7 魔法を 覚えた!
たしたし。
何か柔らかいものが手の甲を叩いている。これはあれだ、肉球?
ああ、昨日の朝もこんなことがあったな。このあとは……
ガブリ。
鋭く尖ったものが右手を噛む感触で、俺は意識を取り戻した。
「いててっ!」
「おはよう、もう朝よ。今日は町に行くんでしょ? 早く準備なさい」
「ああ、はい……お早う」
そうだ、異世界に来ていたんだった。
起き出して外を見ると、空が黒から青になり、ようやく白成分が混ざってきた頃。ぎりぎり目がきく明るさではあるが、橙色成分が加わるにはまだ少し猶予があるだろう。
「朝は朝だけど、まだ早朝だな」
「でもエージ、朝食もまだだし荷造りすらしていないじゃない。前ここにいた人間は、この時間にはとっくに食事を始めていたわよ」
「そうか、わかった」
それならまずは食事かな。昨日の肉を電子レンジで温め直し……って、ここにはそんなのなかった。
「ケイ、また火をお願い」
「自分でやってみたら?」
「え?」
「私は魔力が少ないから、一日に何度も使えないのよ。エージが自分で使えればお互い便利だと思うけど」
「それはそうなんだが、そんな簡単に言われても」
「簡単かどうか、一度試してみるくらいはいいんじゃない? 教えるから」
教えてくれるというならいい機会だろう。
「わかった、頼む」
「まず基本中の基本。魔法を使うには願いの言葉、結果のイメージ、魔力の三つが必要よ。これは大丈夫ね?」
「そうらしいな。本に書いてあった」
「ならその次からね。まず願いの言葉。決まった詠唱文はないから、自分が扱える言語で結果にできるだけ近い意味の言葉を言って。火を出したいのに水とか詠唱しちゃうのは、よっぽどの事情があるか単なる馬鹿か、中二ナントカの患者かのどれかよ。火が欲しいなら素直に火とか炎とかファイアとか、燃え上がれ燃え上がれ燃え上がれとか言うべき」
「最後の詠唱は別の意味で炎上しそうだが、そりゃそうだろうな」
詠唱文は自由なのか。知らない言語や恥ずかしい言葉だったらどうしようと思っていたが、その問題がないのは助かるな。覚える必要すらないので習得も容易そうだ。
「次はそのイメージね。どういう現象を所望して、その結果どうなって欲しいのか、できるだけ具体的かつ詳細にイメージするといいわ。イメージがしっかりしていると魔力の消費が少なくて済むの。何度も使って見慣れればイメージが強化されて、それを魔法が成長したと呼ぶわ」
「なるほど、詳しくイメージするのがいいんだな」
これも簡単だ。ネタ元こそゲームやアニメやラノベだが、魔法のイメージは様々な種類のものを精密に想起できる。
「逆にイメージが曖昧だと、大量の魔力を持って行かれたり発動に時間がかかったりするそうよ。だから不慣れな魔法の時は自分なりの詠唱文を使う人もいるわ。文言を使ってイメージを具体化するんだけど、詠唱時間もかかるし現象が固定されて臨機応変にできないし、何より未熟さの証だからあまりカッコ良くはないわね」
どうせ願いの言葉は必要なんだからってことか。それだけイメージが重要ってことだな。
「最後に魔力だけど、これは特に何もすることはないわ。イメージに合うだけの分を、精霊さんが見立てて持っていくから。魔力を感じ取って動かすことも出来るけど、魔法には特に必要としないの。考えることと言えば使い過ぎに注意するくらいだけど、使えば使うほど最大魔力が増えやすくなるから、ケチり過ぎも良くないわ」
おお、魔力を練る訓練はいらないのか。お手軽だ。
「魔法の強さをイメージで決めなかった場合は、魔法の威力も使う魔力の量も精霊さんにお任せになるんだけど、そうすると発動したりしなかったり不安定になるし、発動しても予定よりショボければ用をなさないわ。逆に予定以上に強いと、魔力を使い切って気絶してしまったり、周囲を巻き込んで大惨事になったり」
あれ、風向きが変わったぞ。
「……もしかして、魔法って素人が使うと危険?」
「何を今更と言いたいところだけど、威力のイメージだけしっかりすれば平気よ。まあ今日のところは気楽に試すといいわ。壊したところでどうせ崩れかけの家だし、気絶したところで予定が一日ずれるだけだし、特に問題ないでしょ」
「簡単に言ってくれちゃって。ひとごとだと思ってるだろ」
「ええ、ひとごとだもの」
「まじか……」
言い方はともかく、言われたことの内容は多分間違っていない。とにかくやってみるか。えっと、できるだけ詳しくイメージするんだったよな。火をつけるなら着火用のライターかな。初心者だから詠唱がカッコ悪いとかは気にせず成功率重視で行こう。よし。
「種火よ発火しろ! 細いパイプの先からブタンガス、CH3-CH2-CH2-CH3が一定速度で放出され、そこに圧電素子で作られた放電火花が飛ぶことによりガスが空気中の酸素と急速に反応を開始、CO2とH2Oになり、その反応によって生じた熱が高温を発生させ炎を形成、小枝に着火するまで高さ二十ミリの大きさを維持。点火!」
カチッ、ボッ。聞き覚えのある音がしたかと思うと、竃の中に小さな炎が現れ、小枝の一つに火をつけた。
「やった! まさか最初で成功するとは! ケイ、見た!?」
「見たわよ。さすがと言いたいけど、私の魔法とは違うわね……」
「え、そうなの? 言われた通りにやったと思うけど?」
「まず、ぶたんがす? それは何?」
「よく燃える気体だけど。俺の知ってる着火器具で一般的に使われている燃料だから、それでいいかなと思って」
「そ、そう。納得はしづらいけどまあいいわ。それと確かに詳しくイメージした方がいいとは言ったけど、火をつけるのに火がどうして燃えるのかからイメージするなんて予想外よ」
「あれ、そうなの? まあ成功したんだから無駄ではないんじゃない?」
「時間がかかるでしょ! 戦闘中だったらその間に攻撃されるわよ! ……ところで、そろそろ肉が焦げそうだけど?」
「え? うわあ大変! 焦がしたら兎に祟られる!」
「倒した時点で祟られる資格十分でしょうに」
内容はさておき、俺は魔法の使い方を覚えた。今のところ火だけだが、それでも便利になるな。