リョウガ
「おじさん今日の分の払いに来たぞ」
アスカは店の中にいる、髭、に向かってそういった。
伸び放題のぼさぼさの髪の毛に、顔一面に髭を生やしている、そのせいで髪の毛と髭の区別がつかない、その〝毛〟の隙間から眼だけがわずかに見えている。背は低く太っているせいで、まんまるに見え愛着すら感じる体形。腕は短く、グローブを付けているみたいなゴツイ手をしている。
「おーアスカか、今日の分か……これで最後だな、またなんか買うか」
「ああ、また気が向いたらな」
アスカはそう言いながら石板に手を置き今日の分のシンを払っていた。
アスカは、腰に付けたショートソードを買った。正確には折れた刃先を交換したらしい。一度にシンを払えないから毎日払う約束をして。そして今日が最後らしい。
僕は店の中にあるいろんな種類の剣を見ていた。
僕は、とゆうか僕たちサークルタウンに住む人たちはみんな剣の携帯を許されていない、剣の携帯を許されているのは遠征隊と守備隊だけだ。僕たちの年頃はみんな剣に憧れている。木剣じゃなくて本物の剣を。
店の中にはアスカが持っているような細身のショートソードから人が持てないだろうと思うほどの大剣、その他にも槍や弓、斧や盾、法衣に杖、さまざまな武器や防具が並んでいる。店の奥に曲がった剣が掲げられているのに気づいた。怪しい光を放つ刃先には波のような模様が入っている、とても綺麗な剣。でも曲ってしまっている、だから壁にかけて飾っているのか。
「綺麗な剣なのに、もったいないな」
僕は声に出して言ってしまった。
「何、あれか!おまえさん、何言ってんだ!」
「えっ!」
店のおじさんが怒っているようだけど顔中髭で表情がわからない。
「あれは剣じゃない!刀だ!」
「刀って、でも曲って」
「おまえさん知らねーな、刀は曲ってるもんだ。あれはおめーたち人間が作った代物だぞ。切れ味だけを追求してあの曲線が生まれた、その切れ味は剣とは比べものにならないぞ。剣はどっちかってゆうと、叩き切るだ、刀はおめー、スパッと切るだ」
「おじさんの話に熱が入り、僕はうんうんとうなずくしかなかった」
「刀は鉄をも切るってゆうぞ。だが今じゃその刀を使える奴はいねー、難しいんだ、その剣筋がわずかにもブレちゃいけねーからな、刀を使う奴はかなりの剣技が必要なわけだ、少しでもブレたらその刀の刃は折れちまう、ま、諸刃の刀ってとこだな。それに剣と比べたら軽いからな、その刀で大剣をまともに受けたら刃ごといっちまう。そんな刀を今じゃ使う奴はいえねーな。そうだな……おめーさんはこっちの剣のほうがいいんじゃないか」
刀よりすこし大きい、両刃の光る片手剣を店の奥から持ち出してきた、磨きあげられた柄には眩い光を放つ石が埋め込まれている。とても綺麗な剣だ。
「いや、僕はいいよ」
「そんなこと言わずに持つだけ持ってみろ」
おじさんはそう言って無理やり僕に剣を持たせた。
剣を持つ右手。今、僕は初めて本物の剣を持っている。右手に伝わる剣の重み、剣の握り具合、剣の輝き。僕は剣を握る右手をスッ、と挙げてみる、驚いたことに僕が今持っている木剣よりも少し軽い、見た目はもっと重そうなのに。周りを見渡し剣を振り下ろした。
―いいな―
「おっ、おめーさん筋がいいな、おめーさんにぴったりだ!よし! まけにまけて、2000シンだ!どうだ!」
「えっ、2000シンって、僕30しかないよ、いや、それに……僕は持てないよ」
「そうか残念だな、でもおめーさん30しかないって言ったよな、大丈夫か」
「アハハ、大丈夫だと、思う」
「アキラ、本当は欲しいんでしょ」
サキが上目使いで囁いている。
「い、いらないよ、どうせ使えないし、持てないし」
「そうね」
サキが素知らぬ顔で返答する横で、僕はまだあの刀を見ていた。
「さーて、そろそろバレスク食べようか」
おじさんと言葉を交わしていたアスカが、振り向きざまにそう促した。
「どこに光集花の広場ってあるの」
サキが嬉しそうにアスカに詰め寄っている。
アスカは黙って指を指した、その先にはまだ光を放つ光集花。少し開けた場所がある。
サキは顔をほころばせ2人並んで歩き出そうとする。
僕も剣から目を離し、振り返ろうとした時、ん、僕の眼が何かを捉えた。
店の隅っこ白い何かがある。僕は吸い込まれるように白い何かに向かった。
「アキラ何してるの、あんた、やっぱり未練たらたらじゃない」
「やめておけ、2000は無理だ」
僕の背後でふたりの声がしたけど僕はその白い何かから眼が離せなかった。
その白い何かに手を伸ばそうと。
「おい! おまえさん!そいつはやめときな」
おじさんが慌てて僕を制するが、僕は既にその白い何かを手にしていた。
「それは鬼の角を埋め込まれたと言う籠手だ、本物なら危険だ。そいつが本物ならあの刀の横に並べるんだがな、だが本物か偽物か確かめようがない、もし装備して本物なら……」
僕にはおじさんの声は聞こえてなかった。僕の持つ白い籠手吸い込まれるように見入っていた。
籠手そう言えばアスカも付けているタイプか。白い籠手、いや透き通るような白さの籠手、何の装飾もされていないシンプルなデザインに、手の甲から肘までの大きさの板が一枚付いている、小さな盾のような防具。
防具か、攻撃出来ない僕にぴったりか。
「腕を載せるんじゃないぞ」
腕を載せる?そういえばこの籠手には留め具の様な物が何もない。
無意識のうちにその籠手に左手を載せた、すると籠手は大きさを変え僕の左手を包み込んだ、腕を包み込んだ籠手はさらに僕の腕を締め付けその痛さに声を上げそうになる。しばらくすると痛みは収まり何の違和感もなくなった。
息を整え籠手の付き具合を確かめる。
ピッタリするもんだな、自分の体の一部になったみたいだ。
僕は籠手を外そうと……あれ……
「おじさん、これどうやって外すの」
籠手を外そうとするが、留め金のない籠手は僕の腕に文字どうりはりついて……
「おまえさん!鬼の籠手を装備できたか……おまえさん何者だ」
「えっ、僕は何者でも」
サキが僕の腕を持ちアスカが籠手を引っ張ってみる。それでも籠手は外れようとしない。
「おじさん、これ……って何やってるの」
おじさんは僕に持たした剣を両手で握りしめ最上段で構えている。
「おまえさんの腕を切り落とす」
おじさんの顔は髭で隠れているせいでその表情は読めない、唯一見えている眼があやしく光った。
「サキ!アスカ!はなれろ!」
僕の腕を持っていたサキを突き飛ばした、いち早く後ろに飛びのいたアスカの手にはいつ抜いたのかアスカの腰にあったはずのショートソードが握られていた。光集花の光を受けてキラリと光る刃はおじさんに向けられた。それと同時におじさんの持つ剣が振り下ろされた。
「その籠手で受け止めろ!」
とっさに左手の籠手で受け止めた。キーンと高い金属音が辺りに響きおじさんの剣は勢いよく弾かれ、弾かれた剣もろともおじさんの姿は店の奥で尻もちを付いている、僕は……何ともなかった。
左手には軽い衝撃はあったけど、おじさんが飛ばされたほどの衝撃はなかった。
―何が起こったんだ―
「ガッハハ、本物じゃ!本物!ワシャ初めて見たぞ」
店の奥からガラガラと音を立て、豪快に笑いながらおじさんが起き上がってきた。その手には剣は握られていなかった。
「どういうことだ!」
アスカはおじさんにソートソードを突き付けている。
『まて!まて、アスカ』
僕たちの後ろから声がした、僕は振り向きその声の主を見た。
僕より背は低いが鍛えられ引き締まった体躯の男がいた、年齢は僕と同じか少し年上にも見える。野性的な顔は日に焼け、短く刈り込んだ髪の毛は活動的な印象を与える。両手に籠手を装備し、両腰にはグローブの様な物も腰からぶら下げている。腰の後ろにはグラディエータのようながっちりした短剣を装備している、興奮しているのか息を荒げ大股で僕たちをかき分け店の奥に入ってくる。
「リョウガか! 邪魔をするな!」
アスカがその人のことをリョウガと呼んだ。
「アスカとりあえず剣を退け。おやじ!本物か」
リョウガはアスカを押しのけおじさんに話しかけている。
「ああ、本物じゃった。アスカ、すまん!本物だぞ、本物」
「おまえさんいきなり悪かった。何ともない、だろ」
「えっ、はい、何ともないけど……ってどうゆうこと、何が本物」
おじさんとリョウガは楽し気に大声で話し合っている。僕の質問の答えは聞けそうにない。アスカも剣を退きサキと並んで成り行きを見守っている。
「見てみろ、リョウガ、やはり本物じゃったぞ」
「クソー、本物かよ。惜しいことしたな」
「ケッ、何が惜しいことだ、おめーがこれを装備してたら魂を食われたぞ。鬼の魂が封じ込まれた鬼具を装備できる奴は、その鬼の魂より強い魂を持つ者しか装備できねー。もし鬼の魂より弱い奴が装備したら、鬼の魂に食われちまうからな。そりゃおめー、これを装備できるのは同じ鬼か、明王ぐらいなもんだぜ」
「…………」
「…………」
ふたりは息を合わせたように振り返り、無言で僕を見つめている。
「いや、おまえさん、すまなかったな。その籠手は今まで誰も装備しようとしなかった、魂を食われちまうからな、もし装備出来たらそいつはあらゆる攻撃を弾き返すと聞いとった、だがおまえさんはその籠手を装備した、ワシは試したくなったそれが本物かどうか。で、おまえさんに剣を打ち下ろした結果は見ての通り……本物じゃった……もう一度聞こう、そいつを装備できるおまえさんは、何者だ」
「えっ、だから僕は何者でも」
おじさんとリョーガからの目線が痛いほど感じられる、サキとアスカは心配そうに僕を見ている。
「で、その鬼の籠手は10,000シンだ!貴重なもんだからな」
「えっ、そんなに払えないよ」
どうしていいか分からずサキとアスカの顔を見た、二人は僕から眼をそらし何処か遠くを見ている。
「…… ……」
おじさんは僕の装備している籠手を見つめ何か考え込んでいるように見える。
「よし! そいつはおまえさんが持っていけ!」
「でも、そんな……」
「おまえさんには何かあると睨んだ、ワシはおまえさん賭けてみるぞ。おまえさんの名を聞いておこう」
「えっ、僕の名前は、不動明」
「な、なんと不動とな! ガッハッハおまえさん、いや、不動明、只者じゃないな。そうだな……不動明王にでもなったらまたこの店に寄ってくれ。そうすればこの店にも拍がつくってもんだ」
不動明王?そう言えばさっき菩薩さまが言ってたな、邪気の魂を縄で縛り上げるとか。それって ―不動明王と鬼は、表と裏― ……僕は何者……
「もし要らんかったら外して置いていけ。ただしワシも外し方知らんぞ、ガッハッハ」
「そんな……外し方が分からないなんて」
「なら、本当にその腕を切り落とそうか」
おじさんは不敵な笑みを浮かべて……たぶん浮かべて。目の前にある剣に手を伸ばそうとする。
「わっ、わかりました!すいません!貰っておきます。でもいいのかな……」
「ガッハッハ、馬鹿もん!やるんじゃないぞ、また来い、と言っている」
「……分かりました、また来れるか、分かんないけど……」
「いや、必ず来るさ。 不動明、力の使い方を間違えるんじゃないぞ。力を持つものよ」
おじさんは意味ありげにそう言い放ち、何食わぬ素振りで店の中を片づけ出した。
「おじさん、ありがとう……また来ます……たぶん……」
おじさんは手を振り『また来いよ』と言っていた。
サキとアスカに並び店を後にした。
「ふぅーびっくりした、どうなるかと思ったよ。でも本当に取れないの」
サキは僕の装備している籠手を見つめ、「どうするの」 と言って他人事のように微笑んでいる。
さて、どうしようか。ずっとこのままなのかな。
「もう一人厄介なのがいるぞ」
アスカが僕に目配せをした、そこにはさっき店にいたリョウガが眼を輝かせ小走りで僕に近付いてくる。
「まて、まて、俺の名はリョウガ! 天になり明王になる男だ! 鬼の籠手を装備できる不動明! 俺と勝負しろ!」
そう言いながらリョーガは両腰にぶら下げている物を取り外し、両手に着け出した。拳を覆うそれは、装備していた籠手とパチパチとつなぎ合わせていく、マットブラックな同色はつなぎ合わせると、使い込んでいるのだろう傷の一つまで一致している。拳から肘まで、指先だけがわずかに出ている。
両手を握りしめ、手の甲や手首の付け具合を確かめている。肩を回し、腕を振り回している。やっぱりグローブ、拳で戦うのか、なら、腰に装備している短剣、グラディエーターは使わないのか、僕は素手の人とは戦ったことはないぞ、どうやって戦えばいいんだ……いやいや。
「ちょっと待ってくれ、ぼくは戦わない、いや戦えないんだ」
「何を言っている、その持ってる物は剣だろ」
リョーガは僕の持っている木剣を見ながら言い、拳突き出しシャドーをやり始めた。
眼は真剣だ、風を切るパンチは離れて見ていても脅威を感じる。
アスカは、はぁー、と大きくため息をついた。
「あきらめなアキラ、こいつ戦いバカだから。リョーガアキラは今日来たばかりだから真剣勝負はよしなさい、手合わせにしときなさいよ」
アスカは呆れ顔で言っているけど、僕はどうすれば。
「おう!それで十分だ!鬼の籠手を装備する不動明!こい!」
えっ、僕はどうする。助けを求めてサキを見た、サキは眼を輝かせガッツポーズをしている。
その顔は頑張って言っているようだ……助けてくれないのか、いまここで剣を振れないこと知ってるの、サキだけなのに……しょうがない、ポコッとやられて早く終わらそう。
諦め木剣を握りしめ鞄を置く。両手で剣を握り軽く素振りをする、そう、僕の得意な素振りを。
「おう、なかなかの剣筋だな、楽しめそうだな」
リョーガの眼に光が宿る。腕を回しながら僕の前方約四メートル付近で腰を落としながら構をとる。
「リョーガ、剣は使わないのか」
確認のため聞いてみた。
「おう、俺はこれだ!」
リョーガは言いながら拳をガシガシ突き合わせている。
やっぱり、素手の人とは戦ったことないぞ、どうやって戦うんだ。
いつも通り一礼をして剣を差し出す、相手の出方が分からないから、防御優先で中段に構え、軽く腰を落とす、今は避けることだけに集中しよう、自分に言い聞かせる。
長い息を吐き精神を集中させる…………。
「いいよ」
「よし、それじゃ行くぜ」
二人の間にわずかな沈黙が流れる。
リョーガとの距離は約四メートル、素手のリョーガより僕のほうがリーチは長い、リョーガの間合いに入れなければ僕のほうが有利、木剣でけん制しつつ相手の動きを読めば。
僅かな動きを見落とさないようにリョーガを見据える。
僕は戦うことに集中し、いつの間にか、ポコッとやられるのを忘れていた。
「ハッ!」
リョーガは気合と共に地を蹴った!初動が分からなかった。その刹那、リョーガの右拳が僕の顔面を捉えようとしている。
「な!」
木剣で払おうとするが既に木剣はリョーガの左の籠手で抑えられている。
辛うじて僅かに顔を左に傾けた、リョーガの拳が チッと僕の頬をかすめていく僕はそのまま距離を取ろうと左へ飛んだが、そこにはリョーガの左足が、リョーガは交わされたパンチの反動を利用して体を一回転、そこに左の回し蹴りが、ってなぜだ!僕は今剣を持っているんだぞ!これでは剣を出すだけで左足は無くなるぞ!でも今は、僕は体が動くだけ早くその場でしゃがみこむ、再びリョーガの回し蹴りは僕の髪をかすめて遠ざかって行く、リョーガはバランスを崩し倒れ!いや違う!左肘を突き出し僕に襲い掛かってくるマットブラックの籠手が怪しく光る、倒れ込みのエルボーか!くそっ!
動け! 僕の体!
「ぐあっ!」
体の中の残りわずかな息を吐き出し両足に悲鳴を上げさせ後ろに大きく飛んだ。
少し距離を置かないと一方的だ、リョーガはあの体勢だと一度手をつくはずだ。
体が燃えるように熱い、空になった肺に空気を大きく吸い込み、吐き出す。もう一度集中しようと!
「だあっー」
リョーガが片手を地面についたと同時に地面をけり、僕のほうに飛んでくる、右手を突き出し、体を捻りながら飛ぶ姿は、まさにロケットパンチ!
だめだ!避けられない。僕の呼吸をよまれたか。体の反応が遅れた!左手を出し防御体制を整える。衝撃に耐えようと両足に力を入れる。
―ドンッッ―
ものすごい音が辺りに響きわたる、えっ、僕の体が空中に浮いている!リョーガのパンチで吹っ飛ばされたのか。
そのまま二メートルほど飛ばされて正座をする形でちょこんと着地した。籠手を構えたまま、見るとリョーガも向こう側で同じように正座をしている。右手をだしたまま。
思わず僕は笑ってしまった。
リョーガも向こうで笑っている。
「はっはっは」
リョーガが笑いながら僕のほうに歩いてくる。
「おまえスゲーな、この俺の攻撃をすべてかわしやがった」
「ははは………でも最後パンチは」
「何言ってんだ、おまえの鬼の籠手で跳ね返されたじゃねーか」
今更ながら鬼の籠手の存在に気付く。
そうかこの籠手攻撃を跳ね返すって。
「まっ、ということでこの勝負、引き分けでいいや。またやろうぜ、こんなに熱くなったの久しぶりだ。ところで、何で剣使わないんだ。何度かチャンスあったろ、あの誘いに乗って来ねーとはなかなかやるな」
リョーガは感心しながら言っているけど、ただ振れないだけで、あれは誘いだったのか。
「ちょと!あんたたち!私たちのこと忘れてない!」
言葉とは裏腹にサキが笑顔で近づいてくる。アスカも口元を緩めている。
「でも、あんたたち最後は笑えたわ、二人して、ちょこん、って、それまで凄かったから余計に、ねっ、アスカ」
そう言いながらサキはまた思い出したように、クスクスと笑いだした。横にいるアスカもサキにつられるように、クックと笑いをこらえている。
「……えーと、アスカは、知ってんだけど……で、不動明だろ……」
「あっ、私はサキ、天野沙祈、アキラと来たの、よろしく」
「俺の名はリョウガ!天になり明王……」
「ちょっとアキラ、あんた顔色わるいわよ、大丈夫?」
リョーガの口上を遮り僕の心配をしている。
「はは……大丈夫、大丈夫。ちょっとつかれた」
そう言いながらその場にへたれこんでしまった。
「今日はいろんなことがあったからね、お腹すいてるんでしょ。さっき買ったバレスク食べましょ。私もお腹ぺこぺこ。アキラ立てる?」
地面にへばり付くように座り込み、体を動かそうにも言うことを聞かない、辛うじて手を振り ―今は無理― と意思表示をした。
「……しょうがないわね。じゃここで食べようか、こんなとこにかわいい女の子を二人も座らせるなんて」
サキはぶつぶつ言いながら持っていた鞄を横に置き、その上に座った。
アスカにも、サキが引きずる様に持って来た、僕の鞄を置き座るよう促した。アスカは申し訳なさそうにしていたので「いいよ」と声をかけた。
こんな湿った土の上に女の子を座らすわけにはいかない。と男らしさを出してみたけど、僕はもう座りこんでいるから……。
リョウガも僕の右側に、さきは左側に、アスカは僕の正面に座り四人は光集花の広場で円を描く様に向き合った。
「アスカ、気をつけなさいよ。アキラ、足フェチだから」
サキはいたずらな笑みを浮かべながらアスカに忠告している。
「えっ何だ、どう言うことだ」
アスカも、聞かなくてもいいことを聞く。
洞窟に入る前、サキが溝に落ちてスカートがめくれ、僕がそのあらわになった足を凝視していたことを。サキはニコニコと嬉しそうに説明している。
アスカは短めのパンツに、膝まであるグリーブブーツを履いた足が綺麗に揃えられている、膝の辺りに足を隠すように手を置いているけど、その綺麗な脚は隠し切れていない。
「ほらほら、見てるわよ」
「ははは……」
眼をそらし苦笑をするしかなかった。
◆
「おいしい!」
サキが自分の顔程のバレスクを頬張り歓喜の声を上げている。
僕も、甘い木の香りに誘われ一口かじってみる。
「うまい」と、声をもらしガツガツとバレスクを食べていく。
甘い木の香りが口の中全体に広がる。触感は、ふわふわで木の蜜を含んだように少し甘く、しっとりとしている。見た目は木、なんだけど……とても美味しい。
「どうだ、美味しいだろ。あたしも初めて食べた時は、ほっぺたが落ちるとはこのことか、と思ったほどだぞ」
「おう!バレスクか!それはな、地獄の釜の熱で49時間蒸し焼きにするんだぞ!うまくて当たり前だ…………で、アスカよ、俺の分は無いのか」
「ある訳ないだろ」
アスカは氷点下の声を出しリョウガをバッサリ切り落とした。
サキは声を出して笑い、その笑いを堪えながら。
「私はこんなにも食べられないから、もしよかったら」と言って切り分けている。
「おう!すまねーな……えっと、あま の さ」
「サキでいいよ」
「おう!すまねーな!サキ!今度お返しに俺の必殺技を教えてやる」
「バカか、そんなの教えて要らん」
「なにっ! アスカに言ってんじゃねー、サキに言ってんだ!」
「だからサキの代わりに答えて要るんだろう、要らん、って」
「なに、このー、来い!アスカ!勝負だ!俺の必殺の……」
「バカがうつるから、こっちに来るな」
「なにー……この俺を怒らせるとは……」
「リョウガ、バレスク要らないんなら、僕が貰っていいかな」
「まっ、まてまて、アキラ、そりゃ俺んだ」
立ちかけていたリョウガは慌てて座りなおし、サキが切り分けたバレスクに手を伸ばした。
四人は大声を出して笑った。こんなに大声で笑いながら食事をしたのは初めてだ。
リョウガが僕たちの住む町のことを知りたがっていたので、僕とサキ、時にはアスカも交えて僕たちの町のこと、町の外にいるデビジャのこと、ここに来た時の経緯などを話した。
リョウガは少し考え込んでから口を開いた。
「その、町の外にいる、デビジャって……」
「…………」
つかの間の沈黙が四人の間に流れる。
リョウガは話を聞いただけで、そう思っているのか。デビジャは邪鬼だと。
「うん、僕も邪鬼だと思うんだ。5歳の時一回だけ、犬型のデビジャを見た、ここにで見た犬の邪鬼。似ていたと思う」
「なんで、送ってやらないんだ」
「僕たちはデビジャがなにか分からないんだ、だから討伐隊が出るんだけど、全然数が減らないみたいで」
「邪鬼は討伐するだけじゃだめだ、転生の地へ送ってやらねーと。あいつらは一度邪鬼になっちまったら、永遠に邪鬼になっちまう、誰か祈ってやる奴はいねーのか」
「僕は……なにも知らないんだ、いや僕たちは忘れてしまったのかも知れない。人仏の人や獄人の人たちのこと、邪鬼になってしまう魂。転生の地へ魂を送る方法、祈ることを」
そうだ僕たちの町にはお寺がある、サキの住む大きいお寺が。以前はそのお寺で、魂を転生の地へ送る祈りを唱えていたんだと思うし。だから……。
「町に帰ったらみんなに伝えようと思っている、ここで見たことや聞いたこと、信じてくれないかもしれないけど、それでも少しでも何かが変われば町にいる人たちの為……邪鬼になってしまった魂の為にもなるんじゃないかと思うんだ」
サキの強い眼線を感じ、何とか声を絞り出した。そんなに都合よく事が進むとは思えないけど。
アスカも眼を閉じわずかに頷いている。そうさ、都合よく行かないなら、都合よく行くように頑張ればいい…………かな……。
「なんだ、お前たち帰るのか、鬼迷宮から来たっていたよな。帰れるのか」
「明日、菩薩さまに教えてもらうんだ。鬼迷宮の抜け方を」
サキと共に大きく頷いた。アスカは眼を伏せている。
「そうか、おまえとは気が合いそうなのにな。それともう一度、今度は本気のアキラと戦いたいのにな」
リョウガは僕が本気じゃなかったと思っているのか。本気だったんだけどな。
「おまえ、なんで剣を振らないんだ」
「えっ……」
リョウガは僕が木剣を振らなかったから本気じゃなかったと思っているのか。
……僕がどう答えようか答えに迷ってたら。
「……獄人のリョウガなら何か分かるんじゃない」
サキが僕に耳打ちしてきた。
そう言えば菩薩さまは何かを知っているようだった、もしかしたらリョウガも何か知っているんじゃないか。僕は少し考え口を開いた。
剣を振ろうとすると、体中に電気が走る感覚と共に体が硬直してしまうこと、その時に《何の為に戦いますか》頭の中で聞こえる声のことをリョウガに話した。
リョウガは眼を閉じ、話してもいいものか悩んでいるようにも見える。
僕の眼を見透かすように見つめ口を開いた
「……明王になる奴は大日如来様の前で誓いを立てるんだ。何の為に戦うか。それが認められれば大日如来様はそいつに力授ける。不動明王は大日如来様の化身だからな。力を授けられたそいつは明王となる」
頭の中に鬼迷宮おじいさんの声が蘇った《不動とな、これはこれは》
菩薩様の声が蘇る《明王と鬼は表と裏》
そして武器屋のおじさん《力の使い方を間違うんじゃないぞ》
……僕は不動明王?鬼?力の使い方を間違えると鬼になる……そんなばかな。
……僕は誰だ。僕は何者だ。
「でも誰でもなれるってわけじゃない。明王ってのはまず、揺るがない心、不動心を持つ者しかなることはできない。それに、大日如来様直々に《何のために戦うか》問われる。頭の中で聞かれるってのは、聞いたことがないぞ」
じゃあ、僕の中で聞こえる声はなんだ……。
「おまえ、それって、まーあれだ、剣を振る時はよく考えてから振るんだな」
よく考えてから振る……正解はあるのか。
「はい、アキラはよく考えてから剣を振ること。分かった」
サキはその場の雰囲気を変えようと、極めて明るい声を出したけど、その眼は、僕の事を心配してる眼だ。
サキはアスカに向き直り。
「私さ、ずーと気になってるんだけど。アスカ、なんで落ちたの」
「っ、あたし!」
アスカが急に自分に向けられた言葉に驚き、身体を弾けさせ素っ頓狂な声を上げた。
その仕草が女の子らしくて意外な一面を見た。
「そー言えば、俺も聞いた事がねーな、落ちてきたときは大騒動だったんだがな」
「……あたしね……」
アスカは腰にある剣の柄にそっと触れ空を見上げた。そこには地表の割れ目から薄暗くなった空に、かすかに星が見えている。
「あの時……あたしが、死ぬ番だったんだ」
「「「えっ!」」」
死ぬ番って、死ぬ順番のことか。アスカは僕たちの顔を順番に見渡し、大きく頷いた。
「あたしたちは、サークルタウンに入れなかった人たちが集まって、デビジャから隠れて暮らしていたんだ、サークルタウンの様な柵なんかない所で。デビジャが襲ってきたら逃げるしかなかった」
アスカはうつむき、今にも泣きだしそうな、か細い声を出している。
サークルタウンに入れなかった人たちがいるのは知っていたけど。町の遠征隊はそういう人たちを見つけ保護する役割があるんだけど。まだ保護されていない人たちがいる。
「デビジャに襲われた時、みんなが無事に逃げられるように、一人……囮を出すんだ」
剣の柄に置かれていた手は、いつの間にか剣の柄を強く握りしめている。
「囮の人がデビジャの注意を引き付けている間に……みんな……逃げるんだ。安全な所まで……そうすれば、一人の犠牲で済むから」
「なんてことを……」
信じられなかった、そんなことが僕たちの町の外で行われているなんて。
サキも歯を食いしばり、アスカの剣を握る手の上に、そっと自分の手を重ねている。
「あ、あたし!それが当たり前だと思っていた!みんなが助かるために。それが当たり前だと……あたしの友達が囮になるまでは……あたしの友達は囮になり、デビジャに。殺された……あたしが! あたしが残るって言ったのに! ハルは戦えないから! ハルは弱いから! ハルは優しいから! ハルはハルなのに……あたしが残るって言ったのに……」
アスカの眼から大粒の涙があふれている。柄を握るかすかに震えているその手を、サキが優しく両手で包み込んでいる。
「あたしはハルを探しにいった、どこかに隠れて生きてるかも、うまくデビジャから逃げられたかも、ハルは生きてるかも……でも、あったのはこの剣だけ。この剣、ハルのなんだ、剣、使えないのに」
アスカは柄を握る手を、そっと放した。装飾された柄は光集花の光を受けてキラキラしている。
「そして、あたしが囮になる日が来た。あたしは死ぬのが怖くなかった。それより早くハルの所に行きたかった。またハルと一緒に笑いたかった。この剣を持って死ねたらハルの所に行けると思った」
サキが強く、温かい眼でアスカを見まもっている。
「デビジャに襲われ人型のデビジャの一撃を受けた、でもデビジャはあたしではなくこの剣を狙っていた、弾かれた剣は折れて、あたしの手を離れ、空を舞った。あたしは剣を追いかけた、剣を持っていないとハルの所へ行けないと思ったから、でも剣は落ちてこなかった、どこまでも、どこまでも飛んでいく。あたしは一心不乱に追いかけた、つまずきながら、眼の前の草木をかきむしって。そしてもう手に届きそうな所で、あたしはジャンプして出来るだけ手を伸ばし剣を取った、もう離さないよう両手で抱えた。剣しか見てなかった。剣しか見えなかった」
アスカは言葉を切り、地表の割れ目から見える夜空を見上げた。
「下に目を向ければそこは崖だった、底が見えない真っ暗な深い崖。あたしは落ちてハルの所に行くんだ、あたしは落ちながらそう思っていた、眼を閉じその時を待った」
僕も上を見た、はるか上空、地表の割れ目から空が見える、あんな高いところからアスカが落ちた。
「眼を開けたら弥勒菩薩様が居た。ここの人たちに手当をされ、菩薩様に《まだ転者になるに早いようですね》と、微笑んでおられた。そしてあたしはここで生きている」
サキが、アスカに寄り添い、そっと、アスカの震える肩を抱いている。
「私も菩薩様の言う通りだと思うよ、ハルさんがアスカに生きてって言ってるんじゃない、ハルさんの剣がここに導いた、私の分まで生きてって」
「何のために生きるの!あたしは何のために生きればいいんだ……こんな思いするくらいなら―」
「そんなことはないと思う!」
僕はアスカの言葉を遮るために口を開いた。
サキもアスカに向ける言葉を探しているようだ。
僕がアスカに言うべき言葉なんて何もないのに。
「あ、アスカは……僕と、サキに、会うために生きてるんじゃないかな」
サキ、アスカ、そしてリョウガまでも口を開け放心状態になっている。それもそうだ自分自身何を言ってるかよく分からない。それでも僕はいま思いついた言葉を続けた。
「アスカは、剣に、ハルの魂に導かれてここに来た。僕とサキも鬼迷宮で会った魂に導かれここに来た。そしてアスカは、何のために生きるのか。サキは、自身の祈りの言葉。僕は、何のために戦うのか。それぞれの思いの答えを見つけるために、ここに導かれたんじゃないかな」
話しながら、本当にそうなんじゃないかと思い出していた。
サキとアスカは―そんなことって―と、言いたそうな顔をしているけど黙って聞いている。
もしかして、リョウガにも何かあるのか。
「リョウガ。リョウガはどうしてここにいるんだ」
「俺か、俺はおめー、もともと地獄に居たんだが、地獄の奴らは、地獄に送られてきた魂をいじめて喜んでやがる、まーそれが奴らの役割だけどな。俺は強い奴と戦いたいんだ。俺より強い奴と戦うためにここに来た。強い奴と戦って俺は強くなる。ただ、それだけだ」
鼻息荒く、そう言い放った。
「戦いバカ」
そんなリョウガを、眼を赤くしたアスカが一蹴する。
サキがアスカと肩を並べクスクス微笑んでいる。
「なんだと!てめーさっきまで女みたいに泣いてたやつが!」
「何を言っている、あたしは女だぞ、知らなかったのか」
「あはははは」
サキがとうとう吹き出してしまった。アスカもつられ共に笑っている。リョウガは顔を赤らめ何やらブツブツ言っているけどよく聞き取れない。
「リョウガ、リョウガは何で、強くなりたいんだ」
三人の動きがピタリと止まった。その目線が真っすぐ僕に向けられる。
「強くなって、何と、戦うんだ」
僕はさらに追い打ちをかけた。
「えっ!」
リョウガの動きが完全に止まった。なにかを探すかのように、眼を泳がせている。
僕が思い付きで言った言葉が今では、今では核心に近付いていた。ここにいる四人はみんな何かの答えを探している。それはたまたま偶然なのかもしれない。でも 偶然が重なれば必然になる?
「今、ここにいる四人は、ここで出会うべくして出会ったんじゃないかな。この四人は何か問題を抱えている、きっと一人では解けない問題を。四人いれば答えが出るのか分からないけど」
四人はそれぞれの顔を見合わせている。
「少し強引なこじつけ、かもしれないけど……それに……今日、初めて会ったばかりなのに、僕は初めて会った気がしないんだ」
みんなの、一人ひとりの眼を順番に直視した。
リョウガの眼は鋭く、獲物を探すがごとく爛々と輝いている。
アスカの眼は厳しく、でもどこか悲しみに濡れたように清々と輝いている。
サキの眼は優しく、すべてを温かく包み込むように凛々と輝いている。
大きく息を吸いこんだ。僕は知らず微笑んでいた。
「サキが居て、アスカが居て、リョウガも居る、なんだかこれが当たり前のように思ってるのは僕だけかな。この四人には何かある。何かは分からないけど。でもそれは四人それぞれの答えが出れば分かるんじゃないかな……。僕も、すぐにでも自分の答えを出さないといけないと思うんだ。何だかそんな気がする」
サキはアスカと寄り添い座るさまは、サキより少し大きいアスカがお姉さんのようにも見える。
リョウガは腕を組み、フンフンと頷いている。
「リョウガ、さっきの話なんだけど。僕が何のために戦うか間違えると、鬼になるのか」
「ん、何のために戦うか、ってことか」
リョウガは初めて真剣な面持ちになった。
「いや、鬼にはならねー。ただ明王になれないだけだ」
菩薩様は鬼になると言った。
……僕は鬼になるのか。《何の為に戦いますか》答えを間違えると。鬼に……。
何の為に戦う…………。
「僕は何の為に戦う、町の人の為、町の人たちが幸せになる為に戦いたい……そして……邪鬼の為にも」
頭に浮かんだことを口に出して言ってしまった。見ると三人とも僕に注目し唖然としている。
「それじゃーおまえ何と戦うんだよ」
「ははは、そうなんだよね」
「あなた、それって邪鬼の魂を転生の地へ送るってこと」
アスカまでが聞いてきた。
「いや、そー出来たらなーって思っただけで、ははは」
サキは何も言わず真っすぐ僕を見つめている。
ははは、なんか言って…………。
あたりを見るとすっかり暗くなっていた。光集花の光が消えかかっている。光集花
の光が消えればこの辺りは真っ暗闇になる。僕たちはあわてて帰り支度をした。
僕とサキは、アスカもお世話になってる菩薩様の家で一晩を過ごすことになっている。別方向のリョウガとはここで別れ、僕たちは足早に歩き出した。
「おい!アキラ!」
背後からリョウガの声がした。
「おまえたち……明日帰る前にもう一度会ってくれ 」
真剣な面持ちで僕に言ってきた。
僕も振りかえり、もう一度会おうと答えた。
人もまばらになった道を行くと、向こう側でまだ祈ってる人仏の人たちが居るのに気づいた。アスカに一晩じゅう祈る人もいるぞ、と教えられた。