鬼迷宮
サキと並んで洞窟内に足を踏み入れた。外よりひんやりと、湿った空気が漂っている。
思ったより洞窟の中は広く、サキと並んで歩ける位の幅がある。天井の高さも、僕が手を伸ばしても届かないくらい高い。それに真っ暗かな、と、思っていたのにいがいと明るい。よく見ると側壁と天井がほのかに光っているみたいだ。
「何これ、光ってる」 そう言いながらサキはその壁を触っている、するとサキの触ったところが一段と明るくなった。
「みてみて、これおもしろいよ」
サキはペタペタ壁を触り明るくして行っている。サキの手が離れた所はもとの明るさに戻って行く。僕も壁を触ってみたけど、なにも変化しなかった。
「何、あんた、なにも変わんないの、おもしろいのに。でも、なんで光ってるんだろ」
「そうだな、なんだろ、この洞窟は自然に出来たんじゃなくて人が作ったんじゃないか、僕たちここに入ってから普通に歩けてるし、洞窟ってもっと道なき道を行く、って思ってたのに。本当に人がいたりして。この光はほら、何だっけほら、光る苔って聞いたこと無いか、それだ」
サキはまだ洞窟の壁を楽しそうにペタペタしながら歩いている。
「ふーん、もしかして、地底人がいたりして」
「でも地底人だったら二人とも食われちまうぞ」
「うそ」
サキの動きが止まり、表情が硬くなる。そんな冗談を真に受けるなんて、そんなサキを見て今度は僕が笑った。
「うそだよ、うそ、そんなのいるわけないだろ。」
そんなことを言いながら僕たちは洞窟を進んで行った。振り向くともう入口の光は見えなくなっていた。
「見て、アキラ、道が二つに分かれてる」
サキと顔を合わせお互いに頷いた。サキと思っていることも僕と同じようだ。
「右側にいくわよ」
「もどろうか」
「えっ!戻らないのか、あまり奥に行くと迷うぞ」
「何言ってんの、まだ入ったばっかりじゃない、ほら、もう少し行くよ」
サキは、何のためらいもなく分かれ道の右側へ行こうとする。
「ちょっとまて、なんでそっちなんだ」
そう言って二つの道を見比べる、それともう一つ、僕らが通ってきた道を振り返り見る。道の奥は暗くて何も見えない。ほのかに見える範囲で見た限り、その三つの道に違いは見つけられない。僕はあたりを見回した。
「なんとなく私の直感がこっちって言ってるから、こっち。ほら、きょろきょろしないで行くよ」
「なんだよそれ、僕としてはどっちでもいいけど、って、ちょっとまてよ」
先に進もうとするサキを呼び止め、何か目印になるものがないか捜した、ふと、自分のポケットが膨らんでいるのに気づいた、さっき拾ったドングリだ。
「なによ、ここでじっとしていてもしょうがないでしょほら行くよ」
「ちょっとまって、さっき拾ったドングリ目印に置いて行こうと思って」
そう言いながら、ポケットのドングリを今通ってきた道に三個、今から行く右側の道に三個合計六個、それぞれ線になるように並べた。
「あ、いい考えね、それがあれば戻る時、迷わないね、アキラにしてはいい考えね」
サキは冷めた声でぶつぶつ言いながら、もう歩きだしている。僕は慌ててサキを追いかけることになった。さらに洞窟を進むと、また分かれ道に出た、その分かれ道を左側に行くことにしてさっきと同じようにドングリを並べ先へ進んだ。
「何処までつづくのかな、そろそろ戻らないか」
何故か分からないけど、すこし嫌な予感がしていた。
「そうね、あまり奥まで行かないほうがいいわね。もう一度分かれ道に出たら進まずに戻ろっか」
サキが少し残念そうにそう言った。
「そうだな、そうしよう」
本当はもう戻ろうと言いたかったけど分かれ道が二回、目印にドングリを置いてきたし、まだ迷う心配はないだろう、洞窟の中はひんやりしているけど寒くはないし、ほのかに明るいし。
「きゃっ!」
「ドゥワッ!」
サキの声にびっくりして僕も変な声を上げてしまった。
「どうした!サキ」
僕は少し前を歩くサキに近寄る。サキは体を固くし両手で顔を覆っている。
「ひとの……人の顔……あそこ、ガイコツがある」
「え!ガイコツ」
そこだけは他とは違いかなり広い空間に出た、向こうの端までは十五メートルはありそうなほど広く形も異形だけど丸く、中心に行くほど天井が高くなっている、その隅をサキが恐る恐る指をさす、よく見ようと、そのガイコツに近づいて行く。
「はっはっはっは サキ!これがガイコツか!よく見て見ろよ、たしかに人の顔に見えるけど、これ、岩だぞ、ただの岩、サキの怖がるとこ初めて見た。ま、言って見れば人面岩だな」
サキはまだニヤニヤしている僕と並びその人面岩をよく見ている。
「あ、ほんとだ、びっくりした、でも怖がってないよ、びっくりしただけ、ちょっとびっくりしただけ」
そんな言い訳をするサキを見て、僕はさらにニヤニヤする。
その人面岩をよく見て見ると、人の顔、と言うより鬼の顔のように見える。釣り上ったように見える眼が二つあり、その眼の奥をよく見ると何か光っている、右眼は赤っぽく、左眼は青っぽく見える。そしてその上、ちょうど頭の辺りにボコボコとふたつのこぶがある、そのこぶを鬼の角と言えばそう見える。口もとは大きく岩が割れまさに鬼が叫んでいるような。
鬼と認識すればまさに鬼が何か叫んでいるように見える。僕はその岩をペチペチ叩きながら。
「人鬼岩……」
僕は思わずそうつぶやいた。
「え、何?」
「いや、これは人面岩と言うより、人鬼岩、なんとなく怒った鬼の顔に見えないか」
サキは人鬼岩に近づき人鬼岩の顔を覗き込んでいる。
「ほんとだね、よく見ると鬼の顔に見えるね、それに目の奥がなんか光ってるね。それじゃ―」
サキはいきよいよく振り向き、来た方向を指差した。
「人鬼岩も見れたことだし、アキラ隊員そろそろ戻るぞよ!」
「お、おう、でもいいのか、もう一度分かれ道が出るまで行くって言ってたのに」
突然帰ると言いだしたサキの顔を見た、いつものサキなら行ける所まで行きそうなのに。帰るのは賛成なんだけど。
「アキラ……笑わないでよ、何かね、私さっきから嫌な感じがするの、この人鬼岩を見てから早くこの洞窟を出たいって思ってる。なんかおかしいよね」
僕もさっきから感じていた嫌な予感。サキも感じている。
「そうだな、僕も何か落ち着かないんだ、戻ろう。分かれ道が二回あったそこにはドングリが並べてある。すぐに出られるさ」
すぐに出られる……どうして僕はそんなことを口にした。すぐに出られるのは分かっているのに。
僕たちは洞窟の出口を目指し歩き出した、今は僕が前を歩きすぐ後ろをサキが歩いている。サキの元気がなくなっているのがさらに僕を不安にさせている。
しんと静まりかえった洞窟の中、僕とサキの足音だけが静かに響いている。僕らの周りは、うっすらと光っていて明るい。天井や壁は洞窟らしくゴツゴツしているのに足元だけは歩くに困らないほどになだらかになっている、走ろうと思えば走れるほどに。そんな道がずっと続いている、整備されている道……何のために。
「アキラ」
後ろからサキに呼ばれ考えを中断した、振り向きサキの顔を見る、鞄を両手で抱え、さっきより一層不安そうな、サキの顔がそこにあった。
「あのさ、けっこう歩いたみたいだけどまだ分かれ道に出ないなと思って。アキラ、どう思う」
そう言えば、僕は考え事をしていて気がつかなかったけど、二つ目の分かれ道からそんなに歩いてなかったと思う。もうとっくに分かれ道に出てもおかしくないはずなのに。
―ゾァァァ―
一瞬僕の体全体に鳥肌が立ったような寒気を感じた。何かある。
「も、もう少し進めば分かれ道に出るんじゃないかな」
サキだけじゃなく僕自身にも向かってそう言った。
「そ、そうよね」
サキはそう言いながら僕に近づき、そっと僕の手を握ってきた。きっとサキも何かを感じているのだろうと思い、サキの手を少し強い目に握り返した、その手を引き出口を目指して歩き出した。
自然と僕たちの歩く速度が上がっている。
サキと手を繋ぎ、さらに進んだ、この静まり返った洞窟の中に、二人の足音だけが慌ただしく響いている。
「サキ、分かれ道だ」
サキは僕の手をさらに強く握り、僕の肩越しに前を覗き込む。
僕たちは分かれ道の前で足を止め、そこに置いたドングリを探した。右、左、右、左と。
「ないね、ドングリ」
「アキラ、あんた、ちゃんと置いたの」
サキはいつものようにそう言ったけど、少し無理をしているように感じた。
「ここにもちゃんと置いたけどな」
そう言ってもう一度分かれ道の右側、左側を確認するがやはりドングリは置いていなかった。
「どうするアキラ、どっちに行けばいいんだろう」
やっぱりいつものサキとは違ういつもなら『こっちに行くよ』と言うはずなのに。口には出さないがサキも僕と同じことを思っているのか、《迷ったと》大丈夫、出られるさ。
「とにかくもう少し進もう、人鬼岩から引き返してきたんだから出口には向かってるはずだ、進む方向は間違ってない。一度目の分かれ道は右へ、二度目は左へ進んだ。ドングリは無いけど戻るんだから、その逆に進めばいいはずだから、ここは右へ進もう。いいな、サキ」
サキは僕の説明を黙って聞いていた。
「へ、へ~あんたでも頭使うときがあるんだ、そのくらい私にも分かっていたわ、そーよね、右へ行きましょう」
サキの強がりが僕の心を強く締め付ける。大丈夫だ、必ず出られる。
サキの手を引き右側へ進んだ。本当ならこんなふうにサキと手をつないで歩くとドキドキするんだろうけど、今は何だか安心する、サキの手のぬくもりが僕を安心させてくれる。サキも同じ気持ちなんだろう、僕の手を握るサキの手がそう語っているように思える。
僕たち二人は手をつなぎ仲良く歩いているように見えるんだろうけど、今は同じ不安を共有し、その不安を打ち消すために手を取り合い歩いている。
僕の鼓動が少し早くなっている。サキと一緒に必ず出る、きっと出られる。
自分にそう言い聞かせ、僕のすぐ横を歩くサキの顔を覗き込む。その眼には僕の大好きなキラキラした瞳ではなく、不安そうな、少し下向き加減の瞳があった、大丈夫だ、サキ、大丈夫、僕は心の中で何度も呟きながら洞窟の先に目を凝らす。
「あっ!サキ、分かれ道だ」
サキはパッと前に見える分かれ道を確認すると、わずかに微笑んだ。
「あの分かれ道は左でいいのよね」
そう言いながら僕の顔を見上げてくる、僕は力強く頷いた。
「行こう、あの分かれ道を左に行けばもうすぐに出口がある」
僕たちは走り出していた、手をつないだまま走って行く。分かれ道を左へ進みさらに走る。
不思議な洞窟、天井や壁はゴツゴツしているのに足元は今まさに走れるくらい整備された道、自分達の周りは常に明るい不思議な洞窟。この洞窟には何かあるのか。
「「あっ!」」
少し広い場所に出た。そこにある一つの岩の前で足を止めた。これは! 鬼が叫んでいるように見える岩。
「「人鬼岩!」」
僕たちは同時に声を上げた、今、僕らの目の前にあの人鬼岩がある。この人鬼岩を後に、僕たちは出口に向かったはずなのに、なぜここに人鬼岩があるんだ。
人鬼岩に近づき人鬼岩の目を覗き込む。右目は赤く左目は青く光っている。間違いないあの人鬼岩だ。
「何で……どうして……」
サキはそう言いながら僕の腕にしがみ付いてきた。
「どういうこと……私たち、この洞窟を一周してきた、っていうこと……」
僕の答えを待つように、何かに脅えるような眼でサキが僕の顔を見上げている、僕も逃げ出したい衝動を抑え込む。
「いや違うと思う。もし一周していたらもう一度入り口をみているはずだ」
「じ、じゃあどういうことよ!なぜ人鬼岩がここにあるの、この人鬼岩がこの洞窟に何個もあるってこと!」
この薄明りでもサキの顔から血の気が引いて行くのが分かる、僕はサキを落ち着かせるためごまかそうとも思ったけど、本当のことを言わないと、僕たちはここから出られなくなると感じ。
「いや、それも無いと思う、自然に同じ岩が二つも出来るとは思わない」
「…………」
「どうなっているの! なんでここに人鬼岩があるの!なんで出口がないの! なんで……アキラ、なんで私たちは出れないの、どうすればいいの」
サキが僕に体を預けてきた。サキの体がかすかに震えているのを感じる。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ、サキ。すこし考えよう、すこし落ち着いて考えようきっと出られるさ」
「……ごめんね、アキラ……」
サキは僕の胸元で囁いた、僕はサキの頭の上にそっと手を置いた。
「少し落ち着こう」
「うん」
すこし落ち着いたサキを、そっと押し戻そうとすると、サキはさらに強く僕の胸元に顔をうずめてきた。
サキの温もりを感じる。サキの香りが僕の心を落ち着かせてくれる。僕はその香りを大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出した。頭を整理し、もう一度、最初から考えて見る。
おじいさんがいた。そのおじいさんは中に人がいると言った。もし本当に人がいるなら今までに見つけられているはずだ。そしてこの不思議な洞窟……
もし、 もし本当に中に人がいるとしたら。もし中に人がいて町があるとした……もしそう考えると。
「サキ、聞いてくれ」
サキが僕を見上げ僕と目が合う、僕は小さく頷き、サキとの距離を少しあけた。
「サキも感じていると思うけどこの洞窟はただの洞窟じゃないと思うんだ。入口のおじいさんが言っていた、この中に人がいて、町がある、もしそれが本当なら、この洞窟は、洞窟じゃなくて、トンネル、中の町と外をつなぐトンネル」
サキは大きく眼を見開き何か言いたそうだったけど構わずに続けた。
「そう、中の町と外をつなぐトンネル。町の存在を知っているもの、その資格があるものしかたどり着けない町 僕たちみたいな侵入者は、このトンネルに迷うように作られている。僕たちは迷ってしまったんだ」
サキは瞬きをするのも忘れたように目を見開いている。
「……わたしのせいで……」
この、しんとしたトンネルの中でも、やっと聞き取れるほどのかすれた声でサキが呟いた。
「サキのせいじゃない、大丈夫、出られるよ。あのおじいさんこうも言ってただろ、中の奴らが出て行かんように見張ってる、って、だから出る方法はあるはずだ、その方法が何かはまだ分からないけど、大丈夫、きっと出れる」
自分にも言い聞かせるように、そう言った。
「とにかくもう一度出口をめざそう」
サキの手をとりもう一度歩きだそうとした、そのとき。
「アキラ……見て…… なに、あれ」
サキが指を差す方向を見てみると。
道が、闇に包まれ、消えていく?そんなに明るくないトンネル内それでもわずかに見えていた道が。……道が消えていく……。
今、僕たちの目の前で、完全に見えなくなった。
サキの小刻みに震える手が僕の手を強く握りしめている。
何も言えなかった。何が起こったんだ。
慌てて振り返り反対側の道を確認する、しかしこちら側も闇に包まれていて何も見えない。今僕たちが居るこの場所だけがうっすらと光っている。
少し近付いてみようと、サキの手を引き、足を踏み出した。すると闇に包まれた空間が再び うっすらと、明るさが戻ってきている。
明るさが戻り、分かれ道が見えてきた。
「道が無くなったのかなって思ったわ」
サキは肩の力をぬき、安堵のト息を吐いている。
「そうだな、トンネルの光が弱くなっただけ…………ちょ、ちょっと待て、サキ、この道分かれ道だったか……分かれ道があったのは僕らが走る前だったはず、ここは、一本道のはず」
「そ、そうよね」
いったいどうなっている、道が変わった……道が。
頭が混乱していた、そんな事があるはずがないのに、それしか考えられない。
「サキ反対側を見に行こう」
僕はサキの手を引き反対側へ走り出した。
こちら側は分かれ道だったはず、今も同じ分かれ道。
「変わってないような、サキ、何か分かるか……ん?」
サキが足元をじっと見ている。
「ア、アキラ、これみて」
サキの足元を見て見ると、そこにあるのは、ドングリ。きれいに並べてある、数は六個、僕の置いたドングリだ。
なぜここに、やはりこっちも道が変わったのか。
「アキラ、どうする」
「ちょっと待って。もう少しここに居よう、確かめたいんだ、本当に道が変わったのか」
そう言いながら下に落ちているドングリを二個拾った。
「人鬼岩の前まで行こう、あの岩がこのトンネルの中心じゃないかと思うんだ。この迷いのトンネルで二度あの人鬼岩にたどり着いた。何かある」
サキは黙って頷くと二人揃って人鬼の前まで行った。
サキの元気がない。自分のせいだと責任を感じているのか。僕が何とかしないと。どうする。どう動いたらいい。このトンネルのことをもう少し聞いていたら、いや、それはなしだ。今ある情報だけで考えろ。何か方法があるはずだ、あのおじいさんのところまで行く方法が、どう動いたらあのおじいさんの所まで行けるんだ。
普段あまり使わない頭をフル回転させて考えた、何か……。
「アキラ、見て、また道が……」
サキの声で我に帰り、道を確認する。そこにはまた道が闇に包まれて行く光景があった、とっさに反対側も確認する、こちら側も同じく闇に包まれていた。道が消えた。
さっきと同じようにしばらくすると、何事もなかったかのようにそこに道が見えている。
僕たちはその道を確認した。ドングリの置いていない側の分かれ道は一本道に変わっている、また、ドングリを置いてある側の分かれ道は分かれ道のまま、変わっていないのかと思ったけどその下にドングリは無かった。
「道が変わったと言うより、何か入れ替わったみたいだね、だってドングリごと消えてるし」
サキがぼそっと呟いた。
入れ替わる、道が、いれかわる、僕の頭の中が何かを思い出そうとザワザワしている。
何か……子供の頃にそんなパズルゲーム無かったか……一本道。分かれ道。入口。出口……曲がり角。道が入れ替わる。出口を目指す。
「あっ! サキ聞いてくれ」
サキは僕の声にびっくりして眼を大きく見開いて僕を見ている。僕はサキの両肩に手を乗せ引き寄せた、サキの体から僕の心を落ち着かせてくれる香りがした。
僕は一度大きく息を吸いこみ、息を整えた。
「何か、こんなゲーム無かったか。入り口から入った人形を一本道や曲がり角のピースを動かしながら、その人形を出口まで誘導するゲーム。そのゲームには分かれ道は無かったと思うけど」
「うん、何かあったよね、その人形、勝手に歩くからピースを早く動かさないと、人形が道から外れて倒れちゃうの、だから慌てるのよね、でもほしいピースが無かったり……えっ、うそ」
サキはそこまで言って気がついたみたいだ。
「このトンネルはそんなゲームを大きくしたようなものなんじゃないか、出口を目指すんじゃなく、出られなくするもの、中に閉じ込めるための仕掛け」
「まさかそんなことって」
「でもそう考えればつじつまが合う、中の人を外に出さない仕掛け。外の人を中に入れない仕掛け。抜けられないトンネル」
「だったら、私たちもう外に出れないの」
「いや、そうじゃない、あのおじいさんは中から奴らが出て行かないように見張っているって言っていた、偶然か、何かその方法があるのかは分からないけど、何かあるはずだ、あのおじいさんの所まで行く方法が。じゃないとあのおじいさんがあそこにいる理由がなくなる」
「じゃ、どうすれば」
「わからない…………」
サキはうつむき口を固くすぼめている。
「……でも、サキとこのまま、ずーと、二人きりって言うのもいいかな~って」
「ちょ、ちょっとあんた、何言ってるの、こんな時に。そりゃ私もアキラとなら……」
「ん、なに」
「なんでもない!」
サキは顔を赤くして僕に背を向けてしまった。
僕がサキの顔を覗き込むと、サキは僕から逃げるように顔を隠した。
「……どうしよっか」
僕は、ぼそっと呟いた。
道が変わる、だとしたら下手に動いてもまたここに来るんじゃないか。人鬼岩。これは何か意味があるのか、このトンネルの中心なのか。
「道が変わるなら、出口がペコッ、て出たらいいのにね」
サキが僕に背を向けたままそう呟き振り返りざまに、ニコっと微笑んで見せる、なんてね、って声が聞こえそうな微笑み。
僕も微笑み返し、そうだな、と言おうと口を開けたが、出てきた言葉が。
「それだぁぁ!」
僕の声にびっくりしたサキが。
「なにがぁぁ!」
サキも僕と同じように叫び返してきた。
「いや、じっとしていれば道が変わる、もしかしたら出口が現れたりしないかな」
「でも、迷うように作られているんじゃ」
「そう、でもそれは僕たちが動きまわっていたらの話。僕たちがここでじっとしていても道は変わる。だったら偶然出口が現れるかもしれない。少し時間がかかるかもしれないけど」
もう一度考えて見る。いまはそれしかないか、動き回ってもまたここに来るんだろうし。
「そうね、出口が見えたらいいのにね」
しばらく僕らはその場でじっと道を見ていたが、サキが鞄を置きその上に腰を下ろした、僕も同じようにサキの横に鞄を置き座った。
本当に出口は現れるんだろうか、それはどれくらいの時間がかかるのか。
しんとした静けさが僕たちをつつみこんでいる。
何度か道が変わりそのたびに確認するが出口は現れていない。
「…………」
「…………」
「……アキラ、あんた、何か話しなさいよ」
「な、何だよ急に サ、サキ寒くないか」
「えっ、何、今頃? こうすれば大丈夫」
サキはそう言いながら僕に体を寄せてくる、サキのぬくもりが僕にも伝わってくる。
「……」
「そ、そう言えば、さっき神社で何お願いしてたんだ」
「えっ、ああ、弥栄神社ね、どうしようかな~言ったら駄目なんだけどな~笑わないでよ。あのね、みんなが笑顔でありますように、ってお願いしたの」
「なんだそれ、みんなって町のみんなか」
「そうね、町のみんなだけじゃなくて、世界中の、って言ったら笑う」
「それは、それは、また大きいですな。でもいいんじゃないか願い事は大きい方がいいでしょ」
「アキラはお願い事とか、やりたいことはあるの」
「僕…………本当は守備隊に入ってみんなのために戦いたいんだけど」
「おとうさんのように」
サキは静かにそう言った。サキは僕が剣を振れないことをしっている。そんな僕が守備隊に入れないのも知っている。
僕たちの町には複数の隊が編成されている、今僕たちが通っている学校を卒業すればみんなどこかの隊に配属される、その基準になるのが剣。
町のある隊は、遠征隊、守備隊、拡張隊、食糧隊、医療隊、などがあるんだけど、何処に入隊するかは、自分の意志では決められない。すべて剣技で決まる。
守備隊、名の通りこの町を守る隊。町の周りを見回りデビジャが居ればそれを討伐する、そのため剣技はかなりの腕を要求される。デビジャと戦い勝てる剣技を。その中でも抜き出た者は、遠征隊に引き抜かれる、遠征隊はこの世界がどうなっているのかを調べるため町を遠く離れたりする、その行く先で町を見つければ情報交換したり、サークルタウンに入れなかった人たちを見つければ保護する。この人たちは一度町を出れば数日帰ってこないこともある。
拡張隊はこの町を大きくすることを目的としている。守備隊と協力して、町を囲っている柵を新しくしたり、人が住む家々を建てたり、修理したりする。
サークルタウンの柵から百メートルは木が一本もない、それはデビジャを早く発見するためすべて切り倒されている、その木を倒すのも拡張隊の仕事、そとでの仕事になるためデビジャとの接触は避けられない、守備隊とともに行動はしているが、自分の身は自分で守れるだけの剣技は必要となる。
食糧隊は、遠征隊や守備隊が持ち帰った食糧を管理し、また、町にある畑でいろんな作物を育てている。この町すべての食糧を管理して、町の人たちに配給している。町の外には出ないため剣技は必要とされない。
医療隊はこの町の病院と言ったところだろう、遠征隊や守備隊の負傷者がほとんどだけど、中には転んで怪我した人とか、病気になった人の治療をしている。医療隊は、剣技は不必要だけど何よりも知識が必要とされている。
僕が入りたいのは守備隊、なんだけど、僕の剣技じゃ入れない。剣すら振れないから拡張隊も無理だろう。僕が入れるのは食糧隊しかない。
食糧隊は一番人気がない、毎日畑を耕し、よく町の人ともめているのを見る。僕から見てもかっこいいとは思わない。
やっぱりかっこいいのは守備隊、守備隊だけが町の中で剣を装備出来るし、俺たちがこの町を守るって感じでかっこいいのにな。
「僕もこの町の人たちを守るって言いたいけど、剣を振れないんじゃどうしようもないか」
「アキラ、やさしいから。アキラにはアキラにしか出来ないことがあるよ」
「僕、父さんのように何かのために戦いたいんだ、それは何か分からない。頭の中で聞こえる《何のために戦いますか》その答えも分からない」
「なら、今から私のために戦いなさい。アキラ隊員、今から私の守備隊、第一号と任命する」
そう言いながら、サキは僕の横でケラケラと楽しそうに笑っている。サキのこの笑顔にいつも助けられているなと思いながらサキの笑顔を横から覗き込む。
「なによ」
「ごめん、サキの笑顔、好きだから、つい」
「……何、アキラ、今、ここで告白しちゃう」
サキが声を大きくして、大きい眼と小さい口が静かに微笑んでいる。
「いやっ!いやっ、ちがうんだ!」
「何、ちがうの、私のこと、好きじゃ、無いの」
サキがさらに追い打ちをかける。
「いやっ、ちがう、好きだ、好きだけど、えっ、えっ」
僕は完全に舞い上がっていた。
さきは、さらに大きく、楽しそうに笑った。僕も照れ隠しに笑ってみる、なんだか楽しかったこんな状況なのに、心から笑っている。
「私もアキラのこと好きよ」
僕の笑顔が凍りついた。
「何よ、どっちかって言えば、好きってことよ。いつもは頼りないくせに、時々、今もだけど、凄い頼りになるんだよね、そんなアキラ好きだよ」
凍りついた笑顔のまま口をパクパクさせていた。ここで男らしく一言わないと……何か……。
「サ、サキ……」
「アキラ、見て道の向こう何か光ってない?」
「えっ!」
今でもサキの言葉の残像が残る頭を切り替える。
「本当だ、なんだ、あの光は」
「出口じゃない!アキラ!」
サキは立ちあがり僕に手を差し伸べてきた、僕はサキの手を借り立ちあがろうとするが体が重い、何か違和感がある。
ぼくは立ちながら、思った事を口にした。
「ちょっと、おかしくないか」
「何かゆらゆらしてるね」
サキもその光の動きをぼそっと口にした。
「そう上下、左右に。浮いているみたいに見える、それに出口の光にしては弱い」
サキは僕の顔を見て、僕の言葉を待っている。僕は反対の道を確認してみる。こちら側には何も見えない。
「何か近づいてきていない」
サキがその光を見ながらそう言った。僕はとっさに。
「隠れよう」と言った。
サキの手を引いてどこか隠れる場所を探す。
「隠れるって、どこに」
目の前に人鬼岩があるだけで僕たちが隠れそうなところは無い。僕はサキを比較的薄暗い所に引き寄せて小さくしゃがみ込んだ。
その光がもうすぐそこまで近付いてきた、青い光。目の前に来た光をよくみて見ると、青い炎が燃えているようにゆらゆら揺れている
「人魂!」
サキが声を抑えてそう言った。
「え!」
「あれ人魂だよ、本当にあったんだ」
サキが小さく囁いた。人魂、あれが。
そう言いながら、サキが手を合わせ祈りの言葉を唱えようとしている。
「まって、サキ」
僕はサキの手を引っ張り、祈りを中断させた。
サキは口を尖らし僕を睨んでいる。
僕は人差し指を口に当てて頭を下げた、まだ口を尖らせたサキも同じように頭を下げる。
今、人魂は僕たちの眼の前まで来た、僕たちの前それは人鬼岩の前、その人魂が人鬼岩の上でゆっくり回り出した。人鬼岩の目が人魂の炎の光で光っているように見える。
すると人魂は、スーッと、何処かえ向かって行った。しばらくするとその光も見えなくなった。
「ちょっとアキ……」
「あの人魂は何処へ行くんだ」
サキの言葉を遮って僕は独り言を言った。
「しらないよ、そんなの、それよりうぐッ」
サキの頭を押さえつけた、また僕たちは人鬼岩の近くで小さくしゃがみこむ形となった。
「どうしたの」
サキが不機嫌そうに口を尖らせ小さく囁くように聞いてきた。
「人鬼岩の目が光ったように見えた、さっきの時も光っていたような気がするんだ」
そう言いながらトンネルの左右を確認してみる。
「みて、アキラ、あれ人魂じゃない」
ゆらゆらしながらまた人魂が現れた。ゆっくりと僕たちの前まで来て、さっきと同じように人鬼岩の上でゆっくり回りまた何処かに行こうとする。
「……サキ、あの人魂に付いて行こう」
小声でサキにそう言い、ゆっくりと立ち上がった。
「えっ人魂に……付いて行くの。何処に行くの」
サキの言葉をよそに、僕は人魂に集中していた。
僕たちは二回人鬼岩にたどり着いた、そしてあの人魂も人鬼岩の所まで来た、そして、何処へ行く、中に居る人たちの所か、それとも、天国? 地獄?
僕たちはしばらくその人魂の後に付いて行った。人魂は迷うことなくトンネル内を右へ、左へ進んで行き、再び人鬼岩に出ることは無かった。
「アキラ見て、光よ、今度こそ出口じゃない」
今度こそ本当の出口だ、ここから見ても外の明るい光を確認できる。
僕も口元を緩め、サキに大きく頷いた。
「やったー!」
サキが走りだし、僕も後を追う。もう僕たちの頭の中には人魂のことは無かった。
「やった!出れたね」
サキが洞窟の出口で大きく伸びをしている。サキに続いて僕も出る。と。
「……サキ……ここ、どこだ」
「あれ、外に出たと思ったけど、ここは?」