1 オッサンは少年になる
なろう作者もすなる投稿といふものを、一読者もしてみむとてするなり。
最低限の形ができたのでひっそりと置いときます。
たしたし。
何か柔らかいものが顎を叩いている。これはあれだ、肉球?
ざーり、ざーり……。
ザラザラしたものが左頬を撫でる感触で、俺は意識を取り戻した。
猫に舐められているのか。
えっ、猫? 俺は猫を飼っていないぞ。
驚きに一瞬で目が覚める。
「ニャー」
そこには、きょとんとした黒猫の顔があった。
上体を起こして周囲を見回す。
「ここは……どこだ?」
俺はどこかの畦道のど真ん中で寝ていたようだ。
「ニャー、ニャー」
猫が答えてくれているようだが、
「悪いが猫の言葉はわからないんだ」
厚意を受けられないことを猫に詫びてから、改めて前後左右を確認する。
正面には森。林かもしれないが、それを区別する方法を知らないし、今それをする必要もない。かなり深そうなので森でいいだろう。後ろを振り返ると草っ原があった。どうやら元は畑だったように見える。霧がかかっていてよく見えないが、畑の向こうには建物らしきものがある。その奥にはまた木があるので、森の中に一軒家と畑がぽつんとある状態のようだ。
さて、自分はなぜこんな所にいるのだろう。
昨日は……ああ、昨日だ。いつものように出勤したら、社長がいきなり社員全員を呼び集めた。まあ全員と言っても三十人もいないのだけれど。
「皆に重要なお知らせがある」
重要なお知らせと言えば、芸能人なら結婚か休業、又は引退だ。声優さんなら移籍もあるが、さてどれだ。そして社長の隣には見知らぬスーツの男がいる。まさか社長、その男と……それならそれで構わないけれど、どうもそんな空気ではない。
「突然だが、この会社は今日限りで倒産だ。これから裁判所に行ってくる。俺も自己破産する」
正解は引退だった。
スーツの男、弁護士だか会計士だかが言葉を続ける。
「今後の手続きに関しましては追って私どもから連絡させていただきます。本日は荷物を纏めてお引き取りください。早くしないと債権者が押し掛けてきて私物まで差し押さえられてしまいます」
そう言われて昼前には追い出され、同僚たちとファミレスでこれからどうしようかと相談したものの結論は出ず、そのまま居酒屋に流れ込んだ。どうせ仕事はなくなったのだから二日酔いになっても構わないと思い、しこたま飲んだところまでは記憶があるのだが、その覚悟に違わず飲み過ぎたようで、その先を覚えていない。
あの居酒屋は深夜営業をしていない。最近になってやめた某店ではなく、もともとやっていないホワイトな店だ。だから少なくとも閉店までには店を出たと思う。そのあとどうなった。
帰りの電車で寝過ごしたとすれば、田舎に連れ去られることはあるだろう。だがそれだって限度というか物理的な限界がある。電車はレールの上を走り駅で乗り降りするものだから、自分で歩いて行かない限り駅の外には出られない。なのに見える範囲には駅もなければ軌道が通っている様子もない。そしてその時は夜であり、ここは森の中。おまけに記憶をなくすほどの酔っ払いだ。明かりもなく足場も悪い場所なのに長距離を移動するなど不可能なはず。
だとすれば、どうやってここに来たのだろうか。いやこの際、手段は最悪どうでもいい。その結果、自分はどこに来てしまったのか。まず把握するべきなのはそれだ。
そこまで考えて行動を起こそうとしたのだが、それは思わぬ事態によって阻まれた。
場所を知るならGPS。そう思い愛用のスマートフォンを取り出そうとポケットに手を伸ばしたが、そこにはポケットがなかった。というか、そもそも着ている服自体に見覚えがない。どこかの民族衣装っぽいがよくわからない。しかもなぜか腰にナイフをぶら下げている。抜いてみると刃渡り十センチほど。日本でこんなものを目立つように持っていたら、確実に警察に捕まる。
そして、さっき思わず出してしまった声。それは自分の声とは思えないほど甲高いものだった。何より、先ほどから見えている手。それは記憶にあるよりも小さく、日焼けしている。
これらを総合的に考えると、ひとつのありえない結論が出てくる。
「俺は……誰だ?」
俺は須ノ森栄二、三十七歳、身長一七一センチ体重六十二キロ、彼女いない歴三十七年、生粋の日本人で日本から出たこともない。そのはずだ。しかし、今の自分はどうやら少年のようだ。あれか、見た目は子供中身は大人ってやつか。いや冗談を言っている場合ではないが。
場所も身なりも俺が知らないものになっている。
嫌な予感がじんわりと背筋を走る。このような現象について、俺は聞き覚えがある。何らかの力によって、俺たちの知っている地球とは異なる法則に支配されている世界に飛ばされる話を。ただしそれはフィクションとしてだ。自分の身に起こったとして、知っているからハイそうですかと納得するようなものではない。
いずれにしても、どれだけ考え込んでいたって何も解決しない。まずは状況を確認するのが先決だ。第一、考えたくはないが予想が当たっていた場合、ここで無防備に座り込んでいるのは危険なはず。
まずはあの見えている建物に行ってみるしかないだろう。情報を得られそうなのはそこだけだ。そう結論づけ、俺は立ち上がって土を払った。
「ニャー」
あ、猫様も一緒に来るんですかそうですか。
本日は3話投稿予定です。