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2 ここは異世界らしい

 その建物は石造りの一軒家だった。決してお屋敷とは言えない、小屋よりは大きい程度の家だ。誰かいないかと思ったが人の気配はない。それどころか明らかに手入れがされていない。つまり廃屋のようだ。

 もともと半開きだった扉に手をかけ、礼儀として声をかける。

「ごめんください……」

「ニャー」

 返事をしたのは足元にいる猫だけだ。廃屋にはそこそこの確率で霊がいたりして、最悪は反社会勢力のアジトになっていたりするものだと考え身構えていたが、幸いそのような者の気配はない。

「お前の家か?」

「ニャ?」

 違うようだ。もちろん猫の言葉が理解できた訳ではないが、そんな気がする。


 さて、勝手に入っていいのだろうか。住んでいる人がいないにしても、持ち主はいるだろう。いい人ならば事情を説明すれば許してくれるだろうが……いや無理だな、目が覚めたら全然知らない所にいましたー、なんて話を誰が信じるものか。

 しかし当座の雨風を凌げる場所は他にないし、近くの町を探す手掛かりが得られそうなのもここしかない。こんな森の中を無闇に歩いたって人里に辿(たど)り着けるとは思えない。そして町まで何日もかかるのであれば、移動の準備も必要になる。何せ昨日着ていた服を着ていないのだ、身ぐるみ剥がれてここに捨てられたのであれば、車で数時間でも徒歩なら数日かかることもあるだろう。それに……車で数時間どころではなく、もっと途轍もなく遠い場所に連れて来られた予感がしている。確認できないが、気を失っていたのが一晩だけとは限らない。わざわざ服を着替えさせられているくらいだから、薬か何かで数日眠らされていた可能性も考えないといけない。

 ここが地球ですらない可能性? 出来れば考えたくない、出来れば……。せめて、確定するまでは目を背けさせてくれ。


 迷ってばかりもいられない。再度「お邪魔します」と声をかけ、意を決して中に入る。

 正面の部屋はリビングのようだ。中央に机があり、その周囲にいくつか椅子が置いてある。暖炉があるが、その横の壁は崩れて裏庭が見えている。入って左の壁際にはほぼ空っぽの飾り棚が並んでいる。普通の部屋だが、日本人が使っていたようにはあまり見えない。もっとも、石造りの時点で日本家屋ではないのだけど。

 奥に見えている部屋に入ってみる。(かまど)があり、少ないが鍋や皿が片付けられている。どう見ても台所だ。しかし食糧は見当たらない。もっとも食品があったところで、恐らく何年も放置されているだろうから、食べようとは思わない。猫は何やら嗅ぎ回っていたけれど、やはり収穫はなかったようで戻ってきた。

 リビングを経て廊下に戻り、次の部屋を見てみる。二段ベッドがあり、積み木や絵本がある。ここは子供部屋か。その隣の部屋には大きなベッドと本棚があり、窓際には姿見が置かれている。夫婦の寝室のようだ。


 そういえば。あることを思い出し、姿見の前に立つ。現代日本では鏡とすら言えない、大きめの金属板の表面を磨いただけの物で、それすらぽつぽつと錆が浮き出ているが、これでも目的は達せられるだろう。一度深呼吸してからそれを覗き込む。

 姿見に映っていたのは、どう見ても元の自分とはかけ離れたものだった。年の頃は小学生、いや中学生にはなっているか。身長は百五十センチくらいに縮んでいる。子供特有の細い体形ではあるが、筋肉はそこそこあるようだ。髪は栗色、瞳は……青か。いや、片方は赤茶色に見える。まさかのオッドアイだ、これは驚いた。いや驚くべき所は他に幾らでもあるのだが。


 これを見てしまったら仕方がない。俺は現実のうち最初の一つを受け入れることにし、その旨の独り言を発した。

「俺、転生しちゃったのか……」

 いや、さっきからわかっていた。わかってはいたが、できれば認めたくなかった。だが否定し続けても事態は良くならない。時には開き直ることも必要だ。転移でなく転生だから、俺は一度死んだんだろうな。原因は……泥酔の結果、何か事故ったのだろう。間抜けだなあ俺は。


 暫くそこに立ち尽くしていたが、

「ニャー」

 鳴き声で我に返った。そうだ呆けてる場合じゃない、わからないことはまだたくさんある。なぜ転生してしまったのかを差し置くとしても、この体はどこから出てきたのか。もし誰かの体を乗っ取ってしまったのであれば、この世界での名前は、所属は。なぜ家族と一緒でなく一人なのか。そう、まだ基本中の基本しかわかっていないのだ。

 そして、もうひとつ調べることがある。そう、ここがどこであり、町に出るにはどうしたらいいかだ。町まで行けば、俺ことこの少年は誰なのか手掛かりがあるかも知れない。そう願いたい。というか、この両方が確定しないことには何も始まらない。


 という訳で……

「まずはこれだろうなあ」

 俺は本棚の前に移動した。

 近隣の地図、この地域の歴史書、あるいは日記でもいい。決して多くはないが、絶望的に少ない訳でもない量の本。これだけあれば、何かしらの手掛かりは得られるのではないか。

 いや、待てよ。日本の俺の部屋にある本棚、漫画とラノベしかないぞ。この本の持ち主が俺と同じ趣味をしていた場合、ここではない第三の世界の資料しか見つからないかも知れない。それはまずい、どちらの世界にも実在しない場所の地理に詳しくなってしまうぞ。

 まあ、読む前から心配しても仕方ないか。


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