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不動明(王)  作者: 鈴 晴斗
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沙祈(サキ)の祈り

菩薩様は部屋の中央にお座りになりお経を唱えていた。

 邪魔をしないよう音を立てずに部屋に入る僕たちに気づき、優しいお声でお帰りなさいと声をかけられ,僕は聞きたい事を聞こうと一歩前に出ると、今日はゆっくりとおやすみなさい、心を落ち着かせ、よく考え、明日お話しましょう、と制された。

 サキはアスカの部屋で、僕はその向かえの部屋で休むように言われた。

 サキとアスカにお休みを言い、部屋に入ると思った以上に狭く、というより部屋中に難しそうな本が所狭しと、綺麗に積み上げられている。その隙間、何とか横になるだけの空間を開け、横になった。ぼんやりと天井を眺めながら今日のことを思いだしていた。

 ブランとの戦いで気を失った。そんなことは今までには無かった。

 サキと二人で鬼迷宮に入りここにたどり着き邪鬼犬を見た、話だけでリョウガもそう感じている、デビジャは、邪鬼だと。

 邪鬼は転生の地へ送らないと、また邪鬼になる。だからデビジャの数は減らない。そして死者が増えれば邪鬼も増える。

 終わりのない戦い!

 でも、減らし方は分かった、邪鬼の魂に祈ることで、邪鬼の魂は転生の地へ送れる。

 祈ることを伝えなければ……。

 そして、菩薩様は僕のことを知ってるみたいな口ぶりだった。《何の為に戦いますか》その答えを間違えれば僕は鬼になる。

 でもリョウガはならないと。リョウガの言う通りなら鬼にならないのかも知れない。

 でも、菩薩様の言い方では、僕は、答えを間違えれば鬼になる、菩薩様は僕の眼を見ながらそう言った。

 答えが正しかったら僕は明王になるのか。どちらかだ、その間は無いと思っている。

 そしてこの鬼の籠手、武器屋のおじさんは鬼か明王しか装備出来ないと言った。

『おまえさん何者だ……』

 僕は何だ、僕は何者だ……僕は鬼なのか?

 僕も、うすうすとは感じていた。剣を持ち、相手と対峙すると体が熱くなる。息を吐き、集中すると相手の動きが見える、相手の息づかい、相手の僅かな動き、だから避けられる。そして攻撃をしようとすると体の体温がさらに上がる、と同時に声が聞こえる《何の為に戦いますか》。

 戦う理由なく戦えばどうなる、鬼になるのか。すべてを破壊する鬼に。

 僕は、なんの為に戦えばいいんだ。人の為、邪鬼やデビジャの為、それとも自分の為。

 人が幸せに暮らせるように。邪鬼やデビジャが転生の地へ行けるように。みんなが幸せでいれるように。

 そんな、戦う理由あるのか、ぼくは何の為に戦えばいい。

 答えの出ない答えを探しているうちにいつの間にか眠っていたみたいだ。

 ガサゴソ、と言う音で目が覚めた。部屋にある小さな窓の外は少し明るくなっていた。

 ドアの向こうに人の気配がしたので、部屋を出てみるとそこにはサキが入口から外を眺めていた。

 僕の存在に気付き〝あっ、ごめん、起しちゃった〟と言うサキの眼が、赤く腫れているように見える。

「僕も、サキと同じだよ、考え事をして眠れなかった」 

 少し微笑みながら言った。サキがとても辛そうだったから。 

「……そう……私、どうすればいい。私の言葉って何、私、お経の意味もよく分からないのに、ただお母さんのまねをして唱えているだけ。そんな私の言葉って……私ね、世界中の人達が、幸せになってほしいと思ってる、それと、デビジャ……邪鬼も、転生の地で幸せになってほしいって思ってる。みんな、みんな笑ってほしい……」

 サキはか細い声を詰まらせうつむいた。

 隣に寄り添い、サキの頭の上にそっと手を置いた。

「僕も、何をどうすればいいのか分からない。僕たちはここに来た、僕たちの知らないこの世界に。ここで感じて、見て、思ったことを素直に言葉にしてみたらいいんじゃないかな。そしたら少しでも答えが見えないかな」

 自分にも言い聞かせるつもりでそう言った。

 サキとしばらく外の景色を見ていた、僕たちの知らない世界を。

「……私ね、夢を見たの、変な夢、おにごっこ、してるの、誰としてると思う」

 サキは僕の正面に向き直り、いたずらな笑みを浮かべた。

「あのね、鬼とおにごっこ、してるの、おかしいでしょ。真っ黒な体のおっきい鬼、牙をはやしてね、すっごい、怖い顔。私、空を飛んで逃げるんだけど。すごいでしょ私、空を飛ぶのよ。でも簡単につかまちゃて、鬼さん笑ってたわ、すっごい、怖い顔で。周りのみんなも笑ってた鬼と一緒に。ね、変な夢でしょ」

 そう言うサキに真っすぐ見つめられ、少しドキドキした。

 僕もサキの眼を真っすぐ見つめ返しながら。

「でも、その変な夢がサキの目指す世界なんじゃないかな。人種や性別に関係なくみんな楽しく生きて行ける世界。僕も一緒に見たいなサキの夢を」

「アキラ」

 サキが僕の胸に頬を埋めてきた。

「うっ!」

「ごめんね、アキラ、私のせいでこんなことに……」

 そっとサキの体に手を回した。サキの香りが僕の心を穏やかにする。

「いや、サキ、僕はサキのおかげでここに来れたと思ってるよ、僕とサキには何かある、それはここに来なければ分からなかった、僕たちはここに来る必要があったんだ。そんなに慌てなくていい、ここの人たちもその答えを見つけるために祈ってるんだろ、家に帰り、ゆっくりと考えればいいんだ、そう、ゆっくりと」

 僕は……僕の答えはもう出さないといけないと思っている。

 リョウガとの戦いの時、僕は何を感じた、つぎに誰かと戦えば僕は剣を振るうだろう、そうなれば僕はどうなる……。

 サキが僕から離れ、上目づかいで僕を見上げている。赤く大きく腫れた眼が、少しうるんでいるように見える。

「アキラは大丈夫なの」

 サキはいつも僕の心配をしている。そして僕は……。

「大丈夫、大丈夫だから」と言う。

 サキが顔を傾けて外の様子を見ている。

「あっ、見てアキラ」

 サキに言われ、サキの横に並び外を見てみると、魂がゆらゆらとあの洞窟に向かっているのが見えた。

 サキは少し考え込んでから。

「私、帰る前にもう一度行ってみる」

 そう言い残し自分の鞄を持ち出し外に出ようとする。

「ちょ、ちょっと待て」

 僕も部屋に戻り木剣を持ち出そうとする。持って行かないほうがいいかも知れない、でも、もしサキに何かあれば守りたい、この僕がどうなろうとも。そう覚悟を決め、木剣を力強く持ちだした。

「行こう、サキ、あの洞窟へ」

 昇降板で下に降り、まだ薄暗い道を進んでいった、仏人の人たちが離れた場所でお祈りをしていたが、僕たちとすれ違う人はいなかった。

 そして、僕たちは再びここへ来た。邪鬼が生まれる場所へ。

 中は洞窟の天井付近でゆらゆらしている人魂のおかげで足元が何とか見える。

 邪鬼がいないか眼を凝らすが暗い地面にはボコボコとした岩しかないみたいだ。

 サキは前に進み出て、持ってきた鞄からマスコット人形を取り外し、眼の前に置いた。

「これね、阿弥陀如来様なの、私が作ったから少しおかしいでしょ」

 サキは僕の顔をのぞき見、舌を出して照れ笑いをした。

 人形の前で手を合わせるサキは眼を閉じ、細く長い息を吐く。

 サキの体から力が抜けていくのが分かる。

 サキの手が淡く光り出し、その光がサキの体を包んでいく。

 淡い光に包まれたサキは祈りの言葉を唱え始めた。小さく澄んだ声、それでもこの洞窟の澄み染みまで届くような心に響く声で。

  

  迷わず転生してください

  私の祈りで見送らせてください

  私の祈りがあなたたちに届きますように

  私の祈りであなたたちの未練を断ち切れますように

  私の祈りがあなたたちのゆく道を照らしますように

  私の祈りであなたたちが転生の地へ赴けますように

  迷わず転生してください

  私の祈りで見送らせてください

 

 サキを包む光が一層大きくなる、サキの後ろ側にいる僕にも光が届き包み込まれていく。温かな光、なんだか僕の体が軽くなったような気もする。

 僕も木剣を脇にはさみ両手を合わせる。届け、と念じながら。

 上空の人魂は、少し活発に動いているようにも見えるけど、たいして変化していないみたいだ。周りを見渡してみたけどやはり何も変ったようには見えない。

 薄暗くこの静まり返った空間、サキの声だけが凛々と響き渡っている。

 ―サキの祈りは届かないのか―

 その時、地面が何か動いたような気がした。いや何か動いた。

 眼を凝らして見るまでもなく、地面全体が波打つように動き出した。

 ―何だ!―

 その時、真っ暗な地面に、ポツ、ポツ、と赤い点が、二つあるのに気付いた、その赤い点から広がるようにさらに赤い点が増えていく。

 ―まさか!―

 ―ワォーン―

 洞窟を揺るがす獣の咆哮が響き渡る。

 次の瞬間、瞬く間に辺り一面が赤く染まっていく。

「邪鬼か!」

 木剣を構えサキの前に立った、サキはその光景を見て茫然としている。

 数十匹、いや数百はいるんじゃないかと思えるほどの邪鬼が、僕たちめがけて突進してくる。

「逃げるぞ、サキ!」

 僕はサキの手を引き出口をめがけ走り出した。

 サキの後方から大きな犬形の邪鬼犬が襲いかかってきた。サキの肩口を食いちぎろうと、その牙を剥き出しサキに迫る。僕はとっさにサキを守る為に左手を突き出した、鬼の籠手を装備したままの左手を、邪鬼犬の大きく開いた口の中へ押し込んだ。

 邪気は強靭な顎の力で僕の腕を食いちぎろうとするが、鬼の籠手がそれを許さなかった。

 鬼の籠手を食いちぎろうとする牙がすべて砕け、僕は難なく左手を引き抜いた。木剣を持つ右手に力が入るがどうにかそれを押しとどめ、サキを抱え転がり出るように外に出ることができた。

 外に出るとすっかり明るくなっていた。町の中を行く人たちも増えている、サキを抱え、走り抜けながら僕はみんなにこのことを伝えようとするが、息が荒く言葉が出てこない。息を整え、口を開こうとすると、そこに昨日の武器屋のおじさんの姿が見えた、おじさんは僕らに気付き何か言おうとしたが、僕らの後ろに眼を向け、両手を大きく広げ人のものとは思えない大声で叫んだ。

「邪鬼ダァァァーーー」

 おじさんは自分の店の武器を持てるだけ持ち出し、邪気に備えて構えを取った。

「おまえさんたちは弥勒菩薩様にこの成り行きを伝えろ。ここはワシらに任せておけ」

 ワシら……おじさんの後ろに眼をやると、いつの間にか武装を整えた大勢の獄人の人たちが集まっていた。

「祈りの力を持つ者を守るが我らが使命!」

「邪鬼に正しき道を示すのも我らが使命!」

「我らの力を持って邪鬼を殲滅させる!」

 あらゆるところから自分たちの士気を高める掛け声が聞こえる。

 ここに人たちはみんな自分が何の為に戦うか知っている……僕は……何をやっている……。

 その場を、おじさんたちに任せ僕たちは菩薩様の所へ向かった。

 サキは黙ったままうつむき、僕に引かれるまま今にも倒れそうな足取りで走っている。

 

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