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不動明(王)  作者: 鈴 晴斗
7/8

鬼迷宮へ

弥勒菩薩様はすでに下に降りていて厳しい表情で僕たちを待っていた、隣にいるアスカも怖い顔をしている。

 僕たちの後方ではすでに戦いが広がり始めていた。邪気の唸り声。獄人の雄たけび。剣の交わる音。邪鬼が打ち砕かれる音が辺り一面に響き渡っている。 

 離れた場所では、仏人の人たちが小さく集まり、祈りをささげている。

 その仏人の人たちを、邪鬼から守るように獄人の人たちがとり囲んでいる。

 打ち砕かれた邪鬼から解放された魂がゆらゆらとまた、あの洞窟に向かっている。

 ―なぜ、なぜあの魂はあそこに向かうんだ―

「祈りましたか、あなたの言葉で」

 菩薩様は厳しい御顔で優しくサキに問いかけた。

「……はい……私……」

 サキは震える声で成り行きを説明し、手を合わし、頭を下げた。

「私のせいで……私の」

 菩薩様はサキの手を取り、そっと起こした。

「あなたは、あなたのなすべき事をしました、何も悔むことはありません、あの邪鬼たちはあなたに、祈りの力があると判断したのでしょう」

「―菩薩様―」

 オレンジ色の袈裟を着た仏人の高僧が、険しい面持ちで菩薩様に駆け寄ってきた。菩薩さまの前で手を合わし一礼をしている。その後ろ側に獄人が一人、控えている。

「菩薩さま、私共の祈りの言葉が魂たちに届きませぬ」

 高僧がそう言いながら僕たちに目配せしている。

 サキは顔を伏せ、合わせる手の色が変わるほど力が入っているのが分かる。

 菩薩さまはその仏人に向き直り、同じく手を合わせた。

「やはり、石のせいですね、私もすぐにまいります、諦めずに続けてください。必ず届きます」

「仰せのままに」

 高僧はそう言い残し、早足に祈りの場へ戻っていく。その後ろを獄人が周りを警戒しながらついていく。

「あなたたちは、私の家に行っていなさい、あそこなら安全です」

「……でも……」

 サキは弱弱しい声を絞り出した。サキが言葉を詰まらせていると。

「でもは、ありません、これは菩薩としての言いつけです。今、あなたたちを転者にするわけにはいきませぬ。分かりましたか」

 サキは助けを求めるように僕に視線を送ってくる。

 ―サキ、僕もできることがあれば何でもするつもりでいる。でも今は……―

「はい、分かりました、家に行っています」

 わざとらしく言ってしまった言葉に、菩薩様は軽くうなずいた。

「あ、アキラ、何で……」

 サキの手を強く握り、サキを黙らせた。

 ―何か行動を起こすにしても菩薩様がいたら動けない― とサキに視線を送るけど……。

 サキの眼は僕を睨みつけている。

「よろしい、私は祈りの場へ行きます」

 体の向きを変え、祈りの場へ行こうとする菩薩さまに向かって口を開いた。

「なんで! あ、すいません菩薩さま、ど、どうしてあの魂はあの場所へ行くんです、石って何です?」

 立て続けに質問した、昨日から疑問に感じていたことを、そのおかげで僕たちは此処へ来れたんだけど。なぜ魂はみんな同じ所に行くのか。

 菩薩さまは初めて少し困った顔をしている。僕たちにそのことを言っていいのか思案しているみたいだ。

「……どこかに、赤来石と青行石くがあるのでしょう。魂を呼び集める赤来石、その魂の行く道を示す青行石、本来なら阿弥陀像と不動明王像が持つべき石。その石が何らかの理由で極悪人の手に渡り、利用されていると私は思っているのですが。まだ見つけられないでいるのです」

 あなたたちは家にいきなさい、と言い残し菩薩さまは祈りの場へ向かっていった。そのあとを数人の獄人が付き添って行く。

 赤来石……青行石……赤と青。僕はその赤と青の色に、何か違和感がある、いや違和感と言うより何かモヤモヤした感じ、何だ?

 何か見落としたことがあったか?何か忘れているか?僕は何か大事なことを……。

 何かを思い出そうと必死に頭の中を探していると、僕に向けて殺気のようなものを感じた。邪鬼か! すばやく振りむき辺りを確認するが、僕たちに向かってくる邪鬼は見当たらない。それでも、もうすぐそこまで邪鬼は来ている、その邪鬼を相手に獄人たちが剣や槍を持ち相手をしている。

 傷ついた獄人たちは後方に下がり傷の手当てをしているのが見える。武器屋のおじさんやバレスクのエンキの姿も見えた。みんな戦っている……。

 視線をサキに戻した時、殺気のもとを見つけた。アスカに寄り添われたサキが僕に向けて殺気のこもった視線を投げかけている。―えっと、サキ……―

「―おまえたち!ここに居たのか!何が起きたんだ」

 リョウガが駆け寄ってきた、手にはナックルを装備し眼を爛々とさせている。戦う準備は出来ているみたいだ。

 リョウガに成り行きを説明すると。

「そうか、サキが祈ったか、良くやった!」

「えっ」

 僕は耳を疑った、良くやったって、なぜ……。

「えっ、て、何だ、俺たち獄人は邪鬼に正しき道を示すのが使命だぞ。でも、今まで邪鬼は出てきやがらなかったが、サキのおかげで出てきたんだ、今こそ俺たち獄人が力を示す時だ。見ろ、奴ら楽しそうじゃないか。俺も行くぞ……ん、待てよ。サキが祈ったんだろ、ってことは狙いは、サキか! よし!任せておけ! 来い、邪鬼ども」

 リョウガは邪鬼を待ち構えようと、両手をぐるぐる回しながら前に一歩踏み出し、周りの怒号に負けないくらいの大声を上げている。

「リョウガ……」

「リョウガ!  教えてくれ!あの魂はあの場所に戻りまた邪鬼になるのか!」

「なんだ、おめー、 そうだ!一度邪鬼になっちまった者は転生の地へ送ってやらねーとまた邪鬼になる。中には鬼人になる奴も出てくるぞ。鬼人ってのは一番弱い鬼だ、でも強いぞ。出て来い!鬼人!俺があいてだ!」

「こんなときに何を言っている!この戦いバカ」

 サキに寄り添っているアスカがリョウガをたしなめている。

「それじゃこの戦いは、いつ終わる。ここにいる人たちがみんな死ぬ……転者になる時か」

 今、ここにいるみんなが息をのんだ。邪鬼は減らない、永遠に続く戦い……。

「そんなこと!俺が知るか!俺は戦う時に戦うんだ!」

「自分たちが、転者になる為に戦うのか!」

 僕たちの町と同じだ、討伐するけどデビジャは増える一方。永遠に終わらない戦い。

「またそれか!てめ―は!この俺が、こんなゆらゆらしてる奴にやられてたまるか!」

 邪鬼を減らすには転生の地へ送るしかない。でも石が邪魔をする。その石を見つける事が出来れば。

 赤い石、青い石、赤い石、青い石、赤、青、何だ、何だ、喉もとまで何かが出てきている何だ。何だ……。

 ―えっ!―

「リョウガ! 今なんて言った……」

 考えに没頭してしまった僕はリョウガの言葉を聞いていなかった。でも、リョウガの言った何かの言葉が僕の脳裏をかすめた。

「なに! だからこんなゆらゆらしてる奴に負ける奴はいねーって言ったんだ」

 ゆらゆらしてる奴?……ゆらゆら…………

 頭の中にサキの声が響きわたった、『なんかゆらゆらしてるね』 どこかで聞いた言葉、どこで聞いた?洞窟の中?……洞窟のどこで……!!

 僕の顔から血の気が引いて行くのが分かる。

 すばやく振りむき、サキの顔を食い入るよう見見つめた、僕の顔を見て驚いているサキに近付き口を開ける。

「……人鬼岩じゃないか」

 今度はサキの顔から血の気が引いていく。両手を口元にあて、声にならない声を上げている。

「……うそ、あの、人鬼岩?」

「そうだ!人鬼岩だ!赤い目と青い目!赤来石と青行石、あれだ!」

 サキの眼は大きく見開かれている。リョウガとアスカかどうゆう事だと聞いてきた。

 鬼迷宮で見つけた人面岩。鬼の顔に似ているから人鬼岩と名付けた岩。右目は赤く、左目は青く光る岩。鬼迷宮に迷った僕たちは人鬼岩に誘われてくる魂を見つけ、その魂について行き、この町に出たことを説明した。

「なら、その人鬼岩ってのを、ぶっ壊せばいいのか。でも、どうやって入るんだ、俺も入った事は無いぞ」

「待て、おまえたち、それならあの鬼迷宮に入るのか。鬼迷宮の出方を聞いて無いだろ、それにあの中は邪鬼が閉じ込められているんだぞ」

「ああ、あの中には鬼人もいるはずだ」

「でも人鬼岩があるのをしってるのは、僕とサキだけだ。おそらく人鬼岩を壊せば、中に閉じ込められる事になるだろう」

 そんなことは分かっている、そんなことは分かっているけど、それでも、人鬼岩を壊すだけなら僕だけでも出来るはず。逃げ回って人鬼岩を壊すだけなら。でもサキがいないと鬼迷宮に入れない。どうすれば……。

 サキが突然、片手を高く手を上げ、大きな声を出した。

「アキラ隊員!いくぞよ!」

 サキは潤んだ眼をキラキラさせ、空元気を出して右手を突き上げている。

「……一人じゃ、行かせない、私も、行かないと」

「……サキ……」

 サキの頬に両手を添え、眼を真正面から覗き込む。乾いた涙を僕の親指がそっと撫でる。僕の大好きな、いつも笑ってるキラキラしたサキの眼。

「サキ、戻ってこれないかもしれない……」

「でも私も行かないとだめなんでしょ、大丈夫、アキラと一緒だもん」

 覚悟を決めたぎこちない笑みを僕に送る。

「行こう、鬼迷宮へ」

 サキは大きく頷いた。

「あたしも行こう、おまえまだ戦えないんだろ、あたしがその人鬼岩まで護衛をしよう」

「でも、アスカ……戻れないかもしれない」

「アキラが言っただろ、あたしはおまえたちに会うためにここにいると、なら、あたしのするべき事は、おまえたちと共に、人鬼岩を破壊する事なのでは、そこがあたしの死……」

「まて、まて、まて、おまえら、中に赤来石と青行石があるんだな!」

 リョウガは顔を赤く高揚させ怒っているように見える。

「それをぶっ潰しに行くんだな!この町を助ける為に!邪鬼になった魂を助ける為に!で、おまえらは中に閉じ込められる!俺はおまえに助けられるのか!この俺が! 剣を触れねーアキラに……この俺がっ!」

 誰よりも〝強く〟を求めていたリョウガにとって、誰かに助けられると言うことはリョウガにとって何よりも許されがたい事みたいだ。

「冗談じゃねえ! 冗談じゃねーぞ! 俺が戦ってやる!俺がアキラの前に立ち、俺が戦ってやる! アキラの戦う相手と俺が戦ってやる! 俺がアキラを助けるんだ!」

 リョウガはどうだと言わんばかりに僕らを見渡し、ニヤリ、と笑い拳を出してくる。

「でも、リョウガ」

「てっめー、まだ言うか!」

 リョウガの揺るぎのない眼を真っすぐ見つめ、頷いた。僕も拳を出しリョウガの拳に、コツン、と当てた。

「ヨッシャ―ッ、行くぞ! アキラ! サキ! アスカ! 俺についてこい!」

 いやいや、ついてくるのはリョウガだろ。と思いつつ頼もしい仲間ができた、これなら……。

 僕たちは走り出した。あの鬼迷宮に向かって。

 町の人たちは今も猛然と戦いを繰り広げている。やはり邪鬼の数は減っているようには見えない、あちこちで奇声と唸り声、雄たけびが聞こえてくる、その音に紛れるように仏人の祈りの声が聞こえている。

 鬼迷宮に着くまでに何体かの邪鬼と戦いになったが、リョウガがそれを食い止めていた。

 僕たちは真っすぐ鬼迷宮の入り口に向かった。








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