何の為に戦いますか
鬼迷宮の入り口にたどり着き、リョウガは迷わず中に入ろうとする。
「まて!リョウガ」
「なんだ!アキラ、ここまで来て怖気づいかのか」
「いや、違う、聞いてくれ、中に入ったらなるべく固まって行動するんだ」
後ろを確認しつつ、中での動き方を簡単に説明する。すぐ後ろには無数の邪鬼が僕らに向かって来ているのが見える。
「いいか、中に入れば道が変わる、あまり離れているとはぐれてしまう。はぐれたら、終わりだ」
僕たちは、黙って頷きあい、小さく固まり洞窟の中へと入っていく。
リョウガを先頭に、サキ、僕、そして最後をアスカに任せて僕たちは走り出した。
中に入れば来た時と同様に、洞窟内の壁や天井が淡い光を放ちだした。リョウガとアスカは一瞬、周りを見渡したが、今は口を閉ざし走る事に集中している。四人は出来るだけ密着しているので相手の足を引っ掛けないように注意しながら走って行く。
「おい!アキラ!この先に分かれ道があるぞ、どっちだ!」
先頭を走るリョウガの声が洞窟内に響いている。僕は少し考え口を開いた。
「サキ、どっちだ!」
突然呼び掛けられたサキは返事に困っている。
「どうして、サキに聞くんだ」
すぐ後ろからアスカの声が聞こえた。走っているのに穏やかな声が。
「おそらく人鬼岩の石は、サキを呼び寄せる。サキの行く先に人鬼岩があるはずだ!」
「……分かったわ!それじゃ、右!」
「右でいいんだな!行くぞ!」
リョウガはサキに言われた通りに、右へ。
その後も分かれ道に出るたびにサキが答え、その方向に進んでいく。
「アスカ!後ろの邪鬼は追いかけてくるか!」
「いや、何も見えない、ただ気配は感じるぞ」
僕たちは邪鬼に遭遇する事なく走り続けしばらくすると、少し広い空間に出た。あの人鬼岩のある空間に。
僕は再び人鬼岩の前に立っている、やはり眼の奥には赤と青の輝きがある。
「これか!これをぶっ壊せばいいんだな!」
リョウガは言うより早く、人鬼岩の前で深く腰を落とし。
〝ドンッッ〟
空間を揺るがすような衝撃音を辺りに響かせ、体重を乗せた正拳突きを叩き込んでいた。
しかし人鬼岩はパラパラと石の欠片を落とすだけで、破壊は出来ていない。
「なっ、このー」
リョウガは歯を食いしばり、その後も左、右と打ち込むが洞窟内にその音が響き渡るだけで人鬼岩は破壊できないでいる。
「くそ!どうなってんだ!」
リョウガに焦りの色が見えた。
リョウガにこれが壊せないなら、どうやってこれを。辺りに何か使えるものがないか見渡した。しかしそんな物は何も見当たらない。
「アキラ!邪鬼が来るぞ!」
アスカの声に反応し素早く振りむき僕たちが通ってきた道を確認する、そこには、赤い目をした邪鬼犬が一匹、ゆっくりと暗闇から姿を現そうとしている。
―そうか!―
「アスカ!その邪鬼犬に遠吠えをさせるな!」
咄嗟に、僕はアスカに叫んでいた。
邪鬼犬……サークルタウンに入る時も犬の遠吠えがきっかけで、僕らは邪鬼に囲まれた、あの邪鬼の生まれる洞窟でも、邪鬼犬の遠吠えですべての邪鬼が眼を覚ました。
―邪鬼犬は仲間を呼ぶための―
もう少し時間が欲しい。せめて人鬼岩を破壊するまでは。
「シッ!」
アスカは地を蹴り、自身の残像を残すような速さで邪鬼犬に向かっていく。
「ワォーー」
〝シャキィーーン〟
邪鬼犬の雄たけびと同時にアスカの剣の音が鳴り響いた。体は崩れ落ち、中から邪鬼犬の魂がゆらゆらと上がって上空を漂い始めた。
「リョウガ!邪鬼が来るぞ!急ごう、何かいい方法は無いか!」
リョウガと共に木剣を振るが、人鬼岩に弾かれるだけでびくともしない。
「来るぞ! まだか!」
アスカが僕たちに背を向け戦闘態勢で剣を構えている。向かってくる邪鬼を見据えて。
サキは口元に両手をあて、地団駄を踏んでいる。
「くそーかてー、おい!アキラおまえの鬼の籠手を使え!」
あの時から装備したままの鬼の籠手を見た、もうすでに助けられている籠手を。そうか!衝撃を跳ね返す籠手、これで殴ればその衝撃はすべて人鬼岩に伝わる。
「 分かった!リョウガ同時に行くぞ!」
左拳を握りしめ人鬼岩に裏拳を当てようと力をためる。
リョウガもこれまでになく深く腰を落とし最大の正拳突きを繰り出そうと身構える。
「行くぞ!アキラ!1、2、3!」
「ウリャー」
「フッ!」
〝ドガッー〟
洞窟を揺れ動かすような凄まじい音と同時に人鬼岩が砕け、あたりにその破片を撒き散らしている。飛び散る破片の中に、赤と青の輝が宙を舞うのを見つけた、そのうちの一つが僕の足下に転がり落ちた。青い球、青行岩。もうひとつ、赤の玉の行方を追った。
赤の玉、赤来石はサキの足下に、サキは両手で包み込むように優しく拾い上げた。
僕も青行岩を拾った。子供のこぶし大の透き通る青行岩を覗き込めば、果てしない宇宙が広がっているように見える。
サキと眼を合わし、大きく頷いた。
サキも頷き返し、大事そうに鞄に入れた。
僕も鞄に……あっ、僕の鞄は菩薩様の所に置いてきた……木剣だけを握りしめ、飛び出した、その時のままだったのを、思い出した……。
―ワォーーン―
―グォーー―
聞いたことのない唸り声が聞こえた。
「くそ!鬼人だ!」
リョウガが舌打ちする。
「―来たぞ!」
あたりを警戒していたアスカも声を上げた。
「おやおや、まさか貴様ら人間が赤来石と青行岩にたどり着くとはな……まあそんなことはどうでもいい、返して貰おうか、その石を」
闇の中から声が聞こえる……。
この声は!あの邪鬼の生まれる場所で聞いた声。
青行岩をポケットに押し込み、サキを守る様に木剣を構えた。
「極悪人なのか!」
『鬼人や邪鬼を増やし人々を殺し尽くそうとする者たち』菩薩様の言葉が脳裏をよぎる。
「この私が極悪人だと、なんと失礼な、私は貴様たち人間の望みを叶えてやろうとしているのだぞ。人間は殺し合いたいのだろ。それが望みなのだろ。その望みを私が叶えてやろうというのだ。」
「ちがう!みんな平和に生きたいんだ!おまえは間違ってる!」
木剣を強く握りしめあたりを見回した。
闇の中から邪鬼犬の姿が見えた。数は七匹。その後ろに二本足で歩く、上半身が異様に大きく見える何かが居る。
「鬼人だ!」
リョウガが低く呻いた。
その鬼人が姿を現した。やはり下半身に比べ上半身が異様に大きい、その体は邪鬼犬と同じく無数の赤い亀裂が入り、丸太のような腕は地面に届きそうなくらい長い。その手に棍棒のような鈍器を引きずっている。
下顎からは長い牙が二本突き出ていて、鼻は潰れ真っ赤な眼には殺意しか感じ取れない。これで頭に角でもあれば完全に鬼だろう。
これがリョウガの言っていた鬼人。
「くそ!鬼人が四体もいやがる」
僕たちは邪鬼犬と鬼人に取り囲まれてしまった。
リョウガとアスカが前衛で邪鬼の攻撃に備え、僕はその後ろでサキを隠すように木剣を構える。
「鬼の籠手を身につける貴様は何者だ。人間ではないのだろ。鬼か。それとも……」
邪鬼が道を開け、奥から極悪人が現れた。
線の細い体に今にも折れそうな細い足どう見ても鬼人のほうが恐ろしさを感じる。
背中には六本の剣が、扇状に広がっているように……ちがう!
六本の剣に見えたのは腕、六本の腕のうち四本の手に剣を持ち残り二本の腕は肘を張りだし胸の前で合掌をしている。驚きはまだある顔が三面、正面を見据える顔、左右をそれぞれ見据える顔が。三面六臂。三つの顔に六本の腕、聞いたことがあるぞ。
「阿修羅か!」
リョウガがその正体の名を明かした。
「え、だって阿修羅って、四天王と同じ天の位、正義の為に戦う戦闘神じゃないの」
サキも阿修羅のことは知っているみたいだ。
「そう、わが名は、阿修羅、人間の正義の為に戦う戦闘神。だから人間の正義を守ろうと言うのだ。殺し合うのが人間の正義なのだろ。その望みを邪鬼と共に叶えてやろうとしているのだぞ」
「何を言っている!阿修羅は天の者だろ! 天の阿修羅が!地に落ちたか!」
天に憧れるリョウガの怒りが爆発した。
リョウガは初動なしのステップで地面を蹴った。目標は阿修羅。
しかし阿修羅にたどり着く前に、邪鬼犬が牙を剥き出し襲いかかってくる。
体勢を崩しながらも邪鬼犬の牙をよけ、邪鬼犬のこめかみに狙い定め拳を叩き込む。邪鬼犬の体はバラバラと崩れ、魂が中から解放されて行く。
邪鬼犬を打ち抜いたその刹那、背後から鬼人がリョウガの頭を潰そうと、棍棒を振り下ろしてきた。
体制を立て直すのに手間取ったリョウガは避けきれずに、受けに行った。
籠手を装備した両手を眼の前でクロスさせ、その棍棒を受けると同時に衝撃を逃す為に後ろに跳んだ、凄まじい音が響きリョウガは壊れた人形のように地面を転がった。
そこに邪鬼犬が大きく牙を剥き出し今まさにリョウガを噛み砕こうとする。
―シャリーン―
甲高い音と共に大きく口をあけた邪鬼犬の頭が、地面に転がりボロボロと崩れた。
アスカは瞬時の動きで邪鬼犬を両断した。
「いけるか、バカリョウガ」
アスカはこんな時でもバカは外さない。
「けっ、余計なお世話だ」
二人は背中合わせで体制を整え、共に地面を蹴った。
リョウガは直線的な動きで相手をとらえ拳を叩き込んでいく。
アスカは流れるような、曲線的な動きで相手を翻ろうし、最小限の動きで攻撃をかわし瞬間、アスカの剣が瞬き、そこにいた邪鬼犬がボロボロと崩れ落ちる。
鬼人に対しては二人、息を合わせて向かっている。
―僕は、何をやってる―
サキの前に立ち、見ていることしかできないのか。
その時、僕とサキに向かって邪鬼犬が襲い掛かってきた。
「アキラ!」
「おめー!」
口を大きく開けた邪鬼犬が眼の前に迫る。
―ガリッ―
咄嗟に突き出した鬼の籠手を噛み砕こうとする邪鬼犬の牙は、脆くも粉々に砕けた。
その邪鬼犬を振り払おうと。
「キャッ!」
サキの悲鳴で振りかえる、もう一匹の邪鬼犬がサキを襲う。さきは避けようと身を振るが間に合わない。
右手に持つ木剣を振ろうと腕を動かす。
《何の為に戦いますか》
「くっ、またっ!」
木剣を振るのをやめそのまま右手を突き出した。
―グサッ―
「アキラ!」
激痛が走り、腕が赤く染まっていく、構わず邪鬼犬を振り払おうとする前に邪鬼犬は自らその牙を外し何かに脅えるように後ずさりした。
牙が砕かれた邪鬼犬、何かに脅える邪鬼犬を、眼を見開き睨みつける。
隙を見せれば襲い掛かってくるだろう。
僕は手が出せない。
またあの声が聞こえた。僕は、何の為に戦うんだ。
サキを守る為、それでいいのか。
僕の体が今まで以上に熱い、呼吸は荒く、全身から汗が噴き出し、その汗が体の熱で蒸発しているのが分かる。
―グォー―
咆哮がすぐ後ろで聞こえた。
これは、鬼人か!
振り向くと、サキが頭を抱えて小さくうずくまっている。
そのサキを打ち砕かんと鬼人の棍棒が振り下ろされた。
「「サキ!」」
遠くでリョウガとアスカの声が聞こえたような気がした……。
僕は……何も考えていなかった、体が勝手に動いた。
「うぉぉぉーーー」
僕は全身を使って叫びながら、両手で木剣を握りしめ下から上に、鬼人の棍棒を打ち上げるように力任せに叩き上げた。
―ガギ!ゴギ―
鈍い音がして木剣は大きく振り上がった。
そこにあった棍棒は、砕けた鬼人の腕もろとも空を飛び、放物線を描き落下していく。
間髪をいれずに振り上げた木剣を持つ両手に再び力を込め、上体を大きく伸びあがらせ利き足を一歩前に出しながら最大限の力を溜め、鬼人に頭めがけて力任せに振り下ろす。
毎日鏡の前でやっていた正面切り、竹唐斬。
竹唐斬は鬼人の頭を割るに留まらず、鬼人の胴体までも砕いた。
間を置かず振り向きざま襲い掛かってくる牙のない邪鬼犬めがけて、左から右への水平切り、右薙斬を繰り出した。邪鬼犬は爆散し魂が解放されるのを横目にもう一匹、左から襲い掛かったきた邪鬼犬めがけ、こんどは鬼の籠手を叩き込み邪鬼犬を爆散させた。
……見上げれば上空にいくつもの魂が漂っている……。
「ぐぉぉぉぉぉ――――」
僕は叫び声を上げた。僕の声ではない獰猛な声で。
「グォォォォォ――――」
叫ぶたびに僕は、僕で無くなっていく……。
僕を見て脅えるサキを突き飛ばした。まだ僕であるうちに……。
「アキラ!どうしたの!」
アキラに突き飛ばされ、地面に転がるサキは声を上げた。サキの脇にリョウガとアスカが駆け寄ってきた。
「アキラ!どうしたんだ」
「てめーアキラ!」
言葉をなくしたサキはただ茫然と、自分には関係のない事柄のように、眼の前の信じられない光景を見つめていた。
アキラが邪鬼を相手に暴れている。自らの身を守ることもせず。邪鬼の攻撃も力でねじ伏せ。
ただ邪鬼を殺すことだけを目的に。
赤く染まったアキラの全身からは黒い影か立ち上り、アキラの眼には瞳がなくなり、ただ赤く燃えている、殺意に満ちた光を放ちながら。
すでに鉄芯が剥き出しになっている木剣を左右に振り、邪鬼を打ち砕いて行く
襲い掛かる人鬼。逃げ戸惑う邪鬼犬。容赦なく木剣を打ち付け鬼の籠手でそれを粉砕していく。
邪鬼や人鬼を圧倒的にしのぶ力。鬼の力がアキラを取り巻いて行く。
「アキラ!しっかりしろ!」
リョウガは声をかけアキラ近寄る。
アキラは振り向きざま、殺意のこもった赤い眼をリョウガに向け木剣を水平に、左薙斬を繰り出してきた。
リョウガは両手の籠手で受け止め、その衝撃で後ろに飛ばされた。
「くっ、アキラ!てめー! てめー、答えはっ!何の為に戦うんだ!」
リョウガは懸命に叫ぶが、アキラは低い呻き声を発するだけで、答えはしない。
「サキ!しっかりしろ!サキ!どうすればいい!なにか出来ることは無いか!」
アスカは茫然とするサキを抱えながら、自分に何か出来る事がないかサキに迫る。
「あ、アキラじゃない……アキラはどこ……」
〝バシッ〟
アスカはサキの頬を叩き、眼を覚まそうとする。
「アキラが鬼になろうとしている、しっかりしろ!」
アスカを見るサキの眼に光がもどり焦点があう。
「ア キラが……アキラ?……」
「フハハハハ、これはいい、奴は鬼になるか、すべてを破壊する鬼に、それも最恐の黒鬼か。フハハハハ、世界は滅ぶぞ。私が何もしなくても黒鬼が世界を滅ぼす。私は見ているだけでいい、この世が滅ぶのを。フハハハハハハ」
阿修羅の耳障りな声を聞きながらサキは立ち上がりゆっくりと歩き出した、その速度は徐々に速くなり最後には、アキラの元へ駆けだしていた。
その眼にはサキの決意が映る。
―ひとりじゃ行かせない、私も行く―
近付くサキにアキラは迷わず木剣を振った。
アキラの振った木剣はサキの持つ鞄に当たり、サキの額をかすめて通りすぎていく。
額の傷から一筋の血が流れ、サキの大きな眼に溜まった涙と共に頬を伝った。血の涙を流すように。
サキは小さく息を吐き、再びアキラの元へ駆けだした。
アキラも大きく両腕を広げサキを迎え撃つ。
アキラが木剣をサキに向けて振り下ろそうと動いた瞬間。サキの両側をリョウガとアスカが疾風の如く追い抜いていく。
リョウガはアキラの左側鬼の籠手を。アスカは右側アキラの持つ木剣を目標に攻撃を仕掛ける。
が、リョウガもアスカも難なくあしらわれそれぞれが地面に転がる。
サキがその隙にアキラに正面から飛び込み、抱き締めるようにしがみ付いた。
アキラがサキを振り払おうとするが、サキは必死にしがみ付き何とか離れまいとする。
「アキラ、捕まえた。もう離さないから」
サキがアキラの耳元で囁いた。
アキラの動きが一瞬止まったように思えた。
「!!」
「アキラ、アキラ、聞こえるアキラ、アキラ、アキラ!アキラ―――ッ!」
サキはアキラに呼びかけ、最後には悲鳴に近い声を出した。
「行かないで、アキラ」
「――――――」
「エヘヘヘ、 今度は、おにさんが逃げる番だよ」
「なっ、何、この俺が逃げるのか。俺は鬼だぞ」
「だって、私がタッチされたんだもん。だから、鬼、交代。私が鬼で、おにさんが逃げるの、分かった」
「まてまて、俺は黒鬼だぞ。黄鬼より、緑鬼より、青鬼や赤鬼よりも強い黒だぞ。最恐の黒鬼だぞ。その俺が逃げるのか」
「だって、今は私が鬼だもん」
「おまえ、天使だろ?」
「もう!おにさんが逃げるの!さっ!早く逃げて! 早く!」
「わ、分かった、逃げる……どけ!お前ら!食っちまうぞ!」
「おにさん、こわーい。ほらみんな怖がってるよ、だめだよ食べちゃ。みんなの笑い顔が見たいんでしょ。怖がらしたら笑顔になれないよ」
「お、おぅ、どうすればいい」
「エヘ、そうゆう時はね『すいません、通して下さい』って言うの」
「す、すいません、通して下さい」
「エヘヘヘへへ、そうそう、おにさん上手。ほらみんな笑ってるよ」
「さっ、早く逃げて追い駆けるわよ」
「よし!お前たち!逃げるぞ!」
「…………」
「あっ、まって、おにさん」
「今度はなんだ、逃げればいいんだろ」
「……おにさん、呼ばれてるよ。行ってあげて」
「……この俺を呼んでいるだと、俺は忙しいおまえが来いと言え」
「だって……呼んでるの、私だもん、私が呼んでるの、さっ、早く行って。この続きはまたしようね、約束だよ。あっ、おにさん怖いから怒ったらだめだよ、それと食べちゃダメ、それから笑ってごめんってゆうの、えーと、えーと、おにさん鬼だけど、鬼じゃないから鬼が来たら逃げるんだよ!分かった!………………」
「―――――――」
…………僕はどうしたんだ、サキを助けようとして、鬼人に木剣を振った……僕は鬼になったのか。
黒鬼に。
《何の為に戦いますか》
また聞こえるこの声が。
僕は何の為に戦えばいいんだ!
《それはあなたが決めること。あなた自身の心が》
声が答えた、ここは何処だ、僕は今、何処にいる。
《ここはあなたの心の中、私の声が聞こえているようでしたら、まだ、アキラでいますね》
僕の心の中……。
《自身の心に問いなさい、何の為に戦うのか》
僕は、鬼なのか。いや、鬼だった。
《そう、あなたは鬼だった。最恐の黒鬼。その黒鬼が、悪鬼獄と地獄を繋ぐ地獄の門を破り、閻魔の前で、数百本のロンギニスの槍を受け、息絶えた。守る様に抱えた天使と共に》
天使?あの天使か。
《鬼はこの世で転者となった。しかし鬼は生まれ変わっても鬼。私は鬼の魂を人間に転生させた。禅の心と、悪の心、双方の心を持つ人間に》
―明王と鬼は表と裏―
僕は明王か鬼に。
《私はあなたが鬼にならぬよう、明王になるよう、あなたを見守る為に、あなたの心に宿っています。私がまだあなたの心に在るとゆう事は、まだ間に合いますよ》
あなたは阿弥陀如来?
《私は阿弥陀、この世の生きとし生ける者の魂を、転生の地へ導く者。アキラ、時がありません。答えなさい、何の為に戦いますか》
僕は何の為に戦う?
僕は何故戦う?
僕は戦って何がしたい?
僕が戦って何が起こる?
サキを守ろうとして剣を振った。
黒鬼も天使を守る為に戦ったのか。
サキを守る為に戦えばいいのか。
――『アキラ隊員、今から私の守備隊、第一号に任命する』――
僕は……サキを、守りたい。
――『私の願い、どうしよっかな~言ったら駄目なんだけどな~』――
そうだ、僕はサキを守る為……。
《そうですか、それが、アキラが心から願う事なのですね。その心を持ち続ける為、アキラの心の中に潜む鬼と、勇ましく闘いなさい。揺るがない、不動の心を持って生きなさい。アキラがアキラとして生き続ける為に、不動心を持って……行きなさい……》
「ア……キラ……アキ……ラ、アキラ」
サキがいる。目前にサキがいる。僕に必死にしがみつくサキが。
大きく息を吸った、体の熱が下がるのが分かる。……サキの香りを感じた。
全身に痛みが走り、崩れ落ちそうになるのを、サキに寄りかかることで何とか堪えた。
「! アキラ! アキラなの」
真正面から見つめるサキの顔が僕の目の前にある。その、サキの眼から血の涙が流れている。
「サキ……ごめん、大丈夫か」
僕は何とか笑おうとするけど顔が引きつり上手く笑えない。
「なっ、何言ってんのよ、私は大丈夫よ。アキラこそ大丈夫なの」
サキは大粒の涙をこぼしながら、また、僕の心配をしている。
そして僕はいつものセリフを言うんだ。いや今回は少し違う。
「大丈夫、僕は、僕の答えを見つけたから」
そう言ってもう一度、笑顔に挑戦した。
「アキラ、すっごい怖い顔、フフ」
サキは僕に笑みを返し、もう一度、僕を強く抱きしめた。
「アキラ、アキラなのか、答えは出たのか」
アスカは僕の右側で、背を向け、問い掛けてくる。その後ろ姿は肩で大きく息をし、右足を引きずっている。着ている物もあちこち裂け、破れ、血がにじみ出ている。
「アキラ!てめー、何の為に戦うんだ!」
リョウガの体もすでにボロボロになっている。左腕は上げることも出来ないのか力なく垂れ下っている。今にも崩れ落ちそうな体をリョウガの気力だけで支えてるように見える。
二人とも僕とサキを守ってくれたのか。リョウガ、アスカ……。
邪鬼の数も減り、今では鬼人が一体と阿修羅だけになっていた。
上空には無数の魂が行き場所を求め漂っている。
「フハハハハ、鬼になり損なったか。面白いものが見れると思ったんだがな。ならば聞こう……貴様は、何者だ」
サキとそっと離れ。阿修羅と向き合う。鉄芯が剥き出しになっているただの鉄の棒を構え。
サキ、リョウガ、アスカの視線が僕に向けられる。
その眼を順番に見つめ返す。
サキの眼は優しく、すべてを温かく包み込むように凛々と輝いている。
リョウガの眼は鋭く、獲物を探すがごとく爛々と輝いている。
アスカの眼は厳しく、でもどこか悲しみに濡れた清々と輝いている。
三人とも眼が輝いている。ここで転者になる眼じゃない。僕もここで転者になるつもりはない。僕がこれから守って行く物の為にも。
「僕の名前は!不動明!サキを守る為……」
「フハハハハ、やはり貴様もただの人間か!自分が愛する者の為に戦う!それ以外の者はどうなってもよいのだろ!愚かな!鬼になればよかったものを!ハハハハ」
僕の言葉を遮り、阿修羅が耳障りな言葉を発した。
もう一度大きく息を吸い込み、耳障りな声に負けないよう大声を出した。
「黙れ!阿修羅! 僕は!サキを守る為! サキとサキの願いを守る為に戦う!」
それが僕の、戦う理由。
「おい!サキの願いってなんだ!」
「あたしも知らないぞ!」
リョウガとアスカがサキの顔を覗き込み、サキの答えを待っている。
「えっ、わたし!えっ、まさか!弥栄神社の……ア、アキラ、あんた」
サキは胸の前で手を合わせ、僕に視線を送っている。
「私の願いは、世界中のみんなが笑顔でありますように」
僕は、サキに頷き、そのあとの言葉を引き継いだ。
「世界中のみんなが笑顔でありますように。生きているみんなの為、転者のみんなの為に。そのサキの願いを守る為、邪鬼の中に閉じ込められた魂を解放する。サキの唄に乗って転生の地へ行き、笑顔で、まだ生きている人たちを見守ってもらいたい。その為に剣を振り、邪鬼を討つ!」
それが僕の答え、僕の戦う理由。
「おうっ! 世界中のみんなかっ! 生きてる奴らも、転者になった奴も、みんな笑顔か! 気に入った! 」
リョウガも大声を出し、上体をそらし大きく胸を開いた。
「俺の名は!ギ・リョウガ! 俺はアキラが戦う奴と戦い、勝つ為に強くなる! アキラが守るものを共に守る!」
リョウガは意気揚々と宣言し、僕を見て白い歯を見せる、真っすぐなリョウガは僕の出した答えに共感を得たみたいだ。
強さを求めるリョウガにも、その答えが出たみたいだ。
僕と共に?どこまで共に?なんてことを考えながら、サキに眼を向ける。
サキは、乾いた血の涙が付いた顔を伏せ、手を強く握りしめている。
いつもの明るく元気なサキはそこにはいない。自分の為すべきことの重圧に押しつぶされそうな、今にも崩れ落ちそうなサキがそこにいる。
サキの横に寄り添い、強く握られたサキの手を、僕の両手で包み込んだ。
「アキラ、私が、みんなを転生の地へ送るなんて、それに唄って……そんなこと……」
サキは消え入りそうな、か細い声を出している。
「邪鬼の生まれる洞窟で……私のせいで、町の人たちは……」
僕はサキを包み込む手に力を込めた。
「大丈夫、サキなら大丈夫。僕も夢を見たよ、サキの見た、おにごっこの夢。黒鬼と天使が鬼ごっこしている夢。僕は、黒鬼だった。サキは天使だろ。天野沙祈だろ。祈りの言葉とか。阿弥陀如来の力とか。そんなこと何も考えなくていい、サキが心から願うこと。サキの中からあふれる言葉を素直に、口に出せばいいんじゃないかな。阿弥陀如来はそんなサキの心を見てるよ、転者になった魂も素直なサキの心を見てくれるよ。みんな心で繋がってるから」
「……アキラ……うん」
サキは両手で血の涙をぬぐい真っすぐ前を見た。眼には光が戻り、ぬぐった血の涙の跡がその決意を語っているように見える。
両手を合わせ、背筋を伸ばすサキ。大きく息をすい、ゆっくり、時間をかけて吐き出す。
サキの周りが凛とした空気に代わる。
サキの周りに淡い光が集まってくるのが分かる。
もう一度大きく息を吸い、サキが唄を唄い出した。
透き通る、綺麗な声で。
私の放つ光が限り絶えることなく
世界の隅々まで届きますように
命あるものに死はありません
あなたを愛する者たちの心の中で
あなたは生きています
あなたと共に生き続けています
生きている者たちと共に
同じ場所で 生きていけるのだから
転生の地へ赴き 安心して見守って下さい
あなたの愛する者を
あなたの大切な者を
あなたの愛おしい者を
あなたの優しい心で見守ってあげて下さい
分け隔てなく命ある世界を覆い尽くす私の言葉を持って
生きとし生ける者の幸せを 心より念じます
心を開き素直に受け入れて下さい
私の祈りが光となり
あなたの行く道を照らしますように
私の放つ光が限り絶えることなく
世界の隅々まで届きますように
心に響く、澄んだ綺麗な声で唄うサキの体が、眩いばかりの光を放ち出した。
この、人鬼岩がある空間が、サキの光で満たされていく。
上空にゆらゆらと漂う魂もサキの光に包まれていく。光に包まれた魂はゆっくりと、さらに上空へ昇って行く。
洞窟の天井に当たる寸前、それはまるで、夜空に上がった花火が、光の尾を引いて地面に吸い込まれる様に、魂もまた、天井に吸い込まれる様に、光の尾を残し消えていった。
「何だと!阿弥陀の力も借りずに、転生の地へ送るだと!ええい!邪魔者め!」
阿修羅が言うと同時に鬼人が襲いかかってきた。
木剣ではなくなった鉄棒剣を構え、鬼人の動きに集中した。
リョウガとアスカは、立っているのも辛そうだ、僕が何とかしなければ。
鬼人は、大きな体躯を揺らし、手に持つ棍棒を地面にこすらせながら、獰猛な唸り声を響かせ迫ってくる。
右手一本で鉄棒剣を大きく水平に構え、左手の鬼の籠手で盾を構えるように前に突き出す。
今、頼れるのは鬼の籠手だけだ、鉄棒剣になった剣は役に立たないだろう。
鬼人は目前に迫りあまりにも大きな巨体を、さらに大きくのけ反らせ棍棒を高々と振り上げた。鬼人の体中にあるひびが大きく口を開け、中からどす黒い赤い光が漏れている。
遥か上空から振り下ろされようとする棍棒の前で、僕は小さく身構えた。
この鬼の籠手で、鬼人が振り下ろす棍棒をはじき返せるのか不安は残るが、今はこれしかない。
鬼人の棍棒が振り下ろされる、いかなる物でも破壊しそうな勢いで。
鬼の籠手で、まともに受けることはせず棍棒の力を逃がすように少し角度をつけた。
〝ガキッッッ!〟
つんざく音が辺りに響き、僕の左手が大きく弾かれた、しかしそれ以上に鬼人の棍棒を弾き返していた。
弾かれた棍棒に引っ張られる様に、鬼人の体はのけ反りその巨体が宙に浮いている。
大きく口を開ける体中のひびをめがけて鉄棒剣を水平に薙ぎ払う、乾いた音だけが響いた、所詮は鉄の棒、鬼人の動きを一瞬遅らせることしかできなかった。
鬼人はのけ反りながらも棍棒を持ってない左拳を、僕の体を打ち抜こうと振り上げてくる、地面の岩を砕きながら。
棍棒を弾き返した勢いに引っ張られる様に、体制を崩しながらも下から打ち上げる拳が、動きの遅い鬼人にありえない拳速に達している、息をする間もなく僕の目前に迫る。
何とか避けようと体を捻り上体を反らすが。
―クッ、避けれない―
〝ゴッ〟
鈍い音と共に、今まさに僕の体を捕えようとしていた拳の軌道が変わった。僕の鼻頭を掠めながら眼の前を通り過ぎていく。
鬼人がまさに万歳する格好になった。その脇に、鬼人の肘に攻撃を当て、鬼人の拳の軌道を変えたリョウガが、片手を高々と上げ白い歯を見せる姿がある。
僕はこの隙に体勢を立て直す為、両足に力を入れる。と、
―シャリーン―
心地よい音が響き、鬼人の右足が切り落とされた、鬼人は上体を支えきれず天を仰ぐように倒れていく。その脇には右足をかばいながら、ハルの剣を振り抜いたアスカの姿が。
さっきから口を閉ざしているアスカの眼が、遠くの何かを見ようとしているのか、それとも何かを探している様な、何か、迷いが感じられる。
僕は倒れる鬼人を追いかけるように大きくジャンプした、鬼人に乗っかる形で左手に力を込め鬼の籠手で小さな頭を砕いた。
鬼人の魂は解放され、サキの光に導かれ転生の地へ旅立った。
魂が抜け、抜け殻になった鬼人の上に立ち阿修羅と対峙する、右にはリョウガ、左にはアスカがいる。力強い仲間が。弱い僕を助けてくれる仲間が。
「リョウガ、アスカ、ありがとう」
「ケッ、気にすんな、俺は勝つ!」
「…………」
アスカの様子がおかしい。そう言えば、アスカの答えがまだ出ていない。何の為に生きるのか。アスカ……。
「残るはてめーだけだ、阿修羅!」
リョウガは叫びながら地面を蹴る。立っているのもやっとの体に最後の力を振り絞り。
「ハッ!」
アスカも痛みをこらえて飛び出した。剣を突きたて阿修羅に向かって。
僕も二人に負けじと地面を蹴る。
「フハハハハ、残るは私だけか、言ってくれる。では私の力を見せてやろう、そして、知るがいい私が戦闘神と呼ばれる訳を」
阿修羅は四本の剣を構え、二本の拳を前に出し相手の距離を測る。
リョウガは阿修羅の左側、中段に拳に力を入れ飛び込んでいく。
アスカは阿修羅の右側、中段に向けハルの剣を引き絞る。
僕は正面、鬼の籠手で盾を作り、鉄棒剣の突きを狙う。
三方向からの一斉攻撃。これなら。
「フハハハハ、この私に向かってくるとは。いいだろう。貴様らも邪鬼にして私の駒にしてやろう」
阿修羅は不敵に笑い四本の剣を巧みに振るう。
左側の阿修羅の顔はリョウガに向けられ。
右側の顔はアスカ。
正面の顔は僕に、それぞれを見据えている。
〝ガゴッ〟
〝キーンッ〟
〝ドゴッ〟
僕たちは、ほぼ同時に攻撃を仕掛け、そして、同時に吹き飛ばされた。
それは、高速回転している駒に弾かれるように、いとも簡単に弾かれ、僕らは投げ捨てられたゴミくずように地面に転がった。
僕は限界を超えた体を無理やり動かし膝を立て阿修羅を睨んだ。
アスカは体を起こす事すら辛そうに見える。
「うおおぉぉぉっ」
リョウガは咆哮を上げ再び阿修羅に向かっていく。
体を小さく縮め、両手の籠手で体を守り。わざと阿修羅の攻撃を受けに行くみたいに。
「リョウガ!」
〝バギッ〟
またもリョウガは弾き返された。
付け入る隙がない。あの四本の剣と二つの拳。六本の腕と三つの顔。何処にも隙がない、その隙を作る隙もない……。
―どうする―。
阿修羅の追撃を警戒し、鬼の籠手を構える。
「……」
「フハハハハ、どうしたそれだけか、もっと楽しもうじゃないか、貴様たちの死を」
「ハァッ!」
アスカの声に僕は眼を走らせる。
アスカが痛めた足を庇いながら阿修羅に跳びかかる。
阿修羅の一本目の剣がアスカの体をなぎ払おうと動く。
アスカはその剣を流れるような剣さばきで弾き返し、剣のきらめきが尾を引くような剣速で
間髪をいれずに阿修羅の首をとりに行く。
が、阿修羅はそのアスカの会心の一撃ですらあっけなく二本目の剣で弾き返し、三本目の拳がアスカの横っ腹に深々とめりこむ。
「ウグッ!」
アスカが呻き声を上げ、腹部を抱えた姿勢のまま地面に転がる。阿修羅が一歩踏み込めば阿修羅の攻撃範囲になる距離で。
「クッ、アスカ!」
僕はアスカと阿修羅の間に駆け込み、鬼の籠手を構える。
腹部を抑えながら起き上ろうとするアスカを横目に阿修羅の追撃を警戒する。
「……」
阿修羅の追撃は無い。一歩踏み込めばその範囲なのに。阿修羅は追撃をしない……この前にもあったぞ、阿修羅が追撃できるチャンスが、でもしなかった、いや出来ない?
僕は阿修羅の足下へ眼を光らせた。作られた洞窟とはいえ地面はゴツゴツしている、それでも比較的平らな場所に立つ阿修羅。阿修羅の足は僅かに残る砂に埋まっている、六本の腕を振り回す際に一歩も動いていない、いや、動かせない。
上半身にあれだけの動きをさせようと思ったら安定した足場が必要、阿修羅は動けない。
……なら、動かそう。
アスカが起き上るのに手を貸しながらリョウガに眼で合図する。
戦いに際しての感は鋭いものを持っているリョウガは、僅かに口元を緩め、小さく頷いた。
アスカに顔を近づけ、僕を踏み台に阿修羅の頭上へ飛んでくれと耳打ちする。アスカも小さく頷き剣を持つ手に力を込めた。
「うおぉぉぉぉ―」
僕が出せるだけの声を腹の底から出した。
それを合図に、阿修羅の左側にいるリョウガが攻撃を仕掛ける。
アスカも僕を踏み台に高く飛んだ。鬼の籠手を蹴りつけその反動も利用し、より高く、阿修羅の真上に。
僕も阿修羅の真正面に走り込んだ。
阿修羅は左側に攻撃を仕掛けたリョウガに、剣を突き刺そうと左一本目の剣が動いた、リョウガはそれを右の籠手で弾いた、すでに左二本目の剣がリョウガを両断しようと動いている、下から上に振り上げられる逆袈裟切りをリョウガは寸前で左の籠手で撃ち落とした、間髪を入れずに左三番目の拳が隙の出来たリョウガを狙う。
それと同時に、阿修羅の頭上に跳んだアスカに向け、右一本目の剣が動いた、頭上の虫を払うかのようになぎ払われる剣を、アスカは落下する勢いを加え、その剣を力押しで弾き返した。 両手を広げるように落下するアスカを待ち受けるように右二本目の剣が、剣先をアスカに向け突き立てている。
僕も同じく、正面から仕掛ける、僕に向けて右三番目の拳が襲いかかる。鬼の籠手で弾き返そうとするが、当たる直前、阿修羅は拳を広げ鬼の籠手を鷲掴みにしてきた、そのまま投げ捨てようとするのを何とか投げられないように引っ張り返しながら、僕は鉄棒剣を持つ右手に力を込め一番細い手首めがけて力任せに鉄棒剣を振り下ろした、鉄棒剣は直撃し、阿修羅の右三番目の手首は鬼の籠手を掴んだまま砕けた。僕はバランスを崩しその場に倒れ込んでいく。
阿修羅は僕を見かぎり、リョウガとアスカに止めを刺そうと意識を飛ばす。
「アシュラ―ッ!」
倒れ込む直前、阿修羅の意識を僕に向けようと声を張り上げながら両足に力を込め阿修羅の足下に飛び込んだ、鬼の籠手を大きく振りかぶり地面すれすれに頭から飛び込む。
僕の狙いは阿修羅の足、どちらか一本でもいい動かせない足を引っ掛けて、無理やりにでも動かす。阿修羅のバランスを崩し隙を作るのが目的。
「クッ、小賢しい奴め」
正面の阿修羅は僕の行動に気付き、それが左右の阿修羅の面に伝わる。
リョウガに止めを刺そうとしていた左三番目の拳で僕を払おうとし。
アスカに止めを刺そうとしていた右二番目の剣で僕を串刺しにしようとする。
紙一重の差で鬼の籠手が阿修羅の足を捕えた。
見るからに細すぎる阿修羅の足は鬼の籠手によって脆くも砕け散った、足のなくなった阿修羅は倒れるしかない。
左三番目の拳が僕の髪をかすめ、右二番目の剣が空を切り僕の体から離れていく。
「グォォッおのれ―……グァ!」
倒れる阿修羅を再び起き上らせるように、リョウガの拳が阿修羅の左の顔面を砕く勢いで突き上げられた。
そこへ、落下してきたアスカの剣が阿修羅の胸元を貫く。
「グハッ……」
動きの止まった阿修羅の体が暗黒の闇にのみ込まれ、地面に吸い込まれる様に消えていく。
「……」
僕たちはその場に座り込んだ。
「勝ったぞ、アキラ……ん、アキラ生きてるか」
「あ、ああ、何とか生きてる、アスカはどうだ」
「……あたしも、まだ、生きている……」
……アスカ……
「サキ、サキは大丈夫か!」
「わ、私は、だい、じょう ぶ」
そう言うサキの体は、崩れ落ちるように地面に膝をついた。
僕は、重たい体を引きずる様にサキの元へ向かった。
リョウガは片腕を抑えながら。
アスカはハルの剣を杖代わりに。
「大丈夫か」
サキに近付くと、いつも元気なサキの顔が血の気が失せた白い顔になっている、額に玉のような汗をかきながら。
「おまえ、もう、祈るなよ」
リョウガがサキの傍で口を開けた。
「祈りの言葉はシンを大量に使う。しかもこれだけの魂を送ったんだ、お前のシンはもう無いかも知れないぞ」
「……うん」
弱弱しく返事を返し、サキはその場にへたり込んだ。
さっきまでサキの光に包まれていた洞窟も、今ではサキの光もなくなり元の淡い光を放っている。
さまよい漂う魂もなくなり、今起きたことが嘘のようにしんと静まりかえっている。
サキは鞄を大事そうに抱え、ゆっくりと深呼吸している。僕もポケットを探り青の玉の感触を確かめた。
この玉を持って帰らないと。この洞窟からいろんなことが起きた、人仏の人たちに会い、獄人に会った、邪鬼の存在を知りデビジャが何なのかを知った。後はこの二つの玉をサキの住む寺の仏像に返すだけだ。そして、みんなに伝えよう、ここで見た事、聞いた事を。
「で、おめーよ、今からどうすんだ」
リョウガの言葉に現実に戻る。
アスカが気になり視線を送る、アスカはそれに気づかず口を閉ざしたまま、うつむいている。
「アス……」
「アキラ、帰る方法をちゃんと聞いとけばよかったね、どうしよっか」
「……帰る方法は、たぶん分かる」
「なんだ、おめ―知ってたのか」
「え、アキラ、なんで、聞いたっけ」
「あ、ああ、菩薩様が言っていただろ、祈りの力を持つ者が行き先を唱えれば、道が開くって」
サキは思い出したように、ああ、と頷いた後、で、とサキの顔が僕に聞いてくる。
「サキに祈りの力があるのはもう確実だろ、なら、サキが行き先を唱えれば道は開くんじゃないかな」
「なんだ、簡単な事じゃねーか。おう、サキ、頼んだぞ」
リョウガは平気なふりをしてそう言ってるけど、片腕を抑えたまま座ろうとしない。僕も立ったままでいる、アスカもハルの剣に体重を預けたまま立っている。三人とも、今座ってしまえばもう立つことが出来ないだろうから。
「分かった、やってみる」
サキはふらふらと立ちあがり、鞄を肩にかけ手を合わせた。
「えーと、サークルタウン!」
「…………」
「何だ、何も起きないぞ」
僕もサキと同じようにあたりを見回すけど……何もおきない。
「サキ! カ―ツマウントパークじゃないか!」
あっ、とサキはもう一度。
「カ―ツマウントパーク!」
「……」
「……」
しかし、何も起きない。何処の行き先を唱えれば……。
「……そう言えば……」
口を閉ざしていたアスカが呟くように口を開いた。
「鬼迷宮には四つの門があると聞いたことがあるぞ、唱えるのはその門の名前じゃないのか」
四つの門、僕には初耳だ、その門の名前を唱えなければいけないのか。
四つの門?
「アキラ、何か分かる?」
サキの問いかけに、かぶりを被った。どうする、分からない。
リョウガは何か知らないのか。僕はリョウガの顔を覗き込んだ。
「おれっ、俺はしらねーぞ。四つの門の名前なんて」
こんな時に当てにならないリョウガ。
「アキラ、この洞窟に関係のある名前、何か知らないか」
アスカが僕の中にある記憶を探せと言われたみたいだ。
この洞窟に関係ある名前、名前……名前! そう言えば。
サキと、この洞窟に入る時、おじいさんに会った、その時僕はおじいさんに最後の質問をした。『僕の名前は、不動 明、おじいさんの名前は……』そうだ! おじいさんの名前! 僕が鬼迷宮で知った名前は、おじいさんの名前。おじいさんの名前は……何だっけ。
「サキ! この洞窟に入る時におじいさんの名前聞いただろ。何て言ったっけ」
サキの眼が、何かを思い出すように空中をさまよっている。
「えっ、えーっと、たしか、じ、じ……じごく?地獄?」
「そうだ!じごくてん!地獄天?……ん? 何か違うような。でもそんな名前だったような」
やっぱり、何か違う。地獄天ならもっと印象に残ってると思うんだけど……。
「おめーそれを言うなら、持国天だ、四天王の、じ・こ・く・てん」
そうか! 四つの門、四天王、どちらも四! 四天王が守る四か。
こんな時には当てになるリョウガ。
「そうだ!サキ!持国天」
「うん」
サキが頷き、声を出して唱える。
「持国天!」
「……」
「おい、門と言っただろ」
アスカが冷静に問いただす。
「……持国門!」
「……」
「何も起きないぞ」
「いや、待て、この先の道が暗闇に包まれていくぞ」
道が暗闇に包まれていく。僕たちが見た、道が変わる時に見た光景。
完全に暗闇に包まれた後、再びび道が現れる、うっすらと薄暗い道が……!
「あ、アキラ見て、道が明るい」
サキの言う通り、明るく照らされる道が現れた。淡い光に照らされた道が。さらに奥の道が淡い光を出し浮かび上がる、そしてさらに奥も。見ているうちに次々に淡く光る道が真っすぐに延びていく、僕たちの行く方向を示すように。すると。
「見て、アキラ、あの向こうに見えてるのって出口じゃない」
サキが歓喜の声を上げている。間違いないあれは出口だ。
「行こう! あそこを超えれば僕たちの町だ」
僕たちは頷き合い出口に向かって歩き出そうと……。
―ワォーーン―
「!!」
どこか遠くで邪鬼犬の吠える声が聞こえた。
まさか! いやここは鬼迷宮、邪鬼を閉じ込める迷宮……そうか! サキが道を開いたから中にいる邪鬼が、祈りの力を持つサキを狙って集まってくる。
その邪鬼を外に出さない為に、あのおじいさんがいる。
「みんな、急ごう! 光に導かれ邪鬼がやってくる」
僕たちは走り出した。走ると言っても体中の痛みをこらえながら、出来るだけ早く歩き出した。
サキは、ふらふらしながら、今にもつまずき倒れそうに。
リョウガは、片腕を抑え千鳥足で、今にも崩れそうに。
アスカは……えっ!
「ア、アスカ! 何してる!」
僕たちに背中を向けているアスカに叫んだ。着ている服が裂け、血で染まった足を引きずりながら。ハルの剣で体重を支え片足で立っている、アスカの後ろ姿に向かって。
―まさか! アスカ!―
振り向いたアスカは、眼に涙を浮かべ、うっすらと笑みをこぼしている。悲しげな笑みを。
「あたしが、ここに残る……今、邪鬼犬に襲われたら、みんな転者になってしまう。それならあたしが、残ろう。あたしが邪鬼を引きつけておく……」
「駄目だ!アスカ!共に行くぞ!」
アスカは、首を横に振りながら。
「アキラが、言っただろ。あたしはアキラたちと会う為に生きていたんだって。あたしはアキラたちを転者にしない為にここにいる。あたしは……ハルに会いに行くんだ」
アスカは静かにそう言った。
「アスカ……」
「おまえたちは転者になってはいけない。アキラ、サキの願いを守ってくれ、ハルも転生の地で……」
「駄目だよ、アスカ……」
「アスカ! てめ―そんなに転者になりたいのか!」
サキとリョウガはアスカを止めようとするけど。
「分かった、アスカ」
「ア、アキラ、あんた何言ってんの。お願い!アスカを止めて!」
「てめ――、アキラッ!」
僕はアスカの隣に移動し、鉄棒剣を上段に構えた。
「なら、僕も残ろう」
「なに!」
「アスカは僕を転者にしないんだろ。それならアスカが転者になる時が、僕も転者になる時。それとは逆に、僕が転者になる時が、アスカも転者になる時」
「おまえ、何を言って……」
「それに、大切な人を残すぐらいなら、自分が残る。だろ、アスカ」
「!」
リョウガも顔をニヤケさせ無言でアスカの横に立ち、拳を突き上げた。
「わ、分かってると思うが、俺はアキラと共に戦う。アキラが戦う相手と戦い、勝つ! ギ・リョウガだ!」
さらに、サキがアスカの背後にそっと立ち手を合わせた。
「私が導いてあげないと」
「おまえたち!何をやっている! みんな転者になってしまうぞ!」
アスカは声を荒げながら、僕を押し返そうとする。もう力も入らない,弱々しい力で。
僕はその手をそっと掴んだ。
「僕はサキの願いを守ると心に誓った。みんなの笑顔を守る為に……その中には、アスカも入ってるんだけどな。一人の笑顔も守れないのに、みんなの笑顔なんて守れないだろ。僕はそんなに強くないから、今、目の前の笑顔を守る為に全力を尽くす、たとえどんな結果になったとしても。今、出来ることを全力で」
「……バカか……おまえも、バカか……あたしが、囮になると言っているのに……」
アスカが聞き取れないほどの声で呟いている。
「どうして、どうして! 自分が転者になると言うんだ! あたしが犠牲になると言っているのに……あたしが……あたしだって! あたしも、サキの願いをアキラと共に守りたい、それがハルの為になるのなら! ハルが転生の地で笑っていられるのなら! 私はアキラと共に守って、生きたいっ!」
アスカの綺麗な顔に大粒の涙が流れている。
アスカの心の声を聞いたような気がした。それが、アスカの答え……。
サキとリョウガの顔を見て頷き合い、アスカの腰に手を回しアスカを抱きかかえるように力を入れた。
息を大きく吸い込み、声を張り上げた。
「逃げるぞっ――!」
「おう!」
「うん!」
「お、おまえ、何を……」
「アスカ、足が辛そうだから」
僕たちは、今度こそ出口を目指し走り、いや、出口を目指し出来るだけ早く、歩き出した。
アスカを抱えた僕の全身に激痛が走るけど、気付けば僕の口元は緩んでいた。
アスカの答えも出た。これでみんなの答えが出た。
アスカの柔らかな腰を抱える手に力を入れなおし。僕の全身に走る痛みに耐えながら進んでいく。出口を目指し。
―ワオーーン―
「うお! 来たぞ!お前たち先に行け!」
「駄目だ!」
立ち止まろうとするリョウガの背中を押した。
「みんなで出る、転者になる時もみんなで」
「何だと、てめー、俺は戦いの中で転者になるんだ!」
「分かったから、早く行け! この戦いバカ」
「おめ―に言われたくねーよ、一人じゃ歩けねーくせに」
「なにを言っている、おまえもボロボロじゃないか」
「なに……」
「ちょっと、二人ともなに言ってんの、早くしないと追いつかれるよ」
今度は、サキがお姉さんのように二人を叱っている。
サキに怒られ、二人とも口を閉ざし歩き出した。
しばらくすると、アスカが僕の肩に頭を預け、呟いた。
「アキラ、あたしは、アキラと共に生きてもいいのか」
その答えに、僕は小さく頷いた。
「ああ、みんなが笑顔の世界を一緒に見よう、その為に、この僕に力を貸してくれ、アスカ、共に守ろう、みんなの笑顔を」
―ワオー―ン―
「うお! きやがった!」
邪鬼の声がすぐ近くで聞こえてくる。
「おじいさーーん!」
サキが入口のおじいさんに呼び掛けている。
もうすぐそこに出口がある。
僕たちは最後の力を振り絞り、もがくように駆けだした。アスカを離さないようにしがみ付き。アスカも僕への負担を減らす為に、しっかりと僕に抱きついている。
邪鬼犬の息づかいが聞こえてくる、一匹じゃない複数の息づかいが。もう、すぐそこにいる、僕は振り返る時間も惜しみ、ただ走った、出口だけを見て。
必死になって走った。体の痛みも忘れて。
サキが一番に出口にたどり着き、外に飛び出した、リョウガも後に続き、僕とアスカもそれに続いた。四人は、もつれるようにその場に倒れ込んだ。
「ホッホッホ、無事、抜けてきたか。不動の名を持つ者よ、無事とはいかんかっ、ホッホッホ」
「おじいさん!邪鬼が、邪鬼が、中から」
今まさに、三つの邪鬼犬の牙がおじいさんを噛み砕こうと大きく口を開けている。
「おじいさん!」
「フン!」
おじいさんが掛け声をかけ、振り向き様に左手に持つ杖を左薙ぎに一閃した。
おじいさんに襲い掛かろうとしていた邪鬼犬は、あっけなく粉々になった。
「お前さんたちは、そこでじっとしておれ」
洞窟に向き直りながらそう言うおじいさんの体つきがみるみる変化していく。
体つきは一回りも大きくなり、鍛え上げられた体は革製の甲冑を身にまとっている。
腰をくねらせたその腰に、拳にした右腕を置き、左手に持っていた杖はいつの間にか、妖しい光を放つ刀に代わっている。その刀を左手で高々と掲げている。
「我は、四天王が一人,持国天! この持国門を守りし者、邪鬼に我が門を通す訳にはいかぬ、この持国天を恐れぬ者はかかって来るがよい、この持国天が相手をする」
洞窟の奥から数え切れないほどの邪鬼犬が飛び出そうとしている。その中にあの鬼人の姿もいくつも見えた。
数が多すぎる。いくら四天王だと言っても。
「爆風炎斬!」
おじいさん、いや、持国天は持つ刀を大きく左に薙ぎ払った。薙ぎ払った刀から風が起こり。その風があたりの空気も取り込み、さらに大きく渦を巻き、竜巻になって洞窟に吸い込まれていく。
轟音と共に竜巻が通り抜けて行ったあとは、何も残っていなかった、ただ静寂だけがそこにあった。
あれだけの邪鬼が、たった一振り、これが四天王の力。
持国天は振り返ると同時に、元のおじいさんに戻っていく。
「ホッホッホ、さて、おまえさんたちには、これをやろう」
おじいさんは懐から何か取り出し、アスカ、僕、サキ、リョウガの順に口の中に押し込んで行った。
「何だ」
「うぇ」
「なに」
「うげーまずいーー」
「ホッホッホ、吐き出すでないぞ、それは薬師様から貰った兵糧丸だ、傷の直りを早め、少しだがシンも回復してくれる、貴重なもんだぞ。すごくまずいがの、あ、それから、眠気が来るぞ、少し眠ればいい、ワシが傍にいてやる。ホッホッホ」
僕は顔だけを動かし、サキの顔を見てみた。
サキは両眼を強く閉じ鼻をつまみながら兵糧丸を飲み込んでいた。
アスカも僕のすぐ横で涙を流しながら飲み込んでいた。
リョウガはさっきから吐き出そうか飲み込もうか迷った挙句にのみ込んでいる。
僕も思い切って飲み込んだ、薬の不味い匂いが口いっぱいに広がった、その匂いを吐き出すように大きく息を吐いた。
「キャー、ちょっと待って」
「何だ、どうしたサキ」
「まだ、なんかあんのか」
「サキ?」
体を自由に動かせないアスカとリョウガと僕は、首だけを回しサキを見た。
「さっき、おじいさんが薬飲ませてくれた時、一番にアスカの口に入れたよね、そのアスカの口に入れた手を、アキラの口へ……それって、間接キス。 えっ、それじゃアキラの後、私だから、キャー、アキラ、ちゃんと責任とりなさいよ」
サキが何か一人でパニックっている。サキの後、リョウガなのは黙っておこう。
「て、ちょっとアスカ、あなたアキラにくっつきすぎじゃないの」
そう言えば、僕はアスカを抱えて出口を飛び出し、そのまま倒れ込んだからアスカを抱えるように倒れている。アスカの腰に手を回し抱き寄せる形になっている。
「何を言っている、あたしはアキラと共に生きるんだぞ」
アスカが冷静に。そんな火に油をかけなくても。
「ちょとまって、アスカだけずるいわ」
何がずるいのか。サキは、最後の力を振り絞り、これでもかと、言わんばかりに体を密着させてくる。
左を向けば綺麗なアスカの顔がすぐそこにあり。
右を見れば可愛いサキの顔がすぐそこにある。
こんな二人に挟まれて、まんざらでもないけど。
「……リョウガ、助けて……」
「うおーーーーー、空! でけーーーーーー」
「あの、リョウガ……」
「うおーーーーーー太陽のひかりーーーー」
そうか、リョウガには初めての大空だっけ、リョウガは地獄にいたと言っていたけど、地獄の空はどんなだろ。
僕も、リョウガに言う大きい空に目を向けて見る。雲ひとつない、澄みきった青い空。
……帰ってきた、やっと、あの町にいたのはたった一日だったけど、とても長い一日だった。
後はサキと僕が持つ赤来石と青行石を、サキの住む寺に返すだけだ。
それで、さまよう魂たちを呼び寄せ、転生の地へ送れるはずだ。
きっと、デビジャは減っていくだろう。
その為に、これから僕は何をすればいい、サキの願いに為に。
まずは、守備隊に入ろう、そして遠征隊に入り外の世界を見てみよう。この僕に何が出来るか。何をすればいいのか。
そして少しずつ進んで行こう、みんなが笑顔で生きて行ける、世の中にする為に。
みんなで進んでいこう、みんなが笑顔の世界へ……。
左側からサキの寝息が聞こえてきた、天使のような愛らしい寝顔をしている。
右側からはアスカの寝息が聞こえてきた、女神のような綺麗な寝顔をしている。
二人ともいつの間にか寝てしまっている。
少し離れた所から、リョウガのいびきが聞こえてきた。リョウガの顔は見えないけど、きっと大の字になり、空と太陽を感じながら寝てるんだろうな。
僕はもう一度、澄みきった空を見上げた。
真っ青な空に吸い込まれるように、僕もゆっくりと眼を閉じた。
サキとアスカの心地よい寝息を子守唄に、僕も少し眠った。
おわり