わがまま皇女と紅き優しい竜
久しぶりの作品投降になります。稚拙な部分も目立ちますが、どうかその時はお声かけ下さると助かります。異種族間、それも身分の違うもの同士での友情物となります。ぜひとも読んで下さると、嬉しい限りです。
これは、魔族たちが住まう国でのお話です。この国にはそれはもう、仲のよいと評判の、皇帝様とお妃様がおりました。そして、その二人の間にはラリサという娘がおりました。
このラリサという娘は大の悪戯好きで、お城の家来たちや、街の人たちにも悪戯をしては困らせていました。でも、皇帝の娘ということから、皆はなかなか叱ることができませんでした。
それに、皇帝様やお妃様がいくら叱っても耳を貸さずに、また次の日には悪戯をしてしまい、二人でも手の施しようがありませんでした。
ある日、ラリサはいつものようにお城の外を飛び回り、また何か悪戯をしてやろうと考えていました。
「キシシ……! どんな悪戯をしてやろうかな?」
そう思った時、彼女の頭上を何かが飛び去っていきました。
「ん? なんだろ? 森のほうへ飛んでいったわね」
ラリサは飛んでいった何かの後を追いかけることにしました。
「全く、どこへいったのかしら?」
そう呟いたとき、ドスンと大きな何かが音を立てました。飛んでいった何かに違いありません。急いでラリサは音のした方へと向かいました。
「えっ? もしかしてこれって……!」
ラリサの目に映ったのは、酷く傷ついた、メスの紅い竜でした。
ラリサは何度も外へ出たことはあっても、本物の竜を見るのはこれが初めてだったのです。ラリサは興奮を抑えられず、すぐに竜の居る所へと降り立つのでした。
「すごい……本物だわ! でも……」
竜はぐったりと横たわり、弱りきっていました。
すると竜は、ラリサの気配に気づいたのか、閉じていた瞳をそっと開きました。
――助けて下さい……。お礼はいたしますから。
美しくも弱りきり、か細い声がラリサの頭の中に響きました。竜の声でしょうか? 驚きつつも、ラリサは竜に話しかけました。
「ふふ~ん……、そうね。助けてあげてもいいわ! この皇女ラリサ様がね!」
――えっ! お偉い人なのですか! ああ、私はなんて幸運なのでしょう! なんでも致しますから、どうか、お願いします!
「なんでも……ね? いいわ、じっとしていて?」
ラリサは不敵な笑みを浮かべながらも、覚えたての治癒の魔法を使って、あっという間に体の隅々まで傷をいやしてしまいました。体中の痛みが引けていくことに、竜は感動を覚えました。
――あなたの魔法はなんてすばらしいのでしょう! ああ、なんとお礼を申し上げたらよいか……。私はこの先にある、宝石の洞窟に住まう、ヴィーヴルというものです。 皇女ラリサ様、この恩を忘れません。なんなりとお使いください!
それをきいたラリサは、ニヤリと笑いました。
――しめしめ、この竜はあたしのいうことを何でも聞くのだから、この竜をこき使って、もっと悪戯ができるぞ!
と、ラリサはひそかに企んでいたのです。
その翌日のことでした。早速ラリサはヴィーヴルにふてぶてしく言うのでした。
「ヴィーヴル? あたしね、お腹が空いたの。町に行って、市場のお菓子屋あるロリポップを一つとってきてちょうだい?」
ヴィーヴルは耳を疑いました。
――なりません! お金はあるのですか? ……なければ、泥棒ですよ? 私はそんなことのために働きたくはありません!
せっかくうまくいくと思ったのに! と、ラリサはふくれっ面で、地団太を踏み、駄々をこねるのでした。
「何でも言うこと聞くっていったくせに! 私は偉いの! あたしの言うこと聞かないと、極刑よ! 嘘じゃないわ!」
さすがにヴィーヴルもこれには、ぞっとしました。子供とはいえ、身分の高いこの子を怒らせてしまったら、本当に極刑になるのではないか。と、そう思ったからです。
「どう、まだあたしのいうことをきかないつもり?」
ラリサは自分のほうが有利だと思ったとたん、得意げな顔になりました。ヴィーヴルはあまり乗り気ではありませんでしたが、「何でも言うことを聞く」と言いだしたのは自分ですし、やむなく彼女のいうことを聞くのでした。
――いいえ。仰せのままに。
ヴィーヴルは、翼をはためかせて、町まで飛び去ってしまいました。
市場にドスンと、大きな音を立てて降り立つと、まわりがどよめきました。目の前に大きな竜がいるのですから。
「ひえっ! 本物の竜だわ! どうかお助けを!」
――命まで奪おうというつもりはありません! ただで、そのロリポップを一つください! でないと火を噴きますよ!
悪者ようなことをしてヴィーヴルは心を痛めていましたが、こうすれば誰も傷つくことなく、事が収まると考えていました。
「も、持って行ってちょうだい!」
店の亭主はロリポップをそっとヴィーヴルの手に置くと、一目散に店の奥へと隠れてしまいました。
――(怖がられても無理はないですよね……。)
ヴィーヴルは悲しそうな表情を浮かべて、空へと羽ばたいていきました。
ヴィーヴルはラリサの所へと戻ると、手渡されたロリポップをラリサに渡しました。ラリサはすっかりご満悦でした。
「やればできるじゃない? んじゃ、いただきます!」
ヴィーヴルはその様子を黙って見つめていました。
日を重ねるにつれて、ラリサは、ますます無茶なことを、ヴィーヴルに言うようになっていきました。時に町の人を脅かしたりするほどの悪さもラリサは命令することもありました。ヴィーヴルも乗り気でないのに彼女のいうことを聞き続けて、やがて、心も体も疲れて果てていきました。
そんなある日の事。突然ヴィーヴルは、ラリサの前から姿をくらましました。おかしい。ラリサはそう思うと、洞窟のほうへと向かいましたが、ここで声をかけても返事はありません。どこへ行ったのでしょう。
「待って? もしかしたらあたしが、悪戯を言う前に街のほうへ行ってるんじゃ……?」
ラリサは気がかりになり、町の広場のほうへと向かいました。
町の広場のほうでは、多くの人だかりができていました。
「なに? みんなして集まってるのはどうして?」
ラリサは気になって降りてみると、集まっているほとんどの人が腰に剣を差していたり、弓を持っていたりと、何だか強そうな人ばかりでした。
その人だかりを抜け、一番前に出るとそこにあったものにラリサは、言葉を失いました。
「え……? なに、これ?」
そこにあったのは、あるお触書でした。
『最近、悪さをする竜が現れるようになった。被害は極めて甚大で悪質である。城の兵士たちだけでは、手に負えないと思われるので、勇気ある有志に、この竜退治を依頼したい。この竜を見事打ち倒したものには、多額の報酬を約束しよう――』
ラリサは今になり、自分がやっていたことの間違いに気づいたのでした。ちょっとした悪戯のつもりがまさかこんなことになるなんて……。こうなってしまった以上はラリサにはどうすることもできませんでした。
でも、このままヴィーヴルの誤解が解けないままでは、ラリサも気が気ではなかったのです。
「きっとこのお触れを出したのは、ママとパパに違いない。言えば何とかなるかな……?」
ラリサは急いでお城のほうへと向かいました。そこで、ラリサは皇帝様とお妃さまに今までの事情を話すのでした。しかし二人ともなかなか信じてくれません。それもそうでした。なぜなら……
「竜族と仲良くなるなんて、そうそうできることじゃないし、竜族はそもそも人里に滅多に現れないわ。嘘を言ったって駄目よ?」
お妃様が困った様子でラリサに言いましたが、ラリサはそれを聞いて怒ってしまいます。
「違うもん! 嘘なんかついてないもん!」
「ラリサ、そういってパパやママたちを困らせないでちょうだい! そうして、いつも悪戯してきたでしょう」と、お妃様。
それに続いて皇帝様も言いました。
「あのお触れを取りやめることはできない。竜が更に悪さをしたら、街の人も、気が気でいられないんだ。どうか分かってくれ」
二人がなかなか信じてくれないことに、ラリサは、半泣きになりながら苛立ち、ついに怒鳴ってしまいました。
「もう知らない! あたしだけでも何とかするから!」
そう言ってラリサは外へとまた出ていってしまいました。
「どこ!? ヴィーヴルはどこ!? このことを知らせなきゃ!」
ラリサは、そこら中を飛び回りヴィーヴルを探しました。しかし、どこを探してもヴィーヴルは見つからず、とうとう夕方になってしまいました。
「もう、こんな時にどこへ行ったのよ……!」
そう言った時でした。遠くから大きな風を切る音が聞こえてきたのです。ラリサは俯いていた顔を空に向けると、遠くのほうから見覚えのある影がこちらに近づいてきたのです。その姿はまさしくラリサが探し求めていたヴィーヴルでした。しかし、ヴィーヴルはラリサに気づくことなくあろうことか、兵士たちの待ち構える、町の広場へと向かって飛び去っていったのです!
「ヴィーヴル!? ……ダメ! 広場のほうへ行っちゃ!」
ラリサは、慌ててヴィーヴルを追いかけました。でも、ヴィーヴルはとても速く、ラリサでは到底追いつきそうにありません。
「間にあえ、間にあえ……!」
ラリサはその小さな体の翼を必死に羽ばたかせました。
しかし、とうとう追いつくことはなく、ヴィーヴルは街の広場の上空へと着いてしまいました。地上では、待っていましたといわんばかりに大勢の兵士や有志の者たちが弓矢や鉄砲と言った飛び道具を一斉に構え始めました。
「予定通りだ! ……あの竜に目がけて、放て!」
兵士や有志の者たちは一斉に矢を放ち、銃弾の雨を降らせました。これに対して、ヴィーヴルは大きく息を吸い込み、巨大な炎を吹き、矢や銃弾を燃やし、溶かしてしまいました。
「ひるむな! 今度は鉛球を打ちこめ!」
兵団の団長の合図とともに、今度は次々と、周囲にあった大砲の火を吹かせました。
これもまたしても、ヴィーヴルは軽い身のこなしでかわしました。
それを追いつこうとするラリサの目にその光景がはっきりと移り、その有様にラリサは胸がキリキリと痛みました。
「もうやめて! ヴィーヴルは何もわるくないの!」
でも、その声が届くはずもなく、無慈悲にも矢と鉛球はヴィーヴルを目がけて嵐のように降り注ぎました。
「なかなかしぶとい竜だ……!だが、皆の衆、諦めるな!? 奴はだんだん弱ってきている! 攻撃の手を緩めるな!」
たくさんの矢や銃弾に加え、大砲の弾が飛び交い、とうとう大砲の弾がヴィーヴルの翼に当たりました。そこからヴィーヴルの動きは鈍くなり、やがて次々とヴィーヴルの体を目がけて、矢と銃弾がこれでもかといわんばかりに当たったのです。
「ヴィーヴル!」
ラリサはそれまで以上に彼女の元へと急ぎました。
ヴィーヴルは飛ぶこともままならず、やがてその大きな体は、地面へと強く叩きつけられました。
「よし、そのままとどめを指せ!」
兵士たちが、その団長の合図とともに飛び道具を放とうとしたときでした。
「やめて! もうやめてよ!」
ヴィーヴルを背に向けてラリサが息を切らして降り立ちました。
「ラ、ラリサ様! なぜこのようなところに!? はやくお立ち退き下さい! その竜は危険です!」
「ちがうの! この竜が、ヴィーヴルが悪さをしたのは私のせいなの! ……私が、私が町のみんなにいたずらしようとして、困らせようとしてヴィーヴルにそうするように命じたの! 私がヴィーヴルに悪さをするように押し付けたの」
「なんと……!」
団長は呆気にとられていました。それを横から見ていた兵士が判断に迷っている様子を見るとすぐにこう怒鳴り散らしました。
「ばかもの! 早く兵士と、有志の者に弓と鉄砲を降ろすように伝えろ!」
「で……ですが!」
「あのラリサ様のお顔を見てみろ! ラリサ様が、あんなに必死であの竜を守ろうとしている。……嘘を言ってるようには思えん」
兵士たちや有志の者たちが弓矢や鉄砲を降ろしたのみて、ラリサは大きく安堵の息を漏らしました。ですが、ぼろぼろに傷ついたヴィーヴルに目をやると、ついにこらえきれなくなり、とうとう泣きだしてしまいました。
「ヴィーヴル、こんなにボロボロになって……。今、治すから! 魔法で治すから!」
ラリサは、ヴィーヴルを最初に救ったときのように、同じ魔法で傷を癒そうとしました。ですが、傷口があまりにも深かったせいなのか、自分の魔力が少ないせいか、何度やってもちっとも傷が治りませんでした。
「どうして!? どうして!?」
全く治らない傷を前に、ラリサはがっくりと肩を落としました。すると、ヴィーヴルはうっすらと目を開け、そっと微笑んでかすれた声でラリサに優しく言いました。
「もう……よいの……です。貴方は……それに、きづけたのですから。……これは、町の皆様に悪さをした……私への報い……なのですから。……貴方は、大事なことを……知れた、それが伝わって……良か……った」
ヴィーヴルは再び、静かに瞳を閉じました。
「ねぇヴィーヴル、嘘でしょ! 死んだってことないよね!? 起きてよ! ねぇったら……! 私が今度はヴィーヴルのいうことちゃんと聞くから……!」
その思いにヴィーヴルは何も答えず、ただ黙ったままでした。そして、ラリサは今までのことを思い出し、深く悔やみました。
「ヴィーヴル……そんなの嫌だ! 起きてってば!」
ラリサはヴィーヴルの前で泣き崩れました。団長や兵士たち、有志の者たちは、どうすることもできず、ただ黙って、泣いているラリサを見守っていました。
それから、一月ほど経った時のことでした。あれからというもの、ラリサの心にはぽっかりと穴が開いたかのように、ラリサは自分の部屋から一歩も出ずにふさぎ込んでいました。それを見た、皇帝様やお妃様は不憫に思い、彼女の部屋の前に行き、あることを伝えました。
「ラリサ……ちょっと、いいかい? パパとママのところにさ、どうしてもラリサに会いたいって、言ってる人が来てるから、……通してもいいかな?」
ラリサはそんなどころではありませんでしたが、そんな自分に知り合いなんていたっけ? と、不思議に思いました。
「誰だか分からないけど……とおして? 会いたいんでしょ、その人」
やつれた声でラリサは答えました。
「じゃあ、ママが呼んでくるからね? 待っててちょうだい……?」
お妃さまと皇帝様はそういうと、ラリサの部屋の前から去りました。誰なんだろう? ラリサはそのことも頭の中でもやもやと渦巻き始めました。そして、その人が来るまでの短い間、それがとても長くも感じました。
そうして出てきたのは、紅くつやのある、透き通るような髪をした、眼鏡をかけた美女でした。立派な服を着ているあたり、そこそこな階級の人なのだと思いました。ですがラリサには、そのような知り合いなどいませんでした。
「あのさ、あんた誰……?」
ラリサは、見覚えのない人に怪しいと思い、眉をひそめ首を傾げました。すると、その美女はにこっと、ほほえみ、背中からある物をラリサに渡しました。ラリサはそれを見てとても驚きました。
「これって……あの時もらったロリポップと全く一緒……! もしかして!」
それを聞いてその美女は体を伸ばしました。すると額には赤い宝石が浮かび上がり、背中には翼が生え、背中からは尻尾が勢いよく飛び出しました。
「また、会えましたね? ラリサ様」
「ヴィーヴル……どうして!? でも、でも……」
ラリサは、勢いよくヴィーヴルに抱き付きました。
「よかった、生きてたんだ……! もう、心配させて……!」
ラリサには嬉しさのあまりに喜びの涙がボロボロとこぼれました。それを見てヴィーヴルは穏やかに笑い、彼女の頭を優しく撫でるのでした。
――ねぇ、ヴィーヴル? どうして生きてられたの?
――それはですね、ラリサ様のために強くいきたいと願ったからですよ。
――今度はラリサがヴィーヴルのお願い事、聞いてもいい?
ヴィーヴルは、ラリサに優しく微笑んで言いました。
――貴方の家庭教師になりたいのです。お傍に居させてください。
ラリサはニッと笑い、ギザギザした歯を見せ、縦に首を振るのでした。
――いいに決まってるじゃん。ずっと傍に居てね。 あたしの友達、ヴィーヴル!
――もちろんです! ラリサ!
二人の笑顔はそれはもう、太陽のように穏やかに、優しく輝いていました。
〈了〉