴れた。

そこには35倍に拡大された4号戦車があった。

彼は体中の力が抜け、地面に膝をついた。



「ふむ、これほどか。意外と不便なものだな」



 疲労困憊の彼を見ながら神はつぶやいていた。



「ほれ、しっかりせい、前を見ろ」



 促されて顔をあげると彼の疲れは吹き飛んだようだ。



「す、すげー」



 いきなりテンションが上がる。

近寄って車体を触る。



「本物だ。本物だ!」



 するとハッチが開いて車長が顔を出し敬礼し、発言する。



「閣下!ご命令を!」


「うお」



 いきなり話しかけられて思わず後ずさる。



「に、日本語なんだ」


「日本語?まぁ、お主の作りしセンシャじゃ、乗員もお主の知らん言葉は使わん」


「そ、そうなんだ」


「当たり前じゃ、言葉が通じんかったら、命令もできまい?」


「そうだよな」


「それと、お主の話しているのは、もはや日本語ではないぞ」


「へ?」


「この辺りの言葉じゃ。お主には日本語に聞こえているかもしれんがな」


「そんな馬鹿な」


「神の力を侮るでない」



 そう語る神の目は冷たく光っていた。

間違いなく神だ。

彼は確信した。

そして同時に、神の「お願い」は「命令」である事も理解した。


彼が日本に帰りたくば、戦わなければならない。邪神の手先と。



「もしかして、この世界には戦車は無いんだな」


「無いぞ(今のところは)」


「無双できるんだな」


「そうじゃな。連中の武器や魔道ではセンシャには傷もつかんじゃろ(今のところは)」


(ヒャッハー!)



心の中で彼は叫んだ。



「それ、コレを持っていけ」



 地図と指示書と数枚の写真を渡される。



「その地図に従い進めば、敵国の騎士団の詰め所にたどり着ける。そやつらは領主に不満を持っておる。お主に従って仲間となって謀反を起こしてくれよう。

神に遣わされた天使と名乗って、門番にその『絵』を渡してボストルという団長に目通りを願え」


「絵ってコレ写真じゃん」


「絵という事にしておけ、この世界に写真なぞ無い」


「そうか、で、このジイサンがぼ……」


「ボストルじゃ。相手は貴族だから失礼のないようにな」


「話は付いてるんだな」


「おおよそな。明日神の『天使』が動く鉄の箱と共に現れるという情報を伝えてあるが、無条件でお主を信じるとは限らん。

天使であることを証明する必要があるかもしれん」


「どうやって?」



 勘の悪い奴じゃのう。神はそう思いつつ「指導」する。



「そのための『絵』じゃ。それにこの世界にセンシャは無い。お主が人並みの交渉術を持っていれば大丈夫じゃ」


「わ、わかった。任せとけ」


「そうそう、名前は名乗らんほうが良いぞ。ワシの事もな」


「なぜだ」


「汝みだりに神の名を口にするべからず」


「は?」


「いいから、そういうものと覚えておけ。お主は『天使』じゃ」


「わかった」


「あとはその指示書に書いてある通りじゃ」



 彼は4号に残りの5両の戦車模型を積み込み、乗ることにした。

だが、戦車に余分な座席は無い。

通信士が降り、その席に彼が座った。

降りた通信士は砲塔の後ろに立つ。



「それじゃ、出撃だ!」


「しっかりな」



 4号は地図に従い、北に向かって走り出した。


 しばらく走っていると、地図にあった三叉路に着いた。

途中で国境を越えているはずだが、特に柵や検問は無かった。



「何にも無いんだな」



 指示書に従い左の道を進む。

しばらくすると、近くに「小屋」を見つけた。



「ちょっと止めろ。一休みしよう」


「はっ」



 4号を止めると、彼は降りて小屋を見る。



「よーし、アレを撃ってみよう」


「アレとは?」


「小屋だよ、小屋」


「……」


「榴弾でいいね、射撃準備だ」



 そういうと、4号に乗り込む。

車長が彼に問う



「よろしいので?」


「ん、何かあるのか」


「いえ」



 そして装填手が榴弾装填完了と報告する。



「よし、狙え」


「目標、左前方の小屋、照準ヨシ」


「撃て」



 4号D型の75ミリ砲が放たれ、50メートルほどの至近距離にあった「小屋」は消し飛んだ。



「ヒャッハー!ゾクゾクするなおい、最高だぜ!」


 バラバラに飛び散って燃える「小屋」の残骸を見て満足げな笑顔を見せる。

対照的にクルーは無表情に次の命令を待つのだった。



「よーし、前進前進」



 4号は再び目的地に向かって走り出した。

途中十字路があったが、地図に従い直進した。


 陽が落ちて東の空が深みを増してきた頃、低い壁に囲まれた二階建ての建物が見えてきた。

どうやら目的地に着いたようだ。

門のところでは数人の兵士らしき者が動いている。

こちらを見つけ、騒然となっているようだ。



「門の前で止めろ」


「はっ」



 連絡を受けたのだろう。

兵士の数は10人を超える数に増えている。

彼と通信士は4号を降り、兵士に向かう。

そしていきなり叫んだ。



「ボストル団長に会いたい」



 すると、他の兵士とは少し違う鎧を着た初老の男が前に出た。



「ワシが第3騎士団団長のゴート=ボストルじゃ、何者だ」



(話が通してあるとは言っていたが、いきなり出てきているとは、腰の軽い団長だな。

それにしても、ここの兵士の格好はみんな裸みたいなもんだな。偉そうな団長でも鎧の面積少ないし。

ま、これだけ暑けりゃこんな部族っぽい格好になるか)


 彼はやや、相手を侮るような表情で、自己紹介をする。



「神より遣わされた天使だ」


「天使?」


「そうだ天使だ」


「こんな若造が神の遣いだと」


「ん、天使に年齢は関係ないだろ」


「本当に天使なのか」


「そうだとも。あ、コレをやろう。『天使の魔法』で生み出した絵だ」



 そういうと、神より渡された写真を渡す。

どんな絵描きも描けないような精密な「絵」を見て、超常の存在をアピールする。



「ふむ、そなたが普通の人間でない事はわかった」


「信じるな」


「だが、これだけでム・ロウ神の遣いである事の証明にはなるまい」


「なに?」



 彼にはボストルの言っている意味がよく判らなかった。


(む、ろうしん?何の事だ?労金なら聞いたことあるが……)



 人知を超えた能力があるのは神の遣いであれば皆同様。つまり、邪神の遣いだとしても超常の力は発揮できる。

本当にム・ロウ神の遣いかどうかを問いているのだ。

しかし、彼にはそこまで理解できる頭脳は無いらしい。


(何だ、この頑固ジジイ、もしかして俺を試してるのか?)


「よし、証明しよう。車長、徹甲弾用意。適当に壁を撃て!」



 ボストルは「てっこうだん」が何かは判らないが、「壁を撃て」という言葉は理解した。



「な、何をするつもりだ」


「神より預かっている力を見せてやんよ」


「閣下、準備完了しました」



 報告を受けると彼はニヤリと笑い、「撃て」と命じた。



「ま、まて」



 大きな発砲音の直後、辺りにもうもうと粉塵が舞った。

第3騎士団の詰め所を囲む高さ1メートルちょっとの石壁には大きな穴が開いた。

驚愕の威力である。


バリスタを含む、どんな弓でも貫けない、領主の城を取り囲む石壁と同じ強度・材質の壁である。

こんな低い壁をわざわざ投石機で攻撃する間抜けは居ないだろうが、その石の直撃にも数発ならば耐えられる石の壁に大穴が開き崩れていた。



「どうよ」



 天使を名乗る男のドヤ顔を見て、ボストルは思った。

こ奴はまともに話が通じる相手ではないと。

これ以上問うても、無駄に被害が増えるだけだろう。


 ボストルは彼と4号を詰め所内に引き入れた。


彼は言う。



「神はここの領主の不道徳な行いにお怒りである」

「よって信心深いボストル団長に新たな領主となってもらいたい」

「俺はその実現のために遣わされた」



 夢に出たム・ロウ神の天使が指定したタイミングで現れたのだから、こやつもム・ロウ神の天使で間違いないのだろう。

この間の夢は本当だったんだ。


 数日前、ボストルは夢を見た。


・・・

我は畏れ多くもム・ローラシア神より遣わされし天使である。

汝に我が神の御心を伝えるために汝の夢枕に立った。心して聞くが良い。


無知蒙昧で暗愚な領主と自身の地位の事しか考えない執政官に任せていては、この地は邪神の手に落ちる。

神はお嘆きだ。

だが、神はただ嘆くだけの無力な存在ではない。

数日後、我とは別の天使を遣わす。

その者の力を使えば、領主と執政官を排除し、この地を邪神より救うことができる。

・・・


 夢はボストルだけでなく、第3騎士団の全員が同じ夢を見たのだ。

間違いなく「神」のお告げと信じられる。


 ボストルは彼を受け入れることを決め、詰め所に宿泊させた。


用語集


・GSモデラー

 GSとは多くのファンを持つロボットアニメに登場するロボット兵器の総称。

「グラディエーター=スーツ」の略。

これの模型をグラプラと呼び、劇中でのカラフルな色を塗装なしで再現する多色成型が一般的である。

このグラプラを作る人の事をGSモデラーまたはグラプラモデラーと呼ぶ。


・シックスティーン

 日本でナンバーワンのコンビニチェーン。

当初は7時から23時までの16時間営業だった。

そのため、営業時間の長さを示すため16(シックスティーン)を店名とした。

現在は多くの店舗が24時間営業をしているが、名前は変っていない。


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