理屈ではなくて
この話の大半は僕の偏見です。でもきっと、働く人はこう考えるはず。
だから気を悪くしても、それは海月丸のせいではありません!
「綺麗な夜景ね」
マンションの10階にある俺の部屋で、彼女は窓際に立って呟いた。
東京の夜に星はあまり現れない。周辺の明かりが強すぎて、実際に空に浮かんでいるものが見えないのだそうだ。
だがその代わりに、ビルや商店街から放たれる光は、夜空の星に負けないほどに美しい。光が強い分、その周りの影が一層濃くなっているのも一つの要因かもしれない。
「きっとこの夜景は、理不尽に働かされているブラックな会社がつくってるんだろうよ」
「ブラックが街を照らしているとは、なかなか上手いこと言うじゃない」
「別に上手いこと言った訳じゃないけどな」
くすりと笑う彼女に、パソコンの画面に目を向けたまま、適当にそう返した。
「俺も一ブラック社員として思ったことを言ったまでだよ」
「ブラック社員って……あなた、高校の教師じゃない。ちゃんとした仕事じゃない」
「いやいや、こんな夜遅くまで仕事させておいて今の分の給料出ないとか、超ブラックでしょ」
毎日の授業はもちろんのこと、提出された課題の採点や次の課題の準備、更には如何に生徒に分かりやすいよう教えられるか考える等、面倒な仕事なのだ。
そのくせ新人教師の俺に自分の仕事押し付けるとか、あの教頭、絶対に許さん。
時々声をかけてくれる生徒が唯一の癒しだからな、本当。
「じゃあ何で教師なんてしてるのよ?」
不思議そうに首を傾げて問う彼女。
まあそうだろうな。今の話を聞いただけじゃ、働いているだけ損だ。働けば働くほど気力や体力における出費がかさみ、一方で見返りはほとんどない。収入ゼロどころか大赤字も良いところ。むしろニートのほうが良いとまで思うまである。いや、それはないか。
だがそれは、恋愛なんかと同じで、理屈で証明できるものではないのだ。
どれだけ面倒でも、それを上回る理由が一つでもあれば、それに魅力を感じてしまう。
だから詰まるところ、俺の理由は、他の人にしてみれば大したことではなくて。
でもそれは、俺にとってとても大切で、忘れてはいけないことで。
要は。
「それが楽しいから、なんだろうなあ」
「……何で私のほうを見て言うのよ?」
「何でもねーよ」
相変わらず不思議そうな彼女に向けた視線をパソコンに向け直し、文字を綴っていった。
明日の授業のことを考えながら。今日も寝不足になりそうだと、少し口角が上がるのを感じながら。