3 家捜し、書物探し
しかし、本の内容以前に乗り越えなければならないものがある。
「文字が読めますように」
そう。転生したのなら、ここが日本である保証は全くない。むしろほぼ確実に違うと思われる。もし外国なら日本語で書かれている本を置いてあるとは思えない。まず自分が読める言語で書いてあるかどうか。仮に読めない言語だとしても、何語なのかが分かれば地域がある程度絞り込めるだろう。
そんなことを考え込んでいたら、俺は何かを見逃したようだ。猫が俺の見ていなかった何かを見たらしく、驚いて俺の足元をぐるぐる走り回っている。
そして、読めると読めないの二種類の他に、もうひとつ可能性があって−−
「あー、読める、読めるんだけど……」
その三番目、最悪の場合だった。
そう、読める。何が書いてあるのか、意味はバッチリわかる。
しかし、そこに書いてあるのは日本語ではなかった。
文字自体は全くわからない。ラテン系は言うに及ばず、タイ語でもアラビア語でもなさそうだし、まして魔女文字でもゼントなんとか語でもない。少し古代文字っぽくはあるけど、知っている中に当てはまるものはない。にもかかわらず、まるでその言語を習ったことがあるかのように、読み方も意味もわかるのだ。たまに分からない単語もあるが、それは今の俺が子供だからだろうか。
読める読めないで言えば、当然だが読める方が圧倒的に良い。
しかし、この現象には心当たりがあって、これが起こるというのはとてもよろしくない。
なぜなら−−
「これ、異世界転移した時の自動翻訳ってやつだよな……」
そう、地球上のどこかであればこんなことは起こり得ない。これが起こるということは、つまりここは異世界なのだ。簡単に帰れないどころか、生きている間に現代日本に帰る方法が見つかるかどうかも疑問だ。
「そっか、俺、異世界転生しちゃったのか。参ったな」
そんな気はしていたが、言葉にしてしまうとそれなりにガックリくる。
「ニャー」
猫が慰めてくれたようだ。
「どうして異世界転生なんてしちゃったのかな……あ」
そういえば。ここに来る直前、会社の同僚、いや会社は倒産してしまったから元同僚か、彼らと自棄酒を飲みながら
「会社はなくなっちゃったし、この年齢で次の仕事を探すのも大変だし、養わなきゃいけない家族もいないし、このさい本格的に画面の向こうに行く方法でも探そうかなー。アニメとかゲームとかの世界に行ってさ、魔法をバンバンぶっ放して、キャーカッコイーって言ってくれる女の子に囲まれて、たくさんの孫と一緒に暮らしたいなー」
なんてことを口走った気がする。
その場は「ああこいつショックで壊れちゃったな」という目で見られただけだったし、俺も本当にそんなことが出来るとは思っていなかった。だが、神かそれに似た存在が、こんな気まぐれの願いをうっかり叶えてしまったのだとしたら−−
「だとしたら、この世界には魔法があって、そしてどこかに未来の嫁さんがいる!」
うん、そうだ。この世界に来て初めて、ちょっと元気が出たぞ。
でもそれは元のおっさんのままじゃ叶えられなかったのか。小学校を終わったくらいからやり直さないと無理だったのか。そうか……。
むしろ三十歳以上だからこそ魔法使い、ってやかましいわ。
「あれ、でもそれなら日本に帰る必要なくね? 欠勤しても鬼課長に怒られることもなくなったし、実家には年単位で連絡してないからいなくなっても気付かれないだろうし。好きな漫画の続きが読めないのだけはちょっと残念だけど」
そもそも帰ったところで、この体では誰も俺だとは認識してくれないよな。
「よっしゃー、俺は自由だー!」
「ニャア?」
俺の変わりように猫が驚いていたが、それどころじゃないぞ。
そうと決まれば、やっぱり町に行くのが最優先だ。ここに一人でいたら嫁さんはあり得ないからな。あと魔法についても何か見つかれば嬉しい。
気合いを入れて探し回った結果、目当ての本はそこそこ早く見つかった。夫婦の本棚には大したものはなかったが、子供部屋の参考書が当たりだった。盲点だったが、考えてみれば当然か。
まず失念していたが重要なこととして、この世界にはヒュームというヒト族がいる。言われてみれば人間がいない世界もあり得るんだよな。これは素直に良かった。他にもエルフやドワーフ、獣人など様々な種族がいて、魔族もいると書かれている。
次に魔法。この世界では魔法が見つかってからまだ二十年程度しか経っておらず、体系的な分析には至っていないという。水や火などを操るエレメンタル、土と植物に干渉するオーガニック、風や雷など天候に関するウェザー、召喚獣や神の力などを呼び出すホーリーの四種類が見つかっていると書いてあるが、研究が進めば細かく分類され、よくある属性魔法になるのだろう。また、これらとは性質の異なる生活魔法というのもあるそうだ。
魔法は各属性の精霊の力で発現するものと考えられているが、いずれの属性適性も持たず魔法を使えない者も珍しくなく、使える者もせいぜい一種類。訓練によって新たに使えるようになったり適性が増えたりすることもあるが、それは稀なケースだという。逆に精霊の怒りを買ってしまい適性を失う人はそこそこいるそうな。
魔法は有用ではあるが実用レベルで使える人は少なく、研究も始まったばかり。そのため国王の肝煎りで魔法研究所が作られ、魔力が大きかったり複数の属性を得ていたりする者を集めているそうだ。