戦というには
戦争というには規模が小さく、喧騒というには収まりの悪い。
そんな喧嘩が、彼の今の生き甲斐であり職業だ。そう、職業。
便利屋といえば響きはいいが、実際のところチンピラの集まりだ。
『killer×killer』
今、銃弾飛び交う路地を堂々と歩いてる金髪に片側コーンロウの青年こそ、その便利屋を作った、いわばリーダーである結城嶺菓である。
「んだぁテメェあぶねぇぞ」
「ガキはすっ込んでろ死にてぇのか」
突然乱入してきた青年に気づいたのか、路地を挟んで建物越しに撃ち合いをしていたギャング達は手を止めて叫ぶ。彼らとしても、知らない野郎の死体ができるのは都合が悪いのだろう。
「聞いてんのかァクソガキ」
罵声飛び交う中、やっと足を止めてコートの中に手を入れる。
「なんの真似だァガキぃッ」
「用があるならなんとか言いやがれぇッ」
煽るような言葉も無視して吸っていた煙草を吐き捨てると、足で潰して火を消す。
「ったく、これだから日本人てのは嫌になっちまうよなぁ」
「あぁ?なんか言ったかァ」
言いながら振り向いた嶺菓の顔を見て、ギャングの一部がざわつく。
「んのガキッまさか」
「あん?知ってんのか」
「いや兄さん知らないンすか!?あれがアレっすよ!あの」
「あ?アレじゃ分かんねぇよボケ……」
慌てる男達にニヤリと笑い、コートの内側のポケットから抜いた銃を構えて、発砲する。と同時に、勢い良く走り出す。
「よう、壊滅をデリバリーしに来たぜッ」
明らか何かに憤慨した面持ちで、軽く天パのかかった金髪を揺らして左の建物に飛び込む。牽制射撃に騙され侵入を許した男達は、一斉に銃を突き付ける。
「馬鹿、至近距離で撃ち合ったら仲間が被弾するぞ」
声を聞いて銃を下ろすと、各々ナイフだ拳だ鉄パイプだを掲げて構える。
「あんたのことは知ってるぜぇ、レイカだろ。言えばなんでも請け負ってくれる便利屋だっけかぁ?」
「今時ヒーローごっこたぁ笑っちまうぜぇ」
下卑た笑い。それをも物ともせず、黙って臨戦態勢を作る。
「ああ、俺もお宅らのこたぁ知ってるぜ。ドンパチするしか脳のねぇサル」
瞬間、空気が張り詰める。
一拍置いて怒号と共に男たちは一斉に嶺菓に飛び掛かる。理性をぶっ飛ばした男たちの拳・刃先・先端が降り注ぐ。それを器用に躱しながら、急所にカウンターを浴びせていく。
「ったく、大体よぉ……俺はガキじゃねぇっての」
銃身で刃先を受け止めて男の腹に思い拳を叩き込む。
「成人してるし。日本人で悪かったな」
背後から振り下ろされる鉄パイプを躱して男の顎目掛けてアッパーをかます。
一応補足すると、嶺菓が自分が日本人であることにうんざりしているのはこういうチンピラ外人に舐められるからである。(一々絡まれてうぜぇ)
「あと!俺の名前の発音の仕方ぁ……」
構わず飛んでくる攻撃を躱して殴って躱して蹴って躱して胸倉を掴み……
「女の名前みてぇだろぉがェエッ!?」
頭突きを見舞う。
「ただでさえオンナみてぇな名前なのによぉふざけんなよワレッ」
嶺菓の憤慨は止まらない。次々気絶していく仲間の姿に驚愕した残った男達は、一方に固まると一斉に銃を突きつけた。
「どういうつもりか知らねぇが、何故いま銃を使わなかった」
「あん?だってよう?そっちが拳とかなのに俺だけ飛び道具はズリぃだろ」
言いながらやっと銃を構える嶺菓。
「舐めやがって……殺す」
「やろうぜ?早打ち」
言って、舌なめずりする。片目を閉じてウインクしながら、構えていない方の手で中指を立てる。不利な立場でありながら余裕綽々と煽る相手に、一瞬ギャング達の思考が停止する。
「正気かァ!?」
苛立ちを顕にする怒声にも表情を変えず、
「proiettile proliferare」
呟きながら引き金を引くと銃口から飛び出した銃弾は瞬間、無数に増殖しギャングが構える銃の口へと吸い込まれるように放たれる。
建物に木霊する銃声は一つだけだった。
一斉に手から銃を弾き落とされ赤くなった手を抑えて驚愕に目を見開いて嶺菓を凝視する男達。
「こいつ……"概念"持ちか……!」
憎々しげに唸る男達を尻目に嶺菓は再び銃口を構える。
「さ、流石にそこまで猿じゃねぇ筈だ。大人しく降伏しろ」
「お、片付いたか嶺菓」
「嗚呼。お疲れティグー」
「おうよ嶺菓。相変わらず派手に登場してくれたお陰で奇襲できたぜ」
反対側の建物に入った嶺菓は沈黙したもう一つのギャングを見渡して安堵する。
「お前の概念は奇襲にピッタシだかんな。電話したか?」
「嗚呼、お前のが話通るだろうと思って待ってたよ」
「あっそ。じゃあ掛けるわ」
煙草に火をつけてからスマホを取り出して、履歴からとある番号に電話を掛ける。きっかり2コールで爽やかな声が自己紹介と伴に電話に出る。
相手は発信者が嶺菓だと分かると、素の声音で「直接掛けるなって言ったでしょう」などとぼやいたが、無論嫌がらせである。本人ではなくて勤め先に用事がありその勤め先の番号も知らない訳ではない。
「(知らない職員が出ると律儀に手順踏まなきゃなんねーからめんどくせぇしな)」
横で、ティグーも薄ら笑いを浮かべていた。コイツもあそこのことはいけ好かないらしい。
だが、便利屋としての喧嘩が終わった後は必ず今電話している職員の所属する会社に報告し引き継いでもらわなければならない。それは、結衣城嶺菓率いる『killer×killer』が多方面からの依頼を請け負う便利屋に過ぎず、ギャングを連行できる権利は持っていないからである。
「じゃ、おなしゃっす。結構人数いるんでよろしくお願いしますね。」
あと、ガバッガバの敬語でも嫌な声音一つ出さず普通に取り合ってくれるので、この男に直接連絡するメリットはでかい。嫌がらせも併せて一石二鳥だ。
「んじゃー帰るか」
「あいよ相棒!あ、久しぶりにどっかで飲んでかねぇか」
「ん、そうだな……って言いたいけど報告書溜まってるから行かねえわ……」
「……あー、あの二人ゼッタイ書かねぇもんな。一番年上のくせにどうにかしてほしいぜまったく」