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魔法のカケラとダメ人間(仮)  作者: 多加木 奈央
1/1

魔導師の遺産

 西暦最後のクリスマス


 ネット・テレビ・ラジオ全てのメディアが突如、後の世において魔導師と呼ばれるひとりの人あるいは組織にジャックされた。


「『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない』という言葉がある。とても良い言葉だ。」


 世界各国、各地域、全ての人、全ての国家、公式、非公式組織がその放送の発信元の人物あるいは組織を暴こうとした。


「この言葉が現実になったら……、と思う人もいるでしょう。」


 しかし、誰一人としてその正体に辿り着くことも絞り込むことも出来なかった。


「しかし、人類の技術の黄金期とまで言われる今になっても世界は未だにこの言葉を現実のものにできてはいない」


 それにより、あらゆる臆測・あらゆる推論・あらゆる噂が飛び交った。


「それは人類が未だに科学の可能性を理解出来ていないからだ」


 その種類は某国の陰謀・テロリストの仕業・オカルト組織など多岐に渡る。


「今日、私は世界中すべての人にとっておきのサプライズをご用意した」


 しかし、どれも確固たる証拠が得られず消えていった。


「そう……。科学によって作られた奇跡。全ての人に平等に与えられた最高のガジェット。『魔術』を」


 彼、あるいは彼らは何一つ証拠を残さず、しかし彼あるいは彼らの言った事が本物であり、それらによってありとあらゆる人々がその恩恵と被害を受けたという結果がもたらした混乱によって……


「どうかこのプレゼントを《《有意義》》かつ楽しんで使って欲しい」


 この演説ののちに世界中の組織が『魔術』の解析とその応用(軍事的な)、対策の成立を急速に進めていった。


「では良いクリスマスイブを。そして願わくば魔術の愉快な利用と人類のさらなる発展を」


 最後にそんな愉快犯的な発言をして放送は終了した。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 時は流れその20年後____

 西暦、改め新暦10年

 魔術の軍事的及び医学的、産業的な利用を目指し国際魔術研究開発機構こくさいまじゅつけんきゅうかいはつきこう通称:『機構』が発足。

『機構』は業務を一箇所で統括・管理、新たな魔術エンジニアの育成をするために世界地図上のどの国家にも属さない完全な中立地帯に人工島を建設。

 魔導師が魔術を公開して、西暦には存在しなかった生物や職、新たな道具が生まれた。

 今や魔導師の演説は教科書に記載される程に至った。


 魔導師の演説から20年の時を経て、世界はようやく魔術を世界の一部として回り始めた。


 それから6年後、島での研究によって魔術の解析が進むと魔術研究者たちの間でとある噂が流れ始めた。


 曰く、魔導師はまだ明らかにしていない魔術があると


 曰く、魔導師は魔術で生命のことわりに干渉できると


 曰く、魔導師は人を超えた存在であると


 曰く、魔導師は今も島のどこかで新たな魔術を開発していると


 そして


『魔術にはもう一つ上の段階____《《魔法》》がある』と


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 魔術の島の学校の一つ、機構立第3高等学校。その入学式の一時間前の校門……


「長年引き篭もっていた僕には学校なんて地獄なんだ!家でタイムライン警備をするためにもこんな所に通うなんてただの拷問でしかない!こうして学校に来ている間にもゲーム内では時間が流れてランキングに変動があったり、イベントの告知があるかも知れない!だから、お願いですやめてください!」

「無理だ。お前には今日から真人間になってもらう」


 懇願しているのは新入生らしき人影。そんな人物の願いを全力で否定するのはこの学校の在校生。赤の他人からすれば駄々をこねる子供とそれを叱る保護者といった風に見て取れる。


「こんなところで何をしてるのですか会長?」


 二人は手を止めて声の主の方に目を向ける。


「おお、真希まき。丁度いいタイミングだ。このバカでアホで為体ていたらくで性根が腐ったダメ人間を連行するのを手伝ってくれ」

「この優秀な弟様に対してその罵倒はなんだ⁉︎いくら僕よりも早く産まれたからといってもそんな侮辱をする権利を与えた覚えはないぞ!」

「そうか、私もお前を侮辱した覚えなどない。私がしたのは問題点の指摘だ。優しい姉がかわいい弟にする至って普通の行為だ。これのどこに侮辱の要素があると?」

「大ありだ!」


 抗議の声を挙げて騒ぐ弟を他所よそに自称優しい姉は真希と呼ばれた少女に向き直る。


「見ての通り私はこのバカを押さえつける必要があるため動けない。だから、代わりに備品にあった軍事用魔術師拘束具のプロトタイプを持ってきてくれ」

「会長、流石にそれは過剰なのでは………」

「そうだ!そうだ!幾ら何でもそれはやりすぎだ!」


 拘束されようとしている本人が声をあげる。


「ほぅ、そうかそんなに嬉しいか。なら、次は小遣いを減らしてやろうか?」

「さらに酷くなってる⁉︎」

「お前が真人間になればこんなことをしなくても済むんだがなぁ」

「真人間になるのは無理だ。これだけは譲れない。妥協点を要求する!」


 ついに弟が前向きになったためか姉は計画通りと言わんばかりに笑う。


「いいだろう。まずはマトモに学校に通う事と真希に自己紹介をする事、これが最大限の譲歩だ」

「マトモに学校に通う……だと………はかったな姉!そんなののどこが譲歩だ!マトモに学校に通うなんてそれこそ真人間の所業だ!」


 某アニメで聞いたようなセリフを恥ずかしげも無く言い放つ。


「できなければお前の小遣いを減らすだけのことだ」


 姉の勝ち誇ったような言い方に弟は「ぐぅ………」と悔しげに唸る。


「この悪魔め………」

「お前のようなダメ人間程ではない。それで、この譲歩を受けるのか受けないのかどっちだ?」

「分かった。やるよ」


 弟の答えを聞いて姉が弟を押さえつけていた手を離す。


「はじめまして、夜陰やいん 鏡花きょうかの弟の夜陰 遊人ゆうとです」


 それまでの絵に描いたようなダメ人間から輝かしい笑顔に満ちた挨拶をする遊人のあまりの変貌に少し引きつつも真希も挨拶を返す。


「は、はじめまして私は生徒会副会長を務めさせてもっらっている紺空こんそら 真希まきです」


 真希の挨拶に笑顔で返すと、遊人はすぐに自身の姉……鏡花に不機嫌そうに言い放つ。


「姉さん、これで良いんでしょう?さぁ、今日はもうやる事も終わったし帰らせて下さい」

「バカが、何寝言をほざいている?まだ入学式があるだろう」

「ニュウガクシキ?ナンダソレ?ボクハソンナモノシラナイヨ?」


 遊人は片言になって言うと次の瞬間、全力で身体強化魔術を自身に付与して鏡花から逃げるようにして軽量化魔術と空気抵抗を減らすための風魔術を身体強化魔術に加えて同時に発動して文字どうり、疾風のように距離を取る。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 結果から言うと、遊人は全力で逃げた。それはもう今までにないくらいに全力で。

 遊人は校内を走り、隠れ、気配を消し、変装し、魔術まで使った。

 しかし、鏡花はことごとくソレをレジストして見破り、見つけ、追いつき、捕獲した。


「姉さん…………いい加減、魔術も体力も限界なんですけど?」


 走ったせいで息が荒く、汗もかき、体力も気力も限界に達した遊人は長い逃走の果てに壁際まで追い詰められた。

 それに対して鏡花は流石、弟とは違い真人間なだけあって、汗もかかず呼吸も乱れていない。


「だからなんだ。諦めて大人しくしないお前が悪い。それに、この程度で限界なのもお前が日頃から運動もせずに家に引きこもるのからだ。だいたい、この私にお前ごときの隠蔽魔術が効くはずが無いだろう。あと10年は魔術の研鑽が足りない」


 もっともな指摘を受けて苦笑いする遊人に向けて鏡花は拘束魔術を発動する。

 遊人はその予兆に気づきとっさに身体強化魔術で逃げようとするが、拘束・封印系魔術の天才である鏡花の魔術の発動速度に勝てるはずもなく。

 なすすべもな無いまま鏡花の魔術が発動すると同時に遊人の体を鈍色の輪が縛り上げて身動きと魔術の使用を封じる。


「さぁ、入学式が終わるまでの間、大人しくしてもらおうか」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 鏡花に縛り上げられた後、遊人はまだ誰も来ていない中で鏡花の魔術で拘束されたまま新入生用に用意されたクラスごとに分けられた座席に固定された上で大人しく座っているように《《見える》》ように隠蔽いんぺい魔術をかけられた。


 最初は遊人以外には誰もいなかったが、時間が経つにつれて新入生が続々とやって来る。

 遊人にとっては同級生だが、依然として彼は喋りかけようとはせずに、より正確には鏡花にかけられた余計な事を口走らないための呪いの効果で元々人と話すことの少ない遊人はさらに話題が絞られたためにロクに話すことができない。

 ほとんど詰みの状態だ。


「あの、なんで椅子に縛り上げられているんですか?」


 そんな遊人に同級生であろううちの一人が話しかける。


 一級の魔術師である鏡花の魔術を見破った事もさることながら遊人には彼女が天使のように思えた。

 どうにかして理由を説明すべく、拘束された状態で必死にジェスチャーを繰り返す。


「えっと、とりあえず術を解除しますね?」


 そう言って彼女が術の基点となっている物に手を伸ばす。


 しかし、術者である鏡花は、魔術を得意とする研究者や解呪が専門の軍人でも儀式を用いなければ解除できないような高位の術をかけた(もっとも、そうでもしなければ遊人が解いてしまうからだが)。


 そんな事を術を解除しようとしている彼女が知るはずもなく、ごく自然に遊人にかけられた術の基点に触れる。

 瞬間、遊人にかけられた魔術が解ける。


「大丈夫ですか?」

「あ……ああ。助かったよ」


 驚きのあまり遊人は一瞬、言葉を失ってしまった。


「(ありえない)」


 言葉には出さずに心の中で呟く。

 一流の拘束・封印系魔術の使い手である鏡花の術をただ触れただけで解呪する光景があまりにも異常だった。

 そもそも、魔術の大前提として魔術は魔術を用いてしか解除・無効化できない。それを彼女は目の前であっさりと覆してしまった。


「今のは…………」

「遊人!」


 遊人が喋ろうとしていたのを遮るように声が響く。


「げっ!やっぱり気づかれたか…………!」


 術が解除されたことに気づいた鏡花が彼に向かって迫って来る。


「お前、どうやって私の術を解除した⁉︎レベル3以上の術でしか解除できないはずだ!」

「落ち着け、姉さん。解いたのは僕じゃない」

「なに?」


 それまでの鬼のような形相が一転して疑問の表情になる。


「術を解除したのはこっち」


 遊人は隣に座っている彼女を指差す。

 遊人の隣に座る新入生を見て鏡花は少し唸ると思い出した様に言う。


「君は確か、一芸入試の……。そう言う事か」

「知っているのか?」


 どうやら彼女も鏡花の事を思い出したらしく、「あっ」と声を出して驚く。


「試験の際はお世話になりました」

「礼を言われるような事ではない。こちらこそ、そこの愚弟が世話になるだろうからな」

「いえ、私の方こそ彼に迷惑をかけるかもしれませんので」

「まぁ、なにはともあれ……入学おめでとう。すまんが私はこれから仕事があるんでな。遊人、逃げるなよ?」


 釘をさすように鏡花が遊人を睨む。


「やだなぁ〜。こんなに人がいる状態でまた逃げ出す気はありませんよ」


 鏡花が去っていくのを見送ると、遊人は隣に座っている彼女に話しかける。


「そう言えば、自己紹介がまだだったな。僕は夜陰 遊人。君は?」

「私はダリア・リ・ウィーゼ。これからよろしく、ユート」


 お互いの自己紹介が終わり、しばらくすると入学式を始めるアナウンスが入る。

 遊人とダリアは話すのをやめ、おとなしく座る。二人が話すのをやめると、入学式最初の祝辞を行う人物が壇上に上がる。


「姉さん、生徒会長だったんだ……」


 壇上には遊人もよく知る人物、遊人自身の姉がいた。


 朝、自身の姉が真希に『会長』と呼ばれた時に遊人も薄々気づいていたが、入学式で姉の名前が呼ばれた時は夢であって欲しいと思ってしまった。

 遊人にとっての鏡花とは、いつも命令してきたりいちいち忠告をしてくる面倒な姉だ。


 自身でも知らなかったことに驚いているところで隣に座っているダリアはと言うと………同じくびっくりしているようだった。


「ダリア、姉さんが会長だなんて知ってたか?」


 ダリアに聞くと、やはり首を横に振る。


「だよな………」

「そもそも私、入試の時に迷子になってその時にお世話になっただけで名前も聞いてないから………」

「そうだったのか。その割には姉さん、ダリアのことが印象に残っているようだったけどなぁ。ああ見えて姉さん、人の顔も名前も覚えるのが苦手だから。僕から言わせれば『よくそんな記憶力で生徒会長になれたな』ってくらいに」


 遊人はそこまで言ったら、心底眠そうに欠伸あくびをする。


「幸いにも姉さんは長い演説が得意なタイプじゃない。案外、早く入学式が終わりそうで助かったよ」


 最後に少し笑って言い切ると遊人はまぶたを下ろして完全に寝る体勢に入る。

 ダリアはそれを苦笑いとともに見守る。よく見ると遊人の目元には濃いクマがあり、睡眠時間が少ない事がうかがえる。


 遊人が寝始めて3分もしないうちに鏡花が壇上から降りていくと、そこからは教頭や島の管理職の長く、要点以外の余計な部分を多く含んだ無駄の多い祝辞が始まった。どれもたかが祝辞に10分以上もかけるものばかり。

 気づけば遊人は足を組み、寝ている事を隠そうともしない完全にリラックスした姿勢で寝ていた。


「ユート、ユート、起きて。もうすぐ終わるよ」

「ん?」


 ダリアに名前を呼ばれながら揺さぶられて不機嫌そうに瞼を開ける。

 壇上ではちょうど祝辞が終わり、出席者からの拍手とともに一人の女性が壇上から降りていた。

 遊人は大きく欠伸をすると眠そうに目を擦り壇上から降りていた女性を見て「へぇ〜」と感心したように言う。


「最後の祝辞は理事長だったのか。こりゃ寝といて正解だった」

「綺麗な人だよね。自身が開発した若返りの魔術であの若さを取り戻した稀代の魔術師。全く新しい魔術を開発したもっとも先進的な魔術師。機構が彼女一人を表彰するために大掛かりな式まであげたらしいよ」


 ダリアが羨望の声音で言うと、遊人は顔をしかめる。


「あんな若作り婆さんの作った欠点だらけの魔術が先進的だなんて馬鹿馬鹿しい。だいたい、あの魔術は………。いや、なんでもない」


 遊人が喋るのを思いとどまると、アナウンスが鳴る。


『新入生の皆さんは担当の職員がクラスごとに案内しますのでしばらくお待ち下さい』


 アナウンスを聞いて遊人は溜息ためいきをすると眠そうに言う。


「ただでさえ、姉さんから逃げて久しぶりに激しい運動をして眠いのに、まだ家に帰れないのかよ。これだから学校は………本当に勘弁してくれ」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 新入生たちが教室への移動を始めると来賓の人々も教頭の案内で体育館から移動し始める。生徒会のメンバーも自分に与えられた役割に従って式の後始末や教員達と一緒に新入生の案内を淡々と行う。


「会長、少しよろしいでしょうか?」


 真希が自身の役割をこなしながら彼女のかたわらで入学式にかかった経費が書かれた書類と領収書に目を通し、サインをしていく鏡花に尋ねる。


「すまんがこの書類にサインするまで待ってくれ……………。よし、終わった。どうした、真希?」

「理事長がお呼びです、会長」

「あの人が?これはまた面白いことがあるものだ。普段は放任主義なあの人が私を呼ぶとは、何か問題でもあったのだろうか」


 鏡花はサインが終わった書類をまとめると真希に渡す。


「私が目を通した分の書類だ。残りは……」

「会長が理事長とお話ししている間に仕上げます」

「頼んだ」


 鏡花は真希に仕事を任せて生徒会室から退出すると、懐から取り出した端末で時間を確認する。


「昼食は遅くなりそうだな」


 溜息とともにそう呟くと生徒会室から二つ隣にある理事長室に向けて歩き出す。他の機構立の学校とは違い第3高校には理事長のための部屋が設けられている。これは理事長が第三高校を特別視しているからだともただの気まぐれだとも言われている。

 鏡花は理事長室のドアの前に立つと一度、大きく深呼吸をする。

 実のところ鏡花も生徒会長になってからと言うものの着任した当日と式典の打ち合わせの際でしか話したことがない。


「よし」


 意を決し、自分に言い聞かせるように言うと、ドアを四度ノックする。


「どうぞ」


 とても高齢とは思えない若々しい声が聞こえる。


「失礼します」


 鏡花が理事長室に入ると、風勢ある絵画や数々の美術品の中に右目にモノクルをかけた穏やかな表情をした二十代前半の女性が一人。鏡花が部屋に入ると笑顔で出迎える。


「待っていましたよ。どうぞかけてください」


 鏡花にソファーにかけるように促すと、自身も机の上に置いてあった木箱を持って対面のソファーにかける。


「まず、入学式の祝辞ご苦労様でした。とても良かったですよ」


 理事長が微笑んでそう言うと、鏡花は会釈を返す。


「今日来てもらったのは貴女にコレを渡すためです」


 理事長が木箱を鏡花に手渡す。鏡花はそれを受け取ると、そっと蓋を開け、中を覗き込む。鏡花は中に入っていた物を確認すると再び蓋を閉じた。


「それは貴女のお父様から『もしも遊人が鏡花と同じ学校に入ったのなら渡してほしい』と言われて預かっていたものです」

「これを父さんが?」


 頷くと理事長は遠い目をして懐かしむように部屋の壁に掛けられていた写真を手に取る。


「昔、貴女のお父様に研究のアドバイスをしてもらいましてね。この学校の学園長に就任することが決定した際にそれを彼から預けられました」

「父から他に何か……」


 無言。理事長は声を出さず静かにに下を向く。


「そう、ですか」


 落ち込んだように俯く鏡花を見て理事長は写真を壁に戻す。


「弟さんは元気にしてますか?」

「……どうでしょう。姉として不甲斐ないことに遊人はあまり表情や仕草に出ないので、私にもよくわかりません」


 事実、遊人は鏡花の前であっても常に眠そうにしているか、どこか上の空の様な感じで遠くを見ているかのどちらかで、その状態にもあまり理由などは見当たらない。


「ただ、6年前に比べると少しだけ起きている時間が伸びました」


 鏡花は6年前に比べて弟の様子が変わったことを嬉しそうに言った。

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