第三章2
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「もしもし。もしもし」
呼び出し音の途中だが、今にも消えそうな音を繋ぎ止めるように文也に呼びかけた。
早く出て。
薄暗い路地で大声を出す佑子を数少ない通行人が訝しげに通り過ぎていく。
後方から来た軽自動車のヘッドライトが祐子を照らし、容赦ないクラクションを鳴らす。
舌打ちしながら自転車を路肩に寄せ、車が走り去るのを待っていたら、呼出音が止まっていることに気付いた。
「文也? 文也?」
長い静寂が続いていたが祐子はあきらめきれずに大声で呼びかけた。
いきなり激しい引っ掻き音が鳴り、その向こうから、
「おか――さ」
ノイズに邪魔されながらも息子の声が返ってきた。
佑子は心の底から安堵し笑みを浮かべた。
「大丈夫なの?」
「だい――ぶ――だよ」
とりあえずはほっと胸を撫で下ろす。
警察が行くからと伝えると文也は安心したようで、祐子もほっとした。
だが、約束を破って用具入れから出たことを知って頭に血が上った。死体の山があると聞き、今度は足元に血が下がる。自転車ごと転倒しそうになったが、何とか踏ん張った。
「どうして、なんで出たの」
我が子が遭遇したことのない恐怖にさらされていることに耐えられず声が震える。
「とにかく早く外に逃げなさいっ」
玄関まで来ているという文也に祐子は叫んだ。
だが、ドアが開かないらしい。
それだけではなく、通りには誰もいないし、走っている車もまったくないという。
そんなはずはない。
ノイズが邪魔をしてそう聞こえるのだろうか。文也の言っていることがわからない。
「とにかく、どこでもいいから出口を探してっ、電話は切らないでこのままにしておくのよ」
祐子はいったん電話を耳から離すと自転車にまたがり勢いよく漕ぎ出した。
早くあの子のところに行ってやらねば。




